「10代目、こっちが片付いた分です」


「ありがとう………って、獄寺くん?」


「………。はい?」



獄寺くんが二呼吸ほど置いてから返事をしてくる。


どこか上の空……というか、どこか虚ろだ。



「…お疲れさま獄寺くん。もう遅いし、ゆっくり休んでね」


「あはは、お言葉はとても嬉しいんですけど…オレはこれから仕事の続きをしますよ」



目の下に隈を作った顔で、弱々しい笑顔で。獄寺くんはとんでもないことを言ってくる。


彼はここ数日ろくに寝てないはずなのに。



「駄目だって獄寺くん! 獄寺くんが休んでくれないとオレ色んな人に恨み買うから!!」




主に守護者たちに! 誰とは言わないけど特に雨、雲、霧!!




「え? ………ああ、大丈夫ですよ10代目!」


「え?」


「オレがどんなに疲れていても、10代目を狙う刺客に後れを取ったりしません! 最悪刺し違えてでも10代目をお守りします!!


「そういう意味じゃなくてね獄寺くん! ていうか刺し違えたら駄目だよ!?



獄寺くんの場合冗談じゃなさそう(ていうか高確率で本気)だから怖いよ!?



「…では、オレが業務に戻りますね。10代目こそ、ちゃんと休まないと駄目ですよ?」


「ちょ、獄寺く…」



獄寺くんはオレの声も聞かず(というかたぶん聞こえてない)ふらふらとした足取りで部屋を出て行った。



………はぁ。


オレは駄目なボスだ………





「ツナ。戻ったぞ……って、何項垂れてんだ。お前」


オレが激しい自己嫌悪に陥りいじいじうじうじしていると、声が聞こえた。見れば、任務に出ていたリボーンがいた。


「リボーン…オレは……オレは駄目なボスだ…」


「ん? それぐらい知ってるぞ? まさかお前、もしかして今初めて気付いたのか?」



うわぁ、素で放たれた言葉が胸にざっくり刺さるわぁ。



「いや、知ってたけど…でも今回更に痛感したの……ああ、獄寺くんごめん…」


「獄寺だと?」



リボーンの声が変わった。


ついでに目付きも変わった。



「それは一体どういうことだ」



やばい。


守護者なんて目じゃない、ラスボス級のがここにいた。


オレ、もしかしたらここで死ぬかもしれない。


そんなことをリボーンから発せられる殺気を感じながら思った。





「…事情は分かった」


オレの話を聞いたリボーンが腕を組んで一言。


「この、ダメツナが」



うわぁ、容赦ない一言が胸に突き刺さるわぁ。



「お前はどれだけ獄寺に負担を掛ければ気が済むんだ?」


「い、いやオレだって獄寺くんに負担を掛けたくて掛けてるわけじゃ…」


「そうか。そうだよな。だったら多少の努力だって出来るよな」


え?


「お前みたいなダメツナに献身的に尽くしてくれる獄寺の為に、場の改善を求める多少の努力ぐらい当然出来るよな?


ん?


え? 何この空気。


なんかサインしてはいけない、悪魔の契約書が目の前にある雰囲気なんだけど。



「出来るよな?」


「はい」



悪魔との契約、完了。



…なんか、やってしまった感が否めない…


い、いや、でもこれだって獄寺くんの為だそうとも。確かにオレだって獄寺くんの為にもっと力を付けたいと思っていたさ!


だ、だからこれは今のオレが出来るベストな選択! そうだと思いたい信じたい! 出来れば誰かに「よくやった!」と褒めてもらいたいって言うかそうでもされないと心折れそう!!


「よくやった」


お前に言われても嬉しくねーよ!!!





「…じゃあ、オレは獄寺に『あとの仕事はツナが全部してくれるからお前は休んどけ』って言ってくる。それまでに精々、心の準備でもしておくんだな



オレ何されるの!?



思いっきりビクつくオレにリボーンは何の反応も返さず、獄寺くんのところまで向かった。


………やっぱりやってしまった感が否めない…orz





そして暫くして、リボーンが戻ってきた。


…って、あれ?



「リボーン?」


「なんだ」


「スーツ、どうしたの?」



戻ってきたリボーンが着ているのはシャツのみで、その上に着ていたスーツがなくなっていた。



「なんでもない」


「いや、なんでもないってことはないと思うんだけど…」


「なんでもない」


「………」


「なんでもない」


「分かったから銃を取り出さないでくれる!? つかそれ銃弾入ってるよね!? そんなものこっちに向けないでくれるかな!?


「分かればいいんだ」


……怖。


「じゃあ、まぁ、始めるか」



―――その言葉に、10年前の記憶が蘇る。



学校の宿題だのマフィアについての知識だの、勉強をオレに教えるリボーン。


あの回答を間違えれば爆破、発砲は当たり前。その他よく分からないトラップだのなんだの仕掛けていたリボーン。


今のリボーンの顔は…あのトラップを発動させる時と……同じ顔だった。



…やってしまった……


オレの胃がきゅっと縮み、痛みを知らせてきた。





その日一日。何をしたとかされたとかオレは絶対誰にも言わないし思い出したくもない。


ただ、翌日オレの姿を見た獄寺くんがえらい心配をしてくれたことだけは嬉しかった。



………あんの超スパルタドS教師めが…いつか絶対見返してやる……orz





けれどオレが死ぬ気でリボーンの特訓を受けた成果は確かにあって。獄寺くんの負担もかなり減ったと思う。


「10代目、仕事速くなりましたね」


って獄寺くんも褒めてくれるし。…うん、オレ…キミの為に本当に頑張ったんだよ……



「なんだかオレ、もう必要なさそうです」


「そ、そんなことないよ獄寺くん!」



少しおどけて言ってくる獄寺くんに、オレはほぼ本気で答える。オレには獄寺くんが必要ですマジで。



「…ありがとうございます。―――あ、そうそう10代目。よかったらこれ…受け取って頂けませんか?」


「え?」


そう言って獄寺くんがオレに差し出したのは…小皿に盛り付けられたクッキーだった。



「ど、どうしたの? これ…」


「…いつもお世話になっているので…食べてもらおうって思って……作りました」



やや赤い顔で、獄寺くん。


え、え? ていうか作りましたってことはもしかして手作り?


オレはまじまじとクッキーを見る。形崩れもしておらず、いい香りがする。



「………ビアンキとはえらい違いだね」


「10代目、オレを姉貴と一緒にしないでくれます?」


「うん。獄寺くん超ごめん



怒気でちょっと怖くなった獄寺くんに本気で謝って、オレはクッキーを一枚摘んで。



「…食べていい?」


「…お願いします」



やけに神妙な表情の獄寺くんを前に、オレはクッキーを口の中に放り込む。


さくっとした歯応え。


口の中に広がるバターの風味。


さっぱりとした甘み。



「…美味しいよ! 獄寺くん!」


「ほ、本当ですか!?」


獄寺くんの顔がぱぁああああっと明るくなる。


「よかった…よかったです」



心底ほっとしたように、微笑む獄寺くん。


ああ、こんなに可愛い獄寺くんが見れて、こんなに美味しいクッキーも食べれて。オレはなんて幸せなんだろう。あのリボーンの地獄の特訓にも耐えた甲斐があったよ!!



「じゃあ、リボーンさんに渡しても大丈夫ですね!!」


そう、リボーンに渡しても大丈夫……って、


ん?


リボーン?


ふと我に返り、獄寺くんを見てみれば獄寺くんはどこから取り出したのか、ラッピングされた箱を抱えていた。



「獄寺くん…それって……」


「リボーンさんに渡すクッキーです! オレ…リボーンさんにいつもお世話になっているので、気持ちばかりのお礼に…作りました」



………って、ということはオレは毒見役か!!



「それに、これも返さないといけませんし…」


と、獄寺くんは綺麗に畳まれたスーツを取り出す。あれ? それって…


「リボーンの?」


「ええ。リボーンさんの」



そういえばあの日、獄寺くんのところから帰ってきたリボーンはスーツを着てなかった。


獄寺くんが持っていたのか。


って、なんで?



「…実は、お恥ずかしながらあの日、オレついうとうとしちゃって」


「無理もないよ…」


「机に突っ伏しているところにリボーンさんが来られて…オレ、起きなきゃって思ったんですけど身体が動かなくて」


「…だから休んでって言ったじゃない」


「面目ないです。で、そのときリボーンさんがオレの肩にこれを掛けてくれたんですよ」


「………」



リボーンめ…その優しさをもっと獄寺くん以外にも使ってほしい。オレとか。



「で、で! 更にですよ10代目!! リボーンさんオレの頭撫でてくれて、更に更に『あんまり無茶すんなよ』って言ってくれたんですよー!!」


「あー…はいはい…」



ああ、獄寺くんが乙女モードに入ってしまった…



「もーどうしましょう10代目! オレどうすればいいですか!? ていうかこれってやっぱり脈有りですよね!?」


「どーだろーねー…」



実際は脈有り所じゃなくてめちゃくちゃ両想いなんだけどそれはオレの口から伝えたくない。


実は獄寺くんとリボーンはお互い好き通しな癖に告白までは至っておらず、お互い片想い中だったりする。知らぬは本人ばかりなり、だ。



「じ、じゃあオレリボーンさんのところ行ってきます!」


「…行ってらっしゃい…」



獄寺くんは乙女モードのままリボーンの部屋まで走って行ってしまった。


オレの手元に残ったのは小さな小皿に数枚のクッキーのみ。


オレはそれを一枚摘んで、また口の中に放り込んだ。


…美味い。


オレはゆっくり味わってから、仕事に取り掛かった。





その日の夜、なんか珍しく少し取り乱した様子のリボーンから電話が掛かってきたけど、無視した。





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少しは苦労しろ、この幸せ者!


リクエスト「疲れている獄をさりげなく支えるリボ様」
風下さまへ捧げさせて頂きます。
リクエストありがとうございました。