ある、少し寒い日のことです。
いつものように、ランボが獄寺くんにちょっかいをかけていました。
まぁ好きな人に構って欲しいという幼心から現れる心情の表れでしょう。なんとも微笑ましいことです。
しかし今日はうちの中だけの騒ぎに留まりませんでした。
ランボは外まで出て。そして獄寺くんも追いかけて行ってしまいました。
…そして。外で。一体何があったのか。
獄寺くんはずぶ濡れで戻ってきました。
何でも、ランボを追いかけている途中で川に落ちたとか。
…はぁ。
まぁランボもここまで構って貰えば本望でしょうから後で締めるとして。
当たり前のように、まるで当然の結果のように。
獄寺くんが、風邪を引きました。
獄寺くんの長い長い流行性感冒
「…なんか、日本に来てからよく風を引いてる気がします…」
「あはは。…まぁ弱ってる獄寺くんは庇護感一杯で萌えだからオレ的にはオッケーだけどね…」
「え? …すいません10代目、今何か言いました?」
「あ、ううん、なんでもないよ」
しまったしまった。つい本音が。
「坊主…お前隼人に変なこと教えんな」
獄寺くんの頭をぽんぽんと撫でながらシャマルがオレを責める。…いや、ついね。
「ま、暫く安静にしてたら治るだろ。…粥でも作ってきてやる。寝てろ」
そう言ってシャマルが出て行って。オレと獄寺くんの二人っきりになる。
獄寺くんはうとうとと眠たそうに…ていうか、寝てしまって。
火照った頬がなんだか色っぽくて…思わず襲いたく……
っていやいやいやいや。なんてこと思ってるんだオレは。仮にも相手は病人ていうか、いやそれ以前の問題なんだけど!
―――頭を思いっきり振って。思考を分散させる。…そうだ。窓を開けよう。空気と共にオレの思考も入れ替えよう。うんそうしよう。
思い立ったが吉日とはよく言ったもの。オレは立って、窓の鍵を開けて。思いっきり解放した。
………。
―――そうそう、ここはオレの部屋ではなく、彼の、獄寺くんの借りてるマンションで。
彼の借りてる部屋は二階で。見下げるとこれが思ったよりも結構高い。
…だから。これは――窓の外に山本がいる姿は――きっと幻想だよね☆
バタン!!
気のせいと信じるオレの思考と身体は別物だったようで、オレの腕は勝手に思いっきり窓を閉めた。
ドンドンドンドン!!
ええい、幻想が行動するな!!
しかしこのまま騒がれて獄寺くんが起きても困るし…と、仕方なく渋々とオレは窓を再び開けた。
「山本…何変質行為に出てるの? あれなの? 獄寺くんが倒れると壁を這い上がらずに入られない病なの?」
「ツナ…お前酷すぎねぇ?」
ごめんごめん。ボンゴレの血がオレをこうするの。
「お見舞いに来ただけなら獄寺くんも嫌がらずに対応すると思うから。今後一切窓から出てくることはないように」
変質者として通報されるよ? ていうかむしろオレが通報するよ?
「ツナ…オレは獄寺を遠くから見つめるだけで幸せなんだ…」
「ナチュラルに意味不明+変態なこと言ってんじゃねぇよ」
トンッ
パタン。
…全く、無駄な時間を過ごした…
「ふぅ…獄寺くん…起きてないよね…?」
「大丈夫。ぐっすりと眠ってるよ」
どうして貴方がこんな所にいやがるんですか雲雀さん。
「ワオ。なんだか黒いことを思われた気がするよ」
気のせいじゃないです。でもそのトンファーは仕舞って下さい。
「…何でこんな所にいるんですか?」
「心外だね。僕の可愛いフィアンセが病気になったって聞いてすっ飛んで来たに決まってるじゃない」
貴方キャラ変わりすぎです。
初期のあの冷たい鬼畜キャラはどこへ行ってしまったのですか。
貴方本当にあの最凶の不良風紀委員、雲雀恭弥なのですか。
「ん…」
獄寺くんが少し身動ぎする。少し騒ぎすぎたのかもしれない。
「ああ、麗しの隼人…こんなに苦しそうに…」
雲雀さん。そんな恍惚な表情のまま獄寺くんにそれ以上近付かないで下さい。通報しますよ?
と、オレの腕が携帯に伸びた時、丁度雲雀さんの制服から携帯が鳴り出した。雲雀さんは不機嫌そうにもそれを取る。
「…チッ」
おお、雲雀さんが舌打ちとはまた珍しい。何があったんだろ。
「残念だけど時間切れみたい。…隼人によろしくね」
「え? 何かあったんですか?」
「ちょっと数ヶ月ばかりの風紀の仕事を溜め込んでいてね。そろそろ片付けないといけないんだ」
真面目に仕事しろよ風紀委員長。
パタンとドアの向こうに消えていった雲雀さんを見送って。オレは獄寺くんの寝ている部屋へと戻る。
…はぁ、この分だと戻ってもまた誰かいそうだよ…ディーノさんかお兄さんか…はたまたビアンキ? それとも…
「クフフ。お帰りなさいボンゴレ10代目」
お前かよ。
何でお前こんな所にいるんだよ。
お前あれだろ。ボンゴレの裏の裏って言うか。なんかやば気なところに連れて行かれたんだろ。
何でいるんだよ。そんなにボンゴレって温いのかよ。…ああもういい加減にしろよ。
「色々言いたいことはあるけど…取り合えず、その近過ぎる獄寺くんとの距離をどうにかしてくれない?」
「おや怖い。…でも。それは聞けないお願いですね。何故なら…」
言って。骸はただでさえ近い獄寺くんとのその距離を縮めて。…眠っている獄寺くんを、抱き上げて。
「この仔は、僕の物ですから」
「な…――獄寺くんはオレの物だ!!」
「正統派主人公がなんてこと言ってしまいますか」
…しまった。つい本音が。
「クフフフフ…まぁライバルは多少いてこそ張り合いもあるというもの…。障害のない恋は少々つまらないですしね」
「まぁそれについては同感かな…」
他の人間全てを蹴り落とすのも楽しそうだしね。
「黒い。顔が黒いですよボンゴレ」
おっといけないいけない。
「ともあれ、獄寺くんから離れてくれないかな骸。ていうか、消えろ」
「クフフ…ですから、それは出来ない相談と…」
「邪魔」
あ。骸がシャマルに蹴り飛ばされた。
…そう切なそうな顔をするなよ骸。鬱陶しい。
「ボンゴレが酷すぎます…」
「よよよと泣くなやかましい」
「ほら隼人起きろー。粥出来たぞ粥ー。喰うだろー?」
「ん…うん」
シャマルの声にかそれとも湯気を漂わすお粥にか獄寺くんは目蓋を擦りながらシャマルに応えた。
薄っすらと目を開けて…増えてる人間に目をぱちくりさせる。
「あれ…? なんで骸が…?」
「ああ、幻覚だ」
ナチュラルにすげぇこと言い出したよあの医者と殺し屋の顔を持つ男。
「なんだそうか…」
そしてナチュラルに受け入れたよあの子。ああもう可愛いなぁ。
「幻覚…」
骸は存在そのものを否定されたことが哀しいのか部屋の隅でのの字を書き始めた。
正直うざったいことこの上ない。
「…骸」
「綱吉くん…?」
オレは務めてやさしい笑顔で、言ってやった。
「うざいから出て行け」
「どうしてあなた方人間と言うものはそう微笑みながら傷口に塩を練りこむような真似が出来ますかね!!!」
骸は涙を流しながら乙女走りで去って行った。
獄寺くんはそんな骸も視界に入ってなかったようで、シャマルの手からもくもくとお粥を食べている。
か…可愛いな!!
「こらボンゴレ坊主。ムービー撮んな」
えー!
「…っと、隼人もう良いのか?」
「んー…」
獄寺くんはお粥を半分ほど食べた所でもう良いと言わんばかりにシャマルの手を押し退けた。
「ま、病気ん時のお前にしちゃ良く喰ったほうだな」
ぽんぽんとシャマルは獄寺くんの頭を撫でる…獄寺くんは気持ち良さそうだ。
「なんか欲しいのあったら言えよ? 出来る限りで用意してやる」
「ん…シャマル、」
「ん?」
「ありがと…な」
そう、言うと獄寺くんは。
「なーーーーー!!!」
その、シャマルの頬に…ちゅっと、唇を触れさせた。
いわゆるキスという奴だった。
「ちょ、獄寺くん退化しすぎ! どうしたの!? シャマルに一服盛られたの!?」
「それはお前失礼すぎだろう」
「うるせぇ黙れ!!! 獄寺くん大丈夫!? 顔が赤いけどそれは本当に風邪での熱!?」
オレはシャマルを押し退け獄寺くんの隣に座り込む。
獄寺くんは惚けたような顔で…上目遣いでオレを見上げてきて。
「…心配、してくれたんですか…? ありがとうございます」
と言って、オレに顔を近付けて…
オレの…ほっぺたに、何か、何か柔らかいものが一瞬だけ触れて離れた。
………。
「オレ、死んでも良い…!」
「そうか、まぁ止めはしないが」
いや、それは言葉のあやで。
「それはそれとして…お父義さん―――娘さんを、是非僕に…!」
「駄目だ」
即行で断られた…!
ていうかお父義さんにも娘さんにも突っ込みはなしですか…!
「まぁオレはこう見えて隼人の保護者張らせてもらってるし、隼人は娘みたいなもんだからな…」
「…そうだよね! 獄寺くん可愛いもんね!」
ごめん! オレ、突っ込み放棄するわ!!
「ばっかお前…隼人は可愛いだけじゃ言い表せねぇんだよ! 隼人の魅力はそれだけに留まらなくてな…!」
シャマルはどこからともなく沢山の写真を取り出した。
中に見えるのはそれこそ幼少時代から今の獄寺くんまで…
本当はこいつ保護者じゃなくて妄想癖のあるストーカーじゃねぇ? とも思ったけど写真の獄寺くんの可愛さに何も言えなくなった。
「うっわうっわ…! ちょ…かっわ! 可愛い! 何コレ何コレ!! いつの獄寺くん!?」
「ククク…喜べボンゴレ坊主。今日のオレは機嫌が良い。いつもじゃ一般公開しないような隼人まで見せてやるよ…」
「一生付いて行きます! 師匠!!」
「バカヤロー。オレは隼人以外の弟子は取らねーんだ」
なんか台詞変わってるー!
「…うっせーぞめてーら。獄寺が寝辛そうにしてるのが目にはいらねぇのか?」
「―――って、あれ。リボーン…なんでリボーンまでいるんだよ。まさかお見舞い?」
「悪いか?」
「悪くはないけど…いつも獄寺くんにのみ限定で冷たいリボーンがどういう風の吹き回しかな、と」
「馬鹿野郎。いつものは照れ隠しだ」
んな事堂々と言われても。
「てか、獄寺を布団の中に入れてやったらどうだ? お前いつまで獄寺抱き締めてんだよこら」
ワオ! そういえばオレ獄寺くんにキスしてもらってから感激でずっとぎゅってしてたよ!
「ご、ごめんねごめんね獄寺くん! すっかり忘れてたよ!」
「ひでぇなお前」
お前も忘れていただろシャマル!
獄寺くんを離すと獄寺くんは自主的に布団の中に戻って行った。
ご、ごめんね獄寺くん…
「ったく…獄寺。平気か?」
「ふぇ…あれ。リボーンさん…どうしてこんな所に?」
「オレの馬鹿な教え子のひとりが風邪引いたっつーから来てやったんだぞ」
「…えと、もしかしてそれ…オレのことでしょうか」
「そうだぞ」
「―――す、すいませんリボーンさん…でも嬉しいです。ありがとう…ございます」
そう言うと獄寺くんはいつもでは信じられないことにリボーンを抱きかかえて…引き寄せて…
シャマルやオレにしたときと同じように…その柔らかな唇をリボーンの肌にも押し当てた。
「―――!!」
ただ、シャマルやオレの時とは違ったのは…オレたちのときはほっぺただったのが。リボーンの場合は…どこかで位置がずれたのか…その、
唇だった。ということ。
「………」
リボーンは暫し沈黙して。
べし!
「あ痛」
いきなり獄寺くんの頭にチョップをかましてきた。
べし! べし! べし! べし!!
「あ痛。痛い痛い痛い」
リボーンのチョップは止まらない。獄寺くんはちょっと痛そうだった。
べし! べし! べし! べし! べし! べし! べし! べし!!
「痛。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
「…ちょ、リボーンその辺で…」
リボーンは獄寺くんが沈黙するまでチョップを繰り出したあと、何が彼をそうさせるのか窓までダッシュして窓ガラスに体当たりして窓硝子をぶち破って退室した。
「ちょ、リボーン! なんか色々言いたいことあるけど! 結局獄寺くんの体調悪くして帰ってどうするんだよ!!」
割れた窓から身を乗り出してそう叫ぶも既に小さな人影はどこにも見当たらなかった。
代わりに窓のずっとずっと下では、どこかで見た覚えのあるような気のする野球部員っぽい人が倒れていた。
あいつまだ窓にへばりついていたのか。
今度見かけたら通報しよう。うん。
そのあとオレは割れた窓硝子をダンボールで補強して獄寺くんの寝顔を写メして(一枚につき千円取られた。シャマルに)帰った。
戻ったオレの部屋にはリボーンがいて……ていうか、なんていうかその…リボーンはオレの布団に潜ってもごもご暴れていて。しかもなんかぶつぶつ言い続けていた。
オレはそっと近付いて耳を澄ましてみた。
「…0315614033321272849194418437150696552087542450598956787961303311646283996346460422090106105779458151…」
円周率だった。帰ってからずっと言ってるのかもうどの桁まで行ってるのか分からなかった。
超うぜぇ。
でもこうして見てみると、ああ…本当にいつものスタイルは照れ隠しだったんだなぁ、とか年相応で可愛いかもなぁ、とか思わなくもなかったけど。
けれどそれが延々、しかも寝る時間になっても止まらなかったら本当にうざいだけだった。ていうかオレのベッド返せ。
「オレのファーストキス…!」
知らねーよ!
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いいからはよ寝ろ! オレのベッド返せ!!