獄寺は広い廊下を歩いていた。


目的地は無論のこと獄寺の主たるリボーンの部屋である。


トラブルなど起こるはずがなく、何の問題もなく順調に獄寺はその場所まで辿り着いた。


閉じられた扉からは中の様子は分からない。


何の音も聞こえず、中に誰かがいるのかさえ分からない。


しかしそれはいつものことで。だから獄寺はいつものようにノックを二回して。


「失礼します」


と言って、中からの返事も待たずにいつものように扉を開けた。


そして部屋の中といえば、これまたいつも通りにもぬけの殻だった。


開けられた窓から風が入り込んでいて、獄寺の髪を揺らす。


獄寺は風で散らばった書類を拾い、纏め、元の位置に置き、風に飛ばされぬよう重しを乗せて満足とばかりに頷き、恐らくはこの部屋の主がそうしたであろうように自分もまた窓から外に出た。





―――この世界は、12の国が治めている。それぞれの国に王がいて、その王は神獣たる麒麟が天意に従って選定する。


そしてこの国の王に選ばれたのがリボーンであり、リボーンを王として選んだ麒麟というのが獄寺であった。


王たるリボーンが見つかるまでそれはもうこの国は荒れ放題。治安は悪く、妖魔は民を襲い……いつ滅んでもおかしくはなかった。


それだけリボーンを見つけるのに遅くなったのには理由があり、あの日リボーンを見つけられたのは偶然だった。


リボーンは旅人で、12の国を転々としていた。あの日はたまたまリボーンがこの国に来ていたのだ。


出会ったタイミングもすごかったなぁ…と獄寺は過去を振り返る。あまり思い出したくはないが、しかし忘れることなど出来るはずもない。


などと思いながら歩いていると、獄寺の視界に探していた姿が目に入る。この国の王にして獄寺の主、リボーンだ。


リボーンは草原に寝っ転がっていた。ぼんやりと空を眺めていた目が獄寺の姿を捉え、それと同時に身を起こす。


「獄寺か。どうした?」


「リボーンさん、仕事が溜まっていますよ」


「オレは今日向ぼっこで忙しいんだ」


「日向ぼっこは仕事が終わってからゆっくりとしてください」


「こんないたいけな少年に仕事をさせるなんて、お前はどれだけ鬼畜なんだ」


「えーっと……」


獄寺は少しばかりなんと言うか言葉を探す。


確かに、今目の前にいるリボーンの姿は10歳前後の少年だ。黙っていて、何もしなければいたいけと……言えなくもない。


だが、リボーンの姿は王に選ばれたその時から……30年程前から変わってない。変わらない。


この世界では、王となった時点でその者は人としては死に、不老不死となる。…もっとも、生き続けるためには色々と条件があるのだが。


それはともかく、そんなリボーンの外見は一応はいたいけな少年でも、内面を考えて先ほどの台詞を聞くと口を噤むというか、言葉を失わずにはいられない。


だが、流石というか慣れているというか獄寺はすぐに調子を取り戻し、笑顔を作る。


「オレも手伝いますから、さっさと仕事片付けてお茶でもしましょう」


「……仕方ねえなあ」


これみよがしに、偉そうに、やれやれと言わんばかりにリボーンは立ち上がり、自室へと戻る。


獄寺はいつもよりも早く部屋に戻らせることが出来た。と嬉しそうな顔をしながらリボーンの後についていった。





それから数時間後。


またもリボーンは部屋から姿を消していた。


獄寺が少しばかり目を離した、その隙に。である。


なんという早業。


なんというサボリ魔。


獄寺は呆れを通り越して感心してしまった。


ともあれ、再びリボーンを探しに出る獄寺。


日向ぼっこをしていた草原は真っ先に探したが、どこにもいなかった。


他にも心当たりのある場所を探し回り、擦れ違う人に訪ね回ったが見つからなかった。


これだけ探してもいないということは、残る場所はひとつだけ。


街だ。





獄寺は街まで降りてきて、リボーンの姿を探す。


賑やかな表通り、子供たちは走り回り、商人が売り物を見せ主婦が財布と睨めっこしている。


…平和になったものだ。


あの頃とは、想像も付かないくらい。


知らず知らずのうちに獄寺の口元に笑みが零れる。


―――麒麟とは、その国の民意を具現化したものと言われている。


真偽の程は定かではないが、しかし麒麟である獄寺は国を見て、民を見て。幸せを感じていた。


そこで、ふと獄寺は当初の目的を思い出す。


そうだ、自分は己の主を探しているのだった。


いかんいかんと頭を振り、獄寺は再度辺りを見渡す。


しかし目的の人物はどこにもいない。


表通りにいないということは……裏通りだろうか。


獄寺は裏道を通り、路地裏に入り、裏通りへと躍り出る。





―――喧騒が、一気に聞こえなくなった。





陽の光も途切れ、人の気配も消え、まるで別世界に来たかのよう。


「……………」


誰もいないような、別世界のような街の中、獄寺は引き返すこともなく歩き出す。


あるいは、まるで何かに引き寄せられるかのように。


―――いる。


こっちに。この方角に。


もとより、王に選ばれる人間には王気と呼ばれるものが宿っている。ある程度の距離であれば、麒麟には王の居場所が直感で分かるのである。


獄寺はその直感を頼りに足を進める。


そして、道の角を無用心に、何の心構えもなく、無警戒に曲がってしまい―――


その先にあった、澱んだ空気を一身に浴びてしまった。


「……………!!」


視界に入る、赤・黒・塊。


赤黒い液体があちこちに飛びっている。


その液体の持ち主であろうと思われる妖魔が、身体を破られ地に伏している。


そして、その路地の真ん中で、


獄寺が探し求めていたリボーンが、無感情な目で妖魔を見下ろしていた。


「ん?」


獄寺の視線に気付いてか、リボーンが顔を上げて獄寺を見る。


獄寺の顔は見るからに真っ青になっており、血の気を失っていた。


それを見たリボーンは面倒臭そうにため息を吐いて、


「なんだ、いたのか獄寺。……お前の身体に毒だから、こっちに来ない方がいいぞ」


と言ったが、その台詞は遅すぎるほど遅かった。


その台詞をリボーンが言い終えるよりも前に、獄寺は失神した。





その状況は奇しくも、30年程前のあの日。リボーンと獄寺が出会った日と似ていた。


まだ見ぬ王を探し、しかし見つからず、獄寺は焦っていた。


日に日に弱っていく国民。育たない植物。そして襲い来る妖魔。


王がいれば、王がいてさえくれれば。


この世界では、この国では。王がいるのといないのとでは天地の差がある。


王がいれば、それだけで天災や妖魔の襲撃が減るのだ。王さえいれば国民が救われるのだ。


無論、ただ黙って王座に座っていればいいというわけではないが、なんにしろ王なくして国は、民は救われないのだ。


あの日も……獄寺はまだ見ぬ王を探していた。


そして、妖魔に襲われた。


更には、食われそうになった。


麒麟は戦う力を持たない。


麒麟は使令という自分の配下に置いた妖魔で戦うのだが、その使令は殺された。


自分も、殺され…食われるのを待つばかりになった。


その時だった。


襲い来る妖魔が真一文字に引き裂かれ、真っ二つになった。


その向こうに立つ黒い少年。


その鋭く、冷たい目を見て―――繋がった。


ああ―――この方が、我が主だと。この国の王だと。


もとより妖魔より攻撃を受け、伏していたが…痛む身体を叱咤し、気を失ってしまいそうな心を奮い立たせ、体制を整え叩頭する。


そして。





「―――御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申しあげます」





それは、誓約の言葉。


麒麟が人を王とする、その儀式。


突然言われたその少年は、不可解な顔をしている。


それもそのはずだ。


唐突すぎる。何もかも。


少しして、そのことに気付いた獄寺は姿を獣の姿にする。流石に驚いたのか、少年は微かに息を呑んだ。


「…あなたは、この国の王です」


「オレが?」


「はい。…ですからどうか、「許す」、と言ってください」


「………」


誓約は、麒麟がその言葉を言うだけで成立するものではない。


王となるものが同意してこそ…「許す」と言ってこそ、初めて成立する。


しかし目の前の少年は言葉を発さない。けれど立ち去るというわけでもなく、言うなればどこか…困惑しているようにも思える。


「オレは…王の器では、ない」


長い時間を掛けて発せられた言葉は、拒絶の言葉。


「そんなことありません。あなたこそ、天より王気を授かりしこの国の王。オレはずっと、あなたを探し続けておりました」


「…オレは殺し屋だ。殺し屋の王なんて、すぐに国を滅ぼすに決まってる」


「そうだとしても…いえ、そんなことありません。あなたは立派な王となられるでしょう。…勘ですけど」


「勘かよ」


「ええ。それに…オレには、あなたしかいないんです。あなたに認められないのなら、死ぬしかありません」


「それは脅しか?」


「…事実ですよ」


もう、声がほとんど出なかった。


麒麟という存在は、争いを嫌う。肉も脂も口にすることが出来ず、血に弱い。自分の血すら、身体を蝕む。


妖魔に身を裂かれただけでも気を失いそうなのに。


その妖魔も目の前の少年に切り捨てられ、血と肉と臓物を撒き散らしている。


ここまで意識が持ったのが不思議なくらいだ。


それもひとえに、自らの主たる存在のため。この国のため。


その一心のみで、今まで意識を保っていたけど、それもここまでのようで。


獄寺は気を失った。


―――その、直前。


目の前の少年が、仕方なさそうに面倒臭そうに―――一言呟いた言葉を、残念ながら獄寺は聞くことは叶わなかった。





目が覚めた。


「………」


懐かしい夢を見ていた。


それは主と…この国の王と…リボーンと出会ったときの夢。


あの日、あれから、倒れた自分は何をどうしたのか何がどうなったのかさっぱり覚えてないが、少年と共に王宮へと戻った。と思う。


その後また倒れ、血の穢れに侵され三日三晩眠り続けた。らしい。


そして起きたとき、ぼんやりとした頭で、けれど脳内を占めるのはただひとりのことだけだった。


その人を探して、あちこちを歩き回った。


そのときのことを思い出しながら、今現在の獄寺もまた身を起こし歩き出す。


王宮の外に出て中庭へ。時刻は夜で、月と星が出ていた。


その夜明かりの下で。


草原に寝っ転がって。


求めていた、探していた彼が、リボーンがそこにいた。


足音は立てなかったはずだが、リボーンは獄寺に気付いて身を起こす。


「起きたのか」


「ええ。…オレ、どれくらい寝てました?」


「三日」


「なんと」


獄寺は少なからずショックを受けた。


「街は危険だから、お前はここから外に出るな」


「何をおっしゃいますか。リボーンさんのおかげで街はかなり平和です」


「それでも妖魔は出る」


「…もしかしてリボーンさん、あの日、妖魔が街に出るって…分かってたんですか?」


「勘だがな」


はー、と獄寺は息を吐く。


あの日、三日前の朝。空を見ていたリボーンは、何の根拠か、妖魔が街に出現するのが分かり―――街に出て、退治した。


リボーンが誰にも告げず街に出るのはそこそこあることだ。まさか、よもや、その度に妖魔を退治していたというのだろうか。


「流石に毎回じゃない」


聞けばそう言うが、しかしそれは暗に毎回でなくてもやはり退治していたということで。


退治してないときも、もしかして街の平和を守るためパトロールしていたという可能性もあるわけで。


「…オレは殺し屋だからな。殺し屋の王は殺すことしか出来ない」


「そんなこと…王宮から兵も出てるのに」


「兵に命を差し出させて、オレには平和に書類にサインしてろってか? 馬鹿らしい。あんなの誰にでも出来る仕事だ。オレには殺しの技術があって、しかも今は不老不死だぞ。妖魔退治の方がよっぽど合ってる」


「リボーンさん……」


「つーか…獄寺お前……」


と、いきなりリボーンは獄寺を睨みつける。獄寺は少しばかり後ずさる。


「な、なんでしょう」


「なんでしょうじゃない! 前から思っていたが、お前には危機感が足りなさ過ぎる!! 身を守る術も持たないくせに、のこのこと危険な裏通りまでやってくるな!!」


「だ、だってリボーンさんがいないんですから仕方ないじゃないですか! そもそも身を守る術を持たないって、正確にはあなたが持たせてくれないんじゃないですか!!」


先程も述べた通り、麒麟というものは使令という自分の配下に置いた妖魔で戦う。獄寺もまた例外ではない。


しかし獄寺の使令はリボーンと会う直前、妖魔に殺されてしまった。ならばまた契約すればいいのだが…リボーンが、それをよしとしなかった。


麒麟が妖魔を使令として契約する際の、言わば報酬が許せないと、そういうことらしい。


契約の、報酬。


それは死後、自分の死体を食べさせる、というものだ。


それがリボーンには許せないらしい。


一応、王を見つけた麒麟は王がその道を失うか、特定の武具で攻撃を受けない限りは王と共に生き続けることが出来る。


むしろ、麒麟が死ねば麒麟より不老不死の恩恵を受けている王も死ぬので妖魔や陰謀を企む人間に殺されぬよう使令は置くべきなのだ。


それでもリボーンはよしとしなかった。使令を作ったらそいつを殺すとまで言われた。その目はマジだった。


…麒麟は、「無い無い尽くし」と喩えられる。


生みの親は居らず、自国に戸籍が持てず、結婚も出来なければ子供も出来ず、ひたすら王に尽くしたあとは自分だけの墓はなく、王との合同の墓はあっても遺体がない。


そのことを、昔のとある麒麟が喩えたのだという。


なるほど、その通りだと獄寺は思う。きっと他の麒麟も。


だから別に、妖魔に食べられることも平気なのに。


主の為になれるのならば、主の役に立てるのならば。それでいいのに。


それでもやっぱりリボーンは納得しない。承諾しない。その理由はたったの一言で事足りた。曰く。



「気に食わない」



らしい。


リボーンは結構わがままで、自己中心的で、オレ様だった。


それでも何とか反論出来ないかと、獄寺は思いつくまま言ってみる。


「………オレが死んだあと、多分、契約とか何の関係もない妖魔がオレを食べますよ? 墓に入れてもきっと荒らされます」


「そうかよ。じゃあお前が死んだらオレが食ってやる」


「―――――」


何でもないようにそう言われて、当たり前のようにそう言われて、獄寺は言葉を失った。


―――このお方は、今なんと?


「ん? なんだ獄寺。お前は妖魔に食われるのはよくって、オレに食われるのは嫌なのか? オレは妖魔以下か?」


「いえ…なんと言いますか……問題が違うかと……」


言葉を詰まらせながらも、獄寺はなんとかそう言う。


「…リボーンさん」


「ん?」


「何で、そんなに……オレに気を遣ってくださるんですか?」


「んー……」


本当に不思議そうに獄寺にそう言われ、リボーンは少し考える仕草をする。


しかしそれも一瞬のことで。


ぺしっとリボーンは獄寺の額にチョップをして。


「自分で考えろ」


なんて言って。


対して獄寺は、額を押さえて目を白黒させて、そして怒った。


麒麟は本来角のある場所である額を触れられるのを嫌う。誰にだって逆鱗はあるのだ。


「な―――何するんですかリボーンさん!!」


「何でもかんでもオレに聞けば分かると思ってんじゃねえ」


リボーンを殴ろうとする(当たったところで大したダメージは与えられないだろうけど)獄寺の攻撃をかわしながらリボーンは自室へと戻っていく。どうやらもう寝るらしい。


「おやすみ獄寺。―――ああ、どうしても使令が欲しくなったらオレに言え。いい案がある」


「は、はあ?」


「オレがお前の使令になってやる」


「いやそれは駄目でしょう!! なに言ってるんですか!!」


即答で断られ、リボーンは不思議そうに首を傾げた。


「…いい案だと思ったんだけどな」


本気っぽかった。


「オレがお前の使令になれば、街に出るのも一緒に行けるのにな」


「ぐ…」


呟くようにそう言われた言葉に、獄寺の心が少し動いたのは…誰にも内緒の話だ。





こうして夜は深けていき。


朝が来て、時が過ぎ、ゆっくりと、目まぐるしく時間が流れていった。


とある国のその王は、人知れず国民を脅かす妖魔を退治して回り。


殺し屋であるその王は、不器用ながらに国民を愛し、国民に愛されながら長く国を治めた。


―――そして、その王の隣にいつもいるのは何故だか使令を持たない一匹の麒麟だったという。





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そしてその麒麟は、最後の最後まで主の隣にいたという。


リクエスト「十二国記パロ!王→リボ様、麒麟→獄!逆も可v」
リクエストありがとうございました。