例えば、それは。


月曜日の朝が憂鬱だとか、休み時間の雑談が楽しみだとか。


例えば、それは。


出来の悪い生徒の様子見とか、今日の晩御飯はなんだろう、とか。


例えば、そんな。


まるで平和な国の夢。


例えば、そんな。


まるでオレたちに似合わない世界―――





   - 例えばここはそんな世界 -





「夢でも見てたか?」


知ってる声に揺さぶられて、まどろみの中から意識が浮上する。


視線を上げるとそこには、聞こえてきた声の通りにあの人が。


「ええ…ずいぶんと昔の夢を」


10年も昔の夢を見た。忘れもしない、あの頃の夢。


「貴方の生徒だったときの夢を見ていましたよ。リボーンさん」


そう言えばリボーンさんは「それは久しいな」と返してくる。


「お前は生徒の中じゃ、一番駄目な生徒だったぞ」


「…それはそれは」


今更ながらに酷い駄目出しを喰らってしまった。確かに、まぁ…空回りが多かったことは、認めます。


「…その割には、オレにあまり指導してくれませんでしたよね?」


「お前は少し突き放した方が伸びるタイプだったんだよ。それにあの頃の最優先はツナだった」


それにしたって、もう少しオレにも構ってほしかった。10代目が一番大切なのは分かるけど。


「…あの、リボーンさん」


「なんだ?」


「聞きたいことがあるんですけど…オレはあの中で、ちゃんと一般人らしく…中学生が出来ていましたか?」


「出来てたわけねーだろ」


こちらとしては結構意を決して聞いたというのに、ばっさりと切られてしまった。


「ダイナマイトなんてものを大量に所持している時点で一般中学生から遠のいてるわ阿呆。更に刃物を何十本も所持しているわツナにしか懐かないわ。むしろちゃんと犬が出来ていましたか? と聞いてきたなら出来てたと言ってやらないこともない。駄犬だがな」


「酷い言われようです」


まぁ分かってはいたけど。


オレに一般人が務まるわけないし、ましてや成れるわけもない。


だってオレは、生まれたときから"こっち側"の人間なのだから。


…けれどそれでも、一応は"一般人"というのを結構必死に目指していたのだけれど。


「あと、あの国の"一般人"ってのは嫌いでもない人間を殺したりもしないそうだぞ。それと殺人に抵抗や苦悩を覚えるらしい」


「…なるほど。色々と壁がありそうです。しかも高いのが」


こちとら好き嫌いとは別問題の人間を殺すのが仕事だ。もちろん殺すことに抵抗なんてないし、だから苦悩だってない。


「別に、一般人になんてならなくてもいいだろ」


「まぁ、それもそうですね」


もう学生に扮して潜入捜査なんて任務も来ないだろうし。


「それともなんだ? お前は銃も血もない、平和な国で一度育ってみたかったか?」


「まさか」


考えるよりも前に、言葉が先に出た。


「オレにあの世界は向いてませんよ。貴方と同じように」


「そうか」


「ええ」


―――そう。そうとも。オレにあの平和な世界は向いてない。


オレの世界は、鉛筆よりも先に銃を持つような、水溜りで遊ぶよりも前に血に塗れるような。


そんな薄汚れた血と硝煙の世界だ。殺し殺されるこの世界だ。


…この人と同じ、この世界だ。


「…そろそろ、時間ですよね。オレ今から支度しま…」


起き上がろうとして、違和感。


「支度? お前何言ってんだ?」


呆れたようなリボーンさんの声。


「お前まだ寝惚けてんのか。意識はまだ10年前か? 戻って来い獄寺」


リボーンさんの声が、遠い。


そうだ。そもそもオレはなんで寝ていたんだっけ? 夢なんて見ていたんだっけ。



今は、そもそも―――交戦中じゃないか。



「…すいませんリボーンさん。今目覚めました。状況は」


「囲まれてる」


リボーンさんの説明はあっさりしすぎていて分かりやすかった。


思わず身を起こそうとして…無理だとすぐに分かった。身体が焼けるような痛みに刺されてる。


「言っとくが、お前あちこち撃たれてるからな。多分、じき死ぬ」


…そんなこと今言わないで下さいよ。せめてここを乗り越えるまでぐらいまで黙っててくれても…


「変に動いて、オレを撃ったりしたら迷惑だっつってんだ」


…しまった。納得してしまいました。


「分かったか? 分かったのならお前は黙ってじっとしていろ。余計なことはするな」


もうじき潰える命になにもするなだなんて。それ拷問にも等しいです。酷いですリボーンさん。


そんな文句を言う暇すらも与えられず。リボーンさんは颯爽と敵陣の中に踊り出る。


嗚呼、やっぱりあの人には、この血に塗れた世界がよく似合う。


オレがあの人に見蕩れている間にも、手で押さえている腹から赤いものが溢れ出てる。


…あー、すいませんリボーンさん。


やっぱりオレ、こんな状況下で何もしないなんて。ましてやそのまま息絶えるなんて。我慢出来ません。


その、大丈夫です。


間違ってもリボーンさんは撃ちませんから。…多分。


腹部を押さえていた手を離す。…と、外気に傷口が触れて。痛みが滲みた。


まぁ痛みを感じている間はまだ生きてるってことだから。大丈夫だろう。


オレは重く感じる銃を持ち、構える。狙うのは…隅でこそこそとリボーンさんを狙っている奴。


引鉄を引けば響く銃声。反動で腕が上がり、辺りの視線がオレに集まるのが分かった。その中にはリボーンさんのも入ってた。


「馬鹿が」と呟かれる。…いや、流石に声とかは聞こえないけどあの顔は絶対そう言ってる。…い、いいじゃないですか!


「リボーンさんだって撃たれているくせに」とお返しとばかりに呟けば、リボーンさんは少しびっくりしたような顔をしていた。…聞こえた…んだろうか。


…それぐらい、分かりますよ。いつ撃たれたのかまでは分かりませんけど…


しかしなんにしろ、同じく怪我しているリボーンさんを働かせてオレだけ休んでいるわけにはいかない。


オレだって動きますよ。


貴方の実力には到底及ばないオレですが。


オレと貴方は同じ世界の住人なのですから。


だからせめて、戦場では隣に立たせて下さい。


こう見えて、オレはあの10年前の。平和な国での生徒の中では。


…唯一、貴方と同じ世界の住民だったのですから。


「本当にお前は馬鹿だな」なんて。そんな声が聞こえる。


あの人を見ればリボーンさんは少し頬の筋肉を緩めていて。


あの人のそんな顔を見るのは、オレはもしかしたら初めてで。


…状況が状況だというのに、オレも思わず微笑み返してしまった。





銃声は絶えず鳴り響き、血潮が舞い散り赤い風が吹き荒れる。


そして全ての音が止んだとき、その場に立っているものは誰一人としていなかった。


こうなる結末は最初から覚悟していたので、オレは誰も恨まない。


そう思うオレは、やっぱり最初から最後までこの世界の住人で。


きっとあの人もそうなんだろうなぁと。最後にそう思って。オレは目覚めぬ深い眠りに落ちていった。





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さよならこの世界。

もし生まれ変わっても、またこの世界に来れますように。


風下様へ捧げさせて頂きます。