思えば、屋敷の外に出てからずっと、生傷が絶えなかった気がする。



そんなことをぼんやりと獄寺は思った。


やっぱり自分は弱いのだろうか、とも。


幼き頃より、誰かに仕えるのだと…ボンゴレに入ってからは10代目の右腕になるのだと息を巻いてきた。


10代目の右腕が弱いだなんて、話にならないと。強くあれと願ってきた。


と言っても、何故か自分は治安の悪いスラム街で暮らしたこともあるのに平和な日本でぬくぬくと暮らしていた某野球部員には喧嘩ランキングで負け。


…更には某風紀委員長には今ですらタイマンで勝てなかったりもして。



………はぁ。



獄寺は思わずため息を吐いた。やっぱ弱いか。自分。


そうだと認めると、どこか気が楽になった。



…オレは弱いか。



そう思ったとき、何故か脳内にちらついたのは最強と名高いあの人の姿。あの人の不敵な笑顔。


…弱いからこそ、惹かれたのだろうか。


そんなことを、不意に思う。



出会う前から、尊敬していた。


出会ってから、憧れた。



噂通りのその人に。



何故だか、その人と出会ってからの日々が脳内に再生された。


…これはよもや、走馬灯という奴かな、と獄寺は内心で苦笑した。



現在獄寺は、路地の裏に倒れていた。


傷だらけの身体で。


両腕の折れて、傷口を押さえることも武器を手に取ることも出来ない状態で。


こんな身体では、自爆することすら叶わない。



…やっぱ最後は、華々しく散りたかったんだけどな。



血が流れ、冷えた身体が震える。



…もう長くはないか?



とうに、生きて帰るつもりはない。


けれどせめて一太刀、討ってみたいものだ。…こんな身体でなにが出来るかは不明だが。


…足はまだ動くから、飛び付いて喉笛に噛み付くか?



そんなことを、遠くから聞こえる足音に耳を澄ませながら思った。



―――近付いてくる。


誰かが、こちらまで。



獄寺は足に力を溜め、身を起こす。


更に歯を食いしばる。



覚悟は最初から決めている。



あとは相手が来るだけだ。


コツコツと、靴音が響く。


こちらに向かって。



―――走る。音もなく。



角が見える。


角の向こうから、相手が来る。



…殺す。



けれど、相手はするりと身をかわし。


そのまま獄寺を受け止めた。



「なんだ。思ったより元気そうじゃねーか」


「え……」



聞こえてきた声に、獄寺は顔を上げる。


するとそこには、



「リボーンさん…?」


「また無茶をしたな」



声の通りに、その人が。


先ほど思い浮かんだ、その人が。


不敵な笑顔で立っていた。



「任務ご苦労。迎えに来たぞ」


「え…あ……」



獄寺は内心混乱していた。


迎えに? この人が? ………オレを?



「変な顔してどうした? …ああ、敵なら全員倒したぞ。ここにいるのは、オレとお前だけだ」



事も無げに言い放つリボーンに、しかし獄寺はなるほどと頷く。そういえば敵の気配は一つとしてない。



「一人で全ての問題を解決しようとするのは、お前の悪い癖だぞ」


「……すいません…」



獄寺はそう言って頭を下げる。…するとどこか切っていたのか、頭から血が足れて獄寺の片目を潰した。



「…とにかく、まずは医者だな。すぐに連れてってやるから、お前は寝てろ」



そう言って、リボーンが獄寺の血を拭い目蓋を閉じらせる。


視界が暗転し、感じるものは痛覚と…それからリボーンの体温のみとなった。


いつもよりも、どこか彼のぬくもりがあたたかいような気がした。それは自分の血が抜けて体温が低くなっているからだろうか? と獄寺は思う。


なんにしろ、このまま眠る前に…言いたいことがある、と獄寺はどうにか口を開く。



「…ありがとうございます、リボーンさん…」


「………」


「…今日は随分と、お優しいんですね…」


「―――本気でそう思っているってんなら、」



リボーンの声の質が、変わった。


…ん?



「…本気でそう思っているってんなら…お前は随分とおめでたいな? 獄寺」


「……………」



獄寺の頬を冷や汗が一筋流れた。



あ。この人やっぱり、いつものリボーンさんだ。



やっぱり自分の誕生日に死に掛けられるって、怒られるよなぁ…と獄寺は身を震わせた。








そして、それから。



「…ほら獄寺。口を開けろ」


「いえ、その…ですね?」



とある病室にて、獄寺は傷の手当てをされ…そして現在はリボーンにケーキを食べさせてもらっていた。


いや、まぁ獄寺本人はひたすら困った顔をしているのだけれど。



「口を開けろ」


「あ…あなたにそのようなことをして頂くというのは、恐れ多いと申しますか…」


「口を開けろ」


「……………」


「それともお前は、はい、あーんとでも言われないと開けられない口か?」


「開けますからそんな恥ずかしいこと言わないでくださいね!?」



獄寺は慌てて口を開けた。そこにリボーンの手に持ったスプーンが突っ込んでくる。


スプーンの上に乗っているのは、レアチーズケーキ。



「美味いか?」


「………」


「美味いか?」


「とっても美味しいです…」



実際のところ味なんてもの感じている余裕などないわけで、というかさっきから獄寺は冷や汗だらだらなわけで、どうにか抜け出したいわけで。でも無理なわけで。



「ほら、もう一口」


「いえ、その…」


「もう一口。…それともなんだ? お前はオレが口移しで食わせてやらねぇと―――」


「頂きますからそんな過激は行為は止めてくださいね!?」



と、獄寺の口中にまたスプーンが入れられる。



「………うう、リボーンさん…怒っていますか?」


「ああ、怒っているな」


「………」



と、いつもの澄ました顔でリボーンは言う。けれども、その目は少しも笑っていないわけだが。



「けど、今のお前を怒っても怪我の治りが遅くなるだけだろ。…お前の体調が万全になったらちゃんときつく叱ってやるから、安心しろ」



そんなこと言われてもちっとも安心出来ないわけで。しかし自分に彼に反論する勇気も言い訳もあるはずがなくて。



「…あの、リボーンさん」


「なんだ」


「その、…お誕生日おめでとうございました…」


「ありがとうよ」



空気が重い。過去形になってる辺り獄寺はかなり気不味い。大体このケーキ、リボーンさんの好物じゃねぇか!! と獄寺の脳内で思考がぐるぐると回る。



「…ええと、その、オレ何のプレゼントも用意出来なくて…」


「構わん」


「いえ、オレが構います。…あの、今回リボーンさんにオレの命を救って頂いたことですし…オレをプレゼントにしますからどうか受け取ってください」


「………」



リボーンが押し黙った。


外したかな? と思いながらもこれ以上気不味くなってはたまらないと獄寺は更に口を開く。



「ええと、そりゃ今は何の役にも立ちませんけど、その、怪我が治ったらオレリボーンさんの言うことなんでも聞きますんで。多少の無茶も、オレなんだかんだで頑丈ですから大丈夫ですし…って、リボーンさん?」



更に何の反応も示さなくなったリボーンに、獄寺は彼の名を呼んだ。そうするとリボーンははぁ、と盛大にため息を吐いて―――獄寺を拳骨で殴った。



「―――――!!!」



あまりの衝撃と痛さに思わず涙目になる獄寺。



「な、に、を…」


「オレのものになったんだろ? これくらい別にいいだろ」


「はぁ…」



痛む頭を抑えつつ、獄寺は釈然としない返事を返した。


その一方で、リボーンは…



(…恋人に誕生日プレゼントで自分自身を贈るって…なんでその意味に気付かないんだ、こいつは……)



鈍感と天然が魅力的な恋人に悩まされていた。







更に一方で、病室の外では―――



「…一応、仮にも、今日はオレの誕生日なんだけど……なにいちゃついてるの? あの二人……」



獄寺を見舞いに来た我等が10代目が盛大にため息を吐いていた。





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いや、いいんだけどね。無事なら。元気なら。生きてるならさ。


風下さまへ捧げさせて頂きます。