朝。


目覚めは、いつも曖昧。


生きているのか、死んでいるのか。


目覚めは、いつもぼんやりしている。


誰かがこの部屋を訪れて。当たり前のようにオレに話しかけてきて。



「―――おはよう、隼人。…まだ生きているな?」



…それで初めて、オレは自分が生きているんだと自覚できる。


「…ああ、―――おはよう、シャマル」



明日望み



朝。


朝はいつも緩やかに過ぎていく。


いつも通りに軽めの朝食を取って。


…いつも通りに検査をして。そうしているといつの間にか終わってる。


太陽が昇る。その時間、オレは寝ている。昼食は取らない。…取れない。


ゆったりとまどろみの中を漂っていると…密かに感じる人の気配。


…この、馬鹿みたいに薄いのは……


「あれ。もう死んでると思ってたら。まだ生きてる」


「悪いな。…そっちこそまた入院か?」


「…あ。起きてた」


…起きてたんじゃなくて、起きたんだよ。


下手に寝てると、マジで寝首かかれるからなこいつには…


「何しに来たんだ?」


「別に。暇だったから来てあげただけ」


そりゃどうも。


「…暇だったら。何か話していけよ」


「何かって、何を?」


………。



「外の、世界のことを」



昼時は大体、こうして過ぎていく。


なんだかんだ言って、こいつはこうしてよくここまで来てくれて。そうして話をしていってくれて。


こいつと話をしている時間は、結構好きだったりする。


…オレは生きてるんだって。実感できるから。





あいつが帰った後は、また緩やかな時間に戻る。


それはそれで嫌いではないのだが、やっぱり生に実感が持てないので。外まで歩いてみる。


その分厚い扉を開けるのに少しだけ苦労するけど。けれどその向こうの景色を見る為ならその労も払うだけの代価はあると思った。



近い空。遠い街中。


そこは、屋上。


オレの他には誰もいない。何もいない。


オレは手すりに手を掛ける。風が吹いて、少し寒いと思った。



それでもオレは、そこから離れなかった。



寒ささえ、あの病室に比べると。まだ生を実感できるから。


…あの部屋に戻るのは嫌だった。あの、平和で安全な部屋は。


ぬるい空気が当たり前になりすぎて。生と死が曖昧になってしまうから。


それが怖いから、あの部屋は好きじゃない。


―――自分が生きてるつもりでも、いつの間にか死んでいても。おかしくない場所だから…


ぎぃっと背後から、そんな鈍い音が聞こえる。


続いてぱさっと。何かが背中から被せられた。そして声が振ってくる。


「…隼人。出かけるときは連絡しろと言ってるだろ」


シャマルだった。


「…悪い」


それはいつものやり取り。変わらないやり取り。


「―――戻るぞ。…お前の身体に障る」


「…ああ」


こうして戻るのも。いつものやり取り。


戻るとき。オレの身体は疲れて動けないからシャマルがおぶる。


温かい体温。微かに聞こえる鼓動。感じるのは安堵感。


…言えない。


この感覚が恋しいから、オレは毎日のように身体に鞭打って屋上に来ているだなんて。





シャマルの背の温もりを感じていると、どうしても部屋に戻る前に眠ってしまう。


そんなわけで、気が付くとオレはいつもこの病室にいて。



…まるで、ずっとずっと朝から寝ていて。…今までのは、全部夢だったんじゃないかって。思えるほどで。



そんなことを思っていると、時は既に夕刻で。


この時間帯になると、ああ、聞こえる。それは生命の音。


たたたたたっと、駆ける音。…一応病院では走ってはいけない。


そう思って。病室のドアを見ていると。


「―――獄寺くん!!」


豪勢、という言葉がピッタリだと思えるような。そんな風にドアを開けて。人が入ってきた。


…思わず笑みが零れる。正直、嬉しいとも思う。


「…また、来たんだ」


「そりゃ来るよ毎日だって来るよ! 他でもない獄寺くんのためだもの!」


「ありがとな」


笑って返すと、笑って返される。


それはとてもとても。幸せな時間。


こいつと知り合ったのは、いつの時だっただろうか。


知り合ってから、こいつは本当に毎日のように来てくれて。


面会時間ぎりぎりまで、話をしてくれて。


…それは本当に、幸せな時間。





時間が来て。名残惜しそうにあいつは帰る。


そうすると、今度は食事の時間。…ただの一度も、食べ切れた試しはないけれど。


食事が終わったら。今度は薬を飲んで。また、検査して。


それでオレの一日はおしまい。辺りは真っ暗で。オレが眠ればまた朝が来る。


…日の出ている間、あれだけオレは寝ていたというのに。夜になってもオレの身体は睡眠を欲するようで。


―――あぁ、嫌だ。眠りたくなんてない。


寝たら。もう起きれるか自信がない。それは怖い。それが怖い。


なのに目蓋が…重い。開けてはいられない。気を抜くと閉じてしまう。


ああ、どうか、どうか。お願いだから、どうか。



明日もまた―――生きていますように。





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どうか、どうか…お願いします。


リクエスト「獄受けパラレル。ただし死にネタなし」
けい様へ捧げさせて頂きます。
リクエストありがとうございました。