「あ、オレ明日からまたイタリアだから」
…いつも思うのだが、この唐突振りはどうにかならないのだろうか。
アスパラの暗号
「獄寺ぁー、お前なんでそんな大事な事直前に言ってくるんだよ」
「オレがいつ誰に何を言おうとオレの勝手だろうが」
いや…確かにそれはそうなんだろうけどさ……
「一つ聞くけど、もしもオレとお前…ここで出会わなかったら、お前どうしてた?」
「んー? 別に何も言わなかったんじゃね?」
「だよな…」
はぁ、とオレはため息を吐く。ガキの頃から馴染んだ町の商店街でもオレの傷心を癒す事は出来ない。
そう―――商店街。オレは親父のお使い。獄寺は気紛れの買い物のようで。
つまり、オレと獄寺がここであったのはまったくの偶然。それが嬉しくて声を掛けたらいきなりさっきのお言葉。
や、そりゃ明日いきなり獄寺がいなくなって慌てるよりはいいけどさ。こー…なんと言うか……
「…あれ? 明日からっていうことは――オレの試合は?」
「あー、んなもんもあったなー。悪いがパスだ」
「えー」
明日、他校との野球試合があって…獄寺にいいところ見せようと思っていつもより力入れて練習してて。
…でも一番力を入れたのは、獄寺に見に来てくれる約束取り付けたことなのだが。
「何とかならねぇ?」
「無理。諦めろ」
「えー」
「うざっ」
酷っ
まぁ確かにここでうだうだ言っても仕方ないけどさ…
「しっかたねぇか…あーあ、獄寺に応援してほしかったのに」
落胆するオレに、獄寺は面倒臭そうにオレを見て。ため息吐いて。買い物袋の中に手を伸ばした。
「仕方ねぇなぁ…」
「ん?」
獄寺はオレにある物を差し出す。
「え、これ。なに」
「見て分かんねぇか。可哀相に」
いや、同情されても困るのですが。いや、それ以前に分かりますよ。その細長い緑のボディは…
「あ。アスパラガス」
「正解」
料理の出来ない獄寺のことだからきっと軽く洗ってスティックとして食うつもりだったんだろう。…で、それをオレに渡して、なに?
「お前にやる。お守りだ」
「………お守り?」
はて。兎の足は幸運のお守りと聞いた事はあるけれどアスパラとは。…イタリア独自の風習だろうか。
「…言っとくが、別にイタリアは関係ねぇからな」
―――よくオレの考えてることがお分かりで。
獄寺はそれだけ言うと颯爽と走り出して。
「じゃあな」
「ああ―――っておい、せめてオレへの応援メッセージとか言っていけよ!!」
オレがそう叫んで引き止めたら、獄寺は面倒臭そうに振り返って。
「だから、そのお守りの中に全部入ってるっての!!」
そう叫び返して―――今度こそ行ってしまった。
「………全部入ってる?」
はて、どういうことだろう。ぱかって割ったら愛のらぶらぶメッセージが出てきたり?
……それだけはないか。
獄寺のことだから実は買いすぎて余ったアスパラを丁度いいとばかりに押し付けたり…
しまった。ありうるぞ。
そんなことをぼんやりと考えながら。獄寺に手渡されたアスパラを見ながら。街を歩いていく。
顔馴染みばかりなので、所々で挨拶されっぱなし。それを返していきながらもやっぱり意識はアスパラで。
その中で、ひときわ甲高い声に少し驚いて。見るとそこには花屋があって。
花屋…まさか、まさかな。
けれど一度出てきたその可能性が気になって。オレは花屋の店員に聞いてみた。
「なぁ―――野菜にも、花言葉ってあったりする?」
夜の飛行機の中。オレは見慣れた並盛を見下ろしていた。
この往復はもう何度目になるのだろう。最初は慣れなかったこの浮遊感にも、すっかり抵抗力が付いてしまった。
オレは意識を数時間前に戻す。夕刻、あいつに会ったあの時に。
あいつに言われて思い出した。あいつの野球試合が明日、あることを。
何度も何度もせがまれて。まぁ暇だったらなと返事をして。
―――けれど、そうは言っても実は少しだけ見るのを楽しみにしていたのだ。…あいつにだけは絶対に言えないが。
野球のルールはまったく分からないけど、でもあいつが必死で練習してたのは知っていたから。あいつの勇姿を見るのを実は密かに楽しみにしていたのだ。
こんな予定がいきなり入ってしまったが。
まぁ仕方ないだろう。帰ってきたらあいつの自慢話をこれでもかというほど聞いてやろう。
さて、あいつは気付くだろうか。オレからの応援メッセージに。
もしも気付かずに茹でて食べてしまったならあいつの頭を思いっきりはたいてやろうと思ったが、きっとあいつは気付くんだろうな。
あいつ、勘がやけに鋭いし。
そんなことを思いながら、オレは今日買ったアスパラに付いてきた紙に目をやって。文字を目で追う。
アスパラガスの花言葉―――「勝利の確信」…なんて。
オレが明日のあいつの試合にそうなるだろうと、そうだと感じているものを。
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信じてやるから、必ず勝てよ。