獄寺くんがイタリアに飛んでる間は、本当に静かでつまらない。


一体いつ帰ってくるのだろう。指折り数えて待つのにも疲れてしまった。


ただでさえそんな退屈な日々なのに、更に面白くないことが起きてしまった。



「じゃ、行ってくるぞ」



リボーンもまた、イタリアに飛ぶという。


…オレは日本に留守番だというのに。


オレも獄寺くんに会いたいのに!


オレは不貞腐れた顔でリボーンを見送った。リボーンはいつもの笑みを浮かべていた。





リボーンと獄寺くんは恋人同士だ。年の差、性別の壁なんてものはマフィアともなると軽々と飛び越えれるらしい。それとも単にあの二人が特殊なだけか。


それはともかく、二人とオレはなんだかんだで一緒にいる場合が多いから…そのときは思いっきり二人の仲を邪魔をするというのに。今回ばかりはそれも出来そうにない。


あああもう悔しい。いつか出し抜いてやる。リボーンを出し抜いてやる。


と、心に誓いながら部屋に戻ろうと玄関へと回れ右したとき郵便物が届いた。


せっかくなので持っていこうと中を見てみる。オレ宛の手紙が一通。



獄寺くんからだった。



リボーンはもういない。さっさと空港へと行ってしまった。獄寺くんと入れ違いだ。


ラッキー。と思った。オレ自身の力は全然関係ないけど、どことなくリボーンを出し抜いた気分だった。


オレはうきうきしながら手紙を取り出す。一体何が書いてあるんだろう?



手紙の一文を見て、オレは絶句した。



鏡に映ったオレの顔が、若干青褪めていたように見えたのはきっと気のせいじゃない。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

え? それはつまりどういうこと?










拝啓 10代目

オレ、声が出せなくなりました。





「襲われたんだってな」


聞こえてきた声に顔を上げれば、そこには愛しい小さな黒い影。


そうなんですよ。


こくん。と頷く。この人には筆談をする必要がなくて助かる。


「捕まえたのか?」


オレを襲った奴のことだろうか。そいつならばオレを襲ったのち姉貴に見つかり天罰が下り昇天した。


捕まりました、と首を縦に振ったらリボーンさんはちょっと残念そうな顔をした。


「オレが報復したかったんだけどな」


そんなこと言われても困るんですけど。


って、そんな、じっと見つめられても困りますって無理ですオレにどうしろってんですか!!


とか思っていたらリボーンさんがオレに近付いて、喉下を撫でてきた。



「見事に潰されてるな」



見事に潰されてしまいました。


オレは自分が不甲斐なくなって。少し俯いた。





それは夜のことで、突然のことだった。


突如として現れた殺気。そして悪意に敵意。


振り向いた途端に首に指が伸びてきて、握り締められた。


こんなことされる心当たりならたくさんあるので、自業自得と言えなくともないが。


オレ個人に恨みのある者、オレがボンゴレの構成員だから、10代目の右腕を目指してる、あと…



…オレがリボーンさんの恋人だから、とか…


…いかん。自分で言って照れてしまった。



「どうした?」


なんでもないですっ!!


無駄に背を張ってそう言うと、リボーンさんはやれやれとため息を吐いた。



いかん。絶対ばれてる。



「…なんにしろだ」


と、リボーンさんはぴょんとオレの胸元に飛び込んできた。





「お前、人と話す度にいちいち紙に書いていくの面倒だろう。オレが通訳になってやる」


そんな! リボーンさんに手間をかかせるわけには…!!


「オレがやりたくてやるんだ。それともお前は迷惑か?」


滅相もないです!!


「なら決まりだな。…素直に甘えとけ。恋人が大変なときに、助けようと思わない男はいねーんだぞ」


さらりとリボーンさんの口から出てきた"恋人"という単語に、オレの心音が一オクターン程上がって高鳴る。


「それにオレにも関わりがあるかもしれないことなら、なおさらな」


やっぱりばれてた。


だけどオレとしては、リボーンさんの恋人という理由で狙われたのなら。少しだけ嬉しい気持ちも出てきたりするんですけど。



なんて言ったらこの人は怒るだろうから、言わないけど。


でもやっぱりそのことも、この人にはばればれなんだろうけど。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんなお前が可愛いということに、お前は気付かない。










「あら。外出なんて珍しいわね隼人」


部屋から出たら、姉貴とばったり会った。眼鏡を装着していたので助かった。


「シャマルのとこに行くんだ」


オレの代わりにリボーンさんが答えてくれる。オレはこくこくと頷いた。


「あら………そう」


姉貴はオレとリボーンさんを交互に見て、


「…妬けるわ」


笑顔でそう言って去って行った。


…あれは結構本気で怒ってるな…


「ビアンキの奴、どうしたんだ?」


さぁ…


とりあえずそう言っておいた。





「おー、隼人か。お前から来るとは珍しいな」


うるさい。余計なこと言うな。


口を尖らせてそっぽを向くと胸の中のリボーンさんはちょっと怪訝そうな顔をした。


「いつもは違うのか」


「いつもはオレから行くよ。それに……ってコラ隼人そう睨むな。分かった黙るよ」


「?」


それになんなんだ、という視線を感じるが…すいませんリボーンさん恥ずかしいので心読まないで下さい。と思うとリボーンさんはまたため息を吐いた。


「まぁ、その辺は追々な。それよりも検査の結果だが…隼人」


シャマルが頭を掻きながら言ってくる。シャマルの癖だ。シャマルがこの癖を出すときは決まって―――



「悪い結果だ」



びくり。と身体が震えた。


思わずリボーンさんをぎゅっと抱きしめてしまったが、リボーンさんは息苦しくなかっただろうか。


なんて、そんな少し場違いなことが頭を過ぎった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

苦しかったらごめんなさい。










…声が復活する可能性は、ないわけじゃなかった。


少ないけどまだあって…そのために検査を頼んでいた。


……だけれど。



お前の声は、もう出ない。



シャマルにそう断言されてしまった。


声が出なくなったからと言ってこの仕事を辞めるつもりは毛頭ないが、それでも周りには迷惑を掛けてしまうだろう。


…いつまでもリボーンさんのお世話になるわけにもいかないし。


今でこそオレはリボーンさんの恋人ではあるが…それだっていつまでかも分からない。人の気持ちは移ろうものだ。


それにあの人愛人たくさんいるし…オレ男だし…年の差…はあまり関係ないかも知れないけどオレよく馬鹿だって言われるしな…


考えれば考えるほどどんどん悪い方向へと意識が持っていかれる。今オレ一人だからだろうか?


…一人。そう、今オレは一人だ。


リボーンさんは今9代目のところに行っている。そしてオレは一人で自室へ戻っている途中で。


「……………」


―――早く、部屋へ戻ろう。一人も広い空間もまだ慣れない。


そう思って駆け足にすると、通路の脇から伸びた両手に引きずり込まれた。


―――!?


思わず身が強張る。


大柄の男に抱きしめられた…かと思うと、頭上から声が降ってきた。


「―――よ! スモーキン久しぶりだなぁ!! 会いたかったぜ!!」


お前かよ。


オレは思わず思いっきりディーノのスネを蹴っていた。


「いってーーー!! おま、いきなりご挨拶だな!!」


うるせー跳ね馬ーーー! それはこっちの台詞だ馬鹿野郎!!!


そう言って、睨んでやる…が、ディーノには通じてないようだ。


「…あー、やっぱりお前。喉潰れてるのか。噂は本当だったんだな」


―――――っ、


思わず息を呑む。やっぱりある程度は既に知られているらしい。


「だけどお前、ボンゴレのアジト内だからって少し油断してないか? オレだったから良かったものの、またどこかの馬鹿だったらどうするんだよ」


……………。


そう言われて、オレは黙り込むしかない。


確かに、その通りだ…。以前襲われたのだってボンゴレアジト内だったのだし、今は昼とはいえ多少は警戒すべきだった。


「…どこぞの馬の骨に暗闇に引きずりこまれるスモーキン! 声を上げたくともそれも出来ず…ああ、変態の手によりスモーキンの服が、ああ、びりびりとー!!」


気色の悪いこと叫んでんじゃねーーー!!!


オレはまたディーノのスネを蹴った。さっきと同じところを強く蹴った。


ディーノは今度は本気で痛かったらしく、言葉を上げることもできずもんどりうっていた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自業自得だ。馬鹿。










9代目から話を聞き終わった。


やはり…あいつが襲われたのにはオレとの関係も関わりがあるらしい。


逆恨みもいいとこだが、だがこれがこの世界だ。


…これを機に、あいつはオレから離れるかも知れないな…


それは、それで構わない。今までの愛人もそうだったしな。


…いや、ビアンキだけは獄寺が告白してくる少し前に自分から別れていったか。


ともあれ、獄寺をどうしたものか。


オレとしては獄寺のフォローに回りたいんだが…あいつにとってそれは重荷かも知れない。





「………あら、リボーンじゃない」


と、通路の向こうからビアンキがやってきた。


…さっきすれ違ったときも思ったが……なんであいつ、あんなに怒ってんだ?


「…? リボーン。隼人は?」


「一人で自室に戻ってる途中だぞ」


「な…!」


ビアンキの目の色が変わる。


「何てことしてるのよリボーン! 隼人を一人にするなんて!!」


「…オレはさっきまで9代目と話してたんだ」


「だからって隼人を一人にしていい理由にはならないわ!」


…だから、こいつは一体何を怒ってるんだ?


「……隼人はね…貴方が来るまでずっと…誰がなんと言おうと部屋から出て来ようとはしなかったのよ!?」


―――――!!


オレが言葉を発せないうちに、ビアンキは更に言葉を投げてくる。


「それどころかあの子最初の何日かは酷く錯乱していて……ずっと貴方を呼んでいたわ。声は出なかったけど、私には分かった」


「………」


「…あの子にとって、貴方だけが全てを許せる唯一の相手なの。多分ツナですら、あの子を外に出せるようになるまでもう少し時間がかかるでしょうに」


その言葉を最後に、オレは踵を返してその場を立ち去ろうとした。


「どこへ行く気?」


オレに質問してくるビアンキに、振り向いて一言。


「オレの恋人のとこだ」


ビアンキはオレの答えに満足そうに笑った。…やっと機嫌を直してくれたようだ。


「ええ。そうしてあげて。ダッシュよリボーン。ダッシュ!!」


分かった分かったと、オレは急いで獄寺の部屋へと向かった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

早く戻らないと殺しちゃうわよ?










ディーノに連れられて、自室まで戻ってきた。


「ここまでで良いか? じゃあオレは…」


立ち去ろうとするディーノの袖を、オレは掴んだ。


「ん?」


世話になったから、少し寄ってけ。


オレは言いながらドアノブに指をやった。


「…ん? なんだ? お誘いか?」


まぁ、そんなもんだ。


こくりと頷くと、ディーノは嬉しそうに笑った。


「おお! 中々大胆だなスモーキン! お前こんな明るいうちから…」


じゃあな。助かった。


オレはひとりで部屋に戻って鍵を掛けた。


「待ってくれスモーキン! 冗談だ冗談!!」


まるで捨てられた女に縋るようにディーノはドアを叩いてきた。


…やれやれ。


オレはドアを開けた。


「スモーキン…!」


入るなら、さっさと入れ。


伝わったのかそうでないのか、ディーノは足早に部屋に入って来た。


…全く。


冗談でもそういうことは言わないでほしい。


オレにはリボーンさんというひとがいるのだから。


………今のところは、だけど。





「お前さー」


んー?


ディーノがそう切り出してきたのはオレが出した茶を啜り終わってからだった。


「キャバッローネに来るつもりねーか?」


………。


はぁ?


「うわその本気で訳の分からん顔腹立つー!」


いや、そんなこと言われてもな…


オレがキャバッローネに行く理由ねーし。確かにボンゴレとは同盟組んでるけど…


「…オレのとこで、声の出ない生活の訓練したらどうだ、って言ってんだ」


………。


あ?


「うわその素っ頓狂な顔腹立つー!」


いや、だからそんなこと言われても…


そりゃその申し出は有難いけど…でもなんでんなこと言って来るんだこいつは?


「…そのー、なんだ。お前ツナに迷惑掛けるの死ぬほど嫌だろ…? オレのとこならツナの様子随時知れるし連絡も比較的楽に取れるしだな…」


オレの思ったことが伝わったのか偶然なのか、ディーノはごにょごにょと理由を言い出した。


…なるほど。


確かにディーノの言うとおり、10代目に迷惑をかけることなんてありえない。多少は訓練したほうが良いだろう。


でも。


オレは首を横に振った。


「…そっか」


悪いな。


「良いってことよ」





キャバッローネの世話になるのも、まあ悪くはないだろうけれど、


でもそこには、あの人がいない。


いつか別れを告げられるのだとしても。


そのぎりぎりまで、オレはあの人といたい。


…自分の君主よりもあの人を取るなんて、右腕失格だろうけど。


どうやらオレ、右腕である前に人間みたいです。リボーンさん。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

右腕である前に、あなたの恋人みたいです。リボーンさん。










ノックの音がして、部屋にあの人が入ってきた。


リボーンさんだ。


「待たせたな獄寺。…ん? 何でディーノがいるんだ?」


ああ、途中で会ってここまで送ってもらったんですよ。


「そうか。それはすまなかったな」


「あー…いや、それは構わねぇけど…そっか、今スモーキンはリボーンの愛人だっけか…」


今頃気付いたのかよ。つか、オレはリボーンさんの愛人じゃなく…


「ディーノ。獄寺はオレの恋人だぞ。次間違えたら折檻だからな」


オレが訂正させようとした箇所をリボーンさんがさらりと言ってくれて、オレの頬が熱くなる。


「つか、お前獄寺に手を出してねぇだろうな? 出してたら殺すぞ?」


「出してねぇよ!! つかさらりと怖いこと言うなよ!!」


「出されてないか? 獄寺」


え? えーと…


一人通路を歩いてたらいきなりディーノに抱きつかれて暗闇に引き擦り込まれて変な妄想されて…あとキャバッローネに来ないかと誘われました。


「ほほう」


「待て! 何か語弊がある! 絶対どこか誤解がある!!」


残念ながらオレが思ったのは全て真実だ。


「ほほう」


「スモーキン! 今一体何を思った! てか少しはフォローしろ!!」


んなこと言われてもリボーンさんに嘘つけるかよ。



……でも。



こんな風に怒ってくれるという事は…オレはまだ、この人の隣にいてもいいんだろうか。


まだ、オレは…この人の恋人でいても、いいんだろうか。



「…こら、獄寺」


と、いきなりリボーンさんに振り向かれる。…心なしか少し機嫌が悪いような…


「今なに考えてたんだ?」


え? なに…何って…


貴方のことを、なんて思ってしまい自分の思考に赤面する。そんなオレを読んだのかリボーンさんも多少面食らっていた。


「……オレは、お前を捨てるつもりはねーぞ」


リボーンさん…


「これは別に同情とか責任感とか、そういう感情でじゃない。単にオレがお前といたいから、そう言ってるんだ」


………。


オレはリボーンさんの急な言葉に、思わず黙り込んでしまう。


その…その……なんというか、その…


嬉しいんですけど。


オレとリボーンさんは、ディーノが「その、なんだ…お邪魔したな」と言って退室するまでそのまま見つめ合っていた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その後二人の距離は縮まって……










イタリアの街並みを、銀髪の少年が歩いている。その胸に黒い赤子を抱いて。


二人はどこか幸せそうで。何故なら彼らは恋人同士で。


と、そんな二人に近づく黒い影。そして黒い殺意。


だけど、その影は銃という悪意を構えた瞬間に一発の銃声のあと沈黙した。


黒い赤子が放った凶弾に倒れて。



「………これで三件目だな」


リボーンさん大人気ですね。


「嬉しくない」



くすくすと獄寺が笑う。無論声は出てないが。


「オレが傍にいると、お前に危険が及ぶ。それが一番嬉しくない」


大丈夫です。不肖獄寺隼人。腕が吹き飛ぼうと目玉が抉れようとあなたの傍にいれる方が嬉しいので!


「馬鹿野郎」


はい?


「お前に二度と怪我などさせるものか。オレがお前を守るからな」


………なんというか、その…ありがとうございます。


「コラ。照れ隠しに強く抱きしめるな。くすぐったいだろ」


と、またリボーンが銃を抜く。間を置かず銃声が響き硝煙が辺りを支配する。


四件目。ですね。


「いちゃつく時間が減るってのも嬉しくねーな」


なるほど。それは同感です。…でも。


「ん?」


これからは、ずっと一緒に居られるんですよね?


「そうだな。お前がオレに愛想を尽かすまで一緒だ」


それを言うなら逆です。あなたがオレに愛想を尽かすまで、です。


「馬鹿かお前。オレがお前に愛想を尽かすわけねーだろーが」


オレだって、あなたに愛想を尽かすわけがありません。


「オレと一緒だと、身の危険に晒されるぞ?」


リボーンさんこそ、オレと一緒だと足手纏いのハンディがありますが?


「それは知らなかったな。オレはお前を足手纏いだと思ったことはないんだが」


ぇ…あ…その、ですから……


「だから照れ隠しに強く抱きしめるなと。…しかし、日本に戻ったらどうするかな」


ああ、リボーンさんは10代目の指導をしないとなりませんものね。オレのことはどうか気にせず。


「馬鹿。んなことできるか。いっそのことお前もあの家に泊まるか?」


いや…それは流石に家人の方の迷惑になるかと……


「………あの家に反対する奴はいないと思うが…」



と、またリボーンが銃を構える。…が、引き金を引く前に獄寺が制して止めた。



「?」


弾が勿体無いです。



と、獄寺は筒を取り出して。


ふっと投げると、それからは煙幕が。


そして煙が晴れたとき、そこに二人の姿はなかった。





二人のマフィア。二人の恋人。二人の行く末はいざどこへ?





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

例え遥か未来に悲劇が待ち受けているとしても、今だけは幸せに。前だけを。