見上げれば、空があって。


雲が流れてて。


風が吹いて。


ああ、世界とはなんて平和なんだ。


時間が余っているのでとりあえず一服。


…煙草を吸うのも久し振りな気がする。最後に吸ったのはいつだっただろうか。よく思い出せない。


身が沈む感覚を覚える。座り込んでいるはずの土の感覚が、もたれているはずの木の幹の感覚が薄い。


沈む沈む。まどろみの中に。日差しが当たる。目蓋が重くなる。



ああ―――眠い。



そのまま眠ってしまおうかと、このまま意識を閉じてしまおうかとふと考える。


そうしたらもう戻ってこれないだろうなと思いながら、けれどそれでもいいかとも思ってしまう自分もいて。


そんな思考も纏まらなくなり、混ざり合って溶け合って、よく分からない結論が出そうになって、それを見ぬまま眠りそうになって―――





「寝るな。起きろ獄寺」





その声に、目が覚めた。


急激に意識が戻り頭が冴え目を開く。


「はい。リボーンさん」


考えるよりも先に言葉が出る。オレがここまで従順なのはこの人と10代目ぐらいなものだ。


姿勢を正そうと背を木の幹から離す。濡れた背が風に吹かれて冷たさを感じる。


立ち上がろうとして力が入らないことに気付く。頭は覚めても身体は眠ってしまったのかも知れない。


動かぬ足にバランスを崩し、手を地面に付かせる。身体に振動。臓腑に刺激。腹に鈍い痛み。


思わず顔をしかめる。咽る。身体の内側から何かがせめぎ上がってきて―――


血を吐いた。


麗らかな春の午後。回りは死体。辺りは血の海。


オレ自身も血塗れの傷だらけ。痛いような、その感覚も曖昧なような。


「…無理して動こうとするな」


呆れたようなリボーンさんの声。申し訳なくなる。


「救護班を呼んであるから、来るまで持ち堪えろ」


「分かりました」


オレが頷くと、リボーンさんがオレに近付く。膝を付き、オレに触れる。


「り、リボーンさん? なにを…」


「救護班が来るまで、応急処置ぐらいはしてやる」


なんと。


それは畏れ多いような、しかし折角リボーンさんがして下さると仰ったことを断るのも烏滸がましいような。


そう思う間にリボーンさんはてきぱきとオレを治療していく。


…10年経っても変わらないなあ。


昔から、この人にはこうして世話を焼かせて、心配させてばかりだ。


掟により教え子の戦いに手を出せなかったこの人は、どんな気持ちでオレたちを見ていたのだろう。多分もどかしかったじゃないかと推測。


…触れられる手が気持ちいい。


また眠気がオレを誘いにやって来る。


眠い―――


………。


身体が、痛い。





「だから寝るなって獄寺」





「はい寝ません! 起きますリボーンさん!!」


「ご、獄寺くん!?」



―――はっ!?



リボーンさんの言葉に慌てて飛び起きれば、そこは座り込んでいた土の上ではなく…病室のベッドの上。


あれ? どういうことだ? 瞬間移動でもしたか?


混乱するオレの横、控えめな笑い声………


10代目の、声。


「10代目!?」


「ククク…おはよう獄寺くん。なに? 夢でリボーンに怒られたの?」


「え…ええ……」


怒られたというか、何と言うか……いえ、怒られたでいいです。


えーと落ち着け…落ち着けオレ……あの夢は…恐らく寝る…というか意識が落ちる前の光景だ。オレはきっと起きれずに寝ちまったんだな…


ううむ。オレよく死ななかったものだ。あそこで寝たらそのまま死ぬかと思ってた。


よし状況確認終了。続いて現状確認に移る。病室。隣に何故か10代目。


「って10代目どうしてここに」


「ちょっと時間が出来たから、獄寺くんの様子を見に来たんだ。そしたら丁度獄寺くん起きて…よかったよ」


「…ご心配をお掛けしてしまいまして、申し訳ありません」


頭を下げる。胸の傷が痛む。


「ああ、駄目だよ獄寺くん無理に動いちゃ。寝てないと」


「しかし…」


10代目が来て下さっているのに横になるわけには…と思うも10代目に強制的に寝かせられる。あ、10代目そこ丁度傷口なんで触らないで下さい痛いです痛い10代目。


横になるとまた眠くなる。さっきまで寝ていたくせにまだ寝足りないのか。10代目の前だぞオレ。


「…獄寺くん?」


10代目の声が聞こえる。


ああ、眠い。眠い。力が抜ける。目蓋が落ちる。意識が遠くなる。


………。


オレは無意識の内に腕をさする。





「獄寺くん? 眠いの?」





「いえ大丈夫です10代目。起きてます」


「………寝惚けてるの?」


…ん?


10代目の前で寝れぬと起きたオレの隣にいたのは10代目ではなく…


「雲雀?」


「他の誰に見える?」


やれやれとため息を吐かれた。馬鹿にすんなこの野郎。


まさかまたか。またこのパターンか。


よし落ち着け。表に出すな。態度は隠せ。動揺を悟られるな。オレならいける。


さっき…というか10代目のあの言葉の後オレはまた寝ちまったと。オレどれだけ根性ないんだよ。


まあいい。ひとまず状況理解終了。次。雲雀の相手。


「って、何でお前がここにいるんだよ」


「僕がここにいちゃおかしいの?」


そりゃおかしいだろ。お前がオレの病室に来る理由なんてないだろ。


「折角わざわざこの僕がキミのお見舞いに来てあげたって言うのにつれないね」


「あぁ?」


何だこいつの恩着せがましい態度は。そもそもオレが一体いつ頼んだよ。


「怪我の具合はどうなの?」


「知らん」


そもそもオレが病室に運び込まれてからどれだけ時間が経っているのだろう。日付すら分からない。ひとまず包帯はまだ巻かれてはいるが。あと痛みもある。


案外まだ三時間ぐらいしか経ってなかったりしてな。それはないか。


だが…だとすると……


………。


「何。どうしたの?」


「なんでもねえ」


言ってオレは横になる。雲雀に背を向ける。


「寝るの?」


寝るんだよ。


思いは口に出さない。声に出さない。起き上がりもしない。


だから次に目が覚めて別の誰かがいてももう混乱しねえぞざまあみろ。


思い、目を閉じる。


………。


オレは腹をさする。





「お、起きたか」


「………おお」


目が覚めるとシャマルがいた。何だかあまり寝た気がしない。


状況確認。情報交換。


リボーンさんに手当てしてもらい、救護班にここまで運び込まれてから既に一週間が経過していた。


結構危ない状態だったんだが、もう山は越えたんだと。


………ふむ。


「どうだオレの腕は。相変わらず完璧だろ?」


「お? …おお、まあ、そうだな」


得意気に笑うシャマル。


それを見てオレは…


足を押さえようとした手を、下ろした。





それから更に三日オレは休養し、通常業務に戻った。


といっても、10代目より休暇を頂き暫く休みになったわけだが。


いつものオレなら10代目の主務室へ顔を出し仕事を手伝わせて頂いたり訓練室で鍛錬でもするんだが…


………。


まあ、丁度いいか。


ちょいと出掛けよう。


出掛ける前、オレはリボーンさんを探した。礼を言いたかった。


けれどリボーンさんは任務に出ていていなかった。変わらず多忙な方だ。


でも…まあ、ある意味助かったか。


リボーンさんに見られたら、多分ばれるだろうしなあ。


ボンゴレを出るとき、シャマルと擦れ違った。


「どっか行くのか? あんまりはしゃぐなよ」


「分かってるって」


「だといいんだが…どこ行くんだ?」


「あー…近所」


そう言えばシャマルは深くは追求せずに納得しボンゴレアジトに入っていった。


とはいえ、オレも別に嘘は言ってない。近所は近所だ。


ただ単に、近所の病院にまで行くだけで。


シャマルに診てもらえばいいだろうって? そうだな、それも一つの手だ。シャマルの腕はオレも知っている。


予測するに、恐らくシャマルはオレの怪我だけを診たんだろう。だからシャマルはオレの身体に訪れている異変に気付かなかった。


オレが言えばシャマルは検査だろうが何だろうがしてくれるんだろうが…


だが…まあ、身内だからこそ知られたくないこともあるということで……


それに何だか嫌な予感というか…なんとなく検討付いてるっていうか…


ちなみに結果は………


……………。










あ。やっぱりか。


さて、どうしたもんかね。










「よお、スモーキン。久し振りだな」


「んー?」


ひとまず内勤業務に戻ったオレに声を掛けてきたのは親愛なる10代目の兄弟子。敬愛するリボーンさんの教え子。我がボンゴレの同盟ファミリーのボス。


跳ね馬のディーノ。


「お前また生死の境彷徨ったんだって? 相変わらずだなー」


「うるせえ」


好きで彷徨っているわけじゃない。彷徨いたくて彷徨ってるわけじゃない。運が悪いんだよ。きっと。多分。


「まあまあそう怒るなよ。お前休みなんだろ? なのに仕事するとかお前は馬鹿か。よし、飲みに行こうぜ飲み! 奢るからよ!!」


「あぁ? 何でそうなるんだよ」


「いいからいいから! お前いつも仕事ばっかりしてるじゃねえか。たまには休めや」


「あー…」


面倒だと切り捨てて肩に回された手を払おうとしたが…思い留まる。


「…まあ、たまにはいいか」


「お、付き合い良いじゃねえか」


「同盟ファミリーの情勢を知るのも必要だからな」


こんなときも仕事かよ、と跳ね馬はまた笑った。


よく笑う奴だ。


おお、笑え笑え。


オレはもう演技じゃないと笑えないから、お前は笑ってろ。





通常業務に戻ったが、不審に思われてはないようだ。


この陽気のおかげで汗を掻いても不自然じゃないし。


少し休憩しても病み上がりだからで済まされるし。


皆騙されてくれているのだろうか。


これでもし皆が騙されているふりをしてくれていて、実はオレが騙されていたらどうしような。


…そんなところじゃないか。ボンゴレは。


とはいえ、いつまでも騙せるはずはないし。早々に次に行かないとな。


…リボーンさんが帰ってきたら一発だろうし。


オレは任務の申請をする。受理される。よし、ついてる。


…ついてはいたが……





「…獄寺くん」


「はい、何でしょう10代目」


10代目にじっと見られる。


…ううむやばい。ばれただろうか。リボーンさんもだけど10代目もなかなかに鋭いからなあ。


けれどそんな思いも表には出さず。


「…何か?」


笑って問い返せば、10代目はたじろいだ。


「その……大丈夫?」


「大丈夫…? ああ、ええ、確かに少し前に怪我をして帰ってきましたけど、もう治りましたよ」


「………そう。分かった、ありがとう。ごめんね引き止めちゃって」


「いえ」





リボーンさんも10代目も鋭いけど。


違いがあるなら、10代目は甘いということ。


いえいえ甘い10代目ももちろん魅力的なんですけど。


そのおかげでオレも助かりましたし。


…これがリボーンさんだったら……


想像して、オレは身震いした。


リボーンさん容赦ないからなあ。


ともあれ、任務は請け負った。


オレの死に場所は決まった。


そして―――





見上げれば、空があって。


雲が流れてて。


風が吹いて。


ああ、世界とはなんて平和なんだ。


時間が余っているのでとりあえず一服。





…煙草を吸うのも久し振りな気がする。


最後に吸ったのは、いつだっただろうか。


………よく、思い出せない。





っていやいや待て待て流石にまだそこまでボケてない。覚えてる。覚えてるに決まってるだろ馬鹿野郎。


最後に吸ったのはほんの数週間前だ。あの時と似たような状況。


…力が入らない。煙草が指から落ちる。血に沈んで火が消える。


身が沈む感覚を覚える。座り込んでいるはずの土の感覚が、もたれているはずの木の幹の感覚が薄い。


沈む沈む。まどろみの中に。日差しが当たる。目蓋が重くなる。



ああ―――眠い。



このまま眠ってしまえばいい。身に任せるまま意識を閉じてしまえばいい。


そしたらこの世界とお別れだ。未練はないわけではないのだが、切り捨てよう。


思考が纏まらなくなり、混ざり合って溶け合って、走馬灯とか流れて、それを見ながらまま眠りそうになって―――





「寝るな。起きろ獄寺」





―――――。


一人で死ぬ予定だったのに。


どうして来てしまいますか。


しかもよりにもよって、あなたが。


オレってそんなに日頃の行いが悪いですか?



「起きろつってんだろ」


「…はい。リボーンさん」



こんな時でもオレは従順に返事をする。


…流石に、前ほどの覇気はないけれど。


「こないだと似たような状況になってるな」


「…ええ、まったく」


違うのは日付とオレの心構えだけ。


リボーンさんがオレに近付く。


「………ん?」


ぎく。


「……………」


黙ってオレを見るリボーンさん。見透かされそう。怖い。


「…はあ」


ため息吐かれた。やべ。全部バレた。まさか本当に見ただけで分かるとは。


「いつからだ?」


一瞬「何のことですか?」と言って往生際悪く抗ってみようとして…思い止まる。この人騙すとか無理。


「そうですね…」


思う。思い出す。身体の異変。それに気付いたのはいつからだったか。


「…あの任務中の…半ばぐらいからですかね」


内側から食われるような痛み。最初は弱い痛みで、そのうち収まるだろうって思って。


けれど予想と反し痛みは消えず増え範囲も広まっていった。


リボーンさんが舌打ちする。


「あの時気付いていればな…」


「…それは無茶というものでしょう」


確かにあの時も身体が痛んだけど、それは外傷の痛みと混ざり合ってどちらか分からない状態だった。


専門家でもないのに、外傷の処置をしている最中に別の容態を知るなんて無理な話だ。


「助からんのか?」


「手遅れらしいです」


若い頃の無茶の反動が来たらしい。


でもこうなるって分かっててもオレきっと無茶しただろう。目に浮かぶ。


延命は、しようと思えば出来たんだろうけど。


でもずっとベッドの中で薬漬けの検査漬けになりそうだし。


それならオレは戦場での死を選ぶ。


「なら、仕方ねえな」


「ええ、仕方ないんです」


10代目とかの耳に入ったら怒鳴られそうだ。すみません10代目。


「…少し、意外です」


「ん?」


「リボーンさん、オレの身体のこと知ったら…怒ると思ったんですが」


「怒ってはいるぞ」


なんて恐ろしい。


「その割には…何もなさりませんが」


「今更怒鳴っても意味ないし、下手に手を出したらそれでお前死にそうだしな」


オレどれだけ弱いんですか。


確かに身体は、全身が、痛いですが。


リボーンさんがオレに近付く。膝を付く。スーツに血が染み込んでいく。


…オレに、触れる。


「り、リボーンさん? なにを…」


「手当てだ」


「い、いえ、ですから、オレはもう……」


「もうすぐ死ぬとしても、今お前は生きてる」


「そうですけど…」


「痛いんだろ?」


「痛いですけど、でも薬の無駄に…」


「うるせえ黙れ」


「………」


一刀両断ですか。そうですか。


…リボーンさんに、触れられる。


その箇所の痛みが、気のせいか柔いでいく。



ああ―――眠い…



音は遠く、視界は暗く、感覚は曖昧に。


痛みも引いていき、リボーンさんの指先すらも分からなくなり。


一人で死ぬ気だったくせに、オレは消えるリボーンさんの感覚が嫌で思わず腕を伸ばし、リボーンさんの手を掴んだ。


それがオレの、最後の記憶。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

やべ。死後硬直とかで解けなくなったらどうしよう。すみませんリボーンさん。


リクエスト「出来れば長めの獄死ネタ(総受け)お願いします!」
リクエストありがとうございました。