―――時計の音が聞こえる。
カチ、コチ、と。規則正しく、礼儀正しく。一秒につきぴったり一回。
耳に入ってくるままそれを聞いていると、いつの間にか目が開いていた。
「――――……」
息を吸って、息を吐く。
ついでに声も出そうとしたが、ただ息が口から漏れただけだった。
視界に見えるは白い天井。視線を少しだけずらせば点滴の袋が二つ見えた。透明と赤色。栄養と血液。
それらはぽたりぽたりと雫を垂らしてチューブを通り皮膚を突き破り血管の中へ。生命維持装置。生体維持措置。
腕には針が抜けないようにするための絆創膏が念入りに張られている。それとは別に包帯も。
…包帯。怪我。
なんとなく、指を動かしてみる。…問題なく動き、安堵する。
さて、オレは一体全体何がどうしてどうなったんだっけ。
こんな待遇になってるからには――まあ、10年前からこんな状態には慣れっこだが――それなりのことがあったのだろう。
記憶を掘り返す。思い出す。蘇らせる。
ええと……オレは、確か、そう、10代目と同じ任務に就いて、遠出をしていた。
仕事そのものは直ぐに終わって…けれどその帰り道。
縫い付けられるような視線を感じ。
射抜かれるような殺気を放たれ。
銃弾の雨が降り注ぎ。
爆撃の嵐が舞い上がり。
凶器に地面は抉られ。
悪意に壁は砕け散った。
オレは10代目と二手に分かれることにして、雲雀に10代目を任せて、陽動に徹して。
そして……そして?
それから、どうなった?
そこから記憶が途切れている。思い出せても曖昧で、確信が持てない。
それでもどうにか思い出せるのは…青い空と、白い雲と、揺れる地面と、そして――
…全く。大きな傷を作ってくれて。帰ったらどうしてくれようか。
うわ。
なんか、今、凄く思い出してはいけないことを思い出してしまったような、そんな気がした。
忘れよう。とりあえず忘れよう。忘れてしまおう。今だけでも。
どこだ。どこに意識を逸らせばいい。と思っていたら腹の方に痛みがあるのを感じた。もういいや。こっちで。
認識された腹痛は急にその酷さを増す。腹…というか腹の中というか、胃袋が痛い。まるで鷲掴みにされて握り潰されているかのよう。
…どうやらオレは意識を逸らす場所を間違えたようだな…だがそう思ってももう遅い。
込み上げてくる――というよりも、搾り出されるような吐き気。
衝動のままに何もかも出してしまいたがったが、胃の中にはろくなものが入ってないのか大したものは出てこなかった。
身体が震える。痙攣…ではない。純粋に身体が冷えている。寒い。
それに対して頭は熱い。この症状は…この状態は、あれか。
風邪だな。
「彼、目が覚めたって」
その言葉を聞いてオレは立ち上がる。彼が誰を指すのかなんて問うまでもないし。彼が目を覚ましたのなら会いに行かない理由もない。
けれど目の前の発言者は、雲雀は道を開けない。
「どいてよ」
「どいてもいいけど、これは無駄な徒労を省いてあげるための僕なりの優しさなんだよ。今彼のところに行っても、彼には会えないし」
「はあ…?」
オレは雲雀を睨み付ける。オレが、このオレが彼に会えない理由があるものか。
雲雀は降参するように両手を挙げ、(10年で丸くなりすぎだろ、この人)説明する。
「彼、起きたはいいけど病気にかかったらしいから」
「病気!?」
オレの血の気が引く。病気。どんな病気だろうか。重いのだろうか。とにかく、何が何でも治さなければ。
「今すぐ医療班を―――」
「その辺のくだりはもう終わってるから」
終わってるらしかった。
手際がいいのは結構なことだが彼のことでオレに事後報告とはいかがなものか。彼のことで。特に彼のことで。
「だってみんな彼の方が大事なんだもの。キミよりもね」
そうか…
しかもみんなか。みんなときたか。
もう彼がボンゴレを総ていいと思う。というか、多分今そんな感じだ。
と、雲雀が踵を返す。
「どこ行くの」
「彼のところ」
あっさりと言ってのけやがったこの野郎。
「何でオレが行けないのにお前が行けるんだよ」
あ、お前とか言っちゃった。でも雲雀は別に気にしてないみたいだ。
「だって彼、病気と言っても軽い風邪みたいだし」
「だったらオレも!!」
「彼が嫌がってるんだよ。キミに来られるの」
ガーン!!
雲雀の言葉がぐっさりと胸に突き刺さる。嫌がられている。オレが。彼に。そのダメージのでかさと言ったら、もう。
「…一応言っておくけど、正確にはキミに病気を移すのを嫌がってるんだからね?」
雲雀にフォローされた。どれだけオレは絶望しきった顔をしてるんだ。
雲雀は少し気まずそうに(本当にどれだけ丸くなったんだ)退室し、オレはひとり泣いた。
ああ…会いたいなあ、獄寺くん。
―――時計の音が聞こえる。
カチ、コチ、と。規則正しく、礼儀正しく。一秒につきぴったり一回。
耳に入ってくるままそれを聞いていると、いつの間にか目が開いていた。
…どうやらオレは眠っていたようだな…
目を開けると、点滴が増えているのに気付いた。恐らくは吐き気止めとか熱冷ましとか、そういった薬だろう。錠剤や飲み薬は口に入れたら戻してしまいそうだから。
あー…でも、まだ熱いな……
ぼんやりとそんなことを考えていたら、部屋の扉が開いた。
目線だけ動かして誰が来たのかを確認すれば、雲雀がいた。
「やあ。元気?」
見れば分かるだろう、ボケ。
「…なわけないか」
睨み付けてやると雲雀は肩を竦めた。…こいつ、こんなキャラだっけか?
いや、それより、そんなことより雲雀がここに来たということはまさか10代目まで来ていないだろうか。
それは困る。それは非常に不味い。雲雀程度にオレの風邪が(移るとは微塵も思っちゃいないが)移っても別にいいが10代目に移るのはあってはならないことだ。
「そんな心配そうな顔しなくても、彼は来てないよ」
雲雀のその言葉を聞いて、オレは安心する。よかった。10代目がいないのはいいことだ。
「…彼も立つ瀬がないな……」
雲雀が何かを呟くが、オレには聞こえなかった。頭がボーっとする。
…ああ、そうだ。丁度いいや。
オレは点滴を受けてない方の腕を上げ、雲雀を手招く。
「…うん? どうしたのさ」
少し意外そうな声を出しながらも、雲雀はオレに近付いてくる。
直ぐ傍まで来た雲雀の手首を掴む。…ああ、これは本当に丁度よさそうだ。
オレは雲雀の手のひらを額に押し付けた。
「…………………………」
うむ。予想通りにこいつの手は冷たくて、熱冷ましにちょうどいい。
「…………………………」
こんな奴でも何かの役に立つもんだな。馬鹿とはさみは使いよう、って奴だ。
「…………………………」
額が冷えてきて、次は頬の熱が気になりだした。雲雀の手をそちらへと移動させる。
そしてオレの意識はそこでまた途絶えた。
「…ああ、雲雀、お帰り。獄寺くんどうだった?」
戻ってきた雲雀にそう尋ねるも、雲雀は無言だった。
「……雲雀?」
再度声を掛けるも、雲雀は聞こえてないかのようにふらついている。
……獄寺くんの風邪が移ったのだろうか。雲雀もあれで意外と病弱キャラなんだよな……
「…ああ、キミ、いたの」
ようやく雲雀がオレに気付いたらしく、声を掛けてくる。
…って、ここは一応オレの主務室なわけなのだが。
「獄寺くんはどうだった?」
「駄目かもしれない」
「ええ!?」
一瞬またいつもの冗談やからかいかとも思ったが雲雀の表情は硬く、重いものだった。
「そんな、さっき軽い風邪だって!!」
「いや、風邪じゃなくて、肉体的に」
「肉体!? まさかあのときの怪我が悪化したとか!?」
「いや、それも違くて」
「……?」
どうも要領を得ない。どんな風に言葉を投げたらオレにも分かる回答が得られるだろうと考えていたら、雲雀は手のひらをピッと真っ直ぐにして、
「僕が、今しがた、思いっきり彼の額にチョップをしてきたから…記憶障害とか起こしてるかも…」
「お前何しに行ってきたんだよ!!」
いかん。またお前とか言ってしまった。でもこれは仕方ないだろう。一体誰がオレを責められよう。
雲雀は雲雀でこれまたまったく気にしてないようで、そんなことより、と電話を指差す。
「今すぐ、冷えピタとか、熱さまシートとか、そんな感じなの注文…ていうか、業者にもう持って来させて。100箱ぐらい」
「……は?」
「急いで。このままだと……ボンゴレは壊滅してしまうかもしれない」
冷えピタと熱さまシートがボンゴレを救うらしい。意味は分からないが。
…いや、意味はあるだろう。雲雀がこんなわけの分からないことを何の意味もなく言うわけがない。
オレは暫し考えて……そしてある可能性に思い当たって。思わず席を立った。
「ちょっと獄寺くんとこ行ってくる!!」
「駄目だって」
「ずるいよ雲雀ばっかり!!」
「キミの体温高いから意味ないって」
「やっぱりそういうことか!! 何でオレこんな役回りなんだよ!! ボンゴレ10代目だぞ!!」
「ああそれと綱吉」
「なに!!」
「僕、一歩リードしたから」
「もう本当腹立つなお前!!」
と、オレたちがわーわーぎゃーぎゃー言ってるうちに獄寺くんを堪能したらしい(あとで聞いた。本人に)クロームが受話器を取って冷えピタと熱さまシートを注文していた。
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すみません。冷えピタと熱さまシートを500箱お願いします。
リクエスト「「強い想いで決断を」の続きをお願いします。」
リクエストありがとうございました。