- 冷たい貴方 -
「リボーンさん」
「なんだ」
「実はオレ、貴方の事が好きなんです。大好きなんです。オレを貴方の愛人にしては頂けませんか?」
「断る」
「…即行で否定ですか? 少し酷いと思います。オレこう見えて繊細なんですから」
「知らんな。お前が傷付こうと落ち込もうとオレには関係のないことだ」
「ま、それはそうですね」
「ああ。だから…」
「でも」
「あ?」
「貴方の気持ちなんて知ったことではありませんから」
「………」
「オレが、貴方を。好きなだけですから」
「…で、それ言ったあとリボーンは何て言ったわけ?」
「迷惑だ。って一言言って切り捨てましたよ」
あっけらかんと言い放つ獄寺に綱吉は重いため息を吐いた。
「獄寺くん…それでもあいつの事が好きなわけ?」
「当然じゃないですか。何言ってるんですか10代目」
無駄に誇り気味に言ってくる獄寺に、綱吉は今一度ため息を吐かざるをえない。
あんな奴のどこがいいというのか。
しかしそんなことを無防備にうっかり聞いてしまった日にはかなり偏見の入ったリボーンの魅力トーク…という名の獄寺の惚気が始まるのは目に見えているので聞かないが。
「はぁ…こんな可愛くていい子に好かれて。リボーンも一体何が不満だって言うというのか」
「不満ていうか、オレのこと大嫌いらしいですからね。リボーンさんは」
「そこまで言われたの!?」
驚いて聞き返す綱吉にはいと軽く返す獄寺。にこにこと微笑んでいる。
「…今度リボーンに会ったらオレ、何て言うか分からないかも…」
「あはは。でもリボーンさん相手なら軽くいなされておしまいですよ」
獄寺に笑いながら言われてしまい黙り込む綱吉。
けれど確かに、あのリボーンには綱吉は未だ勝てないままだ。どう足掻いても最後には負けてしまうのだ。
「うー…腹が立つー。色々と納得がいかないー」
「10代目が気に病む必要はないですよ。これはオレとリボーンさんとの問題ですから」
獄寺にそう言われてもそれでも綱吉は引き下がる様子を見せない。
というか、片想いなのだが綱吉だって獄寺のことが好きだったりするのだ。想いが芽生えてもう10年にもなる。
…なんだか生涯言い出せなさそうな雰囲気なのだが。
「そういえば問題のリボーンは今どこにいるんだっけ?」
「リボーンさんなら東の抗争地区に行ってもらってますよ。こちら側が苦戦しているそうなので助っ人としてだそうです」
「ああ…そうか。別件の任務の帰り道だからって珍しく引き受けてくれたんだった」
「…最近、リボーンさんをアジト内で見かけませんね…」
「そうだね。任務任務であまりボンゴレにいない。…あいつあんなに真面目だったっけ…?」
リボーンはここ数ヶ月自らが志願した任務に赴き世界各国へと飛び回っている。
どの任務もかなり危険度の高いものなのだが定期的に入ってくる報告によるとどれも問題なく進んでいるようで。
「この間、報告受けているときリボーンに仕事をサボってないだろうなとか言われちゃったよ」
「あ…羨ましいです。オレなんて電話掛けても切られますからね」
「そこまで徹底されてるの!?」
などと二人が談笑をしていると、不意に開け放たれた背後の扉。
「戻ったぞ」
そこから現れたのは、まさに今話題の中心となっていたリボーンその人だった。
風に吹かれて届くは鉄錆の臭い。そして彼の足元から滴っているのは…
「…リボーンさん? 怪我を…!?」
「少し遊んでやっただけだ」
事も無げにそう言って、リボーンは綱吉に報告書であろう書類の束を投げ渡す。そしてそれが終わると挨拶もなしに去ろうとして。
「ちょ…っとリボーン!」
「少し休む。明日になったらまた出るからな」
ボスである綱吉の制止も聞かない。赤い足跡を残してリボーンは室内を後にする。
「待って下さい、リボーンさん!」
獄寺は慌ててそんなリボーンの後を追って行った。
「リボーンさんってば!」
「なんだ。鬱陶しいぞ」
いつもと変わらず獄寺を突き放すリボーンだが、それにも獄寺は怯まずにリボーンの腕を掴む。
「離せ」
「手当てします」
「は、お前にそんな器用な真似出来るかよ。シャマルの所に行く」
「あいつは男は診ませんよ。…それにオレ。あいつから免許皆伝貰ったんですから」
「初耳だな」
「何度も言いましたよ。貴方は興味がなさそうでしたけど」
でもそんなことはどうでも言いと、獄寺はリボーンをどこか手当て出来る所へと連れて行こうとする。
リボーンは断ることすらも煩わしく思ったのか、帽子を深く被り直すと抵抗することを止めた。
黒のスーツを取ればそこに現れたのは深紅の染み。
「………、」
途端に表情を曇らせる獄寺。けれどその手は傷を癒そうと動く。
「あまり無茶を…しないで下さい」
「無茶なんてしてねぇ。それにお前にも関係ねぇ」
こんな時でも冷たく言い放つリボーン。
「この程度の怪我、すぐに直るんだぞ」
「それでも怪我をしたら痛いです」
「痛くねぇよ。アルコバレーノだからな」
「………」
その言葉に辛そうな表情をしながらも、獄寺はそれ以上何も言わなかった。
それからと言うもの、獄寺はリボーンがアジトに戻ってくるなりに彼の所へと赴いていった。
リボーンは案の定というか血塗れで。…というか、時が過ぎるたびに重傷となっていって。
周りも一時は心配していたが、リボーンの冷たい突き放しように去っていった。
なによりも、獄寺がリボーンから離れようとはしなかったから。
ひとまずリボーンがアジト内にいるときは彼の面倒は獄寺に任せて。別の後始末を周りがするということで落ち着いた。
…それでもリボーンは危険度の高い任務に出ることを止めはしなかったが。
何故だと問うても彼の返答は「この方が効率がいいからだ」となんともシンプルなもので。
周りはリボーンに少し任務に出るのを控えた方がいいと進言したが、彼は聞き入れなかった。
このとき、リボーンは珍しく獄寺に意見を聞いた。「お前はどう思う?」と。
獄寺はまるで苦汁を飲んでいるかの表情で…こう告げた。
「オレは…リボーンさんが望むことをすれば、宜しいかと思います」
それは、リボーンが今まで通り任務に出るのを肯定する意見で。
周りは少なからず驚いた。獄寺ならばリボーンに嫌われてでも休ませる意見を出すとばかり思っていたから。
「オレが怪我をして帰ってくれば、お前はオレを手当て出来るからな」
リボーンがからかうように言ってくる。それに獄寺は相変わらず辛そうな表情で俯くだけだった。
ある日、獄寺が任務から戻って来たリボーンの所まで赴くと…どこか彼の様子はおかしかった。
「…リボーン、さん…?」
「獄寺か…」
リボーンはどこか疲れたかのような口調で、獄寺を出迎えた。
いつものように突き放しもしない。邪険な目で見られることもなかったが…むしろその方が獄寺の胸を痛ませた。
「…その、包帯を替えに…」
「要らん」
素っ気無い口調だけは相変わらずだった。リボーンは腰掛けていたベッドから立って、退室しようとする。
擦れ違うとき、思わず獄寺はリボーンの右腕を掴んだ。
―――冷たかった。
たとえるなら、死体のように。
「―――っ」
「…オレに触んな」
リボーンは獄寺を振り払わず、言葉で制した。
けれど…獄寺は手を離さない。どちらかと言うと、リボーンの言葉が入ってないだけみたいだが。
「…リボーンさん…もう、いいじゃないですか」
獄寺の声は震えていた。
「馬鹿なこと言うな」
リボーンの声は凛としていた。
「オレの死に場所は、安全なベッドの上じゃないんだぞ?」
どこか挑むような、リボーンの視線。
真っ直ぐに合わせられた黒の眼に…射貫かれそうになる。
「…本当、なんですか?」
「何がだ?」
「アルコバレーノの寿命は…10年」
「知ってたのか。なら話は早ぇ」
「………」
「馬鹿。んな顔すんな」
「…リボーンさん。……もう、休んで下さい」
「お前は本当に馬鹿だな。休もうが戦場に行こうが呪いで身体は痛むし死ぬときは死ぬんだぞ」
「でも…なら! オレも一緒に…!」
「駄目だ邪魔だ迷惑だ。お前はツナの面倒見てろ。あいつは誰かがいないと本当にダメツナになるからな」
「リボーンさん!」
「ったく、これから死ぬってのに士気下げるような真似ばかりしやがって。だからお前は―――大嫌いなんだ」
「…最後の最後まで…本当に酷い人ですね貴方は」
「そうだぞ。オレは酷い奴なんだ。だからお前もさっさとオレを嫌いになれ」
「嫌ですよ。…言ったでしょう? 貴方の気持ちなんて知ったことではないんです。…オレが、一方的に貴方のこと好きなんです」
「迷惑な話だな」
「そうかも知れませんね」
リボーンは獄寺の手を引き剥がすと、そのまま振り返ることもせずに真っ直ぐに歩いて行った。
一人残された獄寺は先程までリボーンが腰掛けていたベッドに手をやる。…何かでぐっしょりと湿っていた。
鉄錆臭い室内を出ると、既にこの部屋の主の姿はなく。
ただただ赤い足跡がずっと向こうまで続いていた。
その足跡の持ち主が帰ってくることは、二度となかった。
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あなたは最後まであなたらしく。
悲しいほどあなたらしく。