どたばたと騒がしい音を立てながら、黒スーツの男が一人、出て行った。


若手ながらにも、あのリボーンさんにも認められるほどの実力を持っているそいつは、毎日を一日中走り回っている。


――ふと、部屋を出る前、そいつが立っていた場所が目に入った。


それは掲示板で。誰でも気軽に意見、用事、伝言、あるいは簡単なメモなどが書けるようになっている。



――いつ、誰がどこで死ぬか分からないこの所業。



どんな些細なことでも、それは紛れもなくそいつが生きてた証だと。そういう理由で設けられているらしい。


その意見にはオレも同感で。そして確かに、この掲示板を最後に消息を絶つ者もいて。


そんな掲示板に、あいつが一体どんなことを書いたのか少し気になって。オレはそれを覗いてみることにした。





今日から三日間アメリカへ行って来るぜ。


同盟マフィアとの親睦を深める為のパーティへ参加してくっから。


オレの留守中誰にも喰われるなよ獄寺! 絶対油断するんじゃねぇぞ!!


てかやってられねぇよな! オレは獄寺の傍にいるためにマフィアになったのに、何が悲しくて親睦会なんかに…



どうせなら獄寺との親睦を深まらせろっての!!



でもそうツナに言ったら酷いんだぜー! 「そこまで言うんだったら、親睦会は獄寺くんに参加させても良いんだけど…?」とか笑って言うんだ!!


獄寺を他のファミリーなんかに行かせたらファンが増えるだけだっての! 恋人としてはそこまで可愛い彼女を持ってるってことで誇り高いけどさ!


でもそれとこれとはまた別問題だよな! あーも。何で愛し合ってる二人は離れ離れになるんだろうな!! 運命のいたずらってやつか?


あ…もう時間がねぇや。じゃあな獄寺! オレが戻ってきたら一緒に食事にでも行こうな!!



By:山本





「………」


一体どこから突っ込めば良いのやら…


とりあえずオレと山本は愛し合ってねーし恋人同士でもねーし。


つーか誰が彼女だ。性別すら違うじゃねぇか。


てかファンてなんだよ。訳分かんねぇ。


あまりの内容に思わず頭痛がしてきたオレは、とりあえず掲示板は見なかったことにしてその場を後にした…





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オレは何も見なかった。










またあの掲示板の近くを通りかかった。


そういえばあの時は内容の全てから目を背けたかったので何もせずに後にしたが、よく考えたらあの内容を他のメンバーに見られるのは激しく不味い。


山本はいつも冗談を言っているから大丈夫な気もするが、中には本気に捉えるような奴もいるかもしれない。


それは嫌だ。てかこんなことで誤解を生みたくはない。


そう思ってあの馬鹿のメモを消そうと思ったら、既に他の誰かが山本のメモを二重線で引いていた。


一体誰が…と思い、掲示板を見ると、消された山本のメモのすぐ下に、新しいメッセージが書かれていた。





…馬鹿が夢を見るのは勝手だけど、それを現実に浮き出すのは頂けないから。消しといた。


全く、非現実的にも程があるよね。彼は僕のフィアンセなのに。


とりあえず今この場で宣言しとくけど。彼に手を出したら咬み殺すからね。


この群れるのを嫌う僕が。どうしてこんなファミリーなんてものに入ってるのか。今まで分からなかったのかい?


全ては愛しい彼がいるからだよ。


そんなわけで隼人。今度デートしようか。他の男が寄る気も起きないぐらい、見せ付けてみせる?



雲雀





―――オレの名前出すなよ!!


思わず突っ込んでしまったが、あんまりな内容に突っ込むピントがずれてしまった。


てか誰が婚約者だ。この場でもどの場でも宣言するなよ。


見せ付けるって誰にだよってか何する気だよっていかオレに寄って来るのは男だけかよ!!


そこに、何故かいきなり背後からおぞましいほどの視線を感じた気がして、振り向くがそこには誰もおらず。


気味が悪かったので、オレは足早にそこを退散することにした。





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何今の。超怖い。










………遠目から、あの掲示板が見える。


関わりたくないのだが、あのメッセージを残しておくことは山本のあのメモを残すことよりも遥かに危険であることは間違いなかった。


なんていったって、相手はあの雲雀だ。山本のように冗談が通じる相手ではない。


他の奴らが見たら誤解してしまうかもしれないのだ。



それは嫌過ぎる。



だ、大丈夫だオレ。覚悟を決めろ。


あのメッセージを丸めてゴミ箱にぶっこむだけだ!!


そう思い、掲示板まで赴くと、なんとまたもメッセージが二重線で消されていた。


あの雲雀の伝言を消すだなんて。一体誰がと思い、そしてオレはその好奇心に勝てず、そのまま下にあったメモに目を通した。





雲雀。山本のメモを消してくれたのはありがたいけど、それとこのメモの内容はまた別問題だから消さしてもらったよ。


それにしても何? キミら。恋人にフィアンセ? あははははは。笑えるね。


獄寺くんはオレの伴侶だよ? キミたちに干渉する暇なんて、獄寺くんにはないの。理解した?


オレこう見えてもオレ、結構独占欲強いから。



オレの可愛い獄寺くんに手を出したりしたら、それ相応のものが返って来るからね。



ああでも。キミたちはまだオレと長い付き合い方だし。少しだけ大目に見てあげる。


オレキミたちとも良い関係でいたいしね。うん。精々お互いを潰し合ってね。


あーあと獄寺くん。今度オレの部屋へおいで。楽しい夢を見させてあげる。



ツナ





………ボンゴレでは、沢田さんは10代目として通っている。


だからこのツナなる人物を10代目だと分かるメンバーは…それこそ、この10年の付き合いの者しかいない。


簡単な暗号、という奴だ。


―――じゃなくて。


えー…っと、10代目。伴侶……はまぁともかく。


"オレの可愛い"っていうのは突っ込んで良いですか…?


なんだか悲しくなってきたし、当初の目的もまぁ一応果たされていたので、オレは掲示板から離れた。





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ああ、伴侶ってもちろん右腕って意味ですよね?










まぁそんなことがあってから、早くも数日が経って。


オレはまた、あの掲示板の前を通りかかった。


オレは今まで多忙で。寝る暇すらなくて。


だから、この場に来るまで数日前の出来事なんてすっかり忘れてて。


だからオレは、何の警戒もなしに、掲示板を見てしまった。


見た瞬間、オレの思考が停止してしまう。


―――掲示板は、10代目の伝言が四重の線でこれでもかというほど消されていた。


そして、その下には二人分のメッセージがあって……





おいおい雲雀! ツナ!! オレの獄寺への愛のメッセージを消すだなんて、酷くねぇ!?


つーか夢でも非現実なことでも笑い事でもないっつの!! オレはマジの話してんだって!!


この件じゃないなら妥協も出来るけど、獄寺関連のことに対してはオレ、譲る気はねぇからな!


獄寺ー! 今夜一緒に食事に行こうぜ!! 晩頃オレの所に来いよなー!!





……上の馬鹿の戯言はともかく。綱吉、せっかくこの僕が掲示板に書き込んであげたのにいきなり消すなんて良い度胸してるよね。


ああでも、彼に関して譲る気がないって一点だけは、上のと同じ意見かな? 全く、憎たらしい。


とりあえず。僕も彼のことを手放す気なんてないから。ま、分かってると思うけど。


隼人。今夜デートするよ。準備が出来たら、僕の所へおいでね。





「……………」


えー…あー…っと?


…何でみんなが見る掲示板でオレは約束を取り付けられているんだ?


図らずもダブルブッキングとなってしまった今夜の予定。


どの道を通ったとしてもろくな目に遭わないであろう未来視に、オレは思わずため息を吐いた。






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さて、どうするか。










今日の夜は山本と雲雀、どっちに恨まれるか。


それともいっその事、どこかの抗争にでも行って誤魔化してしまおうかなどと考えながら、部屋へと入る。


扉を潜ると、丁度入れ違いに、誰かが別の出入り口から出て行くところで。


あの特徴的な髪型は間違いなくあの人だろうけど。


…そして用件は、間違いなくあの掲示板だろうけど。


掲示板まで、近寄ってみる。


前の二人の伝言は…見るも無残なくらい、極太マジックで消されていて。


オレはあの人が、どんなことを書いたのだろうかと、またもその掲示板を覗き込んでしまった。





…二人とも飽きないねまったく。獄寺くんはオレのだって、何度言えば分かるの。


一体オレが、何故、何の為にボンゴレに入ったと。10代目になったと思ってるのさ。



全ては獄寺くんを娶るためだよ。



だから二人とも、夢を見るのは勝手だけど、いい加減現実にも目を向けなよね。


ていうか、獄寺くんに手を出したら殺すから。


―――――あ。獄寺くん。今夜はオレの部屋に来なよね。



ツナ





「………」


えーと…娶る……?


10代目がボンゴレに入ったのって、そんな理由だったんですか…?


オレは無性に泣きたくなったが、目頭をきつく押さえることにより何とかやり過ごす。


――と、いきなり後ろから気配を感じ、見るとそこにはリボーンさんがいた。


「どうした? 獄寺」


「え…っと、その……」


どもるオレに、リボーンさんは掲示板に気付いたようで、それを覗き見る。


「…なかなか面白いことになってるじゃねぇか」


「からかわないで下さいよ……」


「ああ、悪い。―――で? お前は今夜、誰と過ごすつもりなんだ?」


「いえ…その。まだ……」


というか、誰とも過ごす予定ではないのですが。


「ああ。決まってないのか。なら、こうすればいい」


言うが否や、リボーンさんは今までのメッセージを丸めて捨てて、また新たにメモを書き始めた。





オメーら随分と楽しそうなことしてんじゃねぇか。オレも混ぜろよ。


つーかてめぇら、ボンゴレに入ったのは皆獄寺が狙いか。良い度胸してやがる。


でも残念だったな。獄寺はオレの物だ。それこそ頭の天辺から足の爪先までな。


いつからって? 10年前からだ。まだおめぇらが獄寺の魅力に気付く前からな。


ま、オレはお前らみたく心が狭くはないから、少しぐらいならお前らに獄寺を貸してやってもいいがな。


そんな訳で今夜の予定は獄寺に任せるが、時間が来たら獄寺はオレが持って帰るからな。その事だけは忘れるなよ。


むしろ肝に銘じておけ。


どこにいても何をしていても。オレからは逃れられないからな。





そこまで書くと、リボーンさんはオレの頬にキス一つ落とし。


「じゃ、そういうことで……獄寺。今夜な」


そう言っては、部屋を後にした。


パタンと扉が閉まる軽い音を聞いて。オレの思考が動き出す。


…なんだか、ますます泥沼化としたような。


ていうか。しまった。



オレには人権どころか逃げ道すらもありませんでしたか。



たとえ今から敵アジトに乗り込んだとしても、リボーンさんは我が物顔でやってきてはオレを攫って行くのだろう。きっと。


オレはまた掲示板を見る。


最早そこには当初の目的であったであろう、いつ死ぬか分からないゆえの最後の伝言とは程遠いものしかなく。


オレは9代目が引退した時にオレに放った、「私と一緒に来ないか?」という台詞に素直に頷いておけば良かったかなと思いつつ。


一体どこで道を間違えたのかと、夜になるまで考えていた。





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結局答えは、出なかった。