最近、あまり見ないな。程度しか思ってなくて。


咳き込んでいたとき、あいつ珍しく風邪なんて引いてやがる。ぐらいしか思わなくて。







     Family.







「医者の不養生。だな」


「おわっ…って、なんだ隼人か。よりにもよってお前か隼人。オレは残念だ隼人。むしろお前が残念だ隼人」


「てめー…果てるか? 果てるな? 久しぶりに会って話していきなり"なんだ"に"よりにもよって"に"残念"だ? よし果てろ」


「はいはいはいはい仕舞えー。それ仕舞えー。マイト仕舞えー。久々に会っていきなり人殺そうとかするな。親の躾が疑われるだろ」


「親とか知るか!!」


「あー、じゃあ言い替えるわ。オレの躾が疑われる。だから仕舞え」


「結局お前の都合かよ!!」


怒鳴りつつ、けれど獄寺はダイナマイトを仕舞う。その様子を見ながら、シャマルはまた咳をひとつ。


「って、ホントに風邪か?」


「…あー、そんなもんだ。だからその辺で寝てくるわ。三日ぐらいで済むかな」


「三日ねぇ………なんなら…なんだ。看病してやろうか?」


「……………ど、どうした隼人。熱でもあるのか?」


「熱があるのはお前だろうが! なんだ! オレが看病を申し出るのがそんなに異常か!」


「異常だ。一体どうしたんだ隼人。診察してやろうか? 特別に」


「んなー…! もういい!!! 単に休暇が今日から三日あって! でも特にやることもなかったから気紛れ起こしただけだバカ!!!」


啖呵を切りつつ真相をぶちまける獄寺に、シャマルがクックと笑う。それに更に切れた獄寺は思わず手加減無用でシャマルをぶん殴った。シャマルはあっさりと吹っ飛んだ。


「………え? …あれ?」


これにきょとん、としたのは獄寺である。


あの親父はこちらがどれだけ突進しようとものらりくらりとかわしてみせるのだ。当たったとしても浅い。


…そのはずなのだが…


「しゃ、シャマル…? あれ? おい、冗談なのは分かってるんだって………シャマル? おい、シャマルー!?」


返事のないシャマルに、獄寺は思わず駆け寄った。





次にシャマルが目を覚ました場所は、獄寺の寝室だった。


「気ぃ付いたかよ、オッサン」


声の方を向けば、そこには声の通りに部屋の主。


「隼人…オレ、ついさっきまで綺麗なお花畑の中にいたんだ…どう思う?」


「知るか」


言いつつ、どこか罰が悪そうに顔を背ける獄寺。しかしシャマルはそんな獄寺に気付いているのかいないのか更に言葉を紡ぐ。


「しかも綺麗な小川の向こうでたくさんの美女がオレを手招いていて…! おお! 彼女達はどこへ! オレは旅立たなくては…!!」


「旅立つなボケがーーー!!! オレの打撃で死なれても目覚めが悪いだろ!!」


「お前…不調者にんなことしたのか…」


言われて、はっとした様子の獄寺。耳が赤くなる。


「謀ったな!!」


「この程度で謀られるな」


呆れたような声でシャマル。全くお前は単純すぎる。


「お前は駄目だなー」


「しみじみと言うなよ!」


「お前はもっと冷静にならないとなー」


「オレはいつでも冷静だッ!!」


「あっはっは」


「笑うなー!!」


絶叫のしすぎで肩で息をする獄寺。そんな獄寺を見てシャマルは穏やかに笑っていた。


「お前なー、ボンゴレ坊主の右腕目指してんだろ? そんなんじゃまだまだだなー」


「待て! 今のは聞き捨てならねぇ!! 今のだけは撤回しろ!! オレは今自他共に認める10代目の右腕だ!!」


「あ。そーなの?」


知ってるくせに始めて聞いたというスタイルを取られてしまった。この野郎。


獄寺はどうにかして撤回させようとしていたが、シャマルはいつしかまた眠っていた。


そうして一日目が終わった。





どうやら結局隼人が面倒見てくれるらしい。ということをシャマルが思ったのは朝起きたら獄寺が作ったらしいお粥が飛び込んできたからだ。


「お前が作ったのか?」


「姉貴が作ったほうが良かったか?」


「うーん…」


「悩むな!!」


「ああ、いや、嘘だ。だから食器を下げるな。せっかくの隼人の手作り」


「…どーせ男の料理なんててめーは好かないだろうけどなっ」


むくれつつ、けれど粥を差し出してくる。その指先にいくつも張られた絆創膏がこう言っては悪いが微笑ましい。


「いただきます」


そう言って口に運ぶ。


「ごちそうさま」


食事は一口で終わった。


「早いな!」


「食欲がないんだ」


「不味いんだろ? 不味いんだな? 不味いなら不味いとそう言え!!」


「そんなことはないぞ。ビアンキちゃんよりうまい」


「姉貴を基準に出されてたまるか!!」


怒鳴りつつ、獄寺はシャマルから粥を取り上げて自分の口に運ぶ。その顔色が急激に悪くなる。


「…ごめん。シャマル」


「ん?」


「…塩と砂糖。間違えてた」


「ベタだな」


クックとシャマルが笑う。獄寺は少し落ち込んだ。





「…しかし。なんだな」


「…あ?」


静かになって。シャマルが口を開いた。


「昔はオレが寝込んだお前の面倒を見てたってのに…今や立場逆転なんだな。時間ってのは早いもんだ」


「…何年前の話してんだよ」


年寄りくせぇ、と吐き捨てる獄寺。それにもシャマルは笑って返すだけだ。


というのもそのシャマルに面倒を見てもらっていた時代。獄寺にはほとんど良い思い出がない。


何か功績を出しても反応は"出来て当たり前"。しかも愛人の子、クォーターということで周りの風当たりも強かった。


唯一褒めてもらえたのはピアノの発表会だが…もれなくビアンキの手作りクッキーを食べさせられるので大嫌いになった。


シャマルだけだった。


そのとき、獄寺にとって味方はシャマルしかいなかった。


些細なことでも良いことをすれば「偉かったな」と頭を撫でて褒めてくれて。


逆に悪い事をすれば遠慮なく拳骨を飛ばされた。けれどそれは愛人の子だからとかクォーターだからとかとは関係なくて。


シャマルだけが対等に接してくれた。あるときは兄として。あるときは父として。あるときは師として。総して…


「…隼人? 隼人ー」


と、呼びかけられて獄寺の思考が浮上する。


「どうしたんだ? トリップか? ヤクか? 上等なもんじゃねーと後処理が大変なんだぞあれ…」


「誰が薬なんて使うかー! 少し昔を思い出してただけだっ」


「昔って?」


う、と獄寺が怯む。今考えていたことをこいつにだけは知られてたまるか!


なんていったって恥ずかしい。その昔、自分がこいつだけを頼りにしていただなんて。


知られてもからかわれるだけだ。「なんだ隼人。実はそんなにオレのこと愛していたのか…!」などと言われるだけだ。


「なんでもない」


「なんでもないってこたーないだろ。あんな顔してて」


ばっと獄寺は自分の顔を隠す。


「あんな顔!? どんな顔だ!?」


「さーな。なんでもないんだろ?」


からかうようにシャマルは言って。


「そうだ!」


やけになって獄寺は叫んだ。なんでもない。なんでもないんだ。





食事が終われば(あれを食事と言っていいなら)あとはだらりと雑談ムードだ。一応獄寺は買ってあったパンをシャマルに勧めたが本当に食欲がないのかシャマルは辞退した。あるいは警戒しているのか。


「こっちのは平気だぞ。市販のだし」


「そんな、オレには隼人のあの手作りだけで充分だ…!」


「嫌味かてめぇ!!!」


「だからこの程度で怒るなって。相変わらず沸点低いなお前ー」


「怒ってねー!」


「じゃあ怒鳴るな。すぐ怒鳴る奴は甘く見られるぞー。昨日も言ったけどもっと冷静にな」


「説教かよ」


「そういうのとはまた違うんだが…まぁ、年寄りの戯言として聞き流しておけや」


「はぁ…?」


獄寺は耳を疑った。こいつ今なんて言った? 年寄り?


10年前からずっと何かある度に「オレはまだ若い!!」と言ってたこいつが?


「…熱でも………あるんだったな」


「お前、かーなーり失礼なこと考えてただろ」


こつん。と小突かれる。シャマルは咳をひとつ。


「あー、わり。オレ眠いから寝るわ。おやすみ」


「お? おう」


獄寺が答える間に、シャマルは早くも眠りに落ちていた。静かな寝息が聞こえてくる。





…なんか、ホントに変な感じだ。


シャマルではないが、確かにこれでは立場逆転だ。どうにも調子が狂ってしまう。


「…ったく。早く治せよなー」


思わず、一人呟く。


言ってから、聞こえてないよな!? と思いシャマルを見るが…どうやら本当に寝ているようで、獄寺はそっと安堵した。


まぁ、明日だ。明日で三日。シャマルの言ってた三日だ。


一応医者なんだから、当てにもなるだろう。明日になれば全てが終わる。明日になれば全てが元通りだ。





シャマルは結局、その日はずっと寝ていた。


少し寝すぎなんじゃねぇのか、とも思ったがそういえば昔自分が熱を出したときも食事はあまり取らず、起きたら夜なんてこともあった。から。


こんなもんなのかな。と軽く思った。





シャマルが目を覚ますと、目の前に飛び込んできたのはみずみずしい果物だった。


「…昨日は粥で今日は果物か…風邪のときのお約束満載だなー…」


「しみじみ言ってる間があったらとっとと体調治せば良いだろ。今日で三日だ! 早く治せ! 治れ!!」


「何で脅迫口調なんだよ…そうだなー、なぁ隼人。ひとつ頼みがあるんだが」


「あ?」


「ピアノ弾いてくれ。久しぶりに聴きたい」


「はぁ? 急に何言ってんだよ。ここはオレの部屋だぞ。ピアノなんてねぇよ」


「ボンゴレの一室にあるだろ。古いの」


「遠! ここからどんだけ離れてると思ってるんだ!! 聞こえるわけねぇだろうが!!」


「いや。聴こえる。聴こえるね。何故ならオレと隼人の間には愛という名の絆があるからだ! 愛があれば何でも出来る。つまりピアノも聴こえる」


「………」


「完璧だ」


「穴だらけだ馬鹿!!」


「そう言うなって隼人ー! 後生だ! オレはまさに今! そう今だ! 今お前のピアノが聴きたい!!」


「あーもううるせぇ!! 分かったから黙れ!!」


「お」


「ったく、いい年した大人が情けねぇ…弾いてやるからそんなガキみたいにねだるな」


なんでも良いんだろ、と獄寺が聞くと、シャマルはもちろん。と返した。


「隼人が弾くなら、何でも良いさ」


「何でも…ねぇ。まぁ適当に弾いてくる」


「心は込めてくれよー」


「調子に乗るな!!」


まったく、と獄寺は悪態を吐きながら退室した。


シャマルはそれを見送って………


咳を、ひとつ。





ボンゴレのある一室。そこにあるのは大きなピアノ。


埃でも被ってるかと思っていたが、意外に掃除が行き届いていた。蓋を開けて盤を押せば音も出る。


椅子に座り、さてどれを弾こうか、なにを弾こうかと暫し悩む。


けれどやがて、最初に覚えた曲にしよう。と決めた。と同時に拙い腕でシャマルに披露した遠い思い出が蘇る。


…あの時。褒めてくれたシャマルが嬉しかったとか。しかもそのことをよく覚えてるとか。シャマル本人にだけは絶対。決して言えない。


気恥ずかしさに多少顔をしかめつつも、獄寺は指を鍵盤に置いた。



そして―――





―――――シャマルは獄寺が真相を知ったらどう思うだろうかと考えていた。


自分が風邪ではなく、もっと重い病気にかかっていることを知ったら。





…そもそも、シャマルが目に見えて病にかかるわけがないのだ。相対する病をかけて相殺しているのだから。


だから、もしもシャマルが病気にかかって、そのまま治らないと言うことは…



それは相対する病がないと言うこと。



それは治らないと言うこと。





それは、死ぬと言うこと。





ケホン。とシャマルは咳をひとつ。それをする度に寿命が減っていく。


シャマルは獄寺が真相を知ったらどう思うだろうかと考えていた。



自分が、本当は死に場所を探していたのだと知ったら。



本当は一人で死ぬつもりだったのだと知ったら。


こんな日が来ることぐらい、分かっていた。


だから取り乱しもせず、ただどこで死のうかと。それだけを思っていた。


…だというのに。





   医者の不養生。だな。





何で見つかっちまうかな…


よりにもよって。お前に。


一番見つかりたくない相手に。


適当にからかって、遠ざけようとした。…まさか逆上されて張っ倒されるとは思ってなかったが。


動かせない身体。それを隠しながら口に出すのはらしくない(本当にらしくいない)説教。


吠える隼人の声を聞きながら、気を失うように眠りに落ちた一日目。





実は食欲どころか、もう味覚なんてなかったなどと。言えるわけもなかった。


だから隼人が実は料理に失敗したらしい。と分かったときは安心した。食べなくても良いので。


しかし本当に不思議な気分だった。隼人に看病されるだなんて。


そうなるまで生きてるとは正直思ってなかったし、こう言ってはせっかく世話してくれた隼人に失礼なのだが…隼人にそこまでの甲斐性があるとも思ってなかった。


柄にもなく、珍しく…素直に礼を言ったというのに隼人に聞こえてなかったみたいなのには多少(いや、かなり)ガックリ来たが。





考える時間が出来て、思考を占めたのは残されるあいつのことだった。


余計なお世話、だと言うのは自分でよく分かっていた。あいつはもう子供ではない。


…のだが。


それでも気になることを口についてしまうのには、もう仕方がないのだと割り切った。





割り切って、二日目が終わった。


割り切るのは少し遅かった。





三 日で済む。とシャマルはそう言った。


もちろんそれは適当に言ったのではなく、医師としての自分が患者としての自分を診た結果での話だ。


自分の命は、あと三日で終わると。


やっぱり、誰かに看取られるなんて。自分はそんなキャラではないとシャマルは獄寺を追い出した。


とはいえ、追い出しながらも口に出した言葉は結構本心でもあった。





今。隼人のピアノが聴きたい。





そんな最後は予想してなかった。


ひとりで死ぬのだと。シャマルはそう思っていた。


けれど、まさか。獄寺の演奏を聴きながらいけるなんて。


獄寺の言うとおりにピアノのある部屋とこことは離れているけど。でも静かにしてれば聴こえるだろう。耳を澄ませていれば。きっと。



………だというのに。


それを楽しみにしていたというのに。



「…オレ…がここにいるって言い触らすような隼人じゃないな。じゃあ何だ。こいつら隼人狙いか…?」



気付けば、殺気が。


いたるところに、殺気が。



「どこのファミリーのもんだ…? ったく、オレの隼人に手を出すなってんだ」



せっかく穏やかな気分だったのに。


台無しだ。とシャマルは呟いた。



「お前ら、静かにしろ」



死にかけの、それでも一度は伝説すらをも作った殺し屋はそう言った。





「オレは隼人のピアノが聴きたいんだ」





発病だ。


そう、シャマルは唇を動かした。





「………っと、」


獄寺は鍵盤から指を離した。一曲目が終わったからだ。


「…って、弾いたけどよ…本当に聞こえてんのか?」


獄寺は半信半疑で呟く。呟きながら、指は懐へ。とりあえず一服。と、


「………あ?」


いつもの場所に、煙草がない。


記憶を遡らせる。確か、そう。自室で吸った覚えがある。そのままか。


「…戻るか」


そしてシャマルに本当に聞こえたかどうかを聞いてやろう。聞こえてなかったらはたいてやる。そう心に決めて。





そうして獄寺は自室へと戻った。


血の海となってる自室へと戻った。





「は………?」


唖然。呆然。そのまま放心したように獄寺が固まったのは自室が変貌していたからではない。生きてる気配がなかったからだ。



死体があった。山のように。



その中には、ひとつたりとも生きてる気配はない。


…部屋の奥にいるはずの、あの医者の気配すらも。


「…シャマル…!?」


ようやく硬直状態から解き放たれ、獄寺は駆けた。


部屋の奥には、ベッドの中には……シャマルがいた。自分が吸う予定だった、煙草を銜えて。


辺りには相変わらず生きてる気配はないのに。


「おお、隼人。早かったな」


いや、気配はあった。ただ、希薄なのが。


「ピアノ。ちゃんと聴こえていたぞ。上手くなったな。昔はいつも同じところで音が外れていたのに」


そう言ってシャマルは、咳をひとつ。


そうしてシャマルは、盛大に吐血。


「シャマ…!」


「取り乱すな」


うろたえる獄寺に、シャマルはあくまで冷静。どちらが死にそうなのかも分からないぐらいに。


「あー…そっか。お前。もしかして身近な奴の死。初めてか」


シャマルにそう言われて、獄寺は怯む。



…そういえば、そのとおりだ。



名前も知らない奴の死ではない。口頭で聞いた者の死ではない…身近の人物の、目の前での死。


「…黙ってろ! とにかく、医者だ医者!!」


「だから落ち着け。医者はここにいる。オレのことはオレが、よく分かってる」


「………っ」



「この程度で、取り乱すな」



今にも死にかけているシャマルは、毅然としていた。覚悟の差だった。


「お前がそんなに情けないと、オレが安心出来んだろう」


「馬鹿野郎!! こ…んなときまで、保護者面しやがって…!」


「保護者面?」


心外だ。とシャマルは呟いた。



「オレとしてはもーちょい。親密な関係のつもりだったんだけどな」



そんな関係、作らないつもりだった。


そんな繋がり。作らないつもりだった。



「お前は、」



この日が来ることは分かっていたから。


だから女とも一夜限り。子供だって残さなかった………のに。



「オレの、」



いつからか、シャマルは獄寺の師となって。


それがいつの間にか、弟が出来たような感覚になって。


それがいつしか、父親代わりになって。


総して―――





「家族の、つもりだったんだけどな」





「―――!!!」


獄寺が息を呑む。シャマルの力が抜ける。獄寺の目から一粒の滴が零れる。シャマルの反応はない。


「ば…かやろう…!!」


その声は震えてた。けど、もう関係なかった。シャマルにはもう届かない。


「なんで…こんなときに! そんなこと…!!」


シャマルはもう動かない。掴んでいる手に力が篭ることも、もうない。


その代わりのように獄寺はシャマルの手をぎゅっと握った。冷たい手の平。もう握り返してはくれない。もう本心を伝えることも出来ない。



オレもそうだったなんて、そんな一言でさえも。



…あるときはシャマルを兄のように見ていて。


あるときはシャマルを父親のように見ていて。


またあるときは師として見ていて…



総して、家族のように見ていたと。



ずっと頼りにしていたと。



大好きだったと。



…もう、言えない。伝わらない。


暫し、獄寺はシャマルの手を握ったまま俯き…


そして獄寺が次に顔を上げたとき、その目の涙は止まっていた。


真っ直ぐに、前を見ていた。





嘆くのは止めた。


悲しむのも止めた。



シャマルが望んでいるのはそんなことではないから。





          取り乱すな。


   ―――オレが、安心出来んだろう。





シャマルはそう言った。ならば獄寺はそれに従う。





…家族の期待には、応えたかったから。





だけれどこの後、


運命とはなんとも残酷なもので、それから遠く離れてない日に彼の尊敬している人間が殺される。


それは獄寺が命をも捧げたと言っても過言ではない、沢田綱吉10代目。


本来ならばその日の内に、獄寺自ら命を絶っていたとしてもおかしくはなかったのだが、


運命とは皮肉なもので、シャマルの死こそが獄寺を生かすこととなる。



シャマルの言葉が、獄寺を生かすこととなる。



だけれどそれも。


今の獄寺は知らない話。





家族を亡くしたばかりの彼には、遠い話。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

菊池ねーさんへ捧げさせて頂きます。