どれだけそこにいるのだろう。
リボーンは、何をするわけでもなく、そこに立っていた。
その身体は半分透けていて、誰の目にも映らない。
それもそのはずで、今のリボーンに肉体はない。
リボーンの肉体は、リボーンの足の下。
土の中に埋まっている。
リボーンの今いるその場所は、自身の墓。
リボーンは、死んでしまった。
任務の途中、敵の凶弾に倒れて。
あっけない最後だった。あまりにも。
しかしそれを嘆く気持ちも、悔いる気持ちも、ましてや怒りの感情も出ては来ない。
特に何も思わない。…というか、生きていた頃の記憶ももうあまり思い出せない。
―――もしかしたら、
これが、死というものなのかも知れない。
曖昧な記憶、曖昧な世界。
誰にも見えぬ身体、誰とも分からぬ世界。
リボーンのいるその場所に、色んな、沢山の人間が訪れる。
それをぼんやりと眺めながら、しかしリボーンの心中に感情は芽生えない。
何も思わない。
訪れる人間の顔も、何故だかぼやけて見えて、誰が誰だか。
声も聞こえるはずなのに、リボーンの耳に入るは風の音ぐらいのものだ。
…以前なら、たとえ耳がいかれたとしても、口の動きだけで会話を理解することが出来たはずなのに。
今はもう、それも出来ない。
いるのに見えず、いるのに分からず、ただただここにあるだけの存在。
…そしてそのまま、存在が希薄になっていくのを感じてきた頃―――
「リボーンさん」
声が、聞こえて。
「お久し振りです」
姿が、見えた。
誰の?
獄寺、隼人の。
今までぼやけていた世界が一転し、鮮やかな景色が広がる。
急に意識が覚醒し、目が醒めた感覚を覚える。
そして目の前には、教え子の一人たる獄寺の姿。
獄寺はリボーンの方を見ているが、その目はリボーンを捉えてはいない。
その目が見るは、リボーンの後ろ。
リボーンの、墓石。
「…遅くなってしまい、申し訳ありません」
獄寺が言う。
リボーンにではなく、リボーンの墓石に向かって。
「でも、リボーンさんも酷いじゃないですか」
獄寺が言う。
墓石に彫られた文字を眺めながら、言う。
「オレとの約束を破るだなんて」
約束。
獄寺と交わした、そして果たすことの出来なくなった約束。
…なんだっただろうか。
忘れてしまった。
獄寺は寂しげな微笑を浮かべている。
…リボーンはもう覚えてない約束だが、もしかしたら獄寺はそれを楽しみにしていたのだろうか。
そりゃあ、悪かったな。
とは言ってはみるが、獄寺に聞こえた様子はない。
当たり前だ。
死者の声が生者に届くものか。
などと思っていたら、獄寺が動いた。
「リボーンさん」
獄寺は、いつの間にかあるものを手にしていて。
「どうぞ」
それを、リボーンへと差し出していた。
それは…
(…ああ、)
それはあの日、リボーンが落とし、失くし、忘れたもの。
リボーンの、帽子。
お前が拾い、届けてくれたのか。
言い、リボーンは手を伸ばす。
帽子に、触れる。
透けた手は帽子をすり抜けることなく、掴むことが出来て。
「…え?」
獄寺の驚いた声が聞こえた。
それもそうか。帽子が誰かに取られたかのような、そんな動きをしたのだから。
一陣の風が吹き、木々から葉が零れる。
獄寺も思わず目を瞑り、そして突風が止んでから目を開けた。
その目が見開かれる。
その目は、リボーンの墓石ではなくリボーン本人を捉えていた。
「リボーン、さん…?」
「ん? なんだ獄寺。オレが見えるのか?」
言いながら、帽子から力が通じてくるのを感じる。
どうやら帽子と一緒に強さも落としてしまっていたらしい。
それを獄寺が拾っていたということは…
「…お前、大丈夫か?」
「え?」
きょとんとする獄寺。しかしリボーンには見える。分かる。
今目の前にいる獄寺の身体が、傷だらけであるということに。
そして、その傷を付けたのは…
「こいつが迷惑を掛けたな」
リボーンは帽子を指先でくるくると回す。
それを見ながら、獄寺は少し疲れたように声を出した。
「…何なんですか、それ。時間が経つ事に姿形が変わっていったんですけど」
獄寺は言う。
初め拾った時はおしゃぶりの形をしていたそれが、いつしか弾丸に変わり、いつの間にか銃に変わり、そして今の帽子になったのだと。
そしてそれは、どうやら自分以外には見えないものらしいと。
「おかげで不審な目で見られましたよ」
「捨てりゃよかったろ」
「それは…流石に」
部屋に置いてても、気付けば獄寺の手の中に納まっているらしい。であるなら捨てても無駄だっただろうか。
「こりゃ、オレの力みたいなもんだ」
「力…ですか」
「そうだ。持ってるだけでお前にも影響が行ったんじゃねぇか?」
聞いて見れば、獄寺はどこか罰が悪そうに横目を見ていた。
なんだか、急に居心地が悪そうになった。
「…強く影響が行ったか?」
「……すみません。むしろ、いい気になりました」
どうやら力に溺れたらしい。身に受けた傷もそのせいか。
まあ、何にしろ落とした自分が悪いのだが。
リボーンは場の空気を切り替えるように、帽子を被る。獄寺を見る。
「似合うか?」
そう言えば、獄寺はどこか眩しそうにリボーンを見て。
「ええ、とても」
そう、呟いて。
「ああ―――リボーンさん」
その声は、真っ直ぐに。
「やっぱりあなたには、」
ただひたすら、真っ直ぐに。
「その帽子が、よく似合う」
リボーンに届けられる。
「…そうか」
「ええ」
帽子を間深く被り直しながら、リボーンは投げ掛けられる獄寺の声を聞く。
穏やかに風が吹き、静かに陽の光が照り、獄寺の声だけが辺りに響いていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いつ終わるかもわからぬ今この時を、今はただ、彼と二人で。