大切な人のために働けて、大好きな人が隣にいて。


それはきっと。これ以上ないほどの幸福だった。充実した人生だった。


幸せだった。そう自信を持って言えた。



だから…



少しぐらいの不調も、大したことないって思ってた。


きっとすぐに治るって。信じてた。





   - 夢のような日々はある日突然砕け散る -





最初の不調はなんだっただろうか。


確か発熱とか、くしゃみとか…そんなものだったような気がする。


気にも止めなかった。


なんでもないって。決め付けてた。


…むしろ、あの人に言われるまで気付いていなかったのかもしれない。



「…お前。調子悪いんじゃないのか?」


「え?」



そう。そうだ。それで初めて気付いたんだっけ。


…ただ、ああ言われたあとおでこをくっつけられたときは…別の意味で熱くなりましたからね。「熱があるな」ってあれは別の熱ですからね。


それから…次はそう。悪寒とか。あと寝付きが悪くなったり…


風邪でも引いたかなと。そう思った。だから市販の風邪薬を飲んで。寝付けないときは睡眠薬を飲んで。


…そういえば薬が変なときに効いたのか、あの人の隣にいるときに寝付いてしまったときがあった…あれは恥ずかしかった。


まさかあの人の肩に寄りかかって寝てしまうなんて…必死に謝るオレにあの人は笑っていたけど。



「疲れてんのか? なら部屋で寝てろ」


「いや、そういうわけじゃなくってですね…その、すいません…」



次は…なんだっただろう。確かその辺りで吐き気が来た。食欲もあまり感じなくなった。


疲れが溜まっているのかな。と思った。身体はだるく、寝て起きても体力が回復した気はしなくて。


あの人は何も言わなかった。いつも通りだった。だからオレもいつも通りに振る舞った。



「―――…で、そんなことがあってこの間……ってお前。人の話ちゃんと聞いてるか?」


「あ、はい聞いてますよ。続きお願いします」



あの人の隣にいられることは幸せだった。いつも傍にいたいと思った。


あの人の隣にいるときは、身体の不調もどこかへ飛んで行ってしまうように感じれた。それほどいつも調子がよかった。



…まぁ、それはもちろん錯覚だったんだけど…



―――ある日髪の毛が、ごそっと抜けた。


流石にこれはやばいかもしれない。と思った。これは医者に行くべきかもと。


だけれどその日は少し立て込んでて。時間が取れなくて。



ずるずると。ずるずると先送りになって。


そして…



身体に痺れが。


身体に痛みが。


耳に不調が。


立つことも辛く。


血を吐いて。


声が出なくなり。


目が―――





気付くとオレは、どこか知らない場所にいた。


…はて。ここはどこだろう。


辺りは暗く。息は苦しく。身体は満足に動かせない。


その中で、あの人の声が聞こえる。記憶の中の声とはどこか違う…耳が変になって、以前とは少し違うように聞こえる声。


あの人はどこか呆れているような、それとも何かに憤っているような。そんな声色で。



「この、大馬鹿が」



なんて。そんな聞きなれた罵声を浴びせてきた。


…それは。少し酷いんじゃないでしょうか?


仮にも恋人に向かって馬鹿はないんじゃないでしょうか馬鹿は。まぁ確かに…さっさと医者に行かなかったオレは愚かかも知れませんけど。てか、結局医者に行く前にぶっ倒れましたけど。


だけど、気付かなかったのはリボーンさんもじゃないですかっ!


ペシン。と頭をはたかれる。…オレ、何か間違ったこと言いました?



「オレは、言われないとなにも出来ないのに」



…はて。リボーンさんは何を言っているのだろう?


この人が出来ないことなんて、あるわけないのに。


なのにリボーンさんはそう言って。そしてリボーンさんの声はどこか悲しげで。


…お辛いんですか? リボーンさん。


辛いのなら、オレがあなたの悲しみを受け止めたいけど。


だけど力の入らない腕では昔のようにあなたを抱きしめることも出来なくて。


あなたがどんな顔をしているのか知りたくても、目玉が腐り落ちた今ではもうあなたを見れなくて。


あなたに声を掛けたくても、喉が潰れたオレではあなたを呼ぶことも叶わなくて。


そんな駄目なオレの傍に、あなたはずっといてくれて。


そんなあなたが嬉しくて。だけどそんな自分が不甲斐なくて。



     …リボーンさん。



声の代わりに、想いの丈があふれ出るように唇が動いた。



     ごめんなさい。



あの人に通じたかどうか、オレに確認する術はない。


目の端から冷たい何かがひとつ零れて。それを拭ってくれた誰かの指。


その指のあたたかさを感じたのを最後に、オレは意識を失った。


そして、もう二度と覚めることはなかった。





大切な人のために働けた。大好きな人が隣にいてくれた。


それはこれ以上ないほどの幸福で、充実した人生だった。


幸せだった。そう自信を持って言える。



だけど…



―――さようなら。リボーンさん。


オレを恋人にしてくれて、ありがとうございました。





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オレは、幸せでした。


リクエスト「10年後リボ獄恋人設定で獄寺くん病死ネタ」
傘凪様へ捧げさせて頂きます。