「ほら、怖くないですよー…」


「………」


「大丈夫ですからねー…すぐ済みますからねー…」


「………」



獄寺がまるで幼子をあやすかのように優しい口調と笑みを出している。


それは普段の獄寺を知る者なら知る者ほど信じ難い光景だろう。


あの獄寺が。一体何事だと。


けれどそんな獄寺が霞んで消えてしまいそうな光景が更にあった。


それは獄寺の胸の中。


そこには………



「………」



ふるふると小動物のように身を震わせ、獄寺にしっかりと…まるでコアラのように抱きついているリボーンの姿があった。



「リボーンさん、平気です。全然怖くなんてありませんからねー…」


「………」



リボーンは答えない。


リボーンは返事の代わりにことさら強く獄寺の服をぎゅっと掴む。


あの最強と謳われ、完璧超人と言われるあのリボーンがだ。


一体何事なんだと問われれば、その場所に焦点を当ててみよう。


そこは、診療所だった。


患者席には獄寺が座っており…けれど医師によく見えるようにリボーンを抱いている。


リボーンの片方の腕はよく見えるよう服が捲くれており、更にその腕には消毒液が塗られていた。


医師は手に、小さな注射器を持っていた。


それがリボーンに迫ってくる。


リボーンの身体が強張った。


これは不味いと冷や汗を流しつつ、獄寺はリボーンの気を紛らわそうと何か話題を出そうとするがそれよりも…リボーンの心が折れるのが早かった。



「や、やっぱり嫌だぞ」


「リボーンさん…そう言わず、そこを何とか」



…絶賛真冬の真っ只中。


ボンゴレではインフルエンザが流行していた。


というわけで万が一にもと備え、予防接種がボンゴレ各員に義務付けられたのだが―――…


まさかなことに、意外な事に…リボーンは注射が大の苦手だった。


本人曰く、先端恐怖症らしい。


行きたくないしたくない絶対行かないと駄々を捏ね続けるリボーンを一任されたのが…獄寺だった。


面倒事を押し付けられた、とも言う。


しかし当の獄寺は重要な任務を仰せ付かった!! と内心かなり乗り気だった。


…まぁ、当然のように苦労していたが……


獄寺はあの手この手でどうにかこうにかリボーンを説得し、そしてここまでようやく辿り着いたのだ。


しかしその苦労も今、水の泡となろうとしている。



「は、針を人体に刺すなんて正気の沙汰じゃねーんだぞ」


「そんなことないですよ」


「獄寺…ずっと黙っていたんだが、実はオレは針が刺さると、死ぬんだ……


「真顔で嘘付かないでくださいよ」


「これが…アルコバレーノの呪いなんだ


「はいダウト。…リボーンさん以外のアルコバレーノのみんなはもう注射しましたよ」


「………いや、呪いは一人一人違ってだな…オレは針が刺されたら死ぬが他の奴らは違うんだ。だからセーフだ


「何がセーフなんですかもう…目を瞑っていればすぐに済みますから、ね?」


「馬鹿。オレが目を瞑る? オレのアイデンティティーが崩壊するだろうが



リボーンにはどうやら常人には理解出来ないものがあるようだった。



「………そうですか…では仕方ありませんね。リボーンさん」


「ん?」



なんだ? とリボーンが問う暇すら与えず。


獄寺はリボーンの頬にそっと手を添え。


一息でお互いの距離を近付かせて。


リボーンの唇に、自分の唇を軽く押し当てた。



「―――」



思わず固まるリボーン。


そのとき、リボーンの腕にちくりと痛みが走った。





「………ふぅ。…ね? 全然大したことなかったでしょ?」


「……………」


「リボーンさんお疲れ様でした。今日はこれからどうしましょうか」


「……………」


「そうだ。リボーンさん頑張りましたから、ケーキでも食べに行きましょうか。リボーンさんの好きそうなお店見つけたんですよ」


「……………」


「…リボーンさんー…?」


「……………」


「リボーンさんー…? あのー…?」


「……………」



獄寺がなにを言おうとも無反応のリボーン。


流石の獄寺も思わず冷や汗を一筋流した。



「………リボーン、さん?」


「……………」


「やべ…どうしよう……」



と、思わず腕の力が抜けリボーンを支える力が弱まると、ふらりとリボーンの身体が崩れ落ち掛ける。



「り、リボーンさん!?」



リボーンはぴくりとも動かない。



「リボーンさん!! ああ、どうしよう…リボーンさん、まさか本当に針で刺されると死んでしまういばら姫的な呪いが!? すいませんリボーンさん!! オレ、信じてなくて…!!」



とにかく医者だ、病院だと獄寺はひとしきり慌て、取り乱し、騒いでから今いるここが病院で目の前に医者がいることに気付いた。



「すいません、診てください!!!」



獄寺は敬語で頼み込んだ。


医師はリボーンを軽く診て、一言獄寺に告げた。



「ただの貧血です」










そして…それから三日後。


リボーンの病室(入院したらしい)の前に、獄寺がやや緊張した面持ちで立っていた。


無論リボーンのお見舞いにだった。


しかし…嫌われていたらどうしようという思いがなかなか獄寺をそこから先に進ませてくれない。


けれど、と獄寺はどうにか自分を奮い立たせる。ここでただ立ってるだけでは何も始まらないのだと。


意を決して、獄寺は扉をノックした。



「………誰だ」



酷く、小さな…頼りない、声が聞こえた。


それがあの天下無敵のリボーンの声だと、誰が分かろう。


獄寺でさえ、「あれ? もしかしてオレ病室間違えた?」と思ってしまったぐらいだ。


しかし扉の横に貼られたプレートにある名前は「リボーン」ただ一つ。


それを三度ほど確認して獄寺はようやく室内の声の主がリボーン本人なのだと分かった。


ちなみにリボーンは問い掛けを無視されて少ししょげていた。



「あ…あの、獄寺ですっ」


「…獄寺?」


「は、はい…」


「……………」



無言が怖かった。



「…何をしに…来たんだ?」


「ええと、その…お見舞いに」


「……………」



無言が怖かった。


獄寺は泣きたくなってきた。



「…お前は…」


「は、はい?」


「お前はまたオレに…キスをするのか?」


「ええと…」



微妙な質問が飛び出てきた。


もしかしてリボーンにとってキスは注射の痛みとなってしまったのだろうか?


ならば返答は………



「………しません!!」


「してくれないのか!?」


「じゃあします!!」



「するのか!?」



「リボーンさんはオレに一体どうしてほしいんですか!?」



どうやらこの場に混乱しているのは獄寺だけではないようだった。


リボーンはリボーンでいっぱいいっぱいみたいだった。





その後、貧血から何とか立ち直ったものの注射のショックからか暫く動けなくなったリボーンを胸元に抱きかかえて移動する獄寺が目撃されたとかなんとか。





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あなたの弱点をまたひとつ見つけてしまいました。