ぬるっとした手触りに、自分が血を流しているのだとその時初めて知った。


はて。この傷は一体いつ負ったものなのだろうか。自分のことながらさっぱり分からない。



まぁいいか。



そう思って思考を停止。こんな傷、放っておいてもすぐ直るのだから気にすることすら無意味。


周りだってそう思っている。だからほら、誰も彼も気にしない。





「…リボーンさん? その傷…どうしたんですか?」





…たった一人を除いては。










「………」



リボーンはいかにも、「面倒な奴に出会ってしまった」と言いたげに肩をすくめ、そして歩き出す。



「ってリボーンさん、その傷どうしたんですか? 早く手当てしないといけませんよ」


「……………」



背後から聞こえる…教え子にして恋人の獄寺の声をまるっきり無視して、リボーンはすたすたと歩いてく。まるで何も聞こえてないように。


けれどいつものリボーンの歩くスピードが若干早めであることから、獄寺の台詞が聞こえていて、その上で無視していることは明白であった。


…にも関わらず、獄寺は獄寺でリボーンに負けないぐらいの早足でリボーンに追いつき、無視されていることを欠片も気にも留めてない表情でリボーンに声を掛ける。



「また戦場でぼんやりと考え事でもしてたんですか?」


「………」


「駄目ですよそんなんじゃ。命がいくつあったとしても足りないじゃないですか」


「………」


「まぁ今はそんなことよりも傷の手当てですね。ではこれから医務室にでも行きましょう―――」



と、獄寺がリボーンの怪我をしてない方の腕に触れるとリボーンは途端に不機嫌そうな顔を獄寺に返した。



「…獄寺」


「はい? なんでしょう」


「オレがあえてお前を無視し、足早にお前から逃げようとしているのが分からんのか?」


「流石にここまで露骨にされるといくら鈍いオレでも分かりますが」


「だったら大人しく引け。相手の意思を汲むのも恋人の役目だぞ」


「オレも出来ればあなたの機嫌を損ねたくはありませんね。けれど相手の身を案ずるのも恋人の役目だと思います」



それがたとえ相手に煩わしいと思わせる行為であっても。と獄寺は続けた。


直訳するなら、「あなたの意見なんて聞いてませんからとっとと手当てされてください」と言っている。



「オレはアルコバレーノだ」


「存じております」


「実は自己治癒能力も人間のそれとは比べ物にならないぐらい強い」


「頼もしいです」


「よってお前ら人間の常識をオレに当てはめるな。オレに手当ては不要だ」


「けれどそれでもあなたは怪我をし、血を流しています」


「………」



怪我の手当てをしたい獄寺と、それを拒むリボーン。


綺麗な平行線だった。


お互い譲るという気持ちがまったく見受けられない。


と、今まで淡く微笑んでいた獄寺が、満面の笑みを浮かべた。



「オレはですね」


「? ああ」



ちなみにこのとき、リボーンは知らなかった。


獄寺が本当に怒っている時の顔を。


それが、今まさに目の前にあるのだということを。



「オレはあなたのことを敬愛しています。尊敬しています。あなたはオレの目標で、いつも感謝しています。そして心の奥の奥から愛しています」


「今更だな。それが?」



獄寺の笑みが深くなった。



「だけど………あなたがこうして自分の身を蔑ろにし、傷を負っているのにも関わらず放置する姿勢だけはどうしても好きになれません。…いいえ違いますね。大っ嫌いです



ピシリ。と場の空気が凍ったような気がした。


周りの温度も2、3度は下がったような気がする。


けれどその程度のことで怯むリボーンではなかった。



「嫌いで結構。別にお前に好かれようなんて思ってないからな」


「ええ、あなたはそんな人でしょうとも。本当に自分勝手でわがままで。誰も彼もが自分の思い通りになると信じて疑ってないのでしょう?」


「お前以外はな」


「光栄です」


「褒めてるつもりはないんだが」


「オレにとっては最高の褒め言葉です」


「愉快な頭だな」


「ありがとうございます」



ニコニコと獄寺は笑みを浮かべ続けている。


けれどその目だけはちっとも笑ってないのを見て、リボーンはようやく獄寺が静かにこれ以上なく怒っていることに気付いた。



「お前、なに怒ってるんだ?」


「あなたがご自分の身体を蔑ろにしていることに」


「そのことをお前にだけは怒られたくはないな」


「なんですか、それ」


「なんですか、だと?」



今度はリボーンの声のトーンが若干下がった。



「お前今まで一体どれだけ馬鹿みたいに戦場に突っ込んで死に掛けたと思ってるんだ?」


「生きてるじゃないですか」


「それを言うならオレだって生きてる」


「あなたの身体はあなた一人だけのものじゃないんですよ?」


「お前の身体はお前一人のものとでも言うつもりか?」


「今はオレの話ではなくリボーンさんの話です!!」


「だからオレは平気だっつってんだろ! お前は弱いくせしていつもいつも無茶しやがって!!」


「弱いからこそ無茶してるんです!! そうでもしないと強いあなたに着いていけませんから!!」


「弱いなら弱いで大人しく引っ込んでろ!! こっちは気が気じゃねーんだ!!」


「オレだってあなたが怪我して戻ってくるなんて聞いて気が気じゃないです!! いいから早く手当てしましょうよリボーンさん!!!」










「…で、何あれ」


「お互いが自分を蔑ろにして、お互いそのことを怒ってるバカップルですかね」


「……………馬鹿らしい」


リボーンと獄寺の言い合いが激しくなっていくのを少し離れた場所で見ながら、雲雀はやれやれとため息を吐いた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まったく、馬鹿ばっかり。


リクエスト「シリアスでリボ獄痴話喧嘩」
リクエストありがとうございました。