いつだって思い出せる。


どこだって思い出せる。


あなたのことならば。





あなたはいつでもオレの傍にいてくれて。


あなたはなんでもオレの為にしてくれて。


それは面倒見として。


それは教育者として。


それは指導者として。


それは護衛として。


それは親代わりとして。





―――それは仕事として。





そうであったのだと、オレが気付いたのはあなたといて随分と経ってから。


だってあなたはオレが物心付く前から、もしかしたらオレが母の腹の中にいた時からオレの傍にいてくれたのだから。


あなたがオレの視界の中にいるのが、あなたがオレの世界の中にいるのが、オレにとっては当たり前で、自然で、当然でした。


だからごく最近。あなたがいつか、オレの前から消えてしまうかも知れない。いなくなってしまうかも知れないのだと知ったときは、冗談ではなく本気で戦慄しました。


考えられない。信じられない。あなたのいない世界なんて。


あなたがいて、オレがいる。それで世界は完成するのに。


オレの世界を壊させるわけにはいかない。


それがたとえあなたであったとしても。


だから、オレは。


あなたをオレに、惚れさせます。





…と、意気込んでみたはいいものの。どうしようか。


落とすと決めた相手は難攻不落のリボーンさん。一筋縄ではいくわけもない。


まああまり考えても仕方ないか。オレはあまり頭がよくない。成績のいい馬鹿とはリボーンさんからオレへの評価だ。まったく手厳しい。


それでも、落としてみせよう。


まずは…うん、こういうのはやっぱり成功法でいくのが一番かな。





「というわけでリボーンさん。これをどうぞ」


「…何が「というわけで」なんだ?」


しまった。いらないことを言ってしまった。誤魔化そう。


「お気になさらず。そんなことより、さあどうぞ」


「………?」


リボーンさんは怪しむような顔をしたが、結局何も言わずに包みを受け取ってくれた。


「開けてもいいのか?」


「はい、どうぞ」


オレの了承を得てリボンを解くリボーンさん。包みの中にあるのは…


「なんだこれ。クッキーか?」


「はい」


「お前が作ったのか?」


「ええ」


曰く。男性の心を掴むには胃袋を握るべし。


「……………」


何故か沈黙が流れた。


…そういえば…リボーンさんは確か、甘いものはあまり……


「待て待て。そんな顔をするな」


はて。そんな顔とは。どんな顔をしたのだろうか。オレは。まあすっごい落ち込んだけど。今。


「でもリボーンさん、甘いものは…」


「オレが心配したのは味の方だ」


それはそれで酷いような。


リボーンさんはそう思うオレの横、クッキーを一つ掴み、口の中へと放り込んだ。


「………意外だな」


そういうリボーンさんの表情は本当に意外そうだ。


「美味いじゃないか」


「本当ですか?」


「オレはお前に嘘は言わん」


そうでした。


ということはオレのクッキーが美味いということも本当で。


オレは後ろに回した手でガッツポーズを作った。


難攻不落の城の壁に傷ぐらいは付けられたかもしれない。


「初めて作ったとは思えない味だな」


「山のように失敗をしましたので」


オレは少しだけ遠い目をする。


ふ…。あの失敗作の山、あとでどうしてくれようか。


「…ん? 獄寺」


リボーンさんがオレの手を掴む。持ち上げる。


「? どうかしたんですか?」


「どうしたもこうしたも、なんだこの指は」


リボーンさんの目線の先。オレの指先。赤く腫れて、水膨れが出来ている。


「火傷しました」


「馬鹿。大事な指をこんなにして、これでピアノが弾けるのか?」


「根性があれば」


「…お前のピアノは根性で弾くものなのか?」


呆れられた。


壁に傷どころか、目標手前で撃沈されたようだ。


「来い」


オレの手首を掴んだまま、リボーンさんが歩き出す。当然オレも着いていく。


どこに行くのかと思いきや、そこは水道口。リボーンさんは蛇口を捻り、水を出す。そこに有無を言わさずオレの手を突っ込む。こんな真冬に、冷たい水。


「リボーンさん、冷たくて、痛いです」


「我慢しろ」


にべもなかった。


結局リボーンさんはオレの指先の感覚がなくなるまで冷水を浴びせ続けた。タオルで水分を拭き取り、絆創膏を貼っていく。


「……どこから取り出したんですか?」


「ポケットから」


「まるで魔法のポケットですね」


「どこの馬鹿がいつどこでどんな馬鹿なかことをしでかすかわからないからな」


「その馬鹿ってもしかしてオレのことですか?」


「他に誰がいるんだ?」


ですよね。


そんな軽口を叩きながらも、リボーンさんの目線も意識もあくまでオレの指先だ。


……ああ、そういえば。


「…何笑ってんだ?」


「ああ、すみません、少し昔を思い出していまして」


「昔?」


少し不機嫌そうな声。本当、この城をオレは落とせるのだろうか。


「…覚えてますか? 子供の頃、オレの指が車のドアに挟まったこと」


「ああ……」


リボーンさんが顔を歪ませる。


…オレ、さっきからこの人の気分を害してばかりの気がする。気のせいだろうか。


「あの日も今日みたいに冬でしたね。雪が積もっていて」


「…そうだったな」


オレの口から笑い声が漏れる。


「オレ、あの時以上に慌てるリボーンさんを見たことないですよ」


「だろうな。オレもあの時以上に慌てた記憶は持ち合わせてない」


リボーンさんは先に運転席に向かったので、オレの指がドアに挟まれたのに気付くのが少し遅れた。


オレの異変に気付いたリボーンさんはすぐさま先に車の中に入っていた人間にドアを開けるよう指示を出したが、そいつは咄嗟のことで固まっていた。


埒が明かないとすぐに判断したリボーンさんは車から飛び出てオレを助け出した。


さほど時間は経っていなかったはずだが、挟まっていたオレの指には血豆が出来ていた。


リボーンさんは積もっていた雪でオレの指を覚まし、応急処置をしてくれた。


「あの時のこと。今少し、思い出しました」


「よく覚えているな。そんなこと」


「覚えてますとも」





いつだって思い出せる。


どこだって思い出せる。


あなたのことならば。


大好きなあなたのことならば。


愛するあなたのことならば。





「そうだ。リボーンさん」


「なんだ?」


「リボーンさんは一体どのようなタイプの女性に心を奪われるのですか?」


「……………何?」


おっと少し直接的に聞きすぎたかもしれない。まあいいや。


「ええと…」


…正直に言ってもこの人絶対信じないだろうな…。だからこそ惚れさせる必要があるわけだけど。


この人相手に嘘は通じない。だから嘘を付かないのが負けない方法。


「実は、オレ好きな人がいまして」


「誰だ」


え。何この食付き。なんか、目の色というか雰囲気変わったんですけど。


「パーリィに来ている奴か?」


「ええと……まあ、誰と言うのかはひとまず置いておきまして…それで参考までにリボーンさんの好みの女性のタイプを知りたいのですよ」


「そんなの個人差でなんの参考にも…待て。ひょっとしてあのクッキーもその"好きな人"とやらのために作ったのか?」


「え、ええ」


嘘じゃない。嘘じゃないけど、真実だけど、なんだかまるでオレがリボーンさんを味見役にしてしまったかのような感じになってしまった。


「そいつのこと、本当に好きなのか?」


「もちろんです。それはもう、神に誓って」


「………そうか。よし、分かった。オレも協力しよう」


「あ、ありがとうございます」


…って、あれ。なんか、おかしなことになったような。


「ただし」


「は、はい」


「もしそいつがお前に相応しくないと判断したら……その時は―――」


「ああ――その辺りは大丈夫だと思います」


「…随分とそいつを信頼してるんだな」


「ええ、まあ…」


あなた本人のことですし。


「まあいい。お前が騙されてないことを祈ろう」


「大丈夫ですって」


オレが笑顔で断言するも、リボーンさんはどこか不機嫌そうだ。


…オレ、騙されてる方がいいのかな……


「なら、とりあえずパーリィはもうやめろ。年頃の娘がああもはしゃぐんじゃない」


「分かりました」


「…素直に聞くんだな。あんなに楽しんでいたくせに」


「まあ、楽しんではいましたけど…あの人のためでしたら、別に」


そもそもオレがパーリーを始めたのって、あなたにもっとオレを見てほしかったからですし。


「………もういい」


うわ。なんてつまらなさそうな声を出していらっしゃるんですかあなたは。


「ど、どうされたんですか?」


「なんでもない」


全然何でもなさそうに聞こえないですが。


「ちょっと出てくる」


「え? どちらへ?」


「どこでもいい。一人になりたいんだ」


何故に?


そう思う間にリボーンさんはあっという間にどこかへと行ってしまった。


……………。


まあ、いいか。


しかしなかなかにとんでもないことになってしまった気がする。どう収集つけようか。これ。


いやいや、物事は前向きに考えよう。これはこれで、いいことだ。きっと。


何故なら、例えばこれから、"オレの好きな人"とのデートの練習と言い張ってリボーンさんとデートが出来るかも知れないし、プレゼントを贈るためと言って一緒に店を回れるかも知れない。


それに、オレに好きな人がいると思えばリボーンさんももしかしたら油断するかも知れない。いや、油断させてどうする。でも敵を騙すにはまず味方からとも言うし。この場合リボーンさんは敵か味方か分からないが。


そういえば結局、リボーンさんの好みのタイプを聞きそびれてしまった。あとで是非とも聞かなければ。


それを元に服装、化粧を変えて。ああ、髪型を変えるのもいいかもしれない。


色々とやることはあるが…まずはあれかな。失敗作のクッキーの後始末。


まずはやるべきことを一つ一つ片付けていこう。そうしよう。


そうと決めるとオレは歩き出す。上機嫌に。


…後に、オレの「好きな人がいる宣言」に割とショックを受けていたらしいリボーンさんとの邂逅があるとも知らずに。





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やっぱりこの誤解は早めに解いた方がいいだろうか?