――目を。開ける。



飛び込んできたのは染み一つない、真っ白な天井。


そのあまりの眩しさに思わず目を瞑ってしまう。


…そして。またゆっくりと目を開けた。


身体状況を確認。まず目。両方見える。


耳。…音源がない為確認不能。


鼻。消毒水の臭い。正常。


声音。声を出す気力が皆無。あとで。


右腕。軽い痺れ。動く。左腕。重い――見ると点滴が打たれていた。


背中。痛い。…オーケー。感覚正常。


…そして。足。





動かない。





……はぁ。


口から溜め息。良し、耳・声音共に正常。どうでもいい。


次。記憶確認。


オレの名。獄寺隼人。歳。あと数ヶ月で24歳。職業マフィア。


10代目の任によりある資料の奪還命を受ける。…が、脱出中に敵の増援に見つかる。


何とか全滅させることは出来たが…こちらもかなりの深手を負って。どうしようかって悩んでいたらリボーンさんが、来て…


――ああ、そうか。オレ。


生き延びたのか…


というより、死に損ねたって言った方がらしいかな…


……足。


く…っこの――…右は…何とか動くか?


でも左は駄目だな。感覚すらねぇ。


こんな身体で生き帰ってもなぁ…


オレなんか放って置いてくれれば良かったのに。


リボーンさんの、ばか…





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もう知りません。リボーンさんなんか。










…そうだ。そいうえばここはどこだろうか。


今オレがいるのは、一人部屋にしては広い。そして病的なまでに清潔感溢れる――個室。


ぎちぎち言う身体を無視して、身を起こすと。これまた白いカーテンが閉められた窓が丁度あって。


シャーっと。思ったよりも重いカーテンを引く。―――空が高くて。地が遠かった。


鍵を開けて。開いてみる。…冷たい風が勢い良く入ってきた。


―――ここから飛び降りたら。楽になれるだろうか。


こんな身体で、みんなに迷惑を掛けるぐらいなら。いっその事…


手を。窓の縁に置こうとしたけど。上手く力が入らずに外側まで滑ってしまった。


――と。何かに触れる。何かふさふさした、細い…


「…って、へ?」


ぴょこっと。何かが重力を逆らって這い上がってきて。


「――よ! 獄寺! もう起きても大丈夫なのか!?」


「ひ!?」



トンッ



「あ」


「あ」



あ―――――…



……………。


なななななんだなんだ今のはー!? いや落ち着けオレとにかくまずは落ち着けオレー!!


い、今の山本!? 山本だよな!? 山本が窓から、窓の下から這い上がって来た!?


いや待て待て待て待て! そんな、そんなことってないよな!? だってここ地上云10階だぜどう少なめに見ても!!


やべーオレそんなとこから突き落としちまった! や、だって色々付いていけなくて驚いてさ! 物理的に何か無視してただろあいつ!!


いや待て! それって理論的にありえるか!? 現実的に考えて起こり得ることか!? な、ないよな! ないない!!


そうそう現実的に行こうぜオレ! 今のはきっと悪い夢だって! 幻だって白昼夢だって!! ていうかそうであってくれ!!


ああ、そうだとも夢夢。…ああびっくりした。


でも一応窓は鍵掛けてカーテンも閉めておこう。うん。


あと飛び降りは止めておこう。だって窓開けたくないもん。


…何だか、この数分だけで異様に疲れたな…


………寝よ。





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眠って全てを忘れよう。あれを夢にしてしまおう。










起きると、寝る前と全く同じ風景。


身体確認。目・正常。


腕・相変わらず重い。…点滴の袋が新しくなっている。


背中。痛い。熱い。痛い。


足。


…動かない。


「…はぁ」


「溜め息を吐くと元気が逃げるらしいよ」


「ぅお!?」


聞き覚えのある声がその持ち主と共に降って来た。


「何。そんなに驚いてどうしたの」


いや、何もなにもないだろ。少しは自分の行った行動の異常さと目を向き合って見せろよ。


「仕方ないでしょ。今この病室医者以外立ち入り禁止区域なんだから」


「…え?」


「言っとくけどキミ。自分で思ってるよりもかなり危険な状態なんだからね。気を付けなよ」


医者以外立ち入り禁止…それってつまり、面会拒絶ってことか…?


「でもだからって天井から出てくるのはどうだよ…」


「インパクトが弱いと彼に見劣りしちゃいそうだったからね」


「彼?」


「あれ? ヤマモト来てない? 彼キミを驚かすんだってなんか無駄に張り切ってたんだけど」


………。


あれ、ドッキリだったんだ…


ドッキリってだけであいつ壁よじ登ってきたんだ…!



ドッキリしすぎて心臓が止まるかと思ったわ!



「てか、お前ら仕事は…」


「何言ってんの」


ぐいっと、顔が近付く。その黒の瞳に吸い込まれる。


「キミの無事を確認するまで仕事なんて手が付けられるわけがない」





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え、お、あ、はい。










「そこまでですよクフフフフ」


「…骸」


「…何の用なのかな」


明るい骸の声に対し、まるで対極のように冷たい雲雀の声。


「おや。冷たい言われようですね。隼人くんが心配で心配でたまらなくて飛んで来たに決まっているじゃないですか」


「なら。もう用は済んだんじゃない? とっとと消えれば?」


冷たい声。黒い感情。鋭い目。襲い掛かってくるような――…殺気。


「――っ」


ぐらり。世界が倒れる。


「隼人!?」


「おやおや。いけませんねぇ雲雀くん。殺気が抑えられないのなら出て行かれてはどうです? 隼人くんが苦しんでます」


「―――――…隼人に手を出したら…何遍だって。殺してあげるからね」


潰されそうなまでの大きな殺気を最後に出して。雲雀は部屋を後にした。


「…健気ですねぇ。殺気が抑えきれないものですから自分から身を引きましたよ。隼人くんの為に」


そうなるようにけしかけたくせに。


「…でも。隼人くん。貴方は馬鹿なことは考えない方がいい。貴方は自分が思っている以上に周りに愛されていますからね」


そんな、こと…


「信じられないという顔ですか? …まぁ、それも貴方の魅力の一つなんですけどね」


ギシッ


骸がシーツの上まで乗っかってくる。ベッドが軋んで身体が沈む。背中が痛い。


「貴方はもっともっとご自分を大事にした方が良い。でないととんでもない事になります。…周りが、ね」


「ん…っ」


骸の指がオレの首筋を張っていく。くすぐったくて思わず声が漏れて。



―――ガラッ



ドアが開く。


見るとそこには…じ、10代目…?


すたすた。10代目が歩いて来る。


―――オレの方を見ないで。カーテンを開き窓を開放する。



ひょい。



骸を、掴んで…



ぽい。



―――捨てた。





「ってぇえええぇぇぇええ!?」





なんか今仰天映像を見てしまった気がしますよ!?


ちょ、なんですか今の流れるような一連の作業は!!


「嗚呼獄寺くん! ごめんね! オレが至らなかったせいで!!!」


10代目は10代目でなんか今までの事をなかったかのように振舞ってくるし!!


「獄寺くん…本当ごめんっもうありとあらゆる責任は全てオレが持つから!」


「え、いやそんな! オレなんかの為にそこまでして下さらなくとも結構ですから!!」


ていうか10代目! 何でそんなに怖い眼してるんですか!


―――っ!?


「――ゴホ、ゲホッ」


「ご、獄寺くん! 獄寺くん!?」


心配する10代目の声。オレの咳は止まらない。


「どうしよ、血が…ちょっと待ってて!」


医者を呼びにか10代目は部屋を出る。オレの咳は止まらない。


オレの手には、大量の赤い塊が花咲いていた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ほら、リボーンさん。やっぱりオレは捨てておくべきでした。










「原因は急性ショック…だな。驚いて傷が開いちまったみたいだ」


シャマルはそうオレを診断して。寝かしつけて。…様子を見てたみんなを睨みつけて。


「お前らな…隼人は今面会拒絶状態だって言っただろうが。医者がそう言うからには言われるだけの理由があるんだよ馬鹿」


「そんな、オレはただ獄寺くんが心配でちょっと様子を見に来ただけだよ! 獄寺くんが驚くようなことは、何も…!」



10代目はオレを心配する前に自ら行った行動の事はきれいさっぱりお忘れになってしまったようです。



「…そうだ骸! あいつ獄寺くん襲おうとしてた! あれだ原因は!!」


いや、別にあれは驚くようなことではなかったですよ。あいつの目笑ってたし。


「――へぇ。あいつそんなことを・ね…手を出すだけじゃなくてそれで傷を開かせるだなんて…」


いやだから傷開かせた原因は骸よりもお前だって。天井から人が降って来るだなんてかなりのショッキング映像だったから!


「ぅう、獄寺、死ぬなー!」


一番驚いた出来事はお前だよ山本。ていうかお前生きてたのかよ。


「つーか死なねぇよ…」


――死にたい、けど。


「…え?」


「あ…」


思わず口を塞ぐ。しまった声に出してないつもりが。


「えっと…」


考えるも良い言い訳が思いつかず。オレに出来た事と言えば曖昧な笑みを作ることだけ。


「…あはは」


「獄寺くん、今の…」


…誤魔化し失敗。


「―――だって、オレ…」


ぎゅっと。シーツの端を握る。


「もう、お役に…立てませんから」


動かない足。重い腕。


命だけあっても意味がない。ファミリーに、貴方に仕えられないのなら。何の意味も。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

役立たずに意味はない。










「しかし隼人くん。貴方が死ぬと言うのなら周りは黙ってないですよ。きっと」


声に気付いて、目で追うとそこには開けられた窓の縁に座っている骸の姿。


「…骸」



お前生きてたの。



「クフフ。流石に死ぬかと思いましたよ」


「あのまま死んでくれればよかったのにね」


10代目。にっこり笑顔でなんてこと言うんですか。


「うーん、まぁ別に死んでても良かったですけどね。隼人くんが来てくれそうですし」


「そうなったらオレも後を追うから大丈夫だよ」


何が大丈夫なんですか。ていうか後追いなんて止めて下さいよ。


「ああ、良いねそれ。じゃあ僕も後を追うよ」


いやいや良くねぇよ。追うなよ。何でそんなに軽いノリで命を手放せちまうんだよお前は。


「あー、じゃあオレは獄寺が寂しがらねぇように獄寺と仲良かった奴を殺してから行くわ



なにとんでもねぇこと爽やかな笑みで言ってるんだお前はー! 怖いわ!!



「言っておきますけど隼人くん。彼らは本気ですよ?」


「…え?」


「そうだよ獄寺くん…もしも一人の時に自殺なんてしてごらん? オレこんな世界に見切りをつけて、爽快にキミのあとを追いかけちゃうから☆」


「何可愛らしくとんでもないこと言ってますか。駄目です」


「駄目なのはキミだよ隼人。キミはいつも勝手だから。そろそろこっちも勝手に行かせて貰うよ」


「何言ってんだよ。お前はいつも勝手だろうが。それ以上傍若無人になってどうするんだよ


「なぁなぁ獄寺ー。お前あのバーのマスターにえらく気に入られてたよな。残虐していいか?



「お前の頭の中ではどれだけ話が進んでするんだよ」



ていうか残虐って。私情入ってるだろそれ。


………。


(…な、骸)


(なんです?)


(オレのこと好きにしていいから、オレが死んだあとオレに乗り移ってみんなを適当に誤魔化してくれねぇか?)


(クフフ魅力的な提案ですがお断りです。彼らの愛は重すぎて僕には耐え切れません



オレにだって耐え切れないんだけど。



「獄寺くん」


「はい!?」


うわ10代目! 一体いつの間にそんな近い距離に!


「随分と…骸と仲良さそうだよね…?


「ええぇえぇぇといやその…ごめんなさい」


「そうなんですよボンゴレ10代目。もう僕と隼人くんは一言では言い表せない関係で…


馬鹿なこと言うな骸! 10代目が怖いだろ!!


「へぇえぇえええぇぇぇぇぇええ」



ここここ怖ー! 10代目怖ー!!



「ごーくーでーらーくーん…?」


「は、はい!」


「どーゆーことか。じっくり詳しく。話してほしいんだけど?」


「あああああはははははは…」


「あんまり隼人くんをいじめちゃ駄目ですよ10代目? まぁ隼人くんがへこたれた分あとで慰めるのが楽しみになりますけどね」



お前少し黙ってろ。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今10代目がどんな顔しているかなんて知りたくない。見たくない。










そんなわけで。


オレは今10代目と二人っきり。更にはベッドの上で正座で座らせられていたりする。


「獄寺くん…オレのどこが不満だって言うの?」


「い、いいえっ不満なんてないですよ!」


「でもオレなんかよりも骸の方がいいんだろ!」


「いや、ですから! オレと骸の関係は何もないですよ!」


「本当…?」


「ほ、本当ですっ」



ただ時々愚痴もとい話を聞いてもらうだけで。



「なら良いんだけど…ね」


10代目が怖い。


「…ま、骸のことについては許してあげるよ。獄寺くんは骸にあまりなびいてないみたいだし…ね」


――言い終わると同時だった。


10代目に、抱きつかれたのは。


「じゅ――」


「獄寺くんが生きてるからね。獄寺くんが今ここにいる。だから許してあげる」


………。


「ね。獄寺くん」


「…はい?」


「まだ…死にたい?」


………。


「…生きてるだけで、みんなの迷惑になるのなら」


「迷惑なんかじゃないよ。むしろ獄寺くんがいないほうが迷惑になる」


「そうなんですか…?」


「そうだよ。それでも何も出来ない自分が歯痒いというのなら…」


「言うのなら?」


「遠くへ物騒な抗争へ行くだけがマフィアじゃないし。獄寺くんにはオレの秘書になってもらって。ずっと付いてもらおうかな」


「――オレなんかで、いいんですか?」


「獄寺くんだからいいんだよ」


「………」


「駄目?」


「こんなオレで宜しければ。死に損なったオレのこと。お好きにお使い下さい」


「ありがとう」


ぎゅっと。更に力強く抱きつかれる。


暫くそんな時間をゆったりと過ごして。


「―――それで。獄寺くん」


「はい?」


「リボーンは獄寺くんに優しくしてくれるの?」


「ええ。リボーンさんは二人っきりのときはいつもオレに………」


………。


―――。


「へぇー…? 二人っきりのとき…何?」


しししししししししまったぁー!! オレの馬鹿ー!!!


「二人っきりのとき。ねぇ何? 獄寺くん?」


「えええぇえええっとえっと。その…えっと」


「うん。ねえ獄寺くん。教えてよ。いつから二人はそんな関係に?


「ででで、ですからー…そのっえぇーっと…」





―――この後。


オレの傷が更に開いて、ちょっと別の意味で死にそうになるまで10代目の尋問は続いた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

すみませんリボーンさん。ばれました。