幾重も巻かれた包帯に違和感が拭えないのか、獄寺は始終それを触っていた。
「…あまり触るな。怪我の治りが遅くなるぞ」
と、獄寺の隣にいたリボーンが見かねて声を投げた。獄寺はそれに苦笑で答える。
「暫く不自由な思いをするかも知れんが、まぁ生きて帰ってこれただけでもよかったと思え」
これにも獄寺は苦笑で答えた。手は包帯に触れたまま。そこから離さないまま。
「暫くはオレもフォローに回ってやる。…ま、少ししたらお前も周りも慣れるだろう」
これにも獄寺の返答は苦笑のみ。いつもの獄寺なら感謝と謝罪の一言ぐらいあるだろうに。
けれどリボーンはそれを咎めたりはしない。気にも留めず受け流している。
獄寺の手は相変わらず包帯を触っている。
正確に言えば、今回の任務で負傷した部位を。
首を。
喉元を。
「そんなところ撃たれてよく生きて帰れたもんだ」
これにも獄寺の返答は苦笑で。
…いや、違う。
よく見れば、声が出てないだけで口も動いていた。
そうですね。
口は、よく見たらそう動いていた。
手は喉元を押さえたまま変わらず。
…よく見たら、その手は微かに震えていた。
どうにか声を絞り出すことは出来ないものかと、奮闘していた。
けれどそれを隣で見ていたリボーンは冷たく切り捨てる。
「無駄だからやめろ」
「―――――」
獄寺の動きが止まる。
そして獄寺は寂しげに微笑んだ。
そうですね。
口だけを動かして、獄寺はそう呟いた。
ぱくぱくと獄寺が口を動かしている。
獄寺は喉に手をやり、首を絞るように押さえ込んで声を出そうとしている。
けれどその喉奥から言葉が出ることは二度とない。
「―――、―――…」
ぱくぱくと獄寺は口を動かし続けている。
その姿は見ていて痛ましく、けれど誰にどれだけ言われても獄寺はやめようとはしなかった。
…ただ一人を除いては。
「…獄寺。やめろと言ってるだろう」
「―――――」
その声に、獄寺の動きがぴたりと止まる。
そして、声の主に苦笑して返した。
すいません。
唇は、そう動いていた。
「お前ももう子供じゃないだろ。お前の声はもう出ない。そんなことしても無駄だから、やめろ」
「………」
すいません。
獄寺の唇は、やっぱりそう動く。
その顔は苦笑で、
手は喉元を押さたままで。
そしてリボーンの姿が消えると、また何度も繰り返す。
暗い眼をして。
またリボーンが現れるまで。
再び掛けられる声を、ただひたすらに待って。
あの優しい声を、待ち望んで。
別に、気に病んだわけではなかった。
落ち込んだわけでも。
失ったのが声だけで幸いとも思った。自分には腕も足も目も心臓もある。まだ自分は動ける戦えると。
だというのにあの人っときたら。
大丈夫かなんて。
今までオレがどれだけ重症になって帰ってきても声一つ掛けなかったくせに。
大事ないかだなんて。
今までオレが何をしても振り向きもしなかったくせに。
あんなに優しい声を掛けて。
気遣ってくれて。
たったそれだけでオレときたら。
10代目の家庭教師だから、とかアルコバレーノで中立の立場の方だから、なんて理由で封じたはずの想いが爆発するなんて。
我ながら現金すぎる。
口が利けたならきっと打算も今後のことも何もかも考えず本能の赴くままあの人に告白していたことだろう。幸か不幸か喉は潰れて声は出ないが。
ああもどかしい。
腕が足が目が心臓が何になる。声が欲しい。あの人にたった一言だけ告げれる声が。
だというのにオレの声は一生戻らないのだと。やってられない。
それでもという縋りからかそれともまたあの人に声を掛けてもらいたいという願望からか手は勝手に喉元に向かう。まぁ絶対後者だ。
あの人はオレを見ると声を掛けてくれる。それに応えられるだけの声が欲しい。
一声分だけでも声が欲しい。
遠目にまたあの人の姿が見える。オレを見つけると真っ直ぐにオレの方に向かってくる。
投げられる言葉は分かってる。返す仕草もきっといつも通りだ。
それでもあの人に話しかけられることの嬉しさは何事にも代え難い。
「…獄寺。またか」
呆れたような表情で。だけど気遣いの仕草も見えて。
そんなあなたにオレの想いは日に日に膨らんでいくばかり。
きっといつの日か、この想いはオレが抱きかかえられるだけの量を超えて爆発してしまうのだろう。
そうなったら、リボーンさんは一体どんな受け止め方をしてくれるのだろうか?
それを思うだけでオレの心は更に膨らんで。
その日を夢見ながら、今日もオレはあなたに言葉を返す。
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リボーンさん、リボーンさん。
リクエスト「可哀相獄」
リクエストありがとうございました。