ある日。


獄寺は与えられた任務の報告をしていた。そしてそれもひとしきり終わって、話を切り出した。


「ボスー」


「なんだ。どうした隼人」


「今日、これから街で花火大会があるらしいんだけどよ。アジトの空き部屋から丁度見れそうなんだ」


獄寺は花咲くような笑顔を向け、言う。


「一緒に見ね?」


ザンザスは答えた。


「浴衣に着替えろ、隼人」


ザンザスは場の雰囲気を楽しむ男であった。





ザンザスがその空き部屋に着くと、獄寺は既に来ていた。ザンザスを見ると顔を綻ばせる。


「おせーぞボス」


「うるせえ」


実はどの浴衣にするか選ぶのに時間が掛かっていたのだが、そんなこと言えるわけがない。結局黒一色にした。


獄寺の浴衣は白を基調とした、繊細な模様の織り込まれているものだった。


「それはベルが買ってきたものか?」


「ん? ああ、そうだ。やっと着れた」


言って笑う獄寺。


ヴァリアーメンバーは獄寺のことを溺愛しており、事あるごとに何でも買い与える。服はその最も多いもので未だに着れてない服が獄寺の部屋には大量にある。


「似合うか?」


「馬子にも衣裳だな」


「手厳しい」


本当はもうとてつもなく似合っているのだが、素直に言えない我らがボスであった。


「…で、花火大会はまだ始まらねえのか!?」


とうとう獄寺の笑顔を直視出来なくなったザンザスは窓の前に置かれたソファにどっかりと座り怒鳴る。獄寺は臆することなくその隣に座る。


「もうすぐ始まるさ。そう焦るなって」


机の上には飲み物と軽食が置かれていた。恐らくは獄寺が用意したのだろう。


「麦茶とウイスキーがあるけど、ボスはどっち飲む?」


「…今日は麦茶でいい」


獄寺が麦茶の入ったグラスをザンザスに渡す。程なくして、地から天へ向けて光が上がり花を咲かせた。


花火大会が始まった。





「楽しかったな」


「ああ…」


暫くして花火大会も終わり、獄寺とザンザスは空き部屋を出ていた。


本当は獄寺は部屋に残り片付けをするつもりだったのだが、こっそりザンザスが呼んだ部下が片付けを一任されたのだ。


「そういや他のメンバーは?」


「マーモンは別の任務、その他は新しいメンバー集めに出ている」


「メンバー集め?」


「ああ、ある筋からの情報でな。使えそうな奴がいるから連れてこさせることにした」


「へえ…どんな奴なんだ?」


「オレも詳しくは知らん。もうじき帰ってくるはずだから、その時にあいつらに聞け」


「分かった。…にしてももうすぐ帰ってくるのか。一緒に花火見れなくて残念だな」


「………」


他のメンバーがいて獄寺が誘った場合、全力で邪魔をして二人きりで見ようと奮闘したと考えるに難くないザンザスは目を逸らした。


ちなみにこの二人、最初こそ麦茶を飲んでいたはずなのだがいつしかその手はウイスキーに伸び。


酒に強いはずの二人であるが花火にか空気にかそこそこ酔い。


そのためか何故だか二人、同じ部屋…ザンザスの私室に入りそのまま同じベッドで眠った。お互い疑問は抱かなかった。





新メンバーを攫い…もとい、勧誘に向かったベル、ルッスーリア、レヴィ、そしてスクアーロが帰ってきたのはその翌朝だった。


ちなみにみんな、結構ぼろぼろだった。


「じ…じゃあオレはボスさんに報告してくる…お前らはそいつを逃がすんじゃねえぞおおおお…」


「し…ししっ逃すぐらいなら殺すから心配すんなって」


「殺しても駄目に決まってんだろうが!! 殺すぞ!!」


ベルを一喝し、スクアーロはボスへと報告に向かう。まだ寝ていると聞いたが構うものか。


「う"ぉお"おおおいボスさんよお、新メンバーの補充の、件、だが…」


ノックもなしにザンザスの私室を開け放ったスクアーロの目に飛び込んできたもの。


「………」


「ん…」


それは何故か浴衣という脱げやすい布一枚のみの姿で抱き合い、同じベッドで眠っているボスと…ヴァリアー名物愛娘、獄寺隼人の姿だった。


朝日に照らされる獄寺の白い肌が眩しい。ていうか、その、太ももが。


流石に固まるスクアーロ。しかし人の気配を感じたのか、ザンザスが目を覚ました。


「なんだ…朝か」


「………」


「なんだカス鮫…報告なら早くしろ」


「……………」


「…?」


黙っている…というか固まっているスクアーロにザンザスも不信感を覚えた。


スクアーロといえば、なんとか腕を動かして獄寺を指差すことしか出来なかった。


だがそれだけで十分だった。ザンザスがその指先の方角を見る。


すなわち。自身の胸の中、自分が抱きしめている獄寺を。


「・・・・・・・・・!?」


ザンザスも固まった。混乱した。どういう経緯でこうなったのかまったく分からなかった。ていうか肩肌が。


「カス鮫…剣を寄越せ」


「あ"ぁ!? な、何に使うんだ?」


「切腹する。介錯は任せた


「う"ぉお"おおおおおい!!! 待て待て待て!! 分かってるこれは事故だ! 何か事情があったんだこれは!!!


「事故だろうと事情があろうとオレは…オレは自分の娘に…娘になんてことを…オレはオレが許せん!!


「だから落ち着けよ!! 今の自分の台詞と正面から向き合って考えろやゴラ!!」



ヴァリアーボスとNo.2が言い争う中、当の獄寺はといえば起きる様子もなく未だ夢の中だった。





一方。


「隊長遅いわねー…ちょっと、あんたたちちゃんとその子捕まえてんでしょうね? 逃がしてない?」


「当然だろ! さっきからナイフ刺してるからいるって! 反応はないけど」


「何してんのよ! 殺すなって言われてるでしょ!! 一体何のために生け捕りしたっていうのよ!! ああもう、大丈夫?」


ルッスーリアがベルをどかし捕え網を剥ぎ取るが…中には誰もおらず。


「あら!」


「げ!」


「む…」


「…逃げられたかしら…やっば隊長とボスになんて報告しようかしら」


「何してんだよレヴィ!」


「オレのせいか!? お前が一番近くにおったくせになぜオレに当たる!!」


「もー喧嘩しないの! …まだ遠くに行ってないかも知れないわ。探すわよ!!」





なんてことがありながらも…更に一方。


その逃げた当人。新たなヴァリアーメンバー(候補)である期待の新人はヴァリアーアジトを普通に歩いていた。


急に襲われ、拉致られ、殺し合いの駒にされそうになった身としてはこのまま逃げるより何か仕返しの一つでもしてやりたいと思ったのだ。


なにか高価そうなものでもあれば盗んだり、あるいは壊したりしようかと辺りをきょろきょろ見渡していると…


どんっ


急に開かれた扉から現れた影とぶつかった。


「オウ! もー誰ですかー余所見して!!」


敵陣の真っ只中だというのになかなかに肝の据わった態度である。


しかしそのぶつかった相手のその姿を見て、その気だるげな目が見開かれる。


そう、彼がぶつかった相手こそようやく起きてひとまずボスとスクアーロに出て行くよう言われたほろ酔い気分の獄寺隼人氏(やや肌蹴た浴衣着用)である。


「いてて…えーっと誰だ…見かけねえ顔だな…」


「み、ミーはフランと言いマース!!」


少し緊張した面持ちで自己紹介するフラン。獄寺はフランの名を反復する。


「んん…? 誰だ…? そんな名前の奴いたっけ…? 新人か?」


「ユーは…」


獄寺について聞こうとするフラン。しかし! その時彼の脳内に電撃が走った!!


この美貌…そしてこの乱れた服装。この方は拉致られ攫われこの組織の慰み者として監禁されてる方に違いない!!


「可哀想に…!!!」


「ん?」


急に同情され、不審に思う獄寺。しかし寝呆け頭とほろ酔い気分により上手く頭が働かない。


フランは滂沱の涙を流しながら獄寺の手を取り上下に振り回す。


「場所から見てここはボスか幹部クラスの部屋の辺りデスか!? きっとそんな奴らに毎夜毎夜毎夜…ううう! もう大丈夫デス!! ミーがユーを助けマス!!」


「ん? ああ、どうも…………………ん?」


ようやくここで、獄寺は相手がなにか思い違いをしていることに気付いた。


「ちょっと待て。何の話だ?」


「ユーがここの奴らに酷い目にあわされている話デス!!」


「待て待て。よく分からんが、そりゃ誤解だ」


「え?」


フランは獄寺の姿をまじまじと見る。


ヴァリアーの黒い制服と違い、白い浴衣。


少なくともヴァリアーの一員であるようには見えなかった。れっきとしたヴァリアーのメンバーではあるのだが。


「で、では…ユーはヴァリアーの…この組織のボスの、なんだというのですか? 愛人?」


「愛人? 馬鹿野郎うちのボスはんなもん持ってねーよ。ボスはオレの父親…」


「お父様でしたか!!」


「…代わりみたいな人だ……っておい。オレの話聞いてるか?」


「なるほどなるほど…ふ…ヴァリアー……入隊する価値はありそうデスね…」


まったく聞いちゃいなかった。


「ご挨拶は早い方がいいデスね! では早速行きましょう!!」


「ん?」


フランは獄寺の手を引き適当に立派そうな扉を片っ端から開けていった。





一方。


「よ、よし…大体把握した…昨日はお前ら酔っ払ってそのまま勢いで寝ちまったんだな…」


「酔った勢い…だと!? オレはそんなくだらねえ理由で娘と、娘と…!!」


「もうお前黙れよ!! 大丈夫だよ添い寝しただけだよ何もしてねえよ!!


「駄目だ…嫌われた…絶対隼人に嫌われた…オレはもう駄目だ……


「嫌われてねえよ!! あの程度で獄寺はボスを嫌ったりしねえよ!!」


「だが…だが!!」


バーン!!


「なんだあ! 今取り込み中だ!! 話はあとに…てめえ!?」


「あぁ…?」


「オー隊長さん! するとそこの厳ついのがここのボスデスか!?」


「何だてめえは…」


「ミーはフランと申しマース! 娘さんをミーに下さい!!」


・・・・・・・・・。


「ほれ見たことか!! 即行男作って出ていこうとしてやがる!!


「またややこしいことになっとる…!! あいつら一体何してんだ!! 三枚に下ろされたくなかったらちょっと黙ってじっとしてろ!!」


「よし! 親御さんへの挨拶も済みましたし次は新婚旅行ですかね!!」


「………何の話だ?」


話を聞かず、獄寺の手を引き走り出すフラン。後ろから行かないでくれ! オレを捨てないでくれというボスの声が聞こえたような気がした。


廊下を走る二人。スクアーロが手配したのか追っ手が来るが…フランがなにかしたのかたちまち倒れたりあらぬところへ向かったりしている。


「待ちやがれー!!」


ベルも来た。


「おー、ベルお帰りー」


「は、隼人…!? てめえ、オレの隼人と勝手に手とか繋ぎやがって!! 殺す!!」


「おーいベルー。この浴衣どうよー」


「超似合ってるー!! じゃなくて!! ああもう隼人はまた流されてー!!」


ベルは結構苦労しているみたいだった。


「隼人から手を話せ! そんでオレに殺されろ!!」


「やーですー」


ベルはナイフを構えるが、あまりにもフランと獄寺の位置が近い。下手に投げると獄寺に当たってしまう。


「どーしたんデスかー? お得意のナイフは投げないんですかー?」


「う、うるせー!! ぐぐ…」


舌を出しながらフランはベルを撒く。出口が近い。


「へっへっへー。ヴァリアーってのも大したことないデスねー」


その声に反応したのは、獣の鳴き声。


振り返り見えるのは、白い獣。


ザンザスが強く獄寺を失いたくない、けれど自分は行けないと思った結果ベスターがやってきたのだ。


ザンザスよりベクターの方がしっかりしていた。


「ワオ! 何デスかあの獣は!!」


「よーベクター。相変わらずふさふさだなあ。触らせてくれんの?」


獄寺はいつでもマイペースだった。


ちなみにベクターはザンザスを除けば獄寺にのみ懐いている。


獄寺を離せといわんばかりに咆哮するベクター。空気が振るえ、窓硝子にひびが入る。


「うう…獣は話が通じないから苦手デース」


「はっはっは。ここの連中が獣程度にでも誰かの話を聞いてくれると思ってんのかよ」


獄寺は朗らかに笑った。


獄寺は獄寺なりに勉強しているようだ。


『ベクター。そのまま』


と、幼き声が。


フランと獄寺がその声を認識したと同時、獄寺の姿が薄くなる。淡くなる。…消える。


気付けば獄寺はベクターの背に乗っていた。


「おー、いつかのジャパニーズアニメみてーな図だな。なんていったっけ…ええと……確かけものの姫」


惜しい。


「…まったく、疲れて帰ってきたと思ったら何この騒ぎ」


「よおマーモン。お帰り」


「ただいま。…キミ、どこのファミリーのもので何が目的かは知らないけど…よりにもよってこの子を狙うなんて悲しすぎるほど愚かだ。生きては帰れないよ」


踏ん反り返りながらマーモンは獄寺の肩に乗る。


白い獣の上に白い浴衣を纏い肩にはミニマムな黒い生き物。カオスな光景だった。


「この組織には魔法少女がいるのデスか!!」


「ばっかおめーオレはもう少女なんて年じゃねーよ」


「獄寺。突っ込み所間違ってる」


「魔法少女じゃないならサーカス団デスかね」


「ならお前は餌かな。被り物的に」


「ああ、餌。餌いいね。ベクター本当に頭からあいつ齧ればいいのに……………?」


マーモンの言葉が疑問に変わる。獄寺の姿が薄くなる。淡くなる。…消える。


まるで先ほどの獄寺を逆再生しているようだった。獄寺はフランの手元に戻る。


「お帰りなさい」


「ん? おお」


「獄寺!! く…キミも幻術使いだったのか!!」


慌てるマーモン。獄寺の手を引くフラン。その途中、時計の鐘が鳴った。


「ん? あ、わり。着物の着付けの習い事の時間だ」


「そんなもんサボればいーデス!!」


「いやそういうわけにもいかねーから」


立ち止まり、部屋へ戻ろうとする獄寺をフランが引き止める。


「いいじゃないですか習い事なんて! 今日はミーとユーが出会った記念日なんデスよ!?」


「それとこれとは話が別だ」


なおもあれやこれや言って獄寺を離そうとしないフランに獄寺が切れた。



「うっせーな駄目だっつってんだろうがいい加減にしろ!!



獄寺は腰を深く落とし拳を放った。固く握られた拳がフランの腹に食い込む。


「ぐふ……っ」


「出たー! 獄寺の得意技正拳突き!!」


追いついたマーモンが実況した。


その声に獄寺ははっと正気に返り顔を青褪めさせる。


「やべ…やっちまった」


実は獄寺。浴衣等の服装時は(見た目の問題から)合気道、それも(服が乱れるから)動きの少ないものでしか攻撃をしてはならぬとザンザスにきつく言われていた。


正拳突きなんてもっての外である。もう足とか太ももとかとんでもないことになってしまった。


「ま…マーモン! 頼む! ボスには黙っててくれ!!」


「分かったよ。その代わりこないだ僕が贈った服、ちゃんと着るんだよ」


ここに影の取り引きが行われた。


ともあれ、ヴァリアーを騒がせたフランは更にヴァリアーを騒がせた獄寺の手により収まった。


そのフランだがぶん殴られた獄寺に惚れてしまったらしく懐きくっつき離れず慕いそのままヴァリアーに居着いた。


ベルとかとしょっちゅう睨み合い、殺し合ってるフランだが上手くやっているようで。


そして当の獄寺といえば。


「獄寺せんぱーい!! 一緒に任務行きましょー!!」


「お…おう! 先輩…先輩かあ……いい響きだなあ…」


先輩と呼び慕われ、満更でもなさそうだった。





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ん? 何だまたベルと喧嘩したのか? まったく仕方のない奴だ。


リクエスト「ザン父シリーズ大好きです!wお願いします(^^)v」
リクエストありがとうございました。