雨が降っていた。


雨が降りしきる中、嫌な笑みを浮かべ男が立っていた。


六道骸。


彼は何かを待ち焦がれるように、ただ延々と何かを待っている。


そして、やがて…そこに男が現れた。


彼は骸の出迎えにあまり関心を示さなかった。ただ骸は嬉しそうだった。


「やっぱり。雨が続くからいるんじゃないかと思ってたんですよ」


「私は今日から仕事なんだ。昨日までの雨についてまでは知らない。そもそも雨と私は無関係だ」


骸は笑っていた。クフフと声に出して、楽しそうに。



「―――貴方がここに来たということは、ここの誰かが死ぬということなんでしょうね」



骸は話題を変えた。今までのはなんでもない世間話で、この話題こそが本命だといわんばかりに。


対して男は然程不機嫌になったとも見受けられず、ただ淡々と答えた。誰かの死という重要な話に。


「それはまだ分からない。私はそれを調べに来たんだからな」


「どうせ殺すのでしょう? いつものように」


骸が決め付けるかのように言い放つと、これには男は少しだけ眉をひそめた。


「今日は随分と話し掛けてくるな。誰か死んでほしい人間でもいるのか?」


「そんな人間、沢山いますよ。特にマフィアなんて全員死んでしまえばいいんです」


男はどう思ったのか「なるほど」と言って骸を通り過ぎていく。その先にはイタリア一のマフィアことボンゴレファミリーのアジトがある。


「期待してますよ、死神」


骸は擦れ違う人間が聞いたなら何かの揶揄だろうかと思うようなことを言ったが、言われた男は何の反応も示さなかった。事実だからだ。





   - マフィアな死神 -





私の名は千葉。


死神だ。


死神といわれると、人間は黒いローブを纏って巨大な鎌を持っているものを想像すると言われたことがあるが実際は違う。


姿格好はその時折によって異なるがローブも鎌も未だない。ちなみに今回はスーツに拳銃だ。珍しくもない。


私の仕事は担当の人間と七日間接触し、観察し、話を聞く。そして監査部に「可」か「見送り」かを報告する。「可」を報告すると無論のこと相手は死ぬ。


今回の捜査対象はマフィアらしい。上司にマフィアについて尋ねてみたところ、こんな返答が帰って来た。曰く「そんなこと知らなくても、仕事は出来る」相変わらずだ。


しかし暗鬱だ。仕事に対してそれなりの責任感と拘りを持っている私だが、今回は捜査対象と接触せず「可」と報告したい気持ちも多少あった。ここにはミュージックが期待出来ないのだ。


私たち死神は人間の作り出したミュージックが好きだ。人間の世界に来るとき何が一番楽しみかと問われたら間違いなくこう答える。「CDショップに入るのが」と。


しかしここ…マフィアのアジトという施設内ではそれは期待出来そうにもなかった。しかも近くにミュージック関連のものもない。なんてことだ。帰りたい。


しかしそれでも私は帰ることを選ばない。仕事は真面目にやる。楽しみがなくてもやる。好きでもないことを必死にやる。それが仕事というものだ。


それにもしかしたら物置などを探してみればラジオや音楽プレイヤーが出てくるかもしれない。どんなときでも希望は捨てるな! と死神である私が言ったらおかしいだろうか。


まぁそれはともかく対象と接触しよう。どうやらこのまま歩いて行けばいいらしい。情報部ではいつものことだが、これは今までの中で一番不親切な指示だ。


けれど確かに、前方から対象が歩いてきた。黒いスーツに身を纏った少年。私は足早に近付いて、


「失礼」


声を掛けた。



「もし宜しければ、私のDCショップになってくれないだろうか」



正直に言おう。


自分でも訳が分からなかった。


私自身ですらよく分かってなかったのだから、相手も分かるはずがなかった。



「はぁ?」


怪訝な顔をされる。当然だ。人間だろうが死神だろうがCDショップにはなれない。きっとこれは人間がよく使うレトリックなのだろう。自分で使ったのは今回が初めてだ。


「お前なに言ってんだ?」


警戒心を強められる。当たり前だ。私だって同じことを返すだろう。しかし口に出してしまった言葉はもう戻らない。


「いや、すまない。言い方が悪かったようだ。…私のミュージックになってはくれないだろうか


正直に言おう。



誰か助けてくれ。



私は今非常に混乱している。私はいつもこのような状態ではない。仮に今の私を同僚が見たならば、どうしたんだ千葉! と驚くだろう。それぐらいだ。


助けを願っていたら、私の目の前にいる彼の隣の少年が前に出てきた。


「お前」


少年は見掛けの年齢よりもずっと年を取っているように見えた。鋭い目付きのせいだろうか。それともマフィアというものは全員こうなのか?



「お前は、何だ?」



少年の言葉からは警戒心が感じ取れた。それは今もなお私を訝しげに睨む彼とは違う種類のもので。


というかそうだ。私はこの少年と接触しに来たのだった。何故隣の人間に声を掛けてしまったのだろう。


「失礼」本当に失礼なことをした。


「今日から部下になる、千葉です」


そういう設定のはずだ。私がそう言うと二人はああ、と納得したように頷いた。


「今日から上司になる、リボーンだ」


捜査対象である少年―――リボーンは私の口を真似てきた。私の本当の上司もこれくらいの愛嬌があればいいのに。


「で、こっちが今日からお前の同僚の獄寺だ」


「10代目の右腕で、リボーンさんの部下の獄寺だ。残念ながらオレは人間だから店にも音楽にもなれない」私のさっきの発言は彼の中で冗談と認定されたようだ。


「獄寺は右腕なのか?」人間であれば腕にもなれないと思うのだが。


そう指摘すると、獄寺は怒った。


「右腕のように必要不可欠な人間、って意味だ馬鹿! それくらい分かれ!!」


比喩表現を説明してくる人間と言うのは貴重で有難い。感心して「教えてくれてありがとう」と言うと獄寺は何故かまた怒った。


こうして一日目が終わった。これが私とリボーンと獄寺との出会いだった。





どうやらマフィアとは日本で言うやくざと似たようなものらしい。


「今から射撃訓練に行くぞ」


日本で担当したやくざでは射撃訓練はなかったから、その分マフィアの方が強いかも知れない。…と言ったらやくざに怒られるかも知れないな。


ともあれ私はリボーンに促され射撃訓練場へと赴いた。そこには獄寺がいた。


「リボーンさん。それと千葉」


「調子はどうだ」


「ぼちぼちです」


墓地、は知ってるがぼちぼちとはなんだろう。


首を傾げている間にリボーンは訓練中であろう人間たちのもとへと進んで、私と獄寺が残った。


「リボーンさんに迷惑掛けてねぇだろうな」


と、いきなり睨まれた。


「掛けてない」掛けるとするならばきっと七日後だ。


「そっか」


獄寺は若干頬を緩めた。そして続けて言葉を掛けてくる。


「すげー人だろ」


「まだ凄いかどうか見極められるほどの時間を過ごしてない」捜査も始まったばかりだ。


「でも噂だけは聞いてただろ? あの生ける伝説、リボーンさんだぜ?」


噂を耳にしたことはないが、事前に届いてた資料なら目を通していた。最強のヒットマンだと。そのことを獄寺に告げると「その通り」と笑顔で返された。


「彼はいくつなんだ?」資料では年齢部分が黒く塗り潰されていたので、気になっていた。


「10歳」


あっさりと答えが返ってきた。…ということは情報部が怠慢なだけか。真面目に仕事しろ、情報部。


その10歳たる少年リボーンを見ると、一回りも二周りも上であろう人間たちに叱咤を飛ばしていた。


「反感を買わないのか?」


「は?」


「年下の人間に指図されたら、怒るんじゃないか?」私が実際体験したことだ。彼らは下からものを言われると、怒る。


「リボーンさん相手なら、心配はいらねぇよ」


私は別に彼を心配しているわけではないのだが、それは黙っておいた。このときの獄寺の顔が穏やかで、それを歪ませたくなかったからだ。


「リボーンさんはみんなの先生だから」


「先生?」


「先生」


鸚鵡返しに聞き返す私に、獄寺も同じように返してきた。しかし。


「先生というものは、年上がなるものなんじゃないのか?」明らかにリボーンはこの中で最年少だ。


「その通り」


獄寺はやっぱりどこか嬉しそうだった。まるで自分の自慢を喋るように、


「だからリボーンさんって、すげーだろ」



なるほど、確かに凄い。かも知れない。



「千葉」


私と獄寺がそうして雑談をしていると、リボーンに声を掛けられた。そういえば私は担当であるリボーンと話をしなければならないのだった。


リボーンは拳銃を私に差し出す。


「お前も撃ってみるか?」


銃で撃たれたことはあっても、撃ったことのなかった私は頷いた。手順を聞くと、獄寺が顔をしかめた「お前はそんなことも知らないのか」今回の私は「新人マフィア」だからいいのだ。


遠くにある的に当てればいいらしい。弾の入った拳銃の引き金を引いていく。そして…


大きな音がした。手の中の拳銃が暴れて腕があらぬ方向へと持っていかれる。弾は的と全然違う方向に…何故かリボーンの方向へと飛んで行った。リボーンが帽子を押さえながら避けた。


「殺す気か!!」


「どうして分かった!!」と返しそうになった。


こうして二日目が終わった。射撃訓練のあと獄寺に散々説教されて日が暮れたからだ。





彼女と擦れ違ったのは、私が獄寺とリボーンと共に歩いているときだった。いきなり声を掛けられたのだ。


「あら。知らない顔ね」


振り返れば銀髪の女がこちらを見ていた。何故か獄寺が顔色を悪くした。


「姉貴!」


姉弟なのか。なるほど、そういえば似ている箇所もある。まぁ人間と言うのはみな似たり寄ったりだが。


「どうしたんだ?」


「いつものことだ気にするな。…ビアンキ。オレの新しい部下だ」


「千葉です」


「あら、そうなの。初めまして、リボーンの愛人のビアンキよ」


そう言ってビアンキは私に手に持っていたバスケットを差し出してきた。中にはクッキーが入っている。


「お近付きの印し」


なるほど。私は礼を言ってバスケットの中に手を伸ばした。食欲はないし、食べる必要はないのだがこれが礼儀だというのは知っている。


息を呑む気配がした。獄寺だった。はて、彼は一体何をあんなに慌てているのだろう。


疑問に思いながらも私はクッキーを口に入れた。味覚を持ち合わせてないので味はしなかったが、飲み込んだあと「美味かった」と言った。棒読みだった。


しかし奇妙だったのは周りの反応だった。みんな驚いていた。リボーンですらどこか拍子抜けしたような表情だった。みな無言だったが、言葉にするなら「あれ?」だろうか。


その様子に私が怪訝顔になっていると、ビアンキは「口に合ったようでよかったわ」と言って去って行った。首を傾げながら。


彼女が去ったあと、獄寺が口を開いてきた。顔色は直っていた。


「お前、毒に耐性があるのか?」


「どうして分かったんだ」今度は本当に口に出してしまった。私たちは、毒は効かない。


「あいつの作るものは全部毒なんだよ」


リボーンがそう教えてくれた。触るものが全部毒になるときもあるとも言われた。人間離れしてるな、と人間でない私は思った。


「本当に大丈夫なのか?」


獄寺が気遣うように声を掛けてくる。何がそんなに心配なのかよく分からなかったが、大丈夫だと返した。獄寺は目を輝かせた。


「すげぇ」


どうやら私は凄いらしい。そういえば昨日も彼はリボーンのことを凄いと言っていたな、と思い出した。


「リボーンとどっちが凄い?」


「え?」


獄寺は一瞬だけきょとんとして、私とリボーンを見返して…私を見た。


「今限定で千葉!!」


勝った。何故か嬉しかった。





その夜、私の電話が鳴った。監査部からだった。


『どうだ?』


「やってる」


我ながら曖昧な返答だ。何を、と問われたらサボりを、と答えそうで怖い。


『報告が出来るなら、早めにな』


お決まりの台詞が帰ってきた。私もお決まりの台詞を返す。「ぎりぎりまでかかるかも」



―――ミュージックが楽しめないのに、時間一杯までここにいようとするのは何故だろうか。



どんな状況であれ、「可」と書いて提出すればそれで終わる。ろくな捜査すらせずそうする捜査官もいる。けれど私はそれをしない。


何故か。それが仕事だからだ。それだけか? それだけじゃない。私の脳裏に獄寺の顔が浮かんだ。


何故か彼といると、まるでCDショップに入ったときのような感覚になる。嬉しいとか、楽しいとか、そういう気持ちを混ぜたような。


ぼんやりとそんなことを考えていると、相手はお決まりの最後の質問をしてきた。


『おおよそ、どんな感じだ?』


「まぁ、『可』だろうな」それはきっと変わらないだろう。


それで電話と三日目が終わった。そういえば私は獄寺と接触してばかりで、リボーンとはまるで会話してないな。明日はちゃんとしよう。





「リボーンは、死ぬことについてどう思う?」


やっと仕事らしい仕事をしている気分になれた。


そういえば私は一応設定上彼の部下なのだから獄寺のように「リボーンさん」と呼ぶべきだったかも知れない。遅すぎるが。


けれどリボーンは呼び捨てされることに慣れているようで、特に怒られはしなかった。代わりに私の質問に面食らっているようだった。


「なんだ藪から棒に。死ぬこと?」


「そう。死ぬこと。教えてほしい」


「オレには関係のないことだな」


「関係のない?」


「ああ。何故ならオレは死なないからな」


残念なことに、高確率で四日後にリボーンは死ぬんだ。と言いそうになった。


「人間、誰でもいつかは死ぬものだと思うが」


「何にでも例外は付きものだ」


自信満々にリボーンはそう言った。どこからその根拠が出てくるのかは分からない。


「オレは死なない。アルコバレーノだからな」


「アルコバレーノ?」初めて聞く単語だった。


「人間離れしてるって意味だ」


「昨日会ったビアンキのように?」彼女もまた人間離れしていた。


「違う。ビアンキよりももっと凄い」


「凄い」ここに来てからこればっかり聞いている気がする。


「オレは人間じゃねーんだ」


私だって人間じゃないが、しかし一体どういうことだろうか。リボーンが人間じゃない?


「死神か?」ならば私は同僚を殺そうとしているのだろうか。


「そう言われることもある」


「ミュージックは好きか?」好きならきっと、リボーンは仲間だ。


「ん? まぁそうだな、それなりに」


それなりか。それなら私と同じ死神ということはないだろう。よかった。何故か私は安心した。


「つか、アルコバレーノぐらい知っとけ。結構有名な話だぞ」


そう言われても、知らないものは知らない。そんな有名な話ならそれを資料に書かなかった情報部が悪い。


それから雑談を少しして、私たちは別れた。別れたあと、私は電話を掛けた。情報部だ。


『どうした』


「聞きたいことがある」情報部は問い合わせれば答えてくれるはずだ。不親切に、だろうが。


『なんだ』


「捜査対象が、自分のことを人間じゃないと言っているのだが」


私がそう言うと、相手は小馬鹿にしたように笑った。そんなことで電話してきたのか、と言わんばかりだった。


『そんなことで電話してきたのか』実際に言われた。『そう思い込んでる人間は大勢いる』、とも。


「自分のことを、人間じゃない。アルコバレーノだ。と言っているのだが」


『アルコバレーノ? なんだそれ』私も詳しくは知らない。


「人間離れしているらしい」


『オレたちなんか人間ですらない』知ってる。


「だが、事前に貰った資料にも不審な点がある。未記入が多すぎるぞ」


そうなのだ。


年齢が黒く塗り潰されているだけじゃない。他にもあった。


家族構成も書いてないし、生年月日も西暦が抜けてる。名前に関しても「リボーン」だけで苗字すら書かれてない。いくら情報部が不親切だからって、これはあんまりだ。


そう思う私に相手が言った一言は、とても感動的だった。


『そんなことを知らなくても、仕事は出来る』お前は私の上司か。


けど確かに私の仕事は捜査対象が「可」か「見送り」かを報告するだけだ。情報が抜けていようと関係ない。むしろ渡されても資料を見ない同僚だっているぐらいだ。


『例えばお前が「可」の報告をしてそのアルコバレーノとやらが死ななかったとしてもだ。それは別の管轄の問題だ。お前には関係がない』


捜査対象と唯一接している私に「関係ない」はないんじゃないだろうか。多少の憤りはあったが、「そうだな」と返した。これも仕事だ。


そうして四日目が終わった。そういえばこの日は獄寺に会わなかった。そのせいなのか、私は少し不機嫌だった。





「アルコバレーノについて、聞きたい」


翌日、私は獄寺にそう問い掛けていた。彼と話したい気持ちと、アルコバレーノ…リボーンのことを知りたい気持ちがあったので丁度よかった。


「アルコバレーノ…って、リボーンさんのことか?」


「それもある。が、アルコバレーノそのものについても知りたい」


私がそう言うと、獄寺は顔をしかめた。


「オレもあまり詳しく知ってるわけじゃない」


「有名な話だと聞いたが?」違うのか?


「だから、大雑把には知ってる。だけど、詳しくは…オレは知らない」獄寺はどこか悔しそうだった。


「なら、誰だと詳しく知ってるんだ?」


私の声は決して小さくはなかったと思うが、獄寺には聞こえてなかったみたいだ。ギリギリと歯を鳴らしている。


「ヤマモトメェエエエエエエ…!!」


ヤマモトメェエエエエエエ、と言うのは人間の名前だろうか。とにかく獄寺はそいつが憎いように怨んでいるように呻いていた。私の知らないところで物語りは進んでいるらしい。


「まぁ、大雑把でもいいから教えてくれ」


詳しい事情を知ってるらしいヤマモトメェエエエエエエとやらに興味がないわけではなかったが、やっぱり私は獄寺と一緒にいたいらしい。


「ん……アルコバレーノってのは…呪いのことだよ」


「鈍い?」つい聞き返してしまった。リボーンは遅いのだろうか。


そう聞いたらはたかれた。「違う」と。


「そっちじゃねー! 呪われる、の呪いだ! 強いけど、呪われた存在がアルコバレーノ。世界に七人いる」


「リボーンが七人もいるのか?」世界に同じ顔は三人までじゃなかったのか。


「だから違うって、アルコバレーノの話だ。…リボーンさんは、その中の一人なんだ」


「なるほど」


私はもう一つ、質問することにした。実はこれがずっと気になって仕方ない。


「リボーンは、人間なのか?」


「―――――」


獄寺は一瞬止まった。が、私を見ると返答はすぐに来た。


「…当たり前じゃねぇか。なに言ってんだ? 千葉」


まるで「空気は見えないかもしれないけど、あるよな?」ということを聞かれたかのような顔だった。


「…いや、リボーンが「オレは人間じゃない」と言ってきたんだ」


「は…っ」


獄寺が笑う。綺麗な顔だった。


「あの人も…悪戯が過ぎるよな。確かにあの人にそう言われたら信じるかも」


リボーン本人が言うなら人間ではないが、獄寺が言うなら人間らしい。さぁどっちなのだろう。


リボーンともう一度話をしようと彼を探したが、彼は抗争とやらに出掛けていないらしかった。


彼を探している途中ビアンキとまた会い、今度はケーキを貰った。素直に貰うのが礼儀だと思った私は礼を言って、食べた。


やっぱり味は感じなかったが、「美味かった」と言うと彼女はどこか悔しそうだった。獄寺が「やっぱり千葉すげぇ」と言ってくれた。どうだリボーン。私の二連勝だ。って、私は何と張り合ってるんだ。


そうして五日目が終わった。





リボーンは早朝に帰ってきた。見たところ、彼はどこにも怪我など負ってない。雨に打たれたのか、スーツが少し濡れてるぐらいだ。少なくとも捜査期間中に彼は死ぬことはない。


「千葉か……オレは眠いんだ。緊急の用件以外は後にしろ」


忙しい、ではなく眠いと言う辺り年相応かも知れない。


そして私の用件は取り分け緊急というわけでもないので後にすることにした。疲れている人間の相手は、私も疲れる。


だから私はそのままリボーンを見送った。話などリボーンが起きてからでも出来ると思って。


だけど私には一つだけ誤算があった。



リボーンは、起きなかった。



最初は妙なことで騒いでるな、と思った。


リボーンが目を瞑って寝ていると。


普通の人間は目を瞑って寝るものなんじゃないのか、と隣に問うと「リボーンさんは普通の人間じゃないんだ」と返された。異常な人間なのか、人間じゃないのか。どっちなんだ。


「それに声を掛けても身体を揺すっても起きない」


寝付きの悪い人間なら、そんなものではないだろうか。


「今までのリボーンさんなら、部屋に人が近付く気配だけで起きていたんだ。それ聞けばこの異常さも分かるだろ?」


聞きなれた声に顔を向ければ、そこには獄寺がいた。彼の表情も周りと同じく少し強張っていた。


「そこまで異常か? ただ寝てるだけなんだろ? 案外今回は少し疲れてるだけかも知れない」


「そこまで異常だ。確かにお前の言う通りに取り越し苦労かも知れないけどな」



結果として、周りの人間の方が正しかったのだと分かった。


結局リボーンは日付が変わっても起きなかった。


こうして六日目が終わった。外では相変わらず雨が降っている。いつものことだ。





今日は報告の日だ。それによってリボーンの生死が決まる。


といっても、私のやることは決まっている。これから掛かってくる電話に「可」と答えるだけだ。それで終わりだ。



………ん?



はて。今何かを感じた。なんだそれはと問われても、"何か"だ。


なんだろう。何か、何か………


と、思ったところで電話が鳴った。私は電話に出た。


『どうだ』


「可だな」そう、言おうとした。実際、か、までは言ってしまったかも知れない。


けれど言わなかった。言葉が止まっていた。私の視界に彼が入ったかからだ。誰か。獄寺だ。


『どうした?』


「可」だろうが「見送り」だろうがその一言だけで終わる儀式のような会話が途切れたので、相手も不審がる。


「いや…」


そうか、なるほど。さっき感じた"何か"も分かった。そういうことか。


私は言おうとしていた言葉を別の言葉にして、相手に言った。さあどうなることやら。





目が覚めた。正直日付が把握出来なかった。


どれだけ寝ていたのか、頭が重い。嫌な予感がしつつ携帯で確認してみれば丸二日ほど寝ていたことが分かった。


「失礼します、リボーンさん…」


ノックの音とドアが開かれる音。見れば獄寺が部屋に入ってきていた。そしてオレを見た途端驚いていた。


「リボーンさん!!」


ってこらお前オレに抱きついてくるな! 意味もなく慌てるだろう! オレが!!


「リボーンさんよかった…! オレ、もう目が覚めないんじゃないかと思って、心配で…!」


泣くなー! 無駄にてんぱるだろうが! オレが!!!


「…落ち着け獄寺。大の大人が泣く奴があるか」


オレは早口にそう言って獄寺を引き剥がす。鼓動がもうとんでもないことになっているが、獄寺にばれませんように。


「…すいません、リボーンさん。取り乱してしまって…」


「いや…」


だから涙目で微笑むな! 心臓に悪いだろう! オレの心臓に!!


このままいくと獄寺に殺されるんじゃなかろうか。無意識のうちに。


結構本気で心配に思っていると、視線を感じた。骸だった。


…なんであいつはあんなにも悔しそうな顔してオレを睨みつけてんだ?


まぁいいか…


骸から意識を逸らす。するとまたノックの音が聞こえてきた。獄寺が涙を拭うのを待ってから言った。「入れ」



入ってきたのは、千葉だった。



「起きたんだな」


まるで「よかった」と言われているようで少しおかしかった。こいつはオレのことなどどうでもよく思っている。


「獄寺、お前外せ」


「え?」


「千葉と話がしたい」


獄寺は多少戸惑っていたが、オレの言う通りに退室した。オレは獄寺の気配が遠ざかってから話を切り出した。



「どうしてオレを殺さなかった?」



オレがそう問うと、千葉は「ほお、」と言葉を漏らした。


「気付いていたのか」


「まぁな」


世の中に「死神」と呼ばれる者たちがいるのは知っていた。オレも話で聞いていただけの知識しか持ってなかったが、まさか本当に会う日が来るとは。


「勘違いしているようだが、私はリボーンを殺してない訳じゃない」


「なんだ、ならオレは今日にでも死ぬのか?」


「本来なら、その予定だったが…」もう少し長生きする、と千葉は続けた。


「もう少しか」


「ああ。リボーンはいずれ死ぬ」誰だってそうだ。オレは思わず突っ込んだ。


「死なないんじゃなかったのか?」千葉は至極真面目な顔で問うて来た。そういえばそんなことも言った。


「オレが死なないから、オレを殺さなかったわけじゃないだろう」


「だから、私はリボーンを殺してない訳ではないと」


会話がループしてきた。


「……はぁ、だからオレが聞きたいのはそこだ。オレが今すぐ死なない理由はなんだ。オレがアルコバレーノだから、じゃあるまい」


無論だ。と千葉は即答した。そうか無論か。じゃあなんだ。


「獄寺だ」


「は?」


「リボーンを殺したら、獄寺とも別れなくてはならないだろう」


それはつらい、と返された。いや、お前ちょっと待て。


「だから『保留』と報告した」


「保留?」


「保留」


初めてのパターンだったが、と千葉は続ける。認められた。と。


「いつ保留が解かれるかは私が決める。それまでずっと私はここにいる。そして私が上司に「やっぱり『可』だな」と言えば恐らく次の日に、リボーンは死ぬ」恐ろしいことだ。


「はぁ…じゃあオレが今生き永らえてんのは、」獄寺のおかげかよ。


「そうだな」


あいつ…とうとう死神ですら惹き寄せやがった。


「つまりリボーンが死ぬのは、」


「獄寺が死んだ次の日か…」オレの命を握っているのはどうやら千葉じゃなくてあの危なっかしい獄寺らしい。更に恐ろしい。


しかし…こいつ。


オレは千葉に手を差し出す。


「? なんだ?」


「お前、オレのこと完全に舐めてるだろう」


「舐めてなどいない」かなり真面目に言われた。意味が違う。


「…格下に見てるって意味だ。いいから、オレと握手しろ」


「しかし…」千葉がたじろいている。珍しいものを見た気分だ。


「いいから」オレは半ば無理やりに千葉の手を掴んだ。素手の千葉の手を、だ。





部屋を出ると、骸がいた。どこか不機嫌な気がする。


「どうしてアルコバレーノを殺さなかったんですか?」


またか。同じ事を聞かれた。


「貴方でしたらアルコバレーノも人間も苦もなく変わりなく殺せるでしょうに」


「そうだな」と言おうとして、止める。そうでもなかった。


「いや、少しくらい苦はあるかもしれない」


「え?」


私たち死神は、規則で素手で人間に触れてはいけないことになっている。


触れた場合死神には罰則を与えられ、人間は極度の貧血状態に陥り倒れ、更に寿命が一年縮む。


…その、はずだったのだが。


リボーンは顔色が悪くなったものの倒れはしなかった。驚く私を見てしてやったり。の表情を作って見せたぐらいだ。


そのあとすぐに「疲れた」と言って眠ってしまったが、それでも私から見れば驚嘆に値するものだった。獄寺の言う通り、確かに凄い。認めることにした。


「…だから、殺さなかったんですか?」


骸はまだ問い掛けている。リボーンと同じように話そうとして、思い止まった。別の言い方でもいいか。



「何にでも、例外は付きものだ」



私は骸には上司と同じ説明をした。流石に一人の人間に執着して、と言うのは認められない。


しかしその通り、これは例外だった。


私が愛してやまないミュージックが人になったような人間がいたり、死神に触れられても気絶しないアルコバレーノとやらがいたり。


その二人がいる世界を私が面白いと感じている事実すら、いつもならばありえない。つまり例外だ。



骸とはそこで別れた。そして廊下を歩いていくと、今度は獄寺と会った。隣に一人、見知らぬ人間がいた。


「千葉…リボーンさんとの話はもういいのかよ」


「ああ、済んだ」


と言いつつ、私は目の前の人間は誰だろう、と思った。思った通りに聞いたら、獄寺は一瞬きょとん、として。だけどすぐに、


「てめぇ…仮にもボンゴレの構成員がリボーンさんの部下がオレの同僚が10代目を知らないたぁ一体どういう了見だーーー!!!」



ああ、なるほど。彼が獄寺の本体の10代目か。なるほど。



納得しつつ私は獄寺の思いっきり反動を付けられて放たれたドロップキックにより遠くに吹っ飛んでいた。


私に痛覚はないため痛みは感じなかったが、それでも壁をぶち破りガラガラと瓦礫に埋もれた衝撃は未だかつてないほどだった。


彼の凄いと言うリボーンも確かに凄いかも知れないが、きっと一番凄いのは獄寺だ。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私はほお、と感心した。


空さまへ捧げさせて頂きます。