獄寺くんから、メールが来た。






























件名:獄寺です。



少し体調を崩してしまいまして、暫く学校を休むことになりそうです。


オレのことは気にしないで、学校生活を楽しんで下さい。


かしこ

























とりあえずかしこは女性名詞なんだけど…


そんなどこか抜けているところもなんだか彼らしい。


お見舞いに行こうかとも思ったけれど、たまには一人の時間も必要かなと。そう思って。

























件名:なし



大丈夫獄寺くん?


ゆっくり休んで、次に会うときには元気になっててね。






























そんなメールを送るだけにしておいた。




























































病弱羊の見る夢は






























いつもの朝。いつもの登校。いつもの学校。いつものHR。


「…丘島ー、加藤ー、獄寺ー……ん? 獄寺はどうした? またサボりか?」


どうやら彼は、自分以外に連絡を入れていないらしい。


彼らしいといえば、彼らしい。


そんなことを思いながら手を上げて。


「獄寺くんなら、体調を崩したらしくて暫く休むそうです」


「ん? あー、そうか。じゃあ、佐藤ー」


そうして、何事もなかったかのように授業が始まった。










けれど。


「あ、沢田ちゃーん!!」


「ロンシャン?」


放課後、ツナはロンシャンに呼び止められた。


彼はいつものように能天気に笑いながら、紙の束を差し出してくる。


「悪いんだけどさー、このプリント獄ちゃんに渡しといてくんない? 今からデートでさー」


謝りながら、けれど全然申し訳なさそうに見えない彼に呆れながらもツナはプリントを受け取った。


「…分かったよ。渡しとく」


「サンキュー! やっぱ持つべきものは友達だよね!!」


バンバンと背中を叩かれる。少し痛い。


そうかと思えばロンシャンはすぐに身を翻し、教室を後にしてしまった。


そんなロンシャンの行動に呆気に取られたツナだったが、すぐに気を取り直しプリントに目をやる。










獄寺が学校を休んで、早三日。


プリントの数もそれに比例して、それなりの枚数になっていた。


(次に会うときには元気になっててね、って言ったけど…無理かな?)


そんなことを思いながら、ツナは獄寺のマンションまで赴いた。


獄寺の部屋の前で足を止めて、チャイムを鳴らす。ここでふと思った。


(獄寺くん、出てくるかな?)


今この場所にいるのが自分だと、獄寺は知らない。


恐らく体調が悪い今、獄寺が出てくるとは思えない。


携帯で電話すればまず間違いなく出てきてくれるだろうけど、それはあまり使いたくない。


どうしようかと思いながらノブを回してみる。すると。


(開いてる?)


ノブは金具に引っ掛からずそのまま回り、押せばあっさりとドアは開いた。


「………無用心にも程があるよ、獄寺くん…」


そう呟いて、ツナは部屋の中に入る。


お邪魔しますと小さな声で言って、靴を脱いで上がらせてもらう。


そして獄寺がいるであろうベッドルームに顔を覗かせた。そこには――


「ご、獄寺くんっ!?」


彼は、獄寺はいた。ただしベッドの中ではなく、冷たい床の上に倒れていた。


慌ててツナは駆け寄る。獄寺の身体はフローリングの床と同じく冷たく、しかしその顔は燃えるように熱かった。


ツナは獄寺をベッドへ運ぶ。自分よりも身長の高いはずの彼は軽かった。


毛布を羽織らせ締め切っている窓を開けて空気を入れ替える。プリントを適当に机に置いて獄寺のところへと戻ってくる。


「…獄寺くん?」


小声で獄寺の名前を呼んでみる。反応はない。


額に手を当ててみる。相変わらず熱い。


(冷やさないと――)


ツナは洗面所に行って、タオルを出して水に濡らす。力一杯絞って、獄寺の額に添えた。


「……dove…?」 ……どこ…?


すると、獄寺の口から声が漏れる。発音からして日本語ではない。イタリア語であろうか?


何を言っているのかはよく分からない。獄寺の手が毛布の中から出てきて、ツナの服の袖を申し訳ない程度に掴んだ。


たったそれだけなのに、獄寺の顔は安心したように…まるで迷い子が母親を見つけたときのように綻んだ。


(……あ)


その幼い顔は、ツナが未だ見たことのない顔で。


それどころではないことを知りながらも、ツナは自分の上がる体温を押さえる術を知らなくて。


けれど。


「daccanto…」 行かないで…


獄寺の口から漏れる声。綺麗な発音。服を掴む手が少し強まった。


(……オレを、イタリアの仲間の誰かと勘違いしてる?)


上がった体温が急激に冷えていくのを感じる。身体は正直だ。


「……………」


分かってる。獄寺に非はない。


ああそうだ、彼は、つい数日前までイタリアに帰っていたではないか。


まだそのときの雰囲気が抜けきっていないのかもしれない。


それにイタリアと日本との時差は確か八時間。気候も違うと聞く。


ならば体調を崩しても仕方ない。


……自分をイタリアの仲間の誰かと間違えても、仕方ない。


だから………


(静まれ、静まれ、静まれ…)


オレの心。胸の中の黒い感情。落ち着け…ほら、静まれって!!


「…はぁ……ん……」


獄寺の口から漏れる声。今度は言葉ではなく、苦しさから漏れた声。


見れば、獄寺の顔は少し汗ばんでいる。タオルに手をやれば、既に生温くなっていた。


(…て、こんなこと思っている場合じゃない!)


彼の手を離すのは心苦しいが、獄寺のためと自分に言い聞かせて。


(ごめんね、獄寺くん…)


獄寺の手を掴み、少しだけ抵抗のあったそれをそれでも何とか引き剥がす。


掴んだ彼の腕も、服を掴んでいた彼の手も少し汗ばんでいた。


(着替えさせるべき…かな)


獄寺の部屋を後にして洗面所で洗面器に水を入れる。ついでにタオルも。


戻ってきて今度は獄寺の部屋のタンスから着替えを探す。と、窓が開けっ放しなのに気付いて閉める。ついでにカーテンも。


毛布をずらして獄寺の上半身を現す。上着が汗で少し肌に張り付いていた。


まず獄寺の顔から絞ったタオルで拭いていく。


額、頬、少し降りて首筋、鎖骨。ここまで拭いてタオルを水で清める。


獄寺の寝間着に手を掛ける。ボタンを一つ一つ外していく。


まるで無抵抗の、獄寺の服を脱がせる。


悪いことは何一つしていないはずなのに、ツナはなんだか後ろめたい気分になった。


気にしないように努めて、寝間着を取る―――と。


「―――――え?」


白い肌。それよりもさらに白い包帯が、ツナの目に飛び込んできた。


(怪我…してる?)


予想外の出来事に少し混乱するツナ。そこに響く電子音。


それは枕元に置いてあった獄寺の携帯電話。


「ん……」


獄寺が反応する。手が携帯へと伸びる…が、途中で力尽きたように落ちる。


思わずツナは獄寺の代わりに携帯に手を伸ばした。


折りたたみ式のそれを開き、条件反射で通信ボタンを押してしまう。


(あ……)


しまったと思いつつ、今更切ることも出来ない。恐る恐る携帯を耳に当てる。


『comeva』 生きてたか


またもや綺麗な発音。イタリア語。けれど聞いたことのある声。そういえばこいつもイタリアから来たんだっけと、ツナはふと思い出した。


「日本語で言ってよ、リボーン」


『なんだツナか』


スピーカーの向こうから聞こえるヒットマンの声。驚きは微塵も感じられない。


「獄寺くん怪我してるみたいなんだけど、どうしたのさ」


『なんだ獄寺の服を脱がせたのか? 相手が動けないのをいいことに、やらしいな』


「汗拭いてるだけだっての!!」


思わずツナは叫んでしまう。隣で獄寺が呻いて慌てて声を潜めた。スピーカーの向こうからリボーンの噛み殺した笑い声が聞こえた。


「……で、何があったの?」


『ああ、少しばかり抗争に巻き込まれただけだ。気にすんな』


「こ…っ」


抗争。


「だ、大丈夫なの? 抗争って……」


『そうだな、今回のは少し手強かったみたいだが…元々調子悪かったのに更に気候の変化がきつかったらしいな。いらぬ怪我をした』


ツナは改めて獄寺の身体を見る。腕と腹にまだ新しい包帯。それに細かい傷がいくつもあった。


「………っ……」


痛々しい。


そう思ったら、獄寺は身体を丸めた。見れば少し鳥肌が立っている。


「freddo…」 寒い…


『何やってんだツナ。お前獄寺の容態を悪化させるつもりか? 早く獄寺の身体を拭いて着替えさせて毛布を掛けてやれ』


電話越しのくせに、どうしてそんなに詳しく状況が分かるのだろうか。


ツナは分かってるよと言って電話を切った。獄寺に用事があるのならまた掛けてくるだろう。


ツナは気を取り直して獄寺の身体をタオルで清めていく。大体拭き終わると服は脱がせたままで毛布を掛ける。辺りを見回す。


「…と、あった」


お目当ての物を見つける。それは赤十字のマークの入った救急箱。


(えーっと…、こういう状態のときに必要な物は……)


救急箱の中にはきちんと整頓された…というより、まったく使われた形跡のない医療品。ツナは中から包帯と化膿止め、絆創膏とガーゼ、それに消毒液を取り出す。


(リボーンに習っといてよかった…)


いくら断ってもあの小さなヒットマンはツナにいろんなことを教えていく。手当てもその中の一つだった。


ツナはまた獄寺の毛布を取り無造作に巻かれた包帯を丁寧に取り除いていく。


(……よかった、それほど酷い怪我じゃない)


ツナは現れた傷口に化膿止めを塗り、真新しい包帯を巻いていく。それが終わると今度は小さな傷に消毒液を付けて絆創膏やガーゼを張っていく。


傷の手当が済んだのを確認すると、ツナはタンスから持ってきたTシャツを獄寺に着せる。そしてまた毛布を掛けた。


(とりあえず一段落……)


ふぅ、とツナはため息を一つ吐く。獄寺の額に手を当ててみる。まだ熱い。


タオルを洗って絞り獄寺の額に乗せる。―――と、獄寺の手がまたゆっくりと伸びてきて、今度はツナの手をじかに掴んだ。


ツナはそれを拒むことはぜずそのまま握り返してやる。獄寺が安心したように笑った。


それだけで幸せになれる反面、けれど獄寺が笑っているのは自分ではない、他の誰かだと思うと…胸の中に黒い感情が芽生えてくる。


ツナは握られていない方の手で獄寺の髪を梳いてやる。たったそれだけのことなのに、獄寺の顔は更に幸せそうに綻んだ。


(……いくら弱まっているとはいえ、獄寺くんにこんな顔をさせるなんて…)


羨ましい。


ツナは素直にそう思った。


そんなことを思っているうちに、だんだん眠くなってきて…


ツナはそのまま眠りへと落ちていった。





「ん……」


意識が浮上する。薄っすらと目蓋を上げる。


顔を上げて驚いた。目の前には獄寺。片手は獄寺と繋がっていて、もう片方は獄寺の頭に乗っかっていた。


(あー…そうか、オレ獄寺くんの看病して…寝ちゃったんだ……)


少しずつ状況を確かめていく。時計を見ればもう夕刻だった。


(そろそろ帰らないとかな…)


そうぼんやりと思ったが…獄寺と繋がっている自分の手。


試しに解こうとしてみる。やはり少しだけの抵抗。でも。


「no…daccanto……」 や…行かないで……


この切なそうな、淋しそうな。そんな声を聞かせられて一体誰がこの手を振り払えようか。


ツナは諦めて携帯を取り出す。しかし電池が切れていた。


(あちゃ…仕方ない。獄寺くん、借りるよ)


心の中で獄寺に謝りながら、獄寺の携帯に手を伸ばした。


自宅にコールを掛ける。ワンコールツーコール…やがて受話器が取り上げられて。出てきたのはリボーンだった。


「オレ、今日獄寺くん家に泊まるから」


『ああ、ママンには上手く言っておいてやる』


話が早くて助かった。


ツナは通信を切って、持ってたハンカチを少し水に濡らして獄寺の汗を拭いていく。


そうして夜は深けていった。










翌朝。


「ん……っ…んぅ」


獄寺が目を覚ますと、見慣れた天井が飛び込んできた。


「………」


はて、自分は一体どうしたのだろうか。


身を起こして寝起きの鈍い思考のまま考える。確か自分は、そうだ。具合が悪くなったのではなかったか。


それで敬愛する10代目にメールを送り、それから昼まで寝ていたのだが…水を飲みたくなり、起きて……


………ここから記憶が綺麗さっぱり抜けている。


しかし自分はベッドの上。……と、


…んー」


すぐ傍から、声。


今の今まで全然気付かなかった。慌てて声の主を確認する。と、


「あ…おはよう。獄寺くん」


「じ…10代目……?」


なんとすぐ傍いにいたのは敬愛する10代目。しかも見てみれば手が繋がっている。


「あの…これは……?」


「ああ、昨日プリントを届けに来たんだけどね。獄寺くん倒れてて…オレが看病したってわけ」


その声を聞いて獄寺は自分の体温がサーっと下がるのを感じた。オレは10代目になんてことを……!!


「す、すみません、10代目にお手数を……」


ひたすら謝る獄寺に、ツナはくすりと笑う。


「いいって。それより何かお腹に入れようか。何か簡単なもの持って来る」


言って、台所に行こうとするツナの手を獄寺は離さない。


「……? 獄寺くん何かリクエストでもあるの? 日本じゃね、病気のときは甘やかしてもらえるっていう暗黙の了解があるからなんでも言っていいよ」


「……えっと…その……あの……なんでも、いいんですか?」


蚊の鳴くような小さな声で獄寺は言う。こんな風に意見を述べる獄寺など見たことがない。


「うん。なんでもいいよ。さすがにフルコースは用意出来ないけど」


ツナがそう言うと獄寺は顔を真っ赤にして、小さな声で、言ってきた。


「もう少しだけ……このままでいさせて下さい」


「え……?」


ツナにとって思いもよらない台詞。獄寺は握る手に更に力を強めて……


「安心、するんです…」


今にも泣きそうな顔をツナに向けて、そう言う獄寺。


「………」


ツナの沈黙をどう受け取ったのか、獄寺は、


「…あっめ、迷惑ですよね、やっぱり……はは、わ、忘れてください。今のは、ちょっと調子が悪くて、変なこと言っちゃっただけですから」


「全然、迷惑なんかじゃないよ」


ツナは外そうとした獄寺の手のひらを思いっきり握り返して、


「わ…っじゅ、10代目…っ!?」


くせっけのあるその髪を撫でた。


「嫌なら、止めるけど?」


その言葉に獄寺は少し黙って。


「嫌じゃ、ないです……」


ツナに身を預ける。


「安心、します」


まるで無防備な獄寺の姿。見てると守ってあげたくなる。


「ずっと、夢を見てました」


ぽつりと、獄寺は語る。


「オレは苦しんでるんです。そして助けを求めてるんです」


その目はまだ夢の中にいるように少し空ろで。


「ずっと助けを呼んでたら、来てくれたんです。会いたかった人が」


それは、ずっとイタリア語で言っていた彼だろうか。


ツナの心にまた黒い感情が立ち込めた。


「10代目」


いきなり呼ばれてツナは驚く。


「え?」


「10代目が、来てくれたんです。オレを助けてくれたんです」


「…え? じゃあ……」


あれはすべて自分のことだったのか。


ずっとイタリア語で、意味はよく分からなかったけど、あれは自分を呼んでいたのか。


かっと、ツナは自分の体温が上昇するのを感じた。


なんだ。


オレは。


自分に嫉妬していたのか……


あまりにも幼稚な自分に、ツナは自嘲の笑みすら浮かんだ。


「10代目…?」


その笑みに気付いてか、それとも撫でる手が止まったからか、獄寺は心配そうにツナを見上げる。


「……なんでもない」


ツナは撫でる手を再開させて、そうだと気付いてその手を獄寺の額に移動させる。まだ熱いが、昨日と比べたら遥かに下がっていた。


「…うん。熱も大分下がったね。でもまだ寝てたほうがいいかも」


ツナは額に当てた手をまた頭に戻して髪を撫で始める。


そうしていると、獄寺はまた眠くなってきたのか、目蓋を少しずつ降ろしていった。


ツナは獄寺をベッドに寝かす。獄寺はその目蓋を完全に閉じる前に何かを言った。それはイタリア語で、しかも早口だったけど…


「分かってるよ、獄寺くん」


そう言うツナの声が聞こえたのか、獄寺は笑って―――そのまま眠りに落ちていった。


時刻はまだ朝。平日だけど今日は休むことを決意するツナ。


そういえば昨日の昼から何も食べていないことを思い出す。腹は確かに空腹を訴えているけど、それは無視。


ここから離れるわけにはいかない。


獄寺が寝てしまう前に言ったことは、実際はツナはよく分かってないのだが…


…寝る前に、少しだけ握られたその手の意味は分かった。


「どこにも行かないから。ずっと傍にいるから……」


ツナがそう小さく呟いて獄寺の頭を撫でる。


それだけで幸せそうに笑う獄寺。それを自分が与えているのだと分かってツナ自身も幸せになれた。


幸せを噛み締めながら、ツナは一つ決意する。


今度、リボーンにイタリア語を教えてもらおう。


もう、こんな要らぬ誤解をしたくないから。


ツナはそう誓って、そして獄寺の髪を一撫でした。


獄寺の顔が、また綻んだ。





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キミがこんなに幼く感じるなんて、思わなかった。


反転有り。