なにがいけなかったのかなんて。そんなことに興味はない。





どうすればよかったのかなんて。そんなことはどうでもいい。





もう、全ては終わったことで。





もう、全ては決定していることだから。





ただオレの身体だけが未だここに取り残されている。





嗚呼、早くそのときが来ればいいのに。





誰の役にも。何の役にも立てないのならば。さっさと破棄して欲しいのに。





ああ―――心が壊れてく。あるいはもう…壊れてる。







 0/ Gokudera Side







最初は…そう。





ただの風邪かと思ったんだ。





いつからだったか、寒気に立ち眩み。その他の症状が現れた。





けれど…我慢出来ないほどのものでもなかったし。いつものように放っておいた。





そうすれば治ると信じて。





けれどその症状は長引いて。とうとうあの日。昼休みを機に保健室まで赴いた。





横になれば多少楽になるだろうと踏んで。





寒いはずなのに火照った身体。歩く度に頭の隅に鋭い痛みが走った。





というか、感覚がどことなく危うい。ちゃんと足は地面を踏んでいるはずなのに何故か感覚が曖昧だった。





そんな状態で一階まで降りて。保健室のドアを開いた。





そして次に目を開けたら、どこかの白い部屋だった。





…やべー。またシャマルに借り作っちまったぞ…





いつか返さないとなと思いつつ窓の外を見ていると。誰かが入ってきた。





視線を向けると、そこには厳しい眼をしたシャマル。





…どうしたのだろうか。





いつもなら軽口の一つや二つ吐き出しながら近付いてくるのに。





なのにシャマルは黙っている。違う。いつもと全然違う。





「…シャマル?」





呼びかけても、なんの返答も反応もない。こちらに歩いて近付いてくることすら。





むぅ。もしかして何か用事でもあったのだろうか。それがオレが倒れたことで潰れたと。





「なんだよ、怒ってんのか? …悪かったよ迷惑掛けて」





シャマルが近付いてくる。しかし難しい表情は崩れてない。





「隼人」





「…? なんだよ」





「落ち着いて…聞いてくれ」





「………?」





なんだというのだろうか。こんなにも真面目な顔のシャマルは見た事がない。





「お前は。もう長くない」





それを聞いた時。





たぶんそのときに、オレの心は死んだんだろうな。





「…に言ってんだよシャマル…んな嘘付いて…オレは騙されねーぞ」





何故か上手く声が出ない。嘘だって断言できるはずなのに何かがそれを許さない。





「これは冗談とかじゃない」





だって。そんな兆しは今までなかった。ただ体調不良が続いただけで。他は何も。





「だから嘘言うなって。…シャマルが言うとシャレにならないからマジで頼むぜ…」





そうなるわけがない。そう簡単に…そう、人間と言うものは意外に頑丈に出来ているのだし。オレはあのスラム街でもひとり生き抜いてきたのだし。





「本当だ」





だからまた。直ぐに治ると。10代目に会えると信じてた。





「…しつこいぞシャマル! だからオレは…!」





信じて、疑ってなかった。





「隼人」





シャマルは動揺して声を荒げているオレの肩を掴んで。オレの目を見て。





「本当…なんだ」





見えたシャマルは。本当に辛そうだった。





だからきっと。本当にオレはそうなんだろうと。





…ここでようやく悟ることができた。





けれども心は納得出来ない。出来るはずがない。





些細なことでむしゃくしゃして。怒り散らして。それで身体が傷ついたが気にしないで。





そうとも。気にする必要なんてない。





だってオレはもう死んでるも同然なんだ。まだそのときは来てないけれど、でも近い未来に。





だったら…そう、この程度の傷になんの問題があるのだろうか。





けれどもシャマルはそうは思わなかったようだ。オレを叱り、諭す。





けれど理解出来るはずもない。まだ生きれる人間の言葉なんて戯言にしか聞こえない。





だからシャマルの言葉になんて心に届かず。届けず。オレはまた暴れた。





壁を殴り、机を蹴り。ただ我武者羅に駄々っ子のようにどうしようもない、どうにもならない。変えられない未来に嘆き。暴れてた。





そうしていたら自業自得とでも言うのだろうか? シャマルに縛り付けられた。ベッドに。身動きが取れぬように。





ああ腹が立つ腹が立つ。オレが一体なにをしたというのだろうか。理不尽だ理不尽だ。





痛みを感じている間はまだ忘れることが出来たのに。生きていると実感がまだ持てたのに。今はそれすらも出来ない。





じくじくじくじくと心が痛んでいく。苦しい。どくどくと心が黒い何かに染まっていく。ああいらいらするいらいらする。





思いっきり手を握って爪で皮膚を切ることすら出来ない。まぁ爪はこの間剥げたんだが。あれはかなり痛かった。生きてると実感できた。





あああとなにが出来る? なにが出来る。どうすればオレを傷付けられる。





思いつく限りの暴言でも吐いてみようか。少しは気が紛れるかも知れない。





て。いうか。





ああ、なんだ。





それよりももっと良いことがあるじゃないか。





いずれ死ぬ身体。





それが少しぐらい早まっても。何の問題もないだろう。





だって。オレの身体は誰にも直せないのだから。





今死んだって。何の問題があるだろうか。





オレは思いっきり口を開いて。思いっきり閉じた。





次に目覚めた時。口の中には舌を咬まれないようにか布が押し込められていた。





ああ心が壊れてく。目の前が虚ろになっていく。





シャマルに願った。もう殺して欲しいと。





だって辛い。生きていくのが辛い。何も出来ないのが辛い。死を待つ時間が辛い。





けれど…シャマルはオレの願いを聞き入れてはくれなかった。





「家族にそんなことは出来ない」





そう言って。オレの要望を跳ね除けてしまった。





ただ横になってるだけの生活が過ぎていく。それはただただ苦しくて。





そんなある日。オレの所に珍しくシャマル以外の来客が訪れた。





跳ね馬のディーノ。





あいつはオレの状態を見て呆れてたみたいだ。どうでも良い。うぜぇ。





ディーノはオレの口の中の布を取ってくれた。久々に出来る満足な呼吸。中に何かが滲みこんであったのか上手く口を動かせないが。





それにしてもこいつは一体なにしに来たというのだろうか。するべき事もあるだろうに。





オレでも笑いにきたのだろうか? そんなあらぬ考えすら浮かんでくる。前なら考えも付かなかったことだろうに。





けれども今のこの状態は。全ての負の想像が確信へと変わってしまう。そうかもしれないがそうに違いないに。





「っは…れを、笑いに来たのか…?」





けれどもディーノはオレの言葉に応えず。厳しい目付きで別の事を。





「馬鹿なことしてんじゃねぇよ」





…ああ、何を言っているんだろうかこいつは。





一体こいつにオレのなにが分かるというのだろうか。





何も知らないくせに。





何も分かるはずがないくせに。





「…ぇに、――にが、分かる…」





ああ、死にたい。死にたい。こんな世界はうんざりだ。





…そういえばシャマルは駄目だったがこいつならどうだろうか。オレを殺してくれるだろうか。





「………なぁ」





「あ?」





苦しくて。苦しくて。藁にも紙にも縋る思いで言葉を放つ。





「シャマルが…な。オレの頼みを…聞いてくれねぇんだ」





ディーノの眼が見開かれたような気がする。けれどここまで来て口は止まらない。止まらない。





「ひでぇ…よな。まったく…てめぇはさじを投げやがった、くせにさ…」





ディーノの拳が強く握られている。その腕は震えてる。





「―――生きてても…辛いだけなのによ…」





ああ、辛い。辛い。弱音ばかり吐いてしまう。こんな自分も嫌だ。





「な…でぃ、の…」





弱々しい自分の声に腹が立つ。歯を食い縛りたくとも拳を握り締めたくともそれすら出来なくされた身体。ああ忌々しい。





だから。こんな身体とは。世界とはどうか切り離して欲しいんだ。





「―――オレを…殺してくれねぇか?」





頭に強い衝撃。





殴られたのだと分かったのは、それから少ししてから。





「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ!!」





失礼な。馬鹿なことじゃない。全然馬鹿なことじゃない。





…それとも。所詮こいつには分からないのだろうか。





オレの気持ちなど。分からないのだろうか。





「仲間に…んな事出来るわけがねぇじゃねぇか!」





仲間。





…ああ、そうきたか。シャマルは家族で。こいつは仲間。





そりゃ有り難いな。有難過ぎて涙が出らぁ。





…今のオレにとっては、それは有難迷惑なんだが。





なんとも贅沢な話だ。





ディーノはそれから少しして去った。





逃げるようにも見えたのだがそれは果たしてオレの錯覚だったのか。それとも本当になのか。





もうオレには真意が分からない。心の病みが。直らない。





とりあえず口の詰め物はシャマルに止めてもらった。





だってあれ苦しいし。生半可な苦痛はまるで蛇の生殺しだ。





オレが欲しいのは全てを忘れられる強い引き裂くような痛みなのであって。ああいった思考が麻痺するようなものではない。





条件として舌を咬むな…っつーか自殺を考えるなとか言ってきやがった。ひとまず了承した。





まぁなんにしろ。そのうち死ぬのだしと。そういうことで。





ちなみに了承した振りしてまた舌咬もうとしたらどこかで見てたのかってぐらいのタイミングで止めが入った。駄目だ死ねねぇ。





というわけで無事に布詰めの刑を乗り越えたオレは怠惰に緩慢な時を過ごしてた。





いつからだったか、夜。目から勝手に液体が出るようになっていた。





オレの断りもなく勝手に出て行きやがって本当に困った奴だ。どうしたものか。





前は堪えることも出来たのだが、今ではそれすらも出来なくなった。癪だからシャマルには教えてないが。





昼間。何もするまでもなく過ごしているからか夜はさっぱり眠くない。時折気を失っているが今日はそうでもなく。





ただ夜を見ていた。静かな夜だった。





窓から覗く空は雲が出ていたものの月も見えて。月明かりが少し眩しくて。その月もぼやけて見えて。





そんなときだった。





オレの元に、小さな小さな殺し屋が訪れたのは。





「…こんな時間にお見舞いだなんて。珍しいですね」





といっても夢か幻覚か幻の類だろうが。





だって本当にあの人が来るなんて。それはないだろうから。





「そうだな」





なのにその幻はまるでその場に本当にいるように受け応えする。中々にリアルだ。





「ね。聞いて下さいリボーンさん。みんな酷いんですよ?」





気付けば、オレは口を開いていた。





幻でもなんでも良いから愚痴でも零したかったのだろうか。とにかく、口は止まらない。





「みんな おれを ころしてくれないんです」





オレは死にたいと。そう言っているのに。





「もう死ぬことが確定しているのに。シャマルの奴がそう断言しやがったのに」





それに…そう。





「もう10代目のお役にも立てないのに」





そう。そうなんだ。





オレはもう。どうしてもあの人のお役に立てない。





あの人に命を救って頂いたときから。





あの人の為だけにその生を使おうと決めていたのに。





なのに。それがもう出来ない。





それを知ってるはずなのに。





「なのに みんなころしてくれないんですよ」





こんなオレを生かして。一体何がしたいんだろうか。





ああ、おかしい。おかしい。おかしい。笑ってしまう。





そんな、オレだけの世界の中に。





「なら」





小さな。けれど確かな声一つ。





「オレが殺してやるよ」





―――。





あれ? …リボーンさん…? 本物…?





うわ、オレてっきり幻だと思っていたけど…ご本人?





「あれ…リボーンさん? いたんですか?」





「お前もいい感じにいかれてきてるな。最初からいただろうが」





呆れたように言われてしまう。まぁ呆れられて当然なんだが。





「あはは…ごめんなさい。まさか本物だなんて思わなくて…」





こんな時間だし。幻覚の類なら時々見るし。





何より…本当にこの人が来るなんて思わなかったから。





この人はオレを嫌ってるって思ってたから。





でも。ここにいるってことは本当に…そうして下さるのだろう。





ああ。なんだ。なんだ。





そうか。オレ最初から間違ってたんだ。





本当にオレが死にたいのなら、オレを家族だという医者に頼んでも無駄だった。





本当にオレが死にたいのなら、オレを仲間だというボスに頼んでも駄目だった。





本当にオレが死にたいのなら…





職業・殺し屋でオレのことなんてなんとも思ってない小さなヒットマンに頼むべきだったんだ。





「オレを殺して下さるんですよね」





「ああ」





ほら。だってこんなに簡単に了承を得ることが出来た。





「嬉しいです」





本当に。





「――何か言い残すことはあるか?」





この人がそんな慈悲を見せて下さるなんて。本当に本物なのだろうか。なんて失礼なことを考えてしまう。





けれどまぁ、提案して下さっているのだから考えるだけ考えてみよう。





といっても、何か残したいといえば当然あの方のことだけに決まっているのだけれど。





10代目。





オレが死んだら、どう思うのだろうか。





黙っていたことを怒るだろうか。それとも…悲しんで頂けるのだろうか。





それは部下冥利に尽きるというものだけど、でも………それはオレの心が許さない。





「では…言い残すというよりもお願いなんですけど…良いですか?」





「聴こう」





「はい」





オレの、願いは…





「10代目には、"獄寺隼人が死んだ"こと以外の情報を決して与えないで頂けますか?」





出来ればオレが死んだことすらも黙ってていて欲しいけど。それは無理だろうから。





ならばせめて。情報は必要最低限に。





「それで良いのか?」





「はい」





これで良いんです。





「ツナは苦しむぞ」





「でも悲しみは軽減されます」





そう信じてます。





いつしか室内は暗く。暗く。





全てが逃げていくような錯覚の中。それでもあの人との距離は変わらず。





二つの言葉を交わしたあと。少しの間があって。あの人が口を開いたけれど。





それを理解する前に。オレの意識はぷっつりと途切れた。





だからオレの話は。ここでおしまい。










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さようなら。オレは先に行ってますね。

…悔いの残る人生でした。


リクエスト「病死獄寺くん総受けっぽいツナ獄」
リクエストありがとうございました。