「どうした。そんな死にそうな顔をして」


そんなことを、あなたは全てを分かってるくせに聞いてくる。





- 絶望の淵 -





「……どうしたもこうしたも、ありませんよ…」


「こんなにいい天気なのに、一体何が不満なんだ?」


「…天気なんて関係ありませんよ……」


オレはため息を吐く。


「両手の指の神経がズタズタになったんです。落ち込ませてください」


「銃を撃とうとしたら暴発したんだったな」


「ええ」


「オレから言わせてもらえば、その程度で済んで幸運だと思うんだがな」


「それがどうしたんですか…」


再度、ため息。


動かなくなった指。


使えなくなった指。


リハビリをすれば日常生活程度は回復するかもしれないと告げられた。


なんの慰めにもならない。


それは裏を返せば、日常生活以上は回復しない。ということ。


オレはもう戦えないし。


オレはもう戦場に立てない。ということ。


10代目を守ることも。


この人の隣にいれない……ということ。


落ち込みたくもなる。


…空気が重い。話題を変えよう。


「…リボーンさんは、なぜここへ?」


「ここはどこだ?」


「病室です」


「病室とはどういう奴の部屋だ?」


「怪我人や病人のための部屋です」


「そういうことだ」


言って、リボーンさんはオレの隣のベッドに腰掛ける。


「…え!? リボーンさん、どこか悪くされたんですか!?」


「ちょっとな。…なんだ、オレが見舞いに来たのかと思ったのか? 見舞いの品がないだろう」


…いや、あなたでしたら手ぶらで来そうです。いやそれよりも。


「…あの、一体どこを……」


「ん? ああ、腹だ。油断したら撃たれてな。滅茶いてー」


油断…? あのリボーンさんが……?


「なんだよそんな疑わしそうな目で見て」


「いえ……」


「…まあ、いい。とにかく、暫くはオレもここにいるからな」


「あ、はい」





かくして、オレとリボーンさんの同室生活が始まった。


お互い安静の身で、傷に障るからか見舞客も来ず、他愛ない会話で時間を潰す。


その片手間に、リボーンさんは面倒そうに書類整理をしたり、銃の手入れをしたり。


……オレには出来ないこと。それが少し、妬ましい。


そんなことを思ってたからだろう。


天罰が下った。





それはあっという間だった。


不意にリボーンさんが顔を上げ、虚空を睨んだかと思うと、


オレを壁まで蹴り飛ばし、ロッカーを撃ってオレを下敷きにして。


「声を出すな」なんて呟きが聞こえたけど、頭を強く打ったオレの意識は半分以上飛んでいた。


床に付けた耳から静かすぎる足音を感じて。


銃声が聞こえた。


オレの意識はそこまでで。


気が付いたときには、全てが終わっていた。


力を込めて、ロッカーから出ようとして…足が完全に挟まっていることを知る。


上半身だけなんとか脱出させて、状況を見る。目の前に広がる死体と、血溜りと、それから―――


オレの真正面で、座り込んでる、リボーンさん。


オレの血の気が引いた。





「どうした。そんな死にそうな顔をして」


そんなことを、あなたは全てを分かってるくせに聞いてくる。


「……どうしたもこうしたも、ありませんよ…」


それだけを、なんとか口から出す。


リボーンさんの影が赤い。赤い影がこちらまでゆっくりと伸びてくる。


「…どうして、オレを守ったんですか」


「お前、今戦えないだろ」


「今でなく、ずっと、です。…オレを切り捨てれば…そうすれば、あなたは……」


吐き出すような、絞り出すようなオレの声。


しかしリボーンさんはいつもの声で、当たり前のように言うだけだ。


「教え子を守るのは教師の役目だからな」


そう言うリボーンさんの口から、紅い雫。


リボーンさんは、おっと、なんて言って、口元を拭う。


「オレもまだまだだな。油断した」


油断。それはこの病室に来たときも言ってた言葉。


ああ、この人は、きっと。


ここに来る前も、きっと。


誰かにも、今のオレと、同じようなことを―――


「…馬鹿ですね、あなたは」


「お前に言われたらおしまいだな」


「本当ですよ」


赤い影が床に広がる。部屋全体が真っ赤に染まる。





「オレを守って死ぬなんて、あなたは本当に馬鹿です」





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あなたが死ぬのを、ただ黙って見ていることしか出来ない。

無力なオレは、この絶望の淵から這い上がることが出来ない。