それはある朝。


とても爽やかな教室風景。


いつも通りの日常。


いつも通りのクラスメイト。


外は昨日まで降っていた雨で濡れているけど、午後からは晴れるらしいし。予報士は良い天気になるとも言っていた。


まさにそこは、平和だった。


そう…そのときまでは。


誰かが走る音。こちらへ向かってくる音。


といってもこの場所を考えれば特に気に止めるほどのものでもない。廊下は走ってはいけないらしいが時としてそれは破られる運命にある。


やがてその音はこの教室の前で止まり、やや慌てたように扉が開かれ…


「獄寺くん、いる!?」


そう、大声を出した。


その声を聞いて。その姿を見て。一般人であるクラスメイト達は内心嘆息して。思った。


さよなら。平和な時間。



獄寺くんの長い長い入院



息を切らせながら教室に入り、獄寺なる人物を探すも教室内にいないことを悟り思わず項垂れた人物は沢田綱吉。


普段はちょっと成績不良の一般生徒を演じてはいるが、その正体は未来のボンゴレ10代目。


エックスグローブなるものをはめてハイパーモードとやらになると殺戮兵器に向かって「木偶の坊が」とか平気で言ってのけるちょっと二面性の激しい少年だ。


「どうしたの? ツナくん」


そんなツナ少年に慣れた様子で声を掛けてきたのはクラスのアイドル、笹川京子。


数多くのツナ少年の奇行にも恐れる事無く冗談や演劇の類だと信じる天然なのか、それとも全てを分かった上で騙されてる振りをする計算女なのかちょっと判断に困るヒロインである。


「あ、京子ちゃん…実は…獄寺くんと連絡が取れなくて…」


「獄寺くんと?」


「そう。…いつもなら登校中に一緒になって教室に向かうんだけど…いつもの所にいなくて」


「行き違いになったんじゃない? それか用があって遅れてくるとか…」


「そうかもしれないけど、でもそんなときは必ず獄寺くんはオレに電話してくれるんだよ!?」


「うん、獄寺くんはそうしそうだよね。…まさかまた獄寺くんがイタリアに行ってることを忘れてて大騒ぎしているわけじゃないよね?」


何故か「また」の部分にやけに力を込める笹川京子。


そのとき余程大変な目にあったのだろうか。彼女は笑っているのに満面のスマイルなのに何故だか笑え返せない。


「やだなぁ京子ちゃん。今回は違うよ


「ホントに?」


「うん。この間イタリアから戻ってきたばかりだし、それにイタリアにいるときは獄寺くんにモーニングコールさせて起きるもん。オレ


ツナ少年は初期に比べてかなりオレ様レベルが上昇していた。


獄寺くんとやらの意思などは完全無視の対応だった。


「そっか…じゃあどこ行っちゃったんだろうね」


「唯一の望みに賭けて教室まで来て見たけど…ここにもいないってことは…やっぱり」


「やっぱり?」


「誘拐しかないと思うんだ」


何がどうなって誘拐しかないという結論に至ったのだろうかこのツナ少年は。


もう少し平和的憶測は建てられないのだろうか。


「どうしよう、オレ獄寺くんが色々大変な目にあってたら…自制が効かないよ? きっと……嗚呼、獄寺くん無事でいて・・・!」


台詞とは裏腹に何故だかとても楽しそうなツナ少年。


その口元は笑みの形に歪まれており、見る者に怖気を走らせる。


「それにしても誘拐って、一体誰に…」


そんなツナの様子にも特に気を止めた様子もなく呟く笹川京子。


やはり仮にもヒロインの座に就くものには少々の常識に囚われない強い精神が必要なのだろうか。


「なんとなく予測は付くよ京子ちゃん。きっと野球部のエースか風紀委員の偉い人だよ!


予測と言うかそれはかなりの決め付けであったがとりわけ否定する人はいなかった。


「…一体どっちから天罰を下そ…洗って行こうか。やっぱり野球部? あの野郎常にオレの獄寺くんの後ろ斜めにいやがって・・・!


予測は最早決め付けとなり。しかも私怨すら交じっていた。


ぶつぶつと色々人が人として聞いちゃいけないようなことを呟くツナ少年。


うっかり聞いてしまった周りのクラスメイトが怯える中、そんな教室に訪れた一つの影。


「ボンゴレ坊主ー、いるかー?」


「ああ、しまったそっちのパターンだったか…! このロリコン! 獄寺くんを拉致監禁するな!!


「色々人聞きの悪いこというなよな」


なにやら暴走してしまったツナにも怯まず。やってきたのは白衣を着た一人の保健医。


その名をDr.シャマルといい、裏では暗殺者であり医者という矛盾した役職に就いている女好きの隼人好き。そして指名手配犯である。


「お前あれだろ!? 獄寺くんに薬盛って色んなことを無理矢理強制させるつもりなんだろ!? この変態! 薬に頼らず自分でさせるのが良いんじゃないか!!


なにやら犯罪者一歩手前なことを狂言しているツナ少年。


周りのクラスメイトが引いている気がするがきっとまぁ気のせいだ。うん。


「だからお前人聞きの悪いこというなって! …ったく隼人の奴。こんな奴のどこが良いんだか」


「それよりもシャマル先生。ツナくんに何か御用ですか?」


これまでの問題発言の数々を"それ"だけで片付ける笹川京子。


やはり計算なのか。腹黒なのだろうか。


「ん…ああ、そうだった。ボンゴレ坊主に隼人から伝言があってな」


「やっぱり獄寺くんを…! 地下か! 鎖か! 手錠なのか!!


「お前いい加減落ち着けよ」


ぺしっと軽くはたかれてツナはようやく少し落ち着きを取り戻す。


「む…だってシャマル。オレ…獄寺くんが心配でさ」


「分かった分かった。でもそう心配するな。…隼人はな…」





同時刻。並盛病院の503号室にて。


そこには独りの少年がベッドに横たわっていた。


空けるような白い肌。銀の髪が少し開かれた窓から入ってくる微風に揺られてる。


閉じられた瞳は開けられる事無く。そして彼の細い腕には、白い肌よりも更に白い包帯が巻かれていた。


彼こそ先程から話の中心となっている獄寺隼人。天然の総受けっ子で日々大変な目にあっている。


その個室に音はない。何もない。車も通っていないのか人も歩いていないのか窓の外からも何も聞こえない。


まるでこの空間だけ、死んでいるようだった。


…そこに。


(ん…?)


遠くから音が生まれる。生が動き出す。


それはこちらに向かって走って来る音。そして注意を受けてる音。


その音に。獄寺少年が静かに意識を覚醒させて。音のする方へと目を向けると…


本日Dr.シャマルによって"ちょっとドジ踏んでしまって暫く会えませんが気にせず勉学に励んで下さい"と伝言を伝えたはずの10代目が少し暴走気味に病室に突入してきた。


獄寺は少々オーバーリアクション気味に頭を抱えた。


しかしオーバーなのは表現だけでその心理は全然オーバーではなかった。


10代目。なんで貴方こんな所にいるんですか?


言葉には出さなかったが獄寺少年は間違いなくそう突っ込んでいた。


「獄寺くんいたー! やっと会えたー!!」


ツナは朝からずっと探し回っていた獄寺なる人物を見つけると一目散に走ってきて。そして獄寺に熱い熱い抱擁を交わす。


「…10代目。どうしてこんな所に? 授業はどうしたんですか?」


抱きつくツナにも獄寺隼人は取り分け気にせず。静かに問い掛ける。


「獄寺くんがいない空間になんの意味もないからサボってきたよ! ああ獄寺くん会いたかったー!!」


「…10代目。オレ確か伝言をシャマルに預けたような気が…」


「伝言は貰ったけど気にしないことなんて出来ないから無理矢理居場所聞いて来たんだよ!」


ツナ少年は獄寺少年の意思だけでなく、気遣いとかも完全無視だった。


「あは…ありがとうございます。でもこんな醜態…10代目に見られるなんて…」


獄寺隼人は怪我した右腕を庇うように、あるいは隠すように左手で覆う。


「気にしないで。…それで怪我は…酷いの?」


「いえ、大したことはないのですけど…でも検査のために最低数日は入院だと言われてしまいました」


「そっか。それにしても腕…折れてるよね。一体どうしたの? 誰にやられたの? やっぱり山本? それとも雲雀さん?


「どうして誰にと聞いていながら加害者名が特定されているのですか?」


「別にあんな奴ら庇わなくても良いんだよ?」


「庇ってませんよ! ていうか10代目どれだけあいつらを犯人に仕立て上げたいんですか!?


「えー…じゃあどうしていきなり入院なんてしてるのさ。獄寺くん」


「え、えっと…その、それは…」


「それは?」


「あ、…朝、階段を降りてたら…雨で滑りやすくなってて…その、転んで……」


「それで、怪我?」


「は、はい…」


「………」


「………」


暫し。辺りを沈黙が支配して。


「なんだぁー…」


ふっと脱力してしまったかのように。ツナは獄寺にもたれかかった。


「10代目?」


「もー、驚かせないでよ。急に連絡取れなくなって、しかも入院してるなんて…オレがどれだけ心配したか分かってる?」


「あ…ごめんなさい、10代目…」


しょぼんと顔を俯かせる獄寺に、ツナは苦笑して頭を撫でる。


「んー、謝らないでもいいよ獄寺くん。でも今度からはちゃんと連絡してきてよね」


「はい、…すいません、でした」


「うん…そっか、階段を滑らせてねー…そこから救急車呼んだの?」


「いえ、どうしようかと考えてたら見計ったかのようなタイミングでシャマルが颯爽と現れて、オレをお姫様抱っこしてここまで連れてきてくれたんです」


「ああ、そうだったんだ。やだなぁ獄寺くん。そういう大事なことはもっと早めに言わないと


「すいません、10代目。経費は奴持ちだったので


「うん。それはそれで当然だけど…じゃあ、オレはもう行こうかな」


「あ、行かれますか10代目」


「オレがいなくて淋しい? でも大丈夫。直ぐにまた戻ってくるからね。ちょっとシャマルを締めてくるだけだから


「そうですか…行ってらっしゃいませ。10代目」


こうなってしまってはツナはもう止められなく。獄寺に出来るのはただ送り出すことだけだった。



その日の夕方。中年の男性と中学生ぐらいの男の子が死ぬ気な勢いで街中を暴徒しながら爆走するニュースが流れたのだが…それはまた。別のお話。





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ああ、10代目頑張ってらっしゃるなあ。


リクエスト「ツナ獄ギャグ」
サクマ様へ捧げさせて頂きます。

リクエストありがとうございました。