「隼人っ!!」
「んー?」
キャバッローネファミリーアジト。その一室。
獄寺が仕事をしているそこに、獄寺のボスたるディーノが息を弾ませてやってきた。
その様子は実年齢よりも非常に幼く見える。
こいつは本当に年上なのか? という幾度目になるか分からない問いかけを内心で繰り返しながら、獄寺はディーノの言葉待った。
「日本に行くぞ!!」
「日本?」
獄寺の表情が険しくなる。
というのも、ディーノはよく獄寺を連れて"視察"という名目で様々な場所へと赴く。
それはいい。本当に視察ならば獄寺は大歓迎だ。
しかしディーノが行く先は何故かいつもリゾート地ばかり。
バリ島、セブ島、グアム。この間はハワイにも行った。
しかもディーノは獄寺の見る限り遊び倒しており、世辞にも視察をしているとは思えず…とどめとばかりにいつも留守番を任されたロマーリオに連れ帰されている。
「遊びなら一人で行け」
「ちが、今回は違うんだって隼人!」
今回はと言ったか。
額に青筋を浮かび上がらせる獄寺に気付かず、ディーノは言葉を続ける。
「日本にオレの昔の恩師がいるんだけどさ、今そいつ別の人間の指導に当たってるらしくて…兄弟子として来て欲しいって連絡があったんだよ」
「恩師?」
「そう。ちなみに今そいつが育てているのがボンゴレの時期10代目なんだと」
「ボンゴレ…」
ボンゴレファミリー。イタリアのマフィアたちの間で、それを知らぬ者はいない。
伝統・格式・規模・勢力全てにおいて別格と言われるイタリア最大のマフィアグループ。キャバッローネファミリーとも同盟の仲だ。
「しかも聞いた話、時期10代目はお前と同い年らしいぞ」
「そいつはすげえな」
しかも日本人か。そういえばボンゴレ9代目は日本人だと聞いたことがあったのを、獄寺は思い出す。
日本といえば平和で、平穏で。お人好しが住み。しかし物価が高いと名高い国だ。そんな国で生まれるボスは、果たして自分たちをどう思うのか。
「…興味あるな」
「お、隼人も乗り気か。じゃあ今度行くから、用意しててくれ。今回はファミリー総員で行くからな」
「おお」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ちょっとうきうき楽しみ獄寺くん。
数日後。
「ああ! 爆弾がディーノさんの部下たちの上に!! 危ない!!」
「あぶねえ!! お前たちっ!!」
ディーノの鞭がしなり、爆弾を掴んで上空へと飛ばす。空の上で爆音が鳴り響き、爆風が周りを一掃した。
「お前ら、大丈夫か!?」
「……ディーノさん…格好いい…」
兄弟子の活躍を間近で見て、ツナが惚ける。
ディーノはその様子に気付かず、部下のもとへと走った。
「隼人! 怪我はないか!?」
「おー」
腕を上げ、軽く答えて見せる獄寺。
その姿が、ツナの前に現れる。
「………―――っ」
その姿に、心を奪われた。
今まで周りの大人たちの中におり、しかもその髪を隠すためか帽子を被っていた獄寺だが…今やディーノに引っ張られ、帽子も爆風で飛んでしまっていた。
黒尽くめの部下たちの中、その銀髪はいやがおうにも目を引き、吸い込まれる。
自分と同い年ぐらいだろうか。綺麗な人だ。あの人もディーノさんの部下?
様々な思いがツナの頭を占める中、獄寺が視線に気付いたのかツナを見遣る。
何故か弾む胸。その目に釘付けになり、動けない。
「…あ? 何見てんだお前」
しかしその言葉は、非常にドスの効いた恐ろしい声。
「ヒィ!? す、すみません!!」
条件反射で謝るツナに、獄寺はため息を吐きながら懐から煙草を取り出し手慣れた手つきで火を点けた。
「え? た、煙草!?」
「何か文句あんのか?」
「ないですっ!!」
思わず土下座してしまいそうなほど怖かった。
「おいおい隼人。あいつはオレの弟分だぞ。そんなに怖らがせるなって」
苦笑しながらディーノが獄寺に言う。獄寺は煙草をくわえたままディーノを睨めつける。
「は? 何お前オレに説教すんの?」
「しませんすいませんでしたーっ!!!」
ディーノは速効で謝った。
ディーノは獄寺に弱かった。
「え…えぇ!?」
いきなり腰が低くなるディーノを見て戸惑うツナ。
紹介された限り、ディーノはマフィアのボスで獄寺はその部下らしい。
しかし今目の前で繰り広げられている光景は、とてもそうとは思えない。
「はっはっは。驚かせたか? あれはいつものことだから、気にしないでくれ」
「あ…えっと、ロマーリオさん。いつものって……あ、もしかして二人は昔馴染みで、心許せる相手…とかですか? だからあんな…」
「ああ、あいつはここ数ヶ月前に入った新人だ」
なんだってー!!
ツナは驚愕した。それでいいのかディーノさん。ああでもなんだか幸せそうだし、いいのかな。
しかし…と、ツナは獄寺を見る。
触れるもの全て切り裂くような、それでいて少しでも触れると砕けてしまうような。
まるで硝子で出来た鋭いナイフのような、そんな印象を持たせる少年。
恐ろしいけど、怖いほど綺麗で、儚い。
そんな感想を抱いていると、ディーノが獄寺から離れやってきた。
「はっはっは。どうだツナ。あいつ美人だろ?」
「ええ………どういった、馴れ初めで?」
「ん? ああ、ある雨の日にな。怪我して倒れていたのをオレが拾ったんだ」
「………拾わなければ、よかったのに」
「え?」
「もし拾わなかったら紆余曲折の末ボンゴレに入ってリボーンが日本まで呼んで命をかけて彼を救うオレにすっごく懐いたかもしれないのに!!」
「そりゃねーだろ」
いつの間にか目の前に来ていた獄寺が呆れたように言葉を吐いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ツナの超直感が起こり得たかも知れない未来を告げる。
「お前がディーノが引き入れたっていう、獄寺か」
「…?」
やけに幼い声色で、それでいてやけに大人びた口調の声を聞き。獄寺が辺りを見遣る。
程なくして見つけた声の主は、塀に座っている赤ん坊だった。
「………」
獄寺はしばらく沈黙し…やがて言葉を放つ。
「…あなたは……アルコバレーノのひとり、リボーンさんですか?」
「そうだ。お前の噂は聞いてるぞ。人間爆撃機の悪童獄寺隼人」
「…恐縮です」
リボーンを前にし、途端に姿勢を正して身を固くする獄寺に驚いたのはディーノだ。
「ちょ…おい隼人! お前敬語とか使えたの!?」
「…当たり前だろ! オレをなんだと思ってんだ!!」
「でもオレには使わないじゃんタメ口じゃん!!」
「…オレが敬語を使うのはオレが敵わないと思う相手だけだ!!」
小声でディーノを怒鳴りつける獄寺。リボーンはその様子を見ている。
「…はっす、すみません。リボーンさん」
「いいや、構わねえ。気を楽にしろ」
そう言われても気を楽になど出来るはずもない。
何せ相手は生ける伝説。最強のヒットマン。
その身が得た称号は数多く。倒したと言われる敵は数知れず。
彼から漏れる噂は何も知らずに聞けば到底信じられないものばかり。
「…おい、ディーノ。まさかお前の恩師って……」
「リボーンだけど」
「………いいなあ…」
獄寺は純粋に羨ましがった。
もし、仮に。自分がボンゴレに入っていたとして。例えばこの時期10代目の補佐に就いたとして。リボーンは自分を指導してくれるだろうか。
そう考える獄寺だが、何故かその想像はうまくいかなかった。何故か。何故だろう。
「ん? ボンゴレに入れて欲しかったら、オレが口添えしてやるが?」
「お、おいリボーン!!」
「リボーンさん?」
「ツナの部下は同い年ぐらいが理想だからな。獄寺なら申し分ない」
「………」
突然の申し出に、驚き沈黙する獄寺。
リボーンが言ってることが本気なら、自分はボンゴレファミリーに入ることが出来る。あの、名高いボンゴレに。
それは願ってもないことで、嬉しいことで。
だけど…
「…そうですね。見た限り、ボスのへなちょこ具合は今のところ同等…しかし年齢と育った環境を考えるとボンゴレ10代目の方が将来性はありますね」
「お、おい隼人!!」
「…え? ご、獄寺くん、じゃあ……」
慌て、泣きそうになるディーノとぱあっと顔を輝かせるツナ。
それを気にせず、獄寺は言葉を続ける。
「ですが…」
「ん?」
「すみません。せっかくのご好意ですが……遠慮させてください」
「コネで入るのは気に食わないか?」
「それもあります。ですが…それよりも」
獄寺はちらりと後ろを振り返る。そこにはディーノと、キャバッローネファミリーの仲間。
「あいつらはもう、オレの家族ですから。家族の傍にいさせてください」
獄寺はリボーンに顔を近付け、リボーン以外の誰にも聞こえないよう小声で言う。
はにかむ笑顔を見せる獄寺に、リボーンは笑って頷いた。
「そうか。分かった」
「すみません」
「なに、構わねえ」
そんな微笑ましい会話が繰り広げられてると知らず、ディーノは何故かやきもきしていた。
「…リボーン……オレの隼人を取るなよ…?」
「獄寺くんいいなあ…欲しいなあ……」
あと、ツナは早速腹黒に目覚めていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
純粋ディーノさんと腹黒ツナ。そしてリボ獄。
「キミたち…こんな住宅街の真ん中でなに堂々と群れてるの。僕に喧嘩売ってるわけ?」
「ヒィ! 雲雀さん!!」
一段落したところで現れたのは、我らが最凶の風紀委員長の雲雀恭弥氏である。
「何だお前」
「何って……」
雲雀の実力と怖さを知らぬ獄寺が恐れなしに雲雀に声をかける。
雲雀が不機嫌そうに振り返り、獄寺を見て……
きゅん。
その胸を、高鳴らせた。
「僕と結婚を前提にお付き合いしてください」
そして速攻で告った。
「は?」
思わず聞き返す獄寺。
「……えっと、それは…あれか。日本のギャグか?」
「ううん。僕は本気だよ。キミに一目惚れした。キミ見るからに風紀乱してるけど見逃すよ。どこの生徒?」
「どこの生徒でもねーよ。オレはもう社会人だよ」
「ワオ。偉いね。僕も学校なんてすぐに卒業してキミを娶るよ。大丈夫僕はいつでも自分の好きな年齢だから」
色々意味不明だった。
ディーノが顔を引きつらせながら雲雀を牽制する。
「お…おい。そこのお前…」
「……なに? 貴方は…彼女のお父さん?」
「誰が彼女だ」
「お義父さん、僕と彼女の仲を認めてください!! 僕のことを名前呼びにしても構わない、将来貴方の生徒になることもいとわないから!!」
「何の話だ」
軽く突っ込みを入れる獄寺には誰もなにも返さない。
「…ええい、駄目だ! 隼人は誰にも嫁にやらん!!」
「嫁て」
「もうそろそろ子離れする時期ではないですかお義父さん。大丈夫彼女のことは僕に任せて」
「任せられるか!! …帰るぞ隼人!! 日本は危険だ!! 男はみんな狼だ!!」
「お? お、おお……」
ずるずると引きずられ、獄寺はキャバッローネファミリーの面々とその場を離れた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本人の怖さを思い知ったディーノさん。
「…日本…なんて恐ろしいところだ。オレの可愛い隼人を見せびらかせようなんて軽い気持ちで行くんじゃなかったぜ……」
「ボス…そんな気持ちで日本に飛んだんですかい…」
呆れ顔でため息を吐くロマーリオ。
「流石はリボーンの教え子といったところか…日本人とはいえ恐ろしい奴ばかりだった。しばらく日本には近付かないようにしよう」
「んな事したらリボーンさんに何されるか分かりませんぜ」
「ふ…だがそれも隼人のため。そういえば隼人はどうした? おーい、隼人ー?」
「ん? おお、ここだ」
と、現れたのは携帯をカチカチと操作している獄寺。
「何か用か?」
「いや、姿が見えなかったから探してただけだが……何やってんだ? お前そんなに携帯使うような奴だっけ?」
「いや、メールしてるだけ」
「メール? 誰と」
「今はリボーンさん」
「なんだとぉ!?」
ディーノは驚愕した。
いつの間にメアドを交換したんだ。この二人。
「今度日本に来た時に殺しのイロハを特別に個別で教えてくれるって。…やべーリボーンさんの特別授業とかオレ嬉しすぎて死にそう」
「個別! …つまりは二人っきりか!? 許さんぞ!!」
「なんでだよ」
「なんでって…お前……」
理由を告げようとしたとき、獄寺の携帯の着信音が鳴る。獄寺の目線が下がる。
「リボーンがもう返信してきたのか?」
「いや、これはボンゴレ10代目」
「ツナ!?」
だからお前らいつの間にアドレス交換してたんだよ!! とディーノは嘆いた。
「お友達になってください……ね。未来のボンゴレのボスだってのに、変わった人だ。悪い奴じゃなさそうだけど、マフィアの業に押しつぶされないか心配だな」
「お…おお…そうだな」
ディーノもその心配はしていた。リボーンが付いているから、大丈夫だとは思うが…フォローは多いに越したことはない。
獄寺がその一つになるのは構わない…どころか大歓迎だ。
だが何故だろう。このままだと大変なことになるような、そんな予感がする。
獄寺が返信を打つ中、また着信音が鳴った。
「今度こそリボーンか?」
「いや、あの……よく分からんギャグを言ってきた奴」
だから…だからさぁ!! 一体いつアドレスを交換する時間があったんだよ!! そもそも携帯取り出してすらねえじゃねえか!!
更に嘆くディーノをよそに、獄寺は黙って携帯を見つめる。
「………日本語って、難しいな」
「どうした…?」
「何を言っているのか、よく分からん」
「消しとけ! ついでに拒否しとけ!!」
ディーノの心からの叫びであった。
こうして、獄寺の存在がボンゴレメンバーにばれてしまい。
彼らは事あるごとに獄寺を呼び、親睦を深め。
ボンゴレとキャバッローネの間では獄寺を巡った裏の争いが常に繰り広げられることになるのだが…それはまた別のお話。
なお、獄寺本人は全くその争いに気付いてはおらず。
(……よく分からんが…みんなすっごい仲いいな…)
と、ものすごい天然ボケで嵐のど真ん中に鎮座していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
獄寺くんはどこにいても攻められます。
「うっしっし〜☆ 隼人の唐揚げ貰い!!」
「うお!? オレが大事に取っていた唐揚げが!?」
そんな賑やかな声が響く部屋。食事の場。
今そこに、場違いなほどの殺気が溢れる。
「てめえ…一人二つまでってルッスが言ってただろ!!」
「知らねーもん。だってオレ王子だし」
「もぉ〜、ダメよベル。獄ちゃんのおかず取っちゃあ。じゃあ獄ちゃんにはアタシの唐揚げをあげるわあ〜」
「ルッス…だが、それじゃあルッスの分が……」
「あー! ずりぃ!! なんで隼人だけ!!」
「あんたが獄ちゃんの唐揚げ取るからいけないんでしょうが!!」
「…うっせぇぞおまえらぁあああああああ!!! 食事の時ぐらい静かにせんかぁああああああああ!!!」
「お約束だけど、スクアーロの声が一番うるさいよ」
「ボス、オレの唐揚げをどうぞ」
「………」(もぐもぐ)
信じられないかもしれないが、ここはボンゴレの独立暗殺部隊ヴァリアーのアジト。その幹部の食事風景であった。
その光景は意外にも、ものすごく庶民的だった。
「ルッス…本当にいいのか?」
「いいのよ〜獄ちゃんにはいつも手伝ってもらってるし。これぐらいなんてことないわぁ〜」
なお、手伝いというのはヴァリアーらしく暗殺………ではなく、炊事洗濯などの家事である。
「でも食器洗いはもういいわぁ〜」
「わ、わりぃ…」
獄寺は食器を洗おうとすると何故か物凄く手が滑ってしまい、食器を割ってしまうのだ。
「ルッスの唐揚げいいなーいいなー。隼人のくせに生意気だ!!」
ベルが自然な手付きでナイフを獄寺の手の甲に刺す。皮膚が裂かれ肉が顔を覗かせ、血が滴った。
「いてぇ!!」
「もー! こらベルちゃん!! ダメでしょそんなことしたら!!」
「なんでいきなりちゃん付け!?」
「あんたは獄ちゃんより年上で、言わばお兄ちゃんでしょ!? 守ってやんなさい!!」
「お…お兄ちゃん? オレが?」
「そうよ!! 獄ちゃん大丈夫? 手当するからこっち来て」
「分かった」
獄寺は傷口を抑えながらルッスーリアと共に退室した。
それを見ながら、
「お兄ちゃん…オレが……全くしょうがねえなぁ!! お兄ちゃんであるオレが!! 隼人を守ってやんないとな!!」
と。ベルはお兄ちゃんという単語にその気になっていた。
「……ベルって、実はかなり単純だよね」
自分の世界に入り、酔っているベルの隣。ベルの皿から唐揚げを取りながらマーモンは小さく呟いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
すっかりヴァリアーに慣れた様子の獄寺くん。
「兄というなら、スクアーロも言えるのではないか?」
「あん?」
手当てを済ませた獄寺が戻り、食事を再開してからしばらく。レヴィが唐突に言い出した。
「オレが獄寺の兄貴?」
「まあ、確かにそうねえ。同じ銀髪で目付き悪いし」
「……なら、レヴィだって」
「ん?」
「調べてみたところ、獄寺の属性は嵐。雲の属性であるレヴィとは兄弟関係にあるって話だよ」
「なんと!」
「えー…じゃあオレとも兄弟関係にあるってことじゃん。オレはレヴィなんて要らね。隼人にやるわ」
「なんだと!? オレとて貴様など弟と思いたくもないわ!!」
「まあまあ。じゃあマーモンはさしずめ弟かしらね〜」
「お…弟!?」
心外だ。と言わんばかりに思わず席を立つマーモン。
本人曰く、実年齢は結構いっているらしいのだが…今現在の見た目はどこからどう見ても赤ん坊である。
「そして! アタシがみんなのお母さんでボスがお父さん!! ヴァリアー家族が出来たわ。素敵!!」
身をよじらせ喜びを表現するルッスーリア。その様子を、獄寺は惚けながら見ている。
「…ん? 獄ちゃんどうかした?」
「どうしたもなにも、こんな家族嫌に決まってるでしょ」
「…ああ、いや、そうじゃなくて……オレ、家族ってのよくわかんねえから…家族って、こういうのなのかなって思って……」
珍しく、弱い笑みを見せる獄寺。
その儚げな様子に、ヴァリアーの面々は未だかつてない感情を胸の内に抱いた。
それを人は庇護欲と呼ぶことを、今まで「弱者は消す」をモットーにしてきた彼らは知らない。
そしてそのモットーに、今例外が生まれた。
「…仕方ないね。どうしても家族ごっこがしたいというのなら、付き合ってあげてもいいよ」
「オレは隼人のお兄ちゃんに任命されてるし〜もう隼人の兄貴だし」
「ふん…仕方ないな。ボスの次ぐらいには、目をかけてやる」
「まあ、ここにいる以上多少の面倒事は向こうからやってくるだろうからな。慣れるまでは手伝ってやる」
「獄ちゃん、アタシのこと本当のママンだと思っていいからねっ!!」
「お? え? み、みんなどうした…?」
次々と自らに投げられる言葉に戸惑う獄寺。黙っているのはザンザスのみだ。
「…ちょっとお父さん。ここはパパも何か言うところよ」
「誰がお父さんだ。オレは今考え事で忙しい」
「考え事?」
疑問符を浮かべるルッスーリアに、あくまでザンザスは静かに…虚空を睨み付けながら答える。
「…隼人が男を連れてきた時の、始末方法について」
「あら♪ それは重要ね〜」
今、この時。
獄寺隼人の存在がヴァリアーの秘蔵っ子にしてヴァリアー家族の一人娘の立ち位置が決定した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヴァリアーの愛娘、誕生。
「あ、獄ちゃん丁度良かった。いい時に来てくれたわ」
「ん? ルッスどうしたんだ?」
「お昼ご飯を作ろうと思ったんだけど…食材が足りないのに今気付いたのよ。でも今日のお昼ご飯は下拵えに時間がかかる料理で…」
「分かった。オレが買い物に行ってくる」
「助かるわあ〜じゃあこれメモとお財布。お願いね」
「ああ。いってくる」
「車に気を付けるのよお〜」
ルッスーリアの声援を背に浴びながら、獄寺は買い物に出かけた。
そして獄寺が街に繰り出して実に3分後。
獄寺の容貌に惹かれ、声を掛けようとする男が一人。
「そこのき…」
み、とすべての台詞を言い終わる前に横からナイフの雨が降り注ぎ男を血祭りにあげる。
「ぎゃぁああああああああ!!!」
「オレの隼人に声掛けるとかマジ意味不明だし。確かに隼人は可愛いけど? でも身の程を知れってんだ」
ナイフをお手玉のように回しながらベルが現れ、男の制裁を加える。
更に悲鳴が上がり、獄寺もようやく背後の騒ぎに気付き振り返る。
「ん?」
しかしそこには誰もいない。
「…気のせいか……誰かが喧嘩してる声が聞こえたと思ったんだが」
実際は喧嘩ではなく一方的な殺戮であったが、獄寺に知る由はなく。
路地裏に続く道から赤い染みが流れ込んでくるのにも気にせず、獄寺は踵を返して歩き出した。
そんな惨劇を知らず、獄寺がベルと知らぬうちに別れてから実に5分後。
獄寺の容貌に惹かれ、声を掛けようとする男がまた一人。
「そこのき…」
み。とすべての台詞を言い終わる寸前、周りの景色が歪み目の前の獄寺の姿も恐ろしい化物に変わった。
「!? う、うわ!?」
男は慌てて獄寺を走り抜ける。獄寺はきょとんとした顔をした。
「…? 何だあいつら。あんなに急いで…何かあったのか?」
「キミが特に思うことはないよ」
いつの間にか獄寺の肩に乗っていたのはマーモンだ。
「よおマーモン。奇遇だな」
「そうだね。全くその通りだ。僕たちの出会いなんて偶然以外の何者でもないよ」
変な主張をするマーモンだが、獄寺は全く違和感を覚えない。
「そうだマーモン。聞いていいか?」
「…なに?」
「…スーパーって、どこにあるんだ?」
「は…?」
「いや、ルッスから買い物を頼まれたのはいいんだけど、オレこの辺りの地理に詳しくなくってよ…」
マーモンは呆れるが、しかしこれは仕方ないことなのだ。
獄寺は行き倒れていた所をザンザスに拾われ、気が付けばヴァリアーアジトにいた。
しかもそれからしばらくの間外出することが出来ず、外に出る機会があったとしてもそれは仕事としてザンザスについていくときだけで。
獄寺にこの近くを探索する機会など今までなかったのだ。
「………仕方ないね。いつもならいくらか貰わないと教えないんだけど…出世払いでいいよ。案内してあげる」
「悪い。頼むわ」
獄寺ははにかみ、マーモンは人知れずフードの中で顔を赤らめた。
「いやー、助かったわマーモン。あとは帰るだけだな」
「ふん。買い物も出来ない………か、かか、家族…だなんて、情けないからねっ!!」
「ん? 今なんて言った?」
「なんでもないよ!!」
などという微笑ましい光景を振り回しながら、店を出る二人。
その二人の、目の前に。
「よお。奇遇だな」
ヴァリアーのボスであるザンザスが、スポーツカーを店の真ん前に停めて二人に声をかけた。
思わず固まる獄寺とマーモン。
「………奇遇?」
「奇遇だ。たまたまだ。偶然だ。それはそうと、こんなところでどうしたんだ?」
(ボス…嘘が下手すぎる!! それで騙せているんだと思っているボスが凄いよ奇跡だよ!!)
「え…ええっと、ルッスに買い物を頼まれてたんだけど…」
「買い物はもう終わったのか?」
「お、おう」
「そうか。じゃあ、帰るぞ。乗ってけ」
(ボスが自分の車に他人を乗せるだと!? 流石は獄寺!! 僕たちの今までの常識が通じない!!)
「い…いいのか?」
「ああ…この辺りは物騒だからな。送ってやる」
(僕が言うのもなんだけど、あんたが一番物騒だよ!!)
というマーモン内心の怒涛の突っ込みは誰の耳にも届かず。
こうして獄寺は誰の魔の手にもあわず無事帰ることが出来た。
後日、この辺りの街では昼間に銀の髪を持ったそれはそれは美しい幽霊が現れ。
それを見た者は生きては帰れない……という噂話が流れたとか、なんとか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本当はスクアーロとレヴィも暗躍してたんですがあまりにも短かったので削除しました。
「そんなわけでゴーラ・モスカも完成したし、近々日本に乗り込んで子供ぶっ殺してオレがボンゴレ10代目になるから」
作戦概要の書かれたホワイトボードを指し棒で叩きながら、物凄くアバウトな説明がヴァリアーボスたるザンザスの口から発せられていた。
なお、いつもならこういった任務の説明をしたり作戦を立てるのはスクアーロの役目なのだが…最近はザンザスがしている。
もっと厳密に言えば、獄寺の前でだけしている。
「恐らく同じ属性の奴と戦うことになる。で、嵐戦だが……獄寺。行くか?」
「お…オレ!?」
「えー! オレがやりたいー!!」
「我慢しろベル。ボスの決定だ」
「ちぇーっ」
「やったわね獄ちゃん。頑張って!!」
「お…おう!! オレはやるぜ!!」
「いい意気だ。ちなみに対戦相手だが……ほお。オレも知ってる名だな。毒蠍のビアンキだと」
「ベル! パスだ!!」
「どうしたの獄ちゃん!?」
「んー…オレのことをお兄ちゃんって呼んで、愛の告白したら代わってやる」
「ベルお兄ちゃん大好き!! 結婚して!!」
「躊躇いが全くないわ!?」
「どれだけ嫌なんだよお前!!」
「……ベル」
「な…なんだよボス。そんな怖い顔…はいつものことだけど、怖い顔して」
「隼人との結婚は…許さん!!」
「本気にするなよ!!」
「…ん? どうした獄寺。そんなに震えて」
「顔色も悪いぞ」
「も…ほんと……駄目なんだよオレ、姉貴だけは…ほんと……」
「まあお姉さまなの!? ご挨拶しなくちゃね♪」
「挨拶もいいが、今は獄寺だろ…おい、大丈夫か?」
「スクアーロ…」
昔のトラウマを思い出したのか、獄寺は涙目で、スクアーロを見上げる。そして抱きつく。
「お…おお!?」
「あー! スクアーロてめー役得か!! 今すぐオレと代われ!!」
「抱きつくならガタイがいいほうがいいだろう。どれ、ここはオレが…」
「違う違う。みんな全然分かってないよね。安心したいなら小さくて丸っこいのを抱きしめる方がいいんだよ」
言いながら、さりげなく獄寺の近くまでトコトコと歩み寄るマーモン。
「まったく、本当にしょうがないね。獄寺。どうしてもっていうんなら、僕を抱きしめてもいいんだよ?」
「あんた本当素直じゃないわね…」
「………おい、カス鮫」
「あ?」
スクアーロがザンザスを見ると同時、拳が顔面に叩きつけられスクアーロは…飛んだ。
壁をぶち破り、その向こうまで吹っ飛び、視界から消える。
「きゃぁあああああ!! そこの壁紙気に入ってたのに!!」
「隼人に気に入られてんじゃねえ。殺すぞ」
理不尽な制裁。阿鼻叫喚な悲鳴。
これにより会議は大幅に送れ、ヴァリアーの日本入りもまたかなり遅れたという。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
正直ボスがいつ起きていつ日本に来たのかよく分からない。
そうして、ヴァリアーは日本の地へと足を踏み入れる。
「…とうとう…ここまで来ちまったか……」
「獄ちゃんファイト! 腹を括りなさい!!」
「お…おお!」
対面するはボンゴレファミリー。その殆どは獄寺と同じくらいの少年。
…その中に。
「………隼人?」
「…姉貴……」
その声を聞くだけで、獄寺の調子が悪くなる。
「…ビアンキ? 知ってるの?」
「…私の弟よ」
「弟!?」
驚く声が聞こえる。続いて、見られる視線。色々相まって、気持ち悪い。
「え…? ちょ、なんか……すごく、綺麗なんだけど」
ん?
「極限に麗しいぞ!!」
なんか反応が…
「あんな美人と戦わなくちゃならないなんて、世知辛いのなー」
おかしい…ような。
「…こらお前ら!! オレの隼人をジロジロ見るんじゃねえ!!」
すっかり過保護に目覚めたベルが獄寺を抱き寄せ、その身で周りの視線から隠す。
「あ、いいなー」
「オレも極限抱きしめたいぞ!!」
「ビアンキ…本当に弟? 妹さんじゃなくて?」
「何? あんた私の隼人を狙ってるの? 殺すわよ?」
あの女本当怖ぇなあ!!
恐怖が増大する獄寺の耳に、懐かしい声が入ってきた。
「な…隼人?」
「…? シャマル…?」
ベルの肩から顔を覗かせれば、そこには呆けた表情の…懐かしき医者、Dr.シャマル。
「お…おいお前ら!! オレの隼人をどう誑かしてくれやがったんだこらあ!!」
「なんだ…? 獄寺。あのおっさんと知り合いか?」
「昔の…知り合いだ」
「あらやだアタシ知ってるわあ。あれ伝説の殺し屋のシャマルじゃない。ヴァリアーにスカウトされたのに、蹴ったのよ」
「顔が広いんだね。獄寺」
「………」
「隼人!! そんなところにいるんじゃねぇ危なっかしい!! 今からでも遅くねえ、こっちに来るんだ!!」
「そうよ!! 愛し合ってる姉弟で戦うなんて間違ってるわ!! お願い隼人、こっちに来て!!」
まず愛し合ってねぇー!!
相変わらず話の通じない姉に、獄寺はげんなりした。
「そうだよ! ヴァリアーって殺し屋の集団なんでしょ!? 危ないよ!! そんなところにいないでビアンキの弟さん、ボンゴレに来なよ!!」
「いや、その点に置いては大丈夫だ。隼人の殺しスキルは高い。オレが教えたからな」
「なんてことしてくれやがったんだシャマル!!」
「そもそもボンゴレでも殺しはするけどな」
「黙ってろリボーン!!」
「ん? …おお。あそこにいるのはアルコバレーノの一人か。マーモン。仲間がいるぜ?」
「ふん」
マーモンはフードの中からリボーンを睨み、獄寺の胸に飛び込む。
「…どうした?」
「別に」
獄寺の胸の中からマーモンはリボーンに舌を出す。安い挑発。
だが、リボーンを苛立たせるのには十分だった。
「………よし。あいつボンゴレに引き入れるぞ」
「よく分からないけどリボーンがやる気出した!!」
理由は不明だが、何故だか口早にボンゴレに勧誘する向こう側。
「…子供と馬鹿にしてオレが殺しなど出来ないと思ったか? 舐めんじゃねえよ平和ボケしたガキども!! さっさと嵐のリングを賭けて勝負だ!!」
獄寺は気合いを入れ、ヴァリアーの制服を脱ぐ。
現れるは、上半身はサラシに薄い上着だけという姿。
「んなーーーーー!?」
「こら隼人!! 服を着ろー!!」
何故か赤い顔をするボンゴレメンバー。怒鳴るシャマル。一体どうしたのだろうか。
「おお! 隼人思い切りいいな!! いいぞもっと脱げー!! …いて!!」
やいのやいのとはやし立てるベルを殴り、獄寺の前に立つザンザス。
「…隼人」
「……な…んだよ。心配しなくても策は考えてきたし、ちゃんと勝って…」
いつもと違う、半端ない威圧感を感じながら獄寺はザンザスに言うが…
「嫁入り前の身で、そんなに肌を晒しちゃならん。そもそもおなごが腰を冷やすような格好をするな」
「何言ってるんだボス!?」
「あと、何で他のメンバーは名前呼びでオレだけボス呼びなんだ」
「それは今聞くことなのか!? …なんでも何も、ボスだからだろ。ていうか他の奴だってボスって呼んでるだろ」
「オレもお前に名前で呼ばれたい」
ザンザスは獄寺の前でだけ驚くほど素直だった。
「………分かった。オレ、この戦いに勝ったら…ボスのこと、名前で呼ぶわ」
「獄ちゃん、それは負ける台詞だわ」
「おい、ヴァリアーに交渉だ。勝負にこっちが勝ったらリングと一緒に獄寺を寄越せ。ていうかリング要らんから獄寺を寄越せ」
「誰がやるかー!!」
「何だ? 負けるのが怖いのか?」
「なんだと? 受けて立とう」
「ボス!! 少しは煽り耐性持って!!」
「まあ待て。こっちもただとは言わん。そっちが勝ったら…えーと、了平でいいや。こいつをやろう」
「あら。アタシ欲しいかも」
「ぬ? つまりオレは何をせずともあの麗人といられると!?」
「向こう行ったら多分殺されるけどな」
「極限お断りだ!!」
「…は、面白ぇ。ようは勝てばいいんだろ? ルッスには世話になってるし、奴とリングを手土産に戻ってきてやるぜ!!」
―――こうして、戦いの場に赴き対面した二人の姉弟。
その結末は語られていないが、少なくともその後。獄寺はボンゴレとヴァリアーの二つの組織をしょっちゅう出入りしていたという。
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ちなみに獄寺くんのビアンキ対策は煙幕で視界暗まして速効で倒す。というものでした。