絶対に誰にも心を開くな。


そう言って、あいつは自殺した。





………。



夢…か……



懐かしい、夢を見た。


遠い昔の、夢を見た。



オレが夢の余韻に浸っているその場所は、薄暗い路地の裏。


すぐ横ではカラスが生ゴミを啄ばんでいるような、そんな場所だった。


…と、カラスがオレの方にも寄って来た。



…オレはまだ生ゴミじゃねーぞ、コラ。



先ほど見た夢が原因か、死んだ悪友の口癖が出て、苦笑した。


手でカラスを払って、遠ざける。


カラスは自身の翼を使って飛び去った。


オレも場所を変えようとして、立ち上がった…ところで、オレの帽子にポツリと何かが落ちる。


雨だった。


雨はあっという間に土砂降りになり、大粒の雨がオレを打ち付ける。



…中々痛いじゃないか。



冷たい雨に、身体が冷える。


ついさっきまで眠っていたはずなのに、もう瞼が重い。



………。



オレは暫し思考して、壁に背を預けて。


そのままずるずると座り込んで。


そうしている間にも、雨の激しさは増して。


オレは…そのまま意識を閉じようとして。



―――。



不意に、雨が止んだ。


雨音は絶えず聞こえるのに、何故かオレの周りだけ雨が止んだ。



なんだ…?



重い瞼を、どうにか抉じ開けると、



「…大丈夫ですか……?」



銀髪の小さな子供が、オレに傘を差し出していた。


オレがその場で覚えているのは、そこまでだった。







どうやらオレは、気を失っていたらしい。


目を開けると、オレの周りは一転していた。



あたたかな光。


やわらかな毛布。



そして。



「…よかった……起きてくれて…」



意識が途切れる前、最後の視界に写した小さな子供。


そいつは雨の降る路地で見たときの、暗い表情ではなく…少し落ち着いた、柔らかい笑みを浮かべていた。



「………」



オレがそいつの顔を、ただじっと見ていると…そいつは手に持っていたうつわをオレの前に出した。



「食べられ、ます…?」



中身をスプーンですくって。オレの口の前に。


いい匂い。温かな湯気。


気付けば、オレはそれを口の中に収めていた。



ここ暫く、まともに食事など摂ってなかった。


温かな食事など、本当に久し振りだった。





少なくとも、あいつと死に別れてからは口にしてなかった。





…食べるということは、生きるということで。


オレにまだ生きる気力があったことに、一番驚いた。







食事を終えたオレは再度眠りについていたらしい。


次に起きたのは夜中。あの子供の姿も流石に見えない。


ベッドから出ようとして、気付いた。



………。



身体が…動かねーぞ……


足はおろか、腕すら動かせない。声も出ない。


唯一動かせるのは瞼と口ぐらいなものか。



…思えば、今までずいぶんと無茶して生きてきた気がする。


そのツケが、どうやら今頃来たらしい。


けれど、それもすぐに直るだろう。


この程度で死ねるのならば、それはむしろ有り難いのだから。



…動けるようになったら、すぐにここを出よう。


そう決意して、オレは再度瞼を閉じた。







オレを拾ったあの子供の名前は、獄寺隼人というらしい。


今朝にそう名乗られた。


オレの名前も問われたが…生憎今オレは声が出ないし、出たとしても名乗るつもりはなかった。


朝になっても身体は回復してなかった。精々が頑張ってようやく腕が上げれるようになった程度か。



満足に動けず、言葉さえも話せないこんな無用な物体。



もしかしたら捨ててくれるのではないか、という希望も抱いたりしたが…残念なことにそれはなかった。


それどころか、オレが動けないことと声が出ないことを知って…泣きそうな顔になって。



…ああ、止めろ。そんな顔するな。泣くんじゃない。



オレはどうにかして止めたくて。拙い動きで獄寺の頭にポン、と手を置いた。


するとそいつはきょとん顔になって。涙を止めて………



「…心配、してくれたんですか? ありがとうございます」



と、淡く微笑んだ。



………。



「あいた!?」


オレは獄寺にでこピンして、無理やり顔を背けた。



「………照れ屋さん…?」


違う。



と言ってやりたかったが、生憎まだ声は出なかった。








足の回復が遅い。


他の箇所なら、それなりに動けるようになったというのに。


足だけは、未だ感覚すら戻らない。


獄寺もそのことを気に掛けているのか、暗い表情でオレを見ている。



「足…痛みませんか? 大丈夫ですか…?」


痛まない。お前には関係ない。大きなお世話だ。



オレはそう思ってふいっと顔を背ける。


と、



「失礼、します」



オレの身体が持ち上げられた。



「足…痛くないなら……気分転換に、部屋の外まで出てみませんか…?」


止めろ。



と、そう思い振り払おうとするが…


抱きしめられた先の、他人のぬくもりが馬鹿みたいにあたたかくて。


オレは振り払うタイミングを失って。



………。



その、ふわりとした雰囲気に流される。


あたたかな空気に、包まれる。


気付けばもう廊下まで出ていて。


窓のガラスに、惚けたオレ顔の映って。


オレを抱く獄寺の顔は微笑んでいて。



…いつだったか昔、似たようなことがあった気がする。



そして、その日々はある日突然終わりを告げた気がする。


思い出したくない思い出が、オレの脳内から出てくる。



それまでは優しい声を掛けられていたはずなのに。


それまではお互い対等に接していたはずなのに。



なのに皆、怯えた。怖がった。許しを請うた。誰に? オレに。オレは何もするつもりなどないのに。



そう伝えようと思った。きっと皆、何か勘違いをしているだけなのだと思った。


だから誤解さえ解ければ、また戻れると思ってた。





まだ戻れるだなんて、愚かにもオレは信じてた。





なのに。


オレは一歩足を踏み出しただけなのに―――







この、化け物め!!!!!







………っ、


オレは、オレを抱きかかえる獄寺の細い腕を振り払っていた。



「え?」



急に暴れられて驚いたのか、あっさりと腕はほどける。



「あ、」



急に暴れられてか、獄寺はオレを落としてバランスを崩した。


足は、ちょうど階段の一段目。


獄寺が足を踏み崩す。足が段差を滑ってずるりとそのまま階下へと落ちる。



「あ、」



重力に従って、獄寺は重い頭から下へと落ちていく。


驚いた目が、それでもオレを見ている。


伸びた手が、手すりではなくオレに向けられる。


けれど獄寺の手は虚しく空を掴み、そのまま階段を転げ落ちた。



………、



オレは手すりを伝いながら、急いで下へと降りていた。


…こんなつもりじゃなかった。


離れようとしただけで、階段から突き落とすつもりなんて毛頭もなかった。



獄寺は階段の途中でどうにか止まったらしい。獄寺は階段の真ん中辺りに座り込んで、打ち付けた箇所を押さえていた。


オレは獄寺に近付いて…しかし自分が落とした本人で。しかも何もしてやれることがないことに気付いて。ただ獄寺を見上げることしか出来なくて。


と、獄寺がオレに気付く。オレに目を向ける。



嫌われただろうか…?



…自分の感情に、自分で驚く。


拾われてからずっと頑なな態度を取ってきたはずなのに。


むしろ、そうなるよう仕向けていたはずなのに。


どうしてオレは、今更嫌われることを恐れているんだ…?



そんなオレの内心などこれっぽっちも知らず。獄寺はオレの顔を見て。



「……? …心配、してくれてるんですか?」



なんて言って、場違いにもオレに花が咲いたような笑顔を向けて。



「ありがとうございます」



そう言って、またオレを抱きしめようとする。



こんな身を。


化け物と言われる身を。


呪われた身体を。



止めろ。



オレはその手を振り払った。


獄寺がまた階段から落ちた。


またオレは階段を伝って降りてと、それから何度か似たようなことを繰り返した。










………ここを出よう。


そう思ったのは、やっと足の感覚が戻ってきたある夜だった。


オレは、こんなところにいてはいけない。


オレに合ってるのは、オレの居場所はあの雨の降る路地の裏だ。動物の死肉と、それを啄むカラスのいるところだ。



………。



いや、そんなの言い訳に過ぎないか。



オレは、もう獄寺と一緒にいたくないだけだ。


獄寺に、「化け物」と言われたくないだけだ。


懐いてくれるのは、正直に言おう。嬉しい。


…が、それもオレの正体を知らないからだ。


オレのことを知れば最後、あいつも、また………



………。



オレはベッドから抜け出した。


窓を開けて、外に出た。







獄寺はどうやら金持ちの家の子供らしい。


家が広いということは室内の様子からも分かってはいたが…予想を超える屋敷だった。


…まぁ、オレみたいなものを拾う物好きだしな。


そんな事を考えながら、塀の上に登る。


屋敷の外と中の間で、何故かオレは一度振り返った。


大きな屋敷。沢山の窓。明かりの消えた部屋。


その中で。



………。



獄寺が、笑みの顔で屋敷の中を歩いている姿を見た。


自室の方向ではない。あいつが向かっている先は、その先は……オレが抜け出た部屋だった。今はもう誰もいない、窓が開けられカーテンが風に揺られているだけの部屋だった。



「………」



オレは外へと向き直り、塀の下へと飛び降りた。


女々しくも未練を感じたが、無視した。










それで終わるはずだった。オレと獄寺との関わりは、そこで全てが終わるはずだったのだ。


オレは路地の裏。あいつは表の通りを歩いて。二度ともう会うことなどないはずだった。



そう。どちらかが相手の舞台へと向かわない限りは。







妙な噂話を聞いた。


"何か"を探しているという子供の噂。


小さな子供が必死になって、"何か"を探しているという噂。


その"何か"というのは、どうも―――


…黒尽くめの、小さな赤ん坊だと聞いた。



………。



オレには関係ない。


そうとも。オレには何の関係もない。


そもそも、噂話を真に受ける必要性はない。


あんなのに信憑性などほとんどない。多くて五割。ないときは本当に根も葉もない、ただの笑い話だ。


そんなのに、オレとあいつを結びつける方がどうかしている。


それにオレとあいつが一緒にいたのはたったの数週間だ。それだけの付き合いで、わざわざオレみたいなのを探すのに労力を裂くとも思えない。



…ああ、でも。あいつ馬鹿そうだしな。


変なトラブルには巻き込まれているかもな。


オレには分かる。あいつは絶対変な星の下に生まれてる。断言出来る。


つっても、あいつがどんな目にあおうともオレには何の関係もないわけだが。


でも一応、あいつには飯と宿の恩もあるわけだし。



そうだな。



もしも、今度何かの偶然で会えて。


そんときあいつが何か困っていて。


そしてその問題がオレの手で出来る事柄だったなら。


…手を貸してやらんでもない。



たとえば……そう。



その身なりからか、それとも銀の髪と碧の目という物珍しさからか。


ゴロツキに絡まれていたり。…とか。


…つーか、聞き慣れた声がしてそっちに行ったら。


今まさに、そんな現場に出くわしたわけだが。



獄寺が路地から出てきたオレに気付く。


まず目を見開いて、次に驚いて…


そして……何故か安心したかのように、笑った。



………。



まったく、意味が分からない。


オレが自分の意思で出て行ったことが分かってないのか。


まさかオレがちょっと窓から散歩に出掛けて、そのまま迷子になって帰って来れなくなったとでも思っているのか。


あの馬鹿は数人のゴロツキに絡まれていることも忘れているのか、オレの方まで歩いてこようとしている。


無視されたゴロツキが怒って、何かわめいて。獄寺を殴ろうとしているのが見えた。



まったく、馬鹿馬鹿しい。



オレは懐に手をやって。取り出して。手に馴染んでいるそれの引き金を引いた。


大きな、オレにとっては聞き慣れた音が響いた。


周りが硬直した。ゴロツキも、獄寺も。


周りは動かない。オレも動かない。ただ撃たれたそいつだけが重力に逆らいきれずに地面へと落ちていく。


どさりと音がして、獄寺の足元にそいつが倒れた。血が地面へと染みていく。


獄寺が下を見る。撃たれて倒れたそいつを見る。既に死体になってる、そいつを見る。


てっきり取り乱して大騒ぎするものかと思っていたが、意外なことに何の反応も示さなかった。…急な事態に思考がついていってないのかも知れない。


ただ、周りのゴロツキが騒ぎ立てた。


顔を真っ赤にさせて、激情を露にして。何か罵声を吐きながら―――オレへと向かってくる。


…こういう分かりやすいのは、実のところさほど嫌いではない。


面倒がないからだ。


オレは銃を構え直して、ゴロツキの人数分、撃った。


赤い飛沫が舞った。


それで終わった。辺りが静かになった。残っているのはオレと獄寺だけだ。獄寺は目をまん丸にして、オレを見ている。



「あ……」



獄寺の喉元から声が漏れる。


となれば次は怖れの表情だろうか? それとも許しを請う声だろうか。オレは今までの経験から考える。過去の記憶と、今の現状がリンクする。


なんにしろ、とオレは背を向ける。


見たくない。今まで笑顔で接してきてくれた者が…真逆の表情になる時など。


分かってる。分かってた。なのにそれがいざ目の前に来ると……何故か酷く辛く感じる。


オレの前に影が出来る。


見上げると、オレが殺した連中の残党か仲間か。大男が鈍器をオレに向かって振り下ろしているのが見えた。


鈍器が地面に叩きつけられる。


砂埃が舞う。


後ろで、獄寺が息を呑む音が聞こえた。


けれど鈍器が殴りつけたのは、オレの帽子だけで。


オレは既に銃を構えていて。



―――死ね。



銃声が響いて。


今度こそ本当に、ゴロツキは全員倒した。


あとはオレが立ち去れば、全てが終わる。


そう思って、オレは一歩踏み出したのに。



………。



オレはもう一歩を踏みさせないでいた。


何故か。


後ろから、誰かに抱きしめられたから。


誰かなんて、考えるまでもない。この場で生きているのは二人しかいないのだから。


だけれどそれでも、オレには信じられなくて。



「ご無事ですか!? お怪我はありませんか!?」



声が聞こえる。それはまたも信じられないことに、オレの身を案ずる声。


獄寺はオレの身体を一通り見て、砂埃ぐらいしか汚れがないことを確認して………安堵の息を吐いた。



…おいおい。


なんだ、これは。


こいつ、実は目が見えてないのか? そういうオチかこれは。



「もお…っ駄目じゃないですか! 危険ですよ!? ああいうのには関わらないのが一番なんですから!!!」


お前に言われたくないわ!!!



オレはそう思った。ていうか叫んだつもりだった。声さえ出れば、きっと叫んでた。…オレの声は未だ出ない。今まであまり使ってなかったから別にいいが。


獄寺がオレを抱きしめる。



「でも、怪我もないみたいでよかったです。―――さぁ、帰りましょう」



―――。



…これは、夢か?


オレが、自分の都合のいいだけの夢を見ているだけなのか?


だって、こんなの、現実にあるわけがない。


見た目ただの赤ん坊が、人を殺したんだぞ? しかも手馴れた手付きで。何の感傷すら抱かずに。


何故怖がらない。どうしてオレを避けない。何で今までの奴らのように悲鳴を上げて逃げないんだ。


思考が着いていかず、混乱する。その間に獄寺はオレを胸元に抱きしめたままどんどん歩いていく。



表の世界へと。


闇の住人のオレを連れて。



オレは何度か、抱きしめてくる腕を振りほどこうとした。力の弱い子供の腕など、振りほどくことなど容易いことだ。


容易いことのはずなのに、何故かどうしても出来なかった。


…何故か、じゃないか。


分かっていた。オレがこの腕から抜け出れない理由など。


オレなんかに差し伸ばしてくれる、久し振りのあたたかなぬくもりを…長年与えてもらえず、それでも心のどこかで求め続けていたぬくもりを…オレが振りほどけるはずがなかった。


獄寺はオレが屋敷を出てからのことを話していた。驚いて、辺りを探して回って、でも見つからなくて。泣きそうになって……



―――心配、したのだと。



その言葉の有り難さが、胸に沁みた。







それから、オレは獄寺と一緒に住むようになった。



広い屋敷の割りに人間は少なかった。獄寺と、腹違いの姉と。使用人が数人。たったそれだけだった。


どうやら両親(獄寺の姉の母と二人の父親。獄寺の母は他界しているらしい)は別のところにいるらしい。事情はよく分からなかった。



オレの名も、教えた。


声が出ないから、紙に書いて。



「リボーン…さん、ですね。よろしくお願いします、リボーンさん!!」



名を呼ばれる喜びを、獄寺のおかげで思い出せた。


そういえば、獄寺の姉であるビアンキにはこっそりと礼を言われた。



あの子があんなに楽しそうな顔を見るのは久し振り。本当にありがとう。



…礼を言われるのには慣れてない。オレは照れて、そっぽを向いた。


…その直後に獄寺に見つかって、てんやわんやになった。姉貴なにやってるんだ! と。何故か若干、涙目で。


ビアンキはビアンキで悪乗りするから困った。私もこの子気にいっちゃった、だのなんだの言われて。その後獄寺とビアンキに綱引きされた。千切れるかと思った。



でもそれは、決して悪くない時間だった。かけがえのない、楽しい時間だった。


ここでずっと暮らしていけたらと思った。ここでこいつらのために時間を割いて、守っていけたらと。


もし獄寺を守れて死ねたら、本望だと思った。どうせ死ぬのならそんな死に方がいいと思った。そんな夢を見た。


オレはあたたかな日を浴びて、そんな日和った考えを持つようになった。



なんて身の程知らずな考え。なんて愚かしい願い。



そんな奇跡、起こるはずがないのに。


オレはアルコバレーノ。呪われし赤ん坊。



そんな過ぎた願い、叶えられるはずがあろうこともなかった。







ある日のことだった。


獄寺の姿が見えないと、屋敷の人間が慌てていた。オレもその中の一人だった。


朝食の時はいた。一緒に食べた。


だけどそこから別れてから。昼を過ぎた今でも獄寺の姿は見えなかった。


妙な胸騒ぎを感じた。ざわりとした、あまりいい感じではないものを。


屋敷の中にはいない。いたとしても自分以外の誰かが見つけるだろう。


ならばと、オレは屋敷の外へ出た。



状況はあの時と、まるっきり逆だった。なるほど、あいつが感じていた気持ちはこれか、と思った。



そして。


獄寺は、割とすぐに見つかった。


何故か。


騒ぎがあったからだ。その騒ぎの中心部に、獄寺はいた。


何の騒ぎだったのか。


通り魔だと、聞いた。


街中を歩いていた獄寺を、誰かが突然、刺したのだと。


通りすがりの誰かが、獄寺に布を巻いて、応急処置をしてくれていた。


獄寺の足元には、潰れた何かが落ちてあった。


白い箱に赤いリボン。誰かへのプレゼントだろうかと思った。


誰にだろうか。


潰れた箱は蓋も取れていて、中身が見えた。



「………」



救急車の音が、遠くから聞こえた。


オレはふらりと路地へと入る。


生まれつき、血の臭いには敏感だ。


見えぬ血痕がオレを誘っていた。







そういえば、小さなゴロツキグループにも縄張りというものがあるらしい。


奴らは縄張りを荒らすものに容赦はないらしい。



…ならば、オレを狙えばよかったのに。



そんなことを、オレは死体の山の上で考えていた。


獄寺を刺したのは、あの日オレが殺したゴロツキ連中の仲間だった。聞いて、吐かせた。


理由は報復だったか。それとも八つ当たりだったか。どちらにせよ、あんな小さく、力のない子供に力をぶつけるしか能のない下らない奴らだった。それだけだ。


こんなののために、獄寺は血を流したのか。


それを考えると、怒りで血が沸騰しそうになった。オレはらしくもなく、死体を蹴飛ばす。…気分が悪くなっただけだった。


………気分が悪くなった。そのはずなのに。


何故か血溜りに映ったオレの顔は…暗い笑みの顔に歪んでいた。



「………」



…ああ、そうか。


これが、オレか。



返り血を浴びて、笑っているのが、このオレなのか。



やはり、オレは裏の人間なのだと思い知らされる。


表の…獄寺のような無垢な存在とは決して向き合えない存在なのだと。


不意に、あいつが死ぬ寸前に言った言葉を思い出した。



…ああ、そうだな。



確かに誰かに心を開くべきではないな。





別れるのが辛くなるから。







獄寺は大量に血を流したものの、命に別状はないものだと聞いた。


そのことに、オレは心の底から安堵した。


病室で獄寺は寝ていた。…当たり前だ。今の時間は深夜。誰だって寝ている。


…その時間帯を、あえて狙ってきたというのに。



「………リボーンさん?」



気付かれた。


気配は消してたはずなのに。



「お見舞いに…来てくれたん、ですか…?」



力のない声だった。顔色が悪いように見えるのは、暗いからだけでは決してなかった。



血が足りないから。


血を流したから。



オレのせいで。



「…リボーンさん? 辛いんですか…?」


「……………すまない」



獄寺の目が見開く。初めて聞く、オレの声に驚いて。



「リボーンさん…声、出るようになったんですか!?」



獄寺は喜んでくれてた。こんなことにならなければ、オレだって嬉しかっただろう。


声が出ると気付いたのは今朝だった。だけど、誰にも言わず黙ってた。


本当は不意に、こっそりと獄寺に礼を言って…驚かせるつもりだった。獄寺の反応が楽しみだと朝食を食べながら思ってた。



こんなことにさえならなければ。



「リボーンさん………あぁ、そうだリボーンさん。声が出るようになったお祝い…じゃないんですけど、オレ、あなたにプレゼントがあるんです」



その言葉に、オレは思い出す。


獄寺が倒れていたところに、赤いリボンに包まれた白い箱が落ちていたことを。



「…と言っても、ちょっと駄目になっちゃったんで買い直しですけど…ここを出たらすぐに買いに行きましょう」



白い箱は落ちたときの衝撃でか、それとも誰かに踏まれたのか…ひしゃげていた。中身も見えた。


箱の中にあったのは……



「オレ、ずっと気に病んでたんです。…オレのせいで、あなたの帽子が駄目になってしまって―――」



黒い、帽子。


オレの―――帽子。



「ずっとあなたに、贈りたいって思っていたんです」


「………それは、受け取れない」


「え?」



そう、声を出すので精一杯だった。



「オレは……あの屋敷を出る。今まで世話になった」


「そんな…どうしてですか!? 何かオレに至らない点でも!?」


「違う、そうじゃなくて……」



むしろ、その逆だ。



オレはお前を守ると決めたのに。


なのにオレのせいで、お前を怪我させてしまった。



オレには、獄寺の傍にいる資格などないと告げられた気がした。そして、きっとその通りなのだろう。



「―――じゃあな」


「リボーンさん!!」



まだ動けぬ獄寺を置いて、オレは部屋を出た。


どこも怪我などしてないのに、酷く胸が痛んだ。








































「―――ってこともあったな」


「ありましたねー…懐かしいです」


「まさかお前がオレを10年掛けて探し続けるとは思わなかったぞ」


「ふふふ。すごいでしょう。オレ、こう見えて執念深いんですよ? でもあなたが陰ながらオレを守ってくださってると知ったときの衝撃はありませんでした!!」


「お前はいつも危なっかしくて、はらはらしてたぞ」


「…でしたら、オレの前に来てくださればよかったのに…」


「あのときのオレは臆病だったんだ。許せ」


「…許します。他の誰でもない、リボーンさんの頼みですから」


「…少しは引き摺ってもいいんだぞ?」


「どっちですか、もう」



呆れ顔をしながら、けれど笑いつつ獄寺は歩き出す。


オレも着いていく。



「そういえば―――」



と、獄寺がオレを―――後ろを向きながら話し掛ける。階段を下りようとしながら。


足は、ちょうど階段の一段目。


獄寺が足を踏み崩す。足が段差を滑ってずるりとそのまま階下へと落ちる。



「あ、」



重力に従って、獄寺は重い頭から下へと落ちていく。


驚いた目が、それでもオレを見ている。


伸びた手が、手すりではなくオレに向けられる。



オレは伸ばされた獄寺の手を掴み、自分の方へと引き寄せた。



「お前は…本当に危なっかしいな」


「…お手数をお掛けします」



謝りつつ、けれど獄寺の顔は幸せそうに微笑んでいた。



「もう、リボーンさんどこにも行かないんですよね? ずっとオレの傍にいてくれるんですよね?」


「―――――ああ。そうだ」



オレがそう言えば、獄寺は更に笑う。


…獄寺に釣られて、オレも笑った。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もう離れない。


リクエスト「ワイルドハーフパロ」
リクエストありがとうございました。