獄寺くんの長い長い病欠



獄寺はベッドに入り込んだまま、温度計を見上げた。数値を読み上げる。


「さんじゅう…ななどごぶ……」


元々体温の低い獄寺にとって、この温度はけして低いとは言えない。


今日は週明けの月曜日。学校だと分かっていても、体が重く、ようやく起きれるようになったときには10時を過ぎていた。


(休もう…)


獄寺は温度計を置き、枕元にあった携帯を開く。


敬愛する10代目ことツナに病欠の旨を伝えるメールを送り、暫く考えて…


(…あいつらにも連絡しておくか)


自分が風邪を引いたというメールを、知人たちに送っていく。


全員に送り終わったのを確認して…獄寺はまた深い眠りの中へと堕ちていった。





それから暫くして。


「…ん……」


獄寺は意識を取り戻す。


………寒い。


獄寺は毛布の中で自分を抱きしめるようにして腕で自分を暖める。


そういえば、風邪なんて久しく引いた。


前回のは怪我のこと、意識不明のこともあり、あまり風邪という感覚ではなかった。


それを抜きにして最後に風邪を引いたのは、まだ獄寺の屋敷にいた頃だったと記憶している。


風邪のせいか、なんだか昔の頃を思い出す。


あの頃、風邪を引くと衝動的に自分は――


(あ………)


思い出して、後悔。


自分は昔から、病気になるとあるものを求めだす。


びくりと、身体が震える。


忘れていた、その感覚が蘇る。


頭で必死に否定しても、身体はまるで中毒者のようにそれを求めてる。


……だけど、大丈夫。


それは、一人では絶対に手に入らないものだから。


ただ衝動が治まるのを待っていれば、後は事足りる。


そう思って、獄寺は一人耐える。


身体の欲望は留まることを知らないかのように高まりを見せているが、やがて治まっていく。


「…ん……んぅ」


少しずつ、ゆっくりと。あと数分もすれば支障ないほどになるだろう。


獄寺は一人静かにそのときを待っていた。


そんな時。



ピンポーン



マンションに備え付けられている、チャイムの音が獄寺の耳に入った。


「……ッ」


びくびくと身体が震える。


身体の衝動が、また息を吹き返す。求めだす。


誰だか知らないが、ここで出るわけにはいかない。


獄寺は居留守を使うことにした。


暫く様子を伺う。チャイムはあの一回きり。帰ったのだろうか?


獄寺がそう思ったそのとき。



ガチャ



ドアが開く、音がした。


「―――!!」


その音を聞いて、獄寺の身体が強張る。誰だ? まさか敵?


こんな状態の獄寺が敵と遭遇したらまず勝ち目なんてない。不味ずい。


足音はまるで獄寺の居場所が分かっているかのように真っ直ぐに向かってくる。


……一人では死なない。獄寺はダイナマイトを取り出そうと、枕の下に手を伸ばすが、それより前に侵入者が姿を現した。


「獄寺くんっ! 無事!?」


「じゅ…だいめ?」


現れたのは、ツナだった。ツナは獄寺の姿を確認すると、ほっと一息吐く。


「もーダメだよ獄寺くん。鍵はちゃんと掛けとかないと」


「はぁ…すみません」


言って、獄寺は身を起こそうとするが、身体は反抗し、思い通りに動いてくれない。


「あ、獄寺くん、無理しないで……」


ツナが獄寺に駆け寄る。すると――


「ッ! 近付かないで下さい!!」


「……え?」


思いもよらない獄寺の叫び。ツナは思わず立ち止まる。


「あ……すみません」


獄寺は苦しそうに、そう告げる。見ている方が辛くなる表情。


「いや、いいけど…どうしたの獄寺く」


「獄寺ー!!」


ツナの声を遮って、どたばたとうるさい足音を響かせながら山本が現れた。


「よ! 生きてたか獄寺!!」


「山本…なんで」


「愛しの獄寺からメールが来て、学校なんかにいれるわけないだろう」


当たり前のように言い放つ山本に、獄寺は突っ込みの一つも入れられない。代わりに青筋立てたツナが反論する。


「誰が……」


「誰が愛しの獄寺隼人だって?」


ツナの突っ込みを引き継ぎながら現れたのは雲雀。その手には既にトンファーが収められている。


「返答によっては、少し痛い目に遭ってもらうよ?」


雲雀は笑いながら山本にトンファーを突きつける。目は笑ってない。


「そりゃ先輩。言葉通りって奴ですよ」


雲雀の目が細まる。


「へぇ……」


雲雀は楽しそうに笑って――


「二人ともストーップ! 一応病人の、獄寺くんの前だから!!」


今まさに壮絶な争いが繰り広げられそうになったとき、それを止めたのはツナだった。


二人は獄寺、というキーワードの前に動きを止める。


「…と、そうだったね」


「わりぃわりぃ。サンキュー、ツナ」


争いを止めた二人に、ツナはふぅとため息を吐いた。


「それにしても、何で山本と雲雀さんが……」


「だから言っただろう? 獄寺からメールが来たって」


「僕にも来たね」



何もお前ばかりが、特別じゃないんだぜ?



ツナの脳裏に何か声が反響したが、聞こえないふりをした。


「それで獄寺くん。他にもメール送った人いる?」


「あ、はい。……しば」



どたたたたばたん!!



獄寺の台詞はマンションの階段を登る音、そしてドアを開く音に遮られた。



「タコヘッドー!!!」



了平が顔を出す。


ツナは更に獄寺に問いただす。


「……他には?」


「えっと、ロン」


「獄ちゃーん!!」


了平に続き、ロンシャンが姿を現した。


「………っていうか、みんな学校は」


獄寺の至極当然な突っ込みに。


『サボった』


みんなの声が綺麗にはもった。それを聞いて獄寺は言葉を失った。


「それで獄寺くん。メールを送ったのは、ここにいるので全員?」


「えっと、その……あと二人ほど…」


獄寺は少し気不味そうに言った。意味はよく分かっていないが、なんとなくこれはみんなにとってよくない情報だと悟ったからだ。


案の定ツナは顔をしかめたが、それも一瞬ですぐさま山本に指示を出す。


「山本! 玄関の鍵閉めて!!」


「あ、それ無理」


しかしそれをやんわりと遮ったのはロンシャン。


「え?」


疑問符を浮かべるツナに、了平がいつものように大声で答えた。



「オレがドアを破壊した! すまん!!」



お兄さんのアホー!!!



みんなの心の中に、ツナの突っ込みが木霊した。


しかしそれに嘆きを覚える暇もなく。


「よ。ずいぶん賑やかだな」


「ハヤト兄ぃー、大丈夫ー?」


いつから進入していたのか、廊下から残りの二人…ディーノとふぅ太が姿を現した。





果たして、これは一体どういうことだろう…?


獄寺は回転数のよくない頭で考える。


オレは風邪を引いた。


うん。その通りだ。


そしてその旨を10代目に伝えた。


うん。間違いない。


そのあと、前に連絡が付かなかったということで、そのとき怒られた奴らにも連絡を入れた。


うん。何もおかしくはない。


今日は平日。


今はお昼時。


オレは風邪で学校を休んだからマンションにいる。


……なのに。


「獄寺くん。大丈夫? こんなに大勢で気分悪くない?」


「獄寺、お前飯食ってるか? 最近痩せてないか?」


「ああ、それは思うね。きちんと栄養を取ってないから風邪も引くんだよ? 分かってる?」


「極限だ! 風邪など気合で吹き飛ばせタコヘッド!!」


「またまたお兄さん冗談きついんだからー! やっぱこういうときは手厚く看病でしょ!! ね、獄ちゃん」


「手厚く看病か…えーと、日本じゃネギで首を絞めるんだっけか?」


「ディーノ兄。それ普通に死ぬから」


男七人に囲まれて、獄寺は回転数のよくない頭で考える。


果たして、これは一体どういうことだろう?


二度目の思考に突入しかけた獄寺を止めたのは、身体の変化。


「………っ!!」


今まで予想だにしなかった出来事に身体も驚いていたが、次第にそれも解かれてやがて衝動が復活する。


「タコヘッド?」


不審に思った了平が、一歩獄寺に近付く。


「寄るな!!」


獄寺は怯えたように大声を出し、自分を押さえつけるように腕で身体を抱きしめる。


その変わりように、みんなも驚いた。


「ご…」


ツナが名前を呼ぼうとするが…


「ダメ…です。オレに、近付かないで下さい……」


それすら遮って、獄寺は悲痛な声でそう訴える。


そんな獄寺に、誰もが抱きしめてあげたいと思い、そして拒絶に恐怖した。


何も出来ないもどかしさ。代わってあげたい苦しみ。それをみんなが味わっていると、


「なんだおめーら。辛気くせーな」


獄寺のすぐ近く、触れるか触れないかの距離に、リボーンが降ってきた。


「…っ!? リボーン、さん…」


獄寺は突然の来訪者に、思わず手が伸びそうになる。しかし、それを何とか押さえた。


「だめ、です…。オレから、離れて……下さい」


必死に耐える獄寺。しかしリボーンは獄寺から離れようとはしなかった。


「そう、押さえるな」


「!?」


リボーンの全てを分かっているような、そんな口調に獄寺の動きが一瞬止まる。


「お前の衝動のことは知っている」


「知っているのなら、なおさら…離れて……くだ、さい」


もう獄寺に自分を押さえる力はあまり残っていないように見える。その手は大きく震え、その目には大粒の涙がたまっていた。


「…ねぇリボーン。衝動って…?」


空気に呑まれていたツナだったが、やがて自分を取り戻しリボーンに質問する。


「ああ。獄寺はな、屋敷にいた頃から風邪を引くと―――」


「っ………もぉ、だめ……です。リボーンさん、失礼します!!」


リボーンの説明が終わる前に、獄寺は自分を縛っていた腕を伸ばした。それは真っ直ぐにリボーンに伸びていって―――


「って、獄寺くん!!?」


驚くツナたちを尻目に、リボーンは自分に起きていることをまるで気にせず説明を続けた。


「風邪を引くと―――無性に人肌か恋しくなるらしい」


にやり。と、リボーンは笑いながら説明を終えた。


その小さな身体を、獄寺に抱きしめられながら。





……みんなの視線を感じる。


ああ、こんな情けない姿、誰にも見られたくなかったのに。


一体オレはいくつだ? それ以前に、オレはマフィアなのに。


あまりにも自分が不甲斐なくて、思わず涙が零れる。畜生、止まれ。


そうしている間にも、リボーンさんを抱きしめている腕の力が強まる。


リボーンさんは迷惑だろうに何の抵抗も見せない。リボーンさんほどの腕ならオレの手を振り払うくらい簡単だろうに。


そう思っていると。


「………リボーン」


10代目の、声。


目を開けると、少し怒った様子の10代目が一歩こちらに近付いていた。


……ああ、これを機にオレはボンゴレを抜けさせられるのだろうか。


こんな情けない部下など、10代目もいらないだろう。


オレはそれを覚悟したが、10代目はオレの予想だにしなかった言葉を述べた。


「オレと代わって!!」


「………え?」


オレの口から、思わず変な声が出た。





そしてそれを境に、他のみんなの時間も動き出す。


「いや小僧。オレと代わってくれ。礼ははずむ」


「なんだキミが近付くなって言う理由はそんなことだったの? ……だったら無理矢理にでもキミを押し倒したのに」


「タコヘッド! その…なんだ。オレの胸で泣け!!」


「獄ちゃん可愛い!! オレと付き合ってくんないっ!?」


「……やべ。スモーキン、マジでキャッバローネにこねぇ?」


「うわー。ハヤト兄、今ランキングしたらいろんな順位がすごいことになってるよー」


「え……え?」


思いもよらない事態に、獄寺は目を丸くする。


「みんなお前の魅力にクラクラだな」


「……もう、冗談はよして下さいよリボーンさん」


きゅっと、唇を尖らせながら少し拗ねたように獄寺は言う。


……その殺人的な可愛さに、気付いてないのは本人ばかり。





暫くして獄寺はようやくリボーンを解放した。


「ん? なんだもういいのか獄寺」


「は、はい…ご迷惑をお掛けして……その」


恥ずかしそうに、獄寺は謝罪の言葉を述べる。


「気にするな」


優しいリボーンの台詞に獄寺の顔は一瞬かぁっと赤くなる。


「え…その……」


「お前のいつもより少し温かい体温も、少し速い鼓動も、首筋に当たる吐息まで全てオレのものだったからな。まだ抱きしめてていいぞ」


「……! も、もぉ…リボーンさん!!」


どうやら冗談だと思った獄寺。本気だとは露知らず。


「ご、獄寺くん……」


静かに手を上げて、ツナは己の存在を主張した。もしかしなくても忘れられてる。


「!! は、はい、なんでしょう10代目」


やはり忘れていたらしい獄寺。それに気付かないふりをしてツナは言う。


「その…発作っていうか衝動…? は、もういいの?」


「だ、大丈夫です! はい!!」


そういう獄寺は前よりも確かに落ち着いているように見える。しかし……


「本当に……? 無理してない?」


「し、してません! 大丈夫です!!」


そんな獄寺になおも食い下がろうとするツナ。そこに


「んんっ!?」


「獄寺…風邪を引いたらいつでも言えよ……オレが温めてやるから」


いつの間に近付いたのか、山本が獄寺をオブラートに包み込んでいた。


「や…山本っ!? 馬鹿、離れろ! 風邪が移るだろ!」


「獄寺の風邪なら本望だ…」


「馬鹿言ってんじゃねぇー!」


じたばたと暴れる獄寺。しかし体格差や体力のこともあり、それはまるで抵抗になっていない。


それどころかやはりまだ身体は人肌を求めているのか、その大きな身体を"抱きしめたい"という衝動に獄寺は駆られていた。


(そ…それだけは……っ)


必死に山本と衝動に抵抗する獄寺。しかし無情にも、身体に力が入らなくなっていく。


(このままじゃ…)


どうしよう、どうすると考えていたそのとき


ふっと、目の前の山本の姿が消えた。それに続いて黒い学ランが視界を横切る。そして抱きしめられた―――雲雀に。


「―――な…え? ひ、雲雀…?」


獄寺が見上げると、そこにはトンファーを持った雲雀がいた。どうやら山本を吹っ飛ばしたらしい。


獄寺は自分の身に何が起きているのか分かっていない。ただ呆然と雲雀を見上げていた。


そんな獄寺を見て、雲雀は珍しくくすりと笑って…


「大丈夫?」


なんて。もしかしたらもう一生聞けないような、そんな優しい台詞を言ってきた。


かっとなって。離れようとして。獄寺はようやく気付いた。


雲雀に抱きしめられてるその身体もまた、雲雀を抱きしめていることに。


「―――――!!!」


慌てて腕を放して離れようとするが、無論雲雀にその気はない。


「まだ人肌が恋しいんじゃない? 遠慮しないで僕に身を預けていいんだよ?」


言って、雲雀は獄寺を抱きしめる力を強める。


獄寺はその布越しに届いてくる温もりに誘惑されるが、何とか堪えた。腕を前に持ってきて押し出すように抵抗するが、まるで意味がない。


「なにそれ? 抵抗してるつもり?」


雲雀のからかうような言葉に頬を赤らめつつ、獄寺は周りに助けを求めるような視線を送る。無意識に。


「その辺にしておけ」


助け舟を出したのは了平だった。了平は獄寺から雲雀を力ずくで引っぺがす。


「無事か?」


確かめるように了平は聞いてくる。いつものように荒々しいのだが、そこには気遣うような丁寧さがあった。


「…平気だ。……………心配、掛けたな」


最後のは聞こえないようなくらい小声だったが、了平には聞こえていた。途端にかっと、燃えるように了平の顔が赤くなる。


「ななななな、なにを言っているお前らしくない。いつものように怒鳴って見せろ、タコヘッド!」


いつもとまるで違う獄寺を見て、了平は困惑気味に言った。それがおかしいのか獄寺は、


「…変なの」


そう言って、了平に微笑んだ。熱に少し浮かされたそれは艶っぽくて…


「ご…っ」


「獄ちゃんかわいー!!!!」


思わず抱きしめてしまいそうになった了平を押し退けて、ロンシャンが獄寺を抱きしめた。勢い余って押し倒してしまう。


「……ロンシャン、痛い…離せ」


「あははははっめんごめんご! あまりにも獄ちゃんが可愛かったからさ〜☆」


謝るロンシャンだが、離す気は毛頭ないようで、ますます獄寺を抱きしめる力を強めた。


ふと、ロンシャンの手が獄寺のうなじをかする。獄寺の身体がびくっと震えた。


「あれ? 獄ちゃんって首筋弱い?」


「な…馬鹿言ってんじゃねぇ! 早く退け!!」


口調はいつも通りに戻ってきたが、その顔は真っ赤で、まったく怖くない。ロンシャンの心に悪戯心が芽生える。


「そんな怖い声出さないでさ〜☆ もっと可愛い声出してよ」


ロンシャンの手がまたうなじに戻ってくる。今度は確かめるように、探るように手を這わせていった。


「ば…っやめ……ん


獄寺の身体がびくびくと跳ねる。


「ほらやっぱり。獄ちゃんって首筋弱いんだ。……可愛いね」


くすくすとロンシャンは笑う。その手がさり気なく下に伸びていき―――


「……そこまでだ。トマゾ八代目」


きゅっと、ロンシャンの首にディーノの鞭が回り込んだ。ロンシャンの動きが止まる。


「………んもー! 冗談だってディーノ先輩☆ ちょと悪戯が過ぎたかもだけどさ〜」


ロンシャンはおどけて獄寺から手を離した。ディーノはゆっくりと鞭を外す。


「大丈夫か? スモーキン」


「大丈夫ー?」


ディーノは獄寺のところへと赴く。一緒にふぅ太も。


と、ディーノの足が何もないのに滑って…


「わ!」


「え?」


「あ」


ごっちーん!


ディーノの額と獄寺の額とがぶつかった。痛そうな音が響く。


「ってぇ〜」


「……それはこっちの台詞だ! 何しやがる!!」


「ハヤト兄、落ち着いて」


「これが落ち着いていられるか! お前ら、いい加減に……」



―――ふらり。



獄寺の身体が、倒れる。


床に倒れる直前、獄寺を支えたのは…


「大丈夫? 獄寺くん」


「じゅう…だいめ……」


ツナだった。獄寺は慌ててツナから離れようとするが、またもやふらついてしまう。


「も、申し訳ありません…迷惑を……」


「迷惑じゃないけど…無理はしないでね」


言って、ツナはその手を獄寺の額に当てた。ひやりとした指先が気持ちいい。


「ん……」


「大丈夫? さっき凄い音したけど」


ツナの顔が近くなる。獄寺が直視出来ないほど、近く。


「10…代目?」


なんだか様子がおかしいツナに、獄寺が不審がる。


―――と、いきなりツナが獄寺に雪崩れかかってきた。


「じゅ、10代目っ!? 大丈夫ですかっ!? どうしましたか!?」


ツナは目を回したような表情で、気を失っていた。その顔は真っ赤だ。


「これは……」


「本領発揮だな、獄寺」


「リボーンさん」


いつの間にか、リボーンが獄寺の肩に乗っかっていた。そのことは特に追求せずに、獄寺は別のことをリボーンに訊ねる。


「あの、本領発揮というは……」


「なんだお前知らないのか。お前の風邪は他人に移りやすいことで有名なんだぞ。獄寺家の最終兵器とまで言われてたな」


…そういえば昔、風邪を引くと治る頃、いつも心配した姉貴や使用人たちが寝込んでいたような…


「……え…じゃあ……」


獄寺は、一つの可能性に思い当たってしまった。


さっきから、やけに静かだ。


一度、誰かに邪魔されたくらいで傍観を決め込むような奴ではないあの山本や雲雀でさえ。


自分を入れて総勢九人もいるこの空間に、あまりにも静か過ぎる、この現実。


獄寺は恐る恐る振り返る。ゆっくりと。


そして、そこに広がっていた風景は―――





「ん………」


目が、覚める。


ぼんやりと意識が覚醒する。


ゆっくりと身を起こして、ゆっくりと周りを見て、ゆっくりと状況を確認する。



そこには―――



「……不味いね。レトルトだからって、馬鹿にしてない?」


「うるせぇ! 文句言うくらいなら喰うな!!」


「ハヤト兄ぃ〜ぼくも食べたーい。食べさせてー」


「ああもう、仕方ねぇな…ほら、口開けろ」


「獄寺獄寺ー、オレにも食べさせてくれよ。ほら、あ〜ん」


「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇ! お前は帰れ!!」


「極限だ! こんなもの気合でどうにでもなる! オレは帰る!!」


「お前は重症なんだから寝てろ芝生!!」


「スモーキーン。氷が溶けちまったんだけど」


「ああっ!? …ちょっと待ってろ! すぐ代えを持ってくる」


「獄ちゃ〜ん」


「なんだ!!」


「…呼んでみただけ〜」


「果てろ!!」





……そこには何故かみんなの世話をする獄寺の姿があった。


「10代目! お気付きになられましたか!!」


ベッドから起き上がったツナを見て、獄寺は一目散に飛んでくる。


「獄寺くん…これは……」


「申し訳ありません! オレの風邪を10代目に移してしまい……」


ああなるほどとツナは頷く。この身体のだるさは彼の風邪なのか。


「…気にしないで獄寺くん。それよりも獄寺くんの方はもう大丈夫なの?」


「は、はい! お蔭様ですっかり!」


「そ…よかった」


ツナは獄寺を抱きしめた。


「え…じゅ、10代目!?」


ツナは獄寺の頭を撫でながら、獄寺にだけ聞こえるよう、耳元で小さく囁いた。


「も…無理、しないでね?」


「は…はい……」


獄寺は顔を耳まで真っ赤にして、ツナに負けないくらい小さな声で返答した。





その背後では―――



「………完全に僕たちのこと忘れてるよね、彼」


「ああ……」


深い深い切望の眼差しが、熱い逢瀬を交わしている二人に向けられていた。


これがただの一般人なら、二人を見守っただろう。けれど、ここにいるのは彼を、獄寺を狙っている者たち。


「……ちょっと、粥の追加を待ってるんだけど?」


「うわっ!? ひ、雲雀!? 分かった、待ってろ!」


雲雀の声に、獄寺は慌ててツナから離れ、台所へと走っていく。


「獄寺〜オレの分もー」


「あぁっ!? 作ってやるから後は勝手に食え!!」


「ハヤト兄〜、ぼくすりおろしりんご食べたーい」


「あー…分かった、でもあとでな!」


「すも〜き〜ん、こーおーりー」


「ちったぁ我慢しやがれ! 黙って寝てろ!!」


「極限だ! 極限だぁ!!」


「落ち着け芝生! 目がやばいぞ!! 救急車が必要か!?」


「獄ちゃ〜ん」


「今度はなんだ!」


「オレと付き合って〜☆」


「死ねーっ!!」


「…獄寺くん」


「はいなんでしょう10代目!!」


「……最後は、オレのところに戻ってきてね?」


「え…あ…はい」





みんなに呼ばれ、忙しなく動き回る獄寺。


それを見て、ツナはなんとなく連想するものがあったが……


「……てめぇら、病み上がりの獄寺をあんま回すな。獄寺が壊れるだろうが」


黙っておこうと思った矢先、いきなりリボーンが言い放ちやがった。


案の定、そこには赤面した獄寺が硬直していた。


「リボーン言うなよそういうこと!」


ツナの突っ込みが、今度こそ部屋全体に広がった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

終わってしまえ。