…一つ。話をしよう。


ある、一つのファミリーがいた。


そのファミリーは小規模ながらにも、日々着実に勢力を上げていって。


それだけならば何の問題もなかった。どれだけ大物になろうとも、天下のボンゴレには敵わないのだから。


…けれど。ある日―――


そのファミリーに、ボンゴレ構成員の資料が盗まれてしまったのだ。


これは忌々しき事態である。渡る相手が相手なら、あらゆる場面でこちらが不利となる。


どうにかして奪い返さねばならない。しかも迅速に、出来ることなら誰にも気付かれずに。


どのような方法でと検討されている時、丁度そのファミリーが他のファミリーと交流を深める為に舞踏会を開くという。


…なるほど、これを利用しない手はない。奴らの交流を深めたいファミリーの中には、ボンゴレとも縁のあるファミリーもいる。


彼らからその招待状を譲ってもらえば、あとは仮の名を被りそして―――――奪う。



………だという事情はまぁ分かりました。


それでなんでオレが―――こんな目に?



白銀の麗人



「仕方ないでしょ? 貰えた招待状が女性名義なんだから」


…雲雀。お前絶対楽しんでるよな。


「声の面は心配しなくて良いぞ隼人。オレのモスキートに丁度良いのがあるからな」


なんでこんな時だけ協力的なんだよシャマル。


「一応ビアンキねーさんにも言ったんだけどな。仕事が忙しいから無理って。断られちまった」


リボーンさんは雇われの身だから構成員に入ってないしな。とりあえずなんだその目は。怖いから近付くな山本。


「構成員が割れてるんだから女性部下は使えないしね。この手は苦渋の判断なのさ。…ごめんね、獄寺くん」


謝ってる台詞と裏腹になんで 物凄く嬉しそうに言うんですか10代目。


「そんな訳で―――後は任せた。ハル」


リボーンさんがぱちんと指を鳴らすと、何故か満面の笑みで手をわきわきさせたハルがやってきて―――


「はいっ 任されましたー!! さぁ獄寺さんこっちです!!」


「ちょ、うわ、待てハル。話せば分かる―――ってぎゃ―――――!!!」


…有無を言わせず、オレを魔境へと連れて行った。



…とまぁ、そんな事があったりしたんだ。



そんな前置きがあったりした今のオレは…いつもの黒スーツの代わりに、純白のドレスとショールで身を包み込んでいて。


忙しくて切れてない髪はただでさえ男にしては長めなのに。そこにさらにウイッグを仕込まれて。結果的に肩を通り越した長い髪はオレが移動するたびに軽やかに揺れる。


さらに…思い出すのも怖気が走るが、どうせやるなら徹底的にとハルがえらい張り切って。オレに化粧まで施しやがった。


ファンデーションで生まれつき白い肌はまるで陶器のように白く。色素の薄くて目立たなかった唇はピンクのリップで個性を持ち。


他にもチークやらアイメイクやら散々やられて。


……………。はぁ。


もう部屋から出てから大変だった。


雲雀にはデートに誘われるわ、シャマルにはその格好で酌をしろと言われるわ、山本には結婚を申し込まれるわ、10代目には押し倒されるわ。


何とかその場を乗り切っても事情を知らない他の部下に素で部外者と間違えられるわ 普通にナンパされるやらで。


…外見って大切なんだなと思った今日でした。


―――それはともかく。オレはスッと、目の前の人物を見据える。


ボンゴレの構成員資料を持っているであろう人物。…このファミリーの、ボス。


舞踏会に無事客人として潜入出来たオレは、上手く奴と会話する機会を作る事が出来た。


…ていうか、向こうから話し掛けてきたんだけど。


ていうか、ぶっちゃけナンパされたんだけど。


――任務的には上手くいって万々歳のはずなのに。どこか悲しい気がするのは果たしてオレの気のせいなのだろうか。


…暫く奴と話をして。そうこうしているうちに、周りの下卑た笑い声やら香水の悪臭やらに気分が悪くなってきて。


子供の頃にやってたピアノの発表会のトラウマも含まれているかもしれないなと、ふと思った。


そんなオレに、奴が「気が優れないようですが大丈夫ですか?」だの「もしよろしければ私の部屋で休みませんか」だの言ってきて。



――下心が見え見えだが、それこそこちらが願った展開なので。オレはそれに頷いた。



そんな訳で。今オレは問題のファミリーのボスと行動を共にしている。…世の中、何が起きるか分からないものだ。


長い通路を奴は何もしてこない。本当にオレを心配しているわけでもないだろうから、つまり―――


やがてある一室に辿り着いて。入ると同時に鍵を掛けられる。


「…それで、誰に頼まれたのかね」


ああやっぱり。ばれてたか。話が上手く行き過ぎるときは罠の可能性が高い。


「…? 一体なんのことでしょうか」


それでも鎌をかけられてる可能性を考慮して。一応とぼける。…無駄だとは思うが。


「下手な嘘は止めた方がいい。………これほど可憐なお嬢さん、一度見たら忘れられない」


………。あ?


あ、あれ? もしかしなくてもオレ… 口説かれてる?


少し気が遠くなったりした。その間にオレの肩に馴れ馴れしく奴の腕が絡んでくる。


「ちょ…止めて下さい」


「だから下手な芝居は止めた方がいい。それよりも―――欲しいのはこれではないのかい?」


そう言ってくる奴の片手に納まっているのは…情報にあったCD-ROM。


「…過ぎた情報は己が身を滅ぼす結果となることを―――ここに警告しておきましょう」


「ああ…その切れるような視線も素晴らしい」


聞けよ! 人の話を!!


いっそのこと正体をばらしてやろうかとも思うが、男が何やってんだと白い目で見られたくもなかった。


一瞬の判断に迷っていると、奴の強い力に押し寄せられて…


「…っ、離せ」


言葉が男に戻ってしまったが、声はまだシャマルのモスキートで女のものだから、たぶんまだオレは女だと思われているのだろう。きっと。


「そう身構えずとも…まさか心に決めた相手がいるとでも?」


「―――悪いかっ」


ていうか相手がいなくてもテメーに身は預けねぇよ!!


そんな目で見てやると、奴は少なからず驚いたようだった。


「…まさか相手はボンゴレ10代目とか? だったらやめておいたほうがいい。彼にはもう相手がいるからね。…しかも男だ」


「………え」


思わず、声が漏れる。


え、…だって、一応オレは世間的には10代目の右腕の立場で…一応この事を知っているのは、ごく一部の者だけで……


「ショックかい? まぁ相手が男…しかも熟年バカップル ときたものだ」


じ…熟年バカップル!?


確かに、少しばかり10代目のスキンシップは年を追うごとに激しくなってきたけど…


でもそれはオレとしても嬉しくて…


山本に見せ付けるなよといわれても雲雀にうざいといわれてもリボーンさんにこれ見よがしに溜め息吐かれても気にしなかったけど!


ああ、やっぱりこれって普通のよりは少し―――その、熱めだったんだ……


「何でも聞いた話では、おはよう、おやすみのキスは当たり前。少しでも怪我をしたら仕事を放ったらかして素っ飛んで行くらしい」


…え? それって普通じゃないの・・・?


だって10代目が恋人同士だったらこれくらい当たり前って…あぁ、嘘だったんだ。


「さらに一緒にお風呂に入ってるだの同じベッドで寝ているだの…しかも毎日だそうだ」


「ま、毎日じゃな…っ」


「うん?」


「い、いいえ…それより、その情報はどこで……?」


「おや、出所を疑いで? ………ボンゴレを信頼しているのだねキミは。しかし残念なことに、この話は全てそのボンゴレ10代目本人から聞いたことだ


―――――はい?


「この話は結構有名だよ? ボンゴレ10代目は随分とのろけたいらしく、ことあるごとに「この事は秘密なんだけど…」などと言いながら話してくるからね」


……………。


10代目―――!!


「…黙ってるって、言ったのに……」


「何か言ったかね? まぁそれはともかく――」


とんっと。軽く押されて。思わず倒れてしまう。


「あんな男よりも私の方がキミを幸せにしてやれる…とりあえず、私に身を預けたまえ」


ふ ざ け る な !


どうにかして押しやりたいが、なんか、あらゆるショックから力が入らない・・・!


「やめ…っ10代目・・・!!」


「だからボンゴレは来ないと。どうせ今頃噂の右腕と―――」


ガッシャアァアァァァアアアンッ


奴の言葉を遮るように、部屋の窓が蹴破られる。そこから現れたのは―――


「―――オレを、呼んだ?」


「10代目っ」


貴方一体どこから現れてるんですか・・・!!


オレのそんな言葉を込めた視線も10代目にしてみればそよ風程度にしか感じないのか、10代目は近寄ってくるとオレをひょいっと抱き上げて。


「……大丈夫だった?」


「10代目…なんで、ここに……」


「――お姫様のピンチに颯爽と現れる騎士の役って。実は前からやってみたかったんだ」


10代目、それオレの質問の答えになってません。


「―――って、そうだ10代目聞きましたよ! 酷いじゃないですか!!」


「…え? 何のこと?」


「とぼけないで下さい!! やっぱり恋人同士でもおはよう、おやすみのキスはしないんじゃないんですか!!」


「何言ってるのさ。そんなの個人差があるだけで 皆してるよ


「それにオレは一応貴方の右腕ってスポットなのに。周りにもそう言ってくれるって言ったのに、なのになんであなた自身が暴露してるんですか!!


「あれ? 皆には内緒にしててねって念を押したのに…おかしいなぁ」


「酷いですよ10代目!! 何でそんなことするんですか!? もうオレ怒りましたから!!」


「あはは。獄寺くんってば怖いなぁ。怒ったら一体何されちゃうの? オレは」


「もうおはようのキスもおやすみのキスも一緒のお風呂も同じベッドも暫くお預けです! オレ普通の右腕に戻りますから!!」


「え、ちょっと待ってよ! それは困る! ごめん、謝るからさ!!」


「駄目です! 許しません! 黙ってるって言ってくれたのに。なのに言うなんて…オレは傷付きました」


「ごめん、ごめんね獄寺くん。―――でもオレは獄寺くんに嫌がらせをするためにみんなに言ったんじゃないんだ」


「………?」


「獄寺くんみたいな恋人がいたら、見せびらかしたいって思うのは普通でしょ? オレ獄寺くんの恋人で誇り高いから…」


「10代目…」


「そう、それよりもなんで獄寺くんはそれほどまでにオレとの関係を隠したいの? オレそっちの方が分からないよ」


「え。だ、だって……」


「だって?」


「………は」


「は?」


「…は、恥ずかしいじゃ、ないですか……っ」



・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・



「…? 10代目?」


「か、か、か」


「か?」


「か、可愛い! 可愛い可愛い獄寺くん! 可愛すぎる!! うん分かった! もう言わない! 絶対他のファミリーの人間には言わないから!! だから許して獄寺くん!!」


「ちょ、わ、10代目苦しいですー!!」


「ごめんね獄寺くん! オレ獄寺くんの気持ちを無視してた! ごめん! 許して獄寺くんー!!」


「わ、分かりました、分かりましたから力を緩めて下さい! 苦しいです10代目ー!!」


「…痴話喧嘩はそこまでにしたまえ」


―――と、第三者の声に。オレの動きは止まる。


…いや、第三者といってもその人物はずっと部屋にいたんだけど。


10代目の登場があまりにも凄すぎて。正直忘れてた。


オレは今までの10代目との会話を軽く思い出し―――軽く絶望した。


「ああ、失礼? けれど酷いね。人の秘密事を誰彼構わず言い放つなんて」


その秘密を誰彼構わず広めたのは貴方です10代目。


「オレは怒ってるんですよミスター? ボンゴレの資料を盗んだ事、そして何よりオレの恋人に手を出した事。ボンゴレは貴方を許しません」


私情が入ってますよ10代目。


「は…恋人といっても、本命ではないくせに!」


「失礼な。本命も本命。大本命ですよ彼は」


「………は?」


ああ…せっかく今まで誤魔化していたのに…一応。


しかし奴がそのことを理解出来たかは不明だった。10代目がいつの間にか手にしてた銃を撃ったから。


「さっきの二件の他にも、うちの部下との争い、ボンゴレと敵対関係にあるファミリーとの交流関係も知れたしね。まぁ念には念をということで…」


良い牽制になったと。10代目は笑った。


「今頃リボーンたちの手によって他の客人たちはボンゴレの管理化に、その事にここの部下が気付いた時には、ファミリーの命ごと全部終わってる」


これでこのファミリーは壊滅、ここが集めたファミリーはボンゴレが総攫い。……なるほど、巧いやり方だ。


「それもこれも、獄寺くんがボスの気を引いてくれてたからだよ。……ありがと、獄寺くん」


頬に音を立ててキスされる。―――ああ、そうだ、オレはこの人にずっと着いていこうと思…


「まぁ、本音は獄寺くんのそのドレス姿が見たかったのが主なんだけどね。うん。よく似合ってるよ獄寺くん


前 言 撤 回 。


「10代目! オレが一体どんな思いでこんな格好したと思ってるんですか!!」


「あはは。ごめん、ごめんね獄寺くん」


「許しません!! 今度こそ絶対です! 暫く距離を置きます!!」


「あ、ごめん! ごめんよ獄寺くんー!!」


「知りません! 10代目のバカ!!」



―――頼むから終わって下さい。





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リクエスト「ツナ獄10年後で獄寺くん任務で女装」
美帆様へ捧げさせて頂きます。
リクエストありがとうございました。