ディーノが何やら珍しく真面目な顔で電話をしていた。


獄寺は珍しいこともあるもんだ、と思いながら少し離れたところで仕事をしている。


獄寺のそんな様子を横目で見ながら、ディーノは電話向こうの…かつての恩師であるリボーンと話す。


「ああ…時期的にもこいつらで間違いないだろう。並盛を襲っている連中は脱獄囚…首謀者は六道骸だ」


『なるほどな…引き続き情報収集を続けてくれ』


「分かった」


『それと…こちらに人手が足りん。そっちの人間を一人寄越せ』


「そうなのか…そうだな、ならイワン辺りを……」


『獄寺がいい』


「・・・・・・・・・」


ディーノの言葉を遮り、断られるとはまったく思ってない口調でリボーンが告げる。


「……隼人?」


『ああ』


「なんで?」


『ツナの希望だ』


「ツナの?」


あの可愛い弟分、どうやらすっかり獄寺に夢中らしい。


『ああ。一言目二言目にはとりあえず獄寺くんだ。うざったらしいことこの上ない』


「それはオレのせいじゃねえし…とにかく、隼人は駄目だ」


『ほお?』


リボーンが面白そうに笑う。ディーノの反応が意外だったらしい。


『そうかそうか駄目か…それなら仕方ないな』


「え…?」


意外な反応といえば、こちらも意外だった。あのリボーンがこうもあっさり諦めるなど誰も思わない。


「い、いいのか?」


『駄目なんだろ? ならもうお前には頼まん』


そう言い放たれ、通話が切れる。携帯電話を握り締めたまま唖然とするディーノ。


まさかよもや自分は…あのリボーンに欲しいものを諦めさせるという偉業を成したのだろうか?


「隼人喜べ! おいロマーリオ、今夜は赤飯だ!!」


「はあ…? いきなり叫んでどうしたのお前。頭沸いた?」


獄寺の辛辣な言葉にもめげたりしない。ディーノの心は今晴れやかだ。


「まあまあ、お前もオレの話を聞けば分かるって…オレはな、あのリボーンに……」


出来たばかりの武勇伝を語ろうとするディーノの言葉を遮るものがあった。獄寺の携帯電話の着信音。


電話を確認して、獄寺が言う。


「わり。そのリボーンさんから電話だ」


嫌な予感がした。


その電話を取らせていけない。そんな予感がした。


「はや―――」


名を呼び、手で制しようとした。


だけど…遅かった。


「はい獄寺です」


『ちゃおっス獄寺。今からちょっとした抗争をするんだが戦力が足りなくてな。一緒に戦っちゃくれねえか?』


「喜んでお供します!!」


ディーノが止める間もなく獄寺いい笑顔ではOKサインを出した。ディーノは獄寺の電話を奪い取る。


「こらリボーン!!」


『ん? 何だどうしたディーノ。新たな情報でも入ったか?』


「こんな短時間で入るか!! 隼人のことだよ、お前諦めたんじゃなかったのか!?」


『誰がそんなことを言った? オレはお前にはもう頼まないと言っただけだ。だから本人に直接頼んだ。それだけだ』


あっけらかんと言い放ち、当然とばかりに断言するリボーン。ディーノは涙した。


「…何泣いてんだ?」


「何でもねえ…おいロマーリオ、今夜は自棄酒だ!!」


どっちなんだと呆れた突っ込みが入った。





それからすぐ獄寺は並盛へと訪れた。久方振りの並盛は以前来た時と空気が違っていた。


誰もが足早に…まるで何かから逃げるように歩き去り、一箇所に留まろうとしない。


その事情は獄寺も知っている。ディーノの調べ物は獄寺も手伝った。今この街にはマフィアを追放された脱獄囚がいるのだ。


奴らの狙いはボンゴレ10代目である沢田綱吉。素性は知られてないらしく、彼を探すために一般人が犠牲になっている。


マフィアだろうが脱獄囚だろうが表の人間を巻き込んでいいわけがない。裏の人間は裏の人間らしく、裏舞台のみで戦うべきだ。


とはいえ、あちらさんにそんなことを言ったとして通じるわけがないだろう。むしろ嫌がらせのようにわざと一般人を襲う姿が目に浮かぶ。


こちらに目を向けさせるには……向こうの目的のものを眼前に叩きつけてやる必要がある。


思考する獄寺の横、誰かが通り過ぎた。無気力な目。目元に刺青。その男を、獄寺は知っている。


「―――柿本千種だな」


「……?」


振り返れば向こうも振り返っていた。無表情。どこか怪訝顔。


「…誰だ……お前……」


「おいおい、つれない奴だな。お前らがオレを血眼になって探してくれていたみたいだから、わざわざ来てやったのに」


挑発するようにそう言えば、柿本の目が鋭くなった。その手にはいつの間にかヨーヨーが握られている。


「お前が…ボンゴレ10代目か……? 名前を言え」


「オレの名か。オレは獄寺隼人だ」


「…ランキングには載ってない名前だな……」


「お前らが何の根拠を持って一般人を襲っていたかは知らねえが…だがそれは見当外れもいいところだ。まあ、並中に知り合いなら何人かいるから、それで勘違いしたのか?」


「………」


思考する柿本。獄寺は不敵に笑ってやる。


奴らの目的のもの。ボンゴレ10代目。


しかしまさかあの弱々しい本人を呼ぶわけにはいかない。だから自分が名乗り出る。


奴らはボンゴレ10代目についてほとんど知らない。せいぜいが年の頃と、あとはこの地に住んでいる…といったところか。


だからこそ獄寺のハッタリが効いてくる。幸い自分はあのボンゴレ10代目と年は近く、更に名前も日本人のものだ。クォーターだが。


奴らはある中学校の強い者から順に襲っていると聞いた。ならばもし…仮に。自分も何らかの任務でその学校の生徒をしていたら襲われていた可能性だってある。


向こうの情報の中に自分の名がない。それさえ除けば獄寺が襲われる理由は十二分過ぎた。獄寺の実力も対面する柿本なら感じ取ってくれるだろう。


不信感は拭えられず、無害と放置されるわけがない。


何故ならこちらは奴らの狙うボンゴレ10代目を名乗り、奴らの情報を掴んでいるのだから。


柿本は息を吐き、小さく何かを呟いた。めんどいと聞こえた。なんだとこの野郎。


「…なんでよりによってオレがボンゴレを見つけるんだ…面倒くさい」


「ご挨拶だな。オレを捕まえればお前の敬愛する骸だって褒めてくれるぜ?」


更に挑発。柿本の眉がぴくりと動く。


「……そうだな。お前のことは正直どうでもいいが…骸様のためなら仕方ない」


よし、食いついた。


「面倒といえばこっちだって面倒だ。お前らみたいな雑魚をいちいち相手するのはな。仲間を呼んでいいんだぜ? 見当外れに一般人を一生懸命襲ってる間抜けな連中をな」


「必要ない。お前の相手などオレひとりで十分だ」


「そうかよ」


流石にそこまでは望めないか。獄寺はあっさり諦める。


ならばこいつを倒し、携帯か何かで仲間を誘き寄せるしかないだろう。早くしないと一般人の犠牲が増えるばかりだ。


獄寺はダイナマイトを取り出した。


だが…


「ご、獄寺くん!?」


「!?」


知っている声が自分を呼んだ。


見れば今自分が騙っているボンゴレ10代目本人がリボーンを肩に乗せ、驚いた顔でこちらを見ていた。


不味い。ここで相手に彼こそが本物のボンゴレ10代目だと知られるわけにはいかない。


獄寺は必死に目で訴えた。



"訳あって今オレがボンゴレ10代目ということになってます! ご協力を!!"



ツナはよく分かってないようだが、リボーンには通じたようだ。ツナに小声で何か喋り、ツナはハッとした表情でまたこちらを見る。


「あれは…伝説のヒットマンのリボーン……するとあの子供もボンゴレの関係者か?」


「まあ、そんなところだ」


出来ることなら無関係の一般人であると言いたかったが、リボーンの存在がある以上それは通じないだろう。


「だがそんなことはどうでもいいだろう。お前らの狙いはオレのはずだ。それともリボーンさんにも用があるのか?」


「………いや。アルコバレーノに用はない。オレが用があるのは…お前だ!」


言って、千種はヨーヨーを振り上げる。中から針のようなものが無数に出てきて……獄寺ではなく、ツナに向けられて飛んだ。


「!? ちぃっ!!」


獄寺は針の前に躍り出た。無数の針が胸に刺さる。


「ほお…仲間を庇うとは、聞いた通り随分と甘いんだな」


「獄寺くん!!」


少し感心したような千種の声を前、取り乱すツナの声を背後から聞きながら、獄寺は身体から血を吹き出しながら倒れた。


急速に冷える身体。指先さえ動かなくなる。獄寺は朦朧とした意識の中、自分が毒を食らったことを知った。


そしてそのまま、意識を失った。





目が覚めると、そこはどこかの部屋。自分はベッドの中。


「………」


視界に見えるは白い天井、点滴と輸血の袋。


それらを見ながら、獄寺は記憶の途切れる前を思い出す。


無気力な目。ヨーヨー使い。ハッタリをかまして…現れる本物。ツナに放たれた針を、自分が…


ある程度思い出し、獄寺は思考を切り替える。


何故奴は自分ではなく、ツナを攻撃したのか。


ハッタリを見破られた? 確かにぱっとでの自分よりあのリボーンが傍にいるツナの方が可能性は高いかも知れない。事実自分は偽物で、奴が攻撃したツナこそが本物だ。


…だが、その可能性は薄いだろうと獄寺は考える。たったあれだけの時間でツナが本物であると見破られるなら、最初から襲っているだろう。


それに人間は勢いに呑まれて得た情報を本物であると思い込むものだ。それがどれだけ根拠がないものであっても。たとえ、口頭で告げられただけのものであったとしても。


ならば、まだハッタリを見破られてない可能性がある。


そういえば柿本はツナを庇う獄寺を見て何かを言っていた。確か仲間をどうとか、甘いとかなんとか。


………。


奴は…恐らくはまだ自分がボンゴレ10代目であると思っている。


その上でツナを攻撃し、獄寺の反応を見た。


奴らが事前に仕入れた"ボンゴレ10代目"の情報が正しいなら、仲間を庇うだろうとそう思って。


思わずしてしまった行動が、自分のハッタリをますます強化してしまったらしい。願ったり叶ったりだが。


なら、このハッタリを活かさない手はない。


獄寺は起き上がろうとし…ベッドに倒れる。くらくらする。血が足りない。


「まだ寝とけ。死にかけたんだぞ、お前」


声が聞こえた。


聞き覚えのある声だった。


声が聞こえた方を見れば、そこには懐かしい顔があった。


「シャマル…?」


「よお。久し振りだな」


呆けた声が出てしまった。その再会があまりにも意外過ぎて。


シャマルが乱暴に獄寺の頭を撫でる。その手は心配の手だ。シャマルは言葉に出さない代わりにこうして行動で思いを伝える。


「女しか診ないんじゃなかったのか?」


「お前だけは特別だ。昔、お前が怪我をするたびに診てたのはどこの誰だ?」


そういえばそんなこともあったな、と獄寺は暫し回想。


お前はやんちゃだったから生傷が絶えなかったなと笑うシャマル。しかしそんなことを言われるのは獄寺としては心外だ。


自分は別にやんちゃだったわけではない。あれはただ逃げ回っていただけだ。姉の料理という名の、毒物から。


姉の存在を思い出し、思わず顔色を悪くする獄寺。彼女の存在はもはやトラウマだ。


思い出すだけでこれなら実際会ったらどうなってしまうのか。最も、あの姉と会う確率なんてゼロに等しいのだが。


…などと。そう思ったのがいけなかったのかも知れない。


唐突に、ドアが開かれた。


「シャマル。戻ってくるのが遅いけどまさかあんた私の可愛い隼人が天使の顔で無防備に寝てるからって悪戯でも仕掛けてるんじゃ………」


現れたのは今まさに獄寺が会う確率なんてゼロに等しいと思ったトラウマの塊ビアンキ。


二人の目が合い、片方は目を潤ませ片方は腹を抑えた。


「隼人…隼人!! よかった、目を覚ましたのね!!」


「ビアンキちゃんビアンキちゃん、隼人は今起きたばかりなんだ。あまり無理させちゃいけねえ」


今にも飛びかからんとするビアンキを見かねたシャマルが止めてくれる。ナイスシャマル。愛してるぜ。と獄寺は思った。


「ちょっと邪魔しないでよ殺すわよ」


純度100%の殺気。姉の恐ろしさは変わらずだった。


「殺されちゃたまらんが、医者として引くわけにもいかないね。隼人の顔色を見ろ。悪いだろ」


「あら本当。さっき様子を見に来た時よりずっと悪いわ…大丈夫?」


ひとまず姉貴が出てってくれれば大丈夫になるよ。


獄寺は内心でそう呟いた。しかし通じるわけがない。あの姉に。


姉を必死に視界に入れないよう努める獄寺の耳に、誰かの足音が入った。小さく、遠慮がちに響く音。


「ご…獄寺くん、目が覚めたの?」


「ボンゴレ10代目…」


現れたのは、自分が庇った頼りない少年だった。





シャマルとビアンキには席を外してもらい、部屋の中には獄寺とツナとリボーン。それから山本と名乗る日本人。


聞いた話、自分が倒れたすぐあとにあの場に駆けつけ柿本を一掃したらしい。


「あとちょっとでとどめさせたんだけどなー」


何やら恐ろしいことを言ってる気がする。


「ご…獄寺くんごめんね。オレを庇って…」


「……いや、いいんだ。ボンゴレ10代目を怪我させるわけにはいかないし…それに、あの一件で更に向こうはオレが時期ボンゴレ10代目候補だと思ったはず。これを活かさない手はねえ」


「お前、そんな身体で囮をするつもりか?」


今まで黙っていたリボーンが口を開いた。いつも笑みを携えているはずの顔は、今は無表情だった。


「囮というほどではありません。相手を混乱させて、ボンゴレ10代目の負担を減らすだけです」


「何故ツナを庇った」


リボーンの声は冷たい。


「あの場にはオレもいた。オレは掟で生徒の戦いには手を出せないが…降り掛かる火の粉を払うぐらいは許されている。お前は無用な怪我を負っただけだ」


「おい、リボーン!」


「すいません」


リボーンを怒鳴るツナに、困ったように笑う獄寺。


「確かにその通りです」


リボーンの言う通り、あの場で獄寺が柿本の攻撃を見送ろうともどうとでもなっただろう。


リボーンが針を撃ち落としたかも知れない。攻撃を避けさせたかも知れない。そもそも、あのリボーンに毎日指導を受けているツナなのだから自力でどうにか出来たかも知れない。


けれど、あの行動は獄寺に言わせれば仕方ないのだ。


「ですが…勘弁願います。…身体が、勝手に動いたもので」


儚い笑顔で獄寺が言う。


リボーンは帽子を間深く被り直した。


「…まあいい。だが来るならオレの指示に従え。お前に単独行動させるとあっさり死にそうだからな」


「随分とオレを気に掛けて下さるんですね」


「勘違いするな。お前はキャバッローネからの"借り物"なんだ。お前に何かあるとディーノにどやされるんだよ」


リボーンさんならうちのボスにどやされたところでどこ吹く風と受け流しそうだけどな。と思いつつも獄寺は曖昧に返事をする。


「…獄寺くん……本当に…一緒に行くの?」


悲痛な表情で心配そうにこちらを見てくるのはツナ。自分より辛そうだと獄寺は思った。


「…ああ。元々オレはリボーンさんに抗争の助っ人として…一緒に戦ってほしいと頼まれて来たんだ。オレはまだ誰とも戦っちゃいねえ。このまま帰ったら恥で死んじまう」


「でも…」


なおも食い下がろうとするツナ。


そして助け舟は意外なところから現れた。


「まーまー、いいじゃねえかツナ」


柿本を一掃したという、ボンゴレファミリーにスカウトされたと聞く…一般人の山本が笑いながらツナに言う。


「こいつの意思は硬そうだ。オレにも分かるぜ? 腕を怪我しても試合があるとなるとどうしても参加したいもんなんだ」


「山本…野球と一緒にしないでよ……」


「スポーツだからって甘く見ないでくれよ。…とにかく、こいつ…ええと、獄寺だっけ? が危ない目にあいそうになってもオレたちがフォローすれば問題ないって!」


甘い考えだ、と獄寺は思う。一般人にされるフォローなどありはしない。といっても、これに乗らなければ抗争に連れて行ってもらえない空気なので黙っている。


結局、ツナは折れた。


獄寺の身体も多少のふらつきがある程度で動き回るのに問題ない。


むしろ、このあと堪えきれずに乱入してきたビアンキ騒動を収める方が大変だった。





「今獄寺が10代目なんだろ?」


騒動も収まり、敵の本拠地である黒曜ランド跡地へ向かう途中。山本が確認するようにそう聞いてきた。


「…ああ、そうだ。誰に聞かれてるか分からねえんだから、もう聞くなよ」


睨みつけてくる獄寺を気にせず、山本はとある提案をする。


「なら、オレは右腕な!!」


「…は?」


右腕。10代目の。何故だろう、心に引っかかる単語だ。


「小僧が言ってたんだ、ボンゴレ10代目たるもの右腕になる人物を携えなければならないって。オレ立候補するぜ」


…小僧とはまさかリボーンさんのことだろうか。獄寺は頭痛を覚えた。なんて畏れ多い。


それに言うことは一応正しいが、能天気な顔で言われても色んなものが台無しだ。


しかし獄寺は納得する。一般人として暮らしていた奴がこれから死地に行くというのに怯えや緊張が一切見えない訳を。


(こいつ…遊び気分か。まさかオレたちが本物のマフィアであると信じちゃいない?)


多少の憤りを感じる獄寺だが、怒っても仕方ないと感情を無視する。確かに急にマフィアにスカウトされたとして、この国で本気に取るほうがおかしい。自分のいた、あのスラム街ならばともかく。


「ん? どうした?」


「いや…何でもねえ。あー…右腕だったか? オレの邪魔をしないなら好きにしろ」


「マジで!? やったーーー!!」


子供のように喜ぶ山本を冷たい目で見る獄寺。


どうせ戦いが始まったら真っ先に逃げるに決まってる。死闘をする覚悟もない奴が近くにいられても迷惑なだけだが黙っておく。


「…待った!」


そう考える獄寺の思考を遮る声。見ればツナが片手を上げて意見を申し立てていた。


「ど…どうしたよ、ツナ」


「獄寺くんの右腕は…オレがなる!!」


「………」


獄寺の頭痛が酷くなった。


ボンゴレ10代目…お前もか。


獄寺は幼子を引き連れる保父になったような気分を覚えた。


「獄寺。呆れるのは分かるが、我慢してやれ」


ふと、肩に小さな重み。耳元で囁かれる。


慌ててみれば、自分の肩にあのリボーンが乗っていた。


「り、リボーンさん!?」


「なんだ? どうした」


「い、いえ…」


何故だかこの方が自分の肩に乗るなんてありえないと思った。乗るとしてもあと二つばかり大きな事件が起こったあとだと獄寺は思った。何故か。


「嫌われてるより好かれてる方がいいだろ? "10代目"?」


「………そうですね」


確かに余所余所しくされるよりもある程度好意を持たれている方が好ましい。まさか初対面であるにも関わらず山本に気を遣われたのだろうか? だとしたら不覚だ。


「よーしツナ! じゃあ勝負な! この野球ボールを遠くまで飛ばした方が勝ち!!」


「それオレに勝ち目ねーーー!!!」


あ、こいつやっぱ遊んでるだけだ。


獄寺はそう確信した。


その後何かを考え込み、黙っていたビアンキが「なら間を取って私が隼人の右腕になるわ。姉弟で10代目と右腕なんて燃えるでしょう?」と言い放ち慌ててみんなで止めた。





そんなことがありながら黒曜ランドに着き対犬戦は飛ばしてランチア戦。



「お前が…六道骸?」


「ああ…そうだ」


いきなりの敵陣ボスの出現に緊張感が走る一行。


だが、対面する獄寺はどこか違和感を拭えないでいた。何かがおかしい気がする。


確かに自分たちが仕入れた情報によると、目の前の奴こそが六道骸だ。骸の写真は獄寺も見ている。


だが…柿本や城島が慕う六道骸とは、こんなところで自ら出てくるような奴なのだろうか?


獄中にいた彼らの様子。それから推測する骸の性格はまず自分の部下を向かわせこちらの消耗を誘い、そして最後に出てくるような奴だと思ったのだが…


「…どうした?」


思考する獄寺にランチアが声を掛ける。獄寺は考えを打ち消す。


「いや…なんでもねえ。怪しいところはあるが、ようは倒せばいい話だ!!」


そうして戦いが始まった。その中で獄寺は更に違和感を蓄積していく。


攻撃が単調すぎる。


鉄球使いとは当たれば恐ろしいが、これほどまで単調だと避けるのも容易い。他のみんなも避けている。


それに…攻撃に殺気を感じない。


まるで戦うのは自分の本意ではないような。嫌々戦っているような…そんな印象を受ける。


どういうことだ? 奴らの…骸の狙いであるボンゴレ10代目が目の前にいるというのに、この…ある意味ふざけているとすら取れる行動は。


獄寺は考え、そして自分のことを思い出した。奴がそうだと考えると、途端に符号が一致した。


「お前」


不意に獄寺は立ち止まり、ランチアに言う。


「…? なんだ」


「お前…六道骸じゃねえな?」


ランチアの眉がぴくりと動いた。ツナと山本が驚く。


「え…!?」


「どういうことっすか!? 10代目!!」


山本。その喋りはどうにかしろ。


獄寺は内心で苛立った。彼の言う「ボンゴレ10代目の右腕」とはあのような口調らしい。何故だろう、腹立だしい。


「お前は…六道骸の偽物だな。本物に脅されてかなんなのかは知らねえが…嫌々戦うような奴と遊んでる暇はねえんだ」


獄寺自身も現在ボンゴレ10代目の偽物を演じているからこそ、こうも早く相手も偽物であると見破れた。


そう、獄寺たちが仕入れた骸の情報。


奴は利用出来るものなら何でも利用する。そして使えなくなったらゴミのように捨てるのだ。


「オレは…」


戸惑うランチアを前に、獄寺は身体に異変を感じその場に膝を付いた。


「ぐ…!?」


「獄寺くん!」


「10代目!! 大丈夫っすか!!」


お前その喋りどうにかしねえとあとで殺すマジ殺す。


一瞬そう思うが身体の燃えるような痛みで思考が分断される。柿本に攻撃された場所が火を噴くように痛い。


たまらずその場に倒れ込む。痛みは激しさを増し、獄寺の意識は刈り取られるように沈んだ。





意識を取り戻すと、心配そうにこちらを見ているビアンキが飛び込んできた。


「―――……!!」


思わず飛び起き、後ずさる獄寺。彼女はゴーグルを付けているので腹痛までは起こらないが、それでもあまり見たいものではない。


「ああ、隼人!! 起きたのね!!」


「あ、姉貴…オレは……あの痛みは……」


「…黙っていてごめんなさい。あなたが受けた敵の毒……あれは早急に解毒する必要があったの。シャマルが治してくれたけど、それには激痛という副作用が避けられなかった」


「…なるほど、そうか」


考えてみればそれは当然だった。シャマルは危うく死にかけたと言っていた。それが事実ならあれだけの短時間で完治出来るはずがないのだ。


獄寺は身体の調子を確かめる。痛みは消えてる。動ける。…まだ、戦える。


獄寺は立ち上がり辺りを見渡す。心配そうにこちらを見るツナ。泥だらけで座り込んでいる山本。どこか険の取れた骸の偽者。いつもと変わらないリボーン。戦いは終わったようだ。


「迷惑掛けたな。行こうぜ」


「獄寺くん…大丈夫? 山本とここに残った方が……」


どうやら山本は負傷しここでリタイアするようだ。一般人にしては大健闘したと言っていい。手放しで褒めてもいいぐらいだ。


「…いや、オレは行く。骸を倒さねえといけないし……それに」


「それに?」


「ここに"ボンゴレ10代目"がいたら、奴らは全力で叩いてくるだろうぜ。少なくともオレが骸ならそうする」


「あ……」


奴らの目的を騙っている以上、立ち止まるわけにはいかない。ひたすら前に進み、敵の親玉を倒さねば。


「…おい」


「ん?」


ランチアが獄寺に声を掛ける。なんだと振り向くとランチアの目が獄寺を射抜いた。


「…本物の骸は強い……気を付けろ」


「…ああ、任せろ。…お互い無事だったら、偽者談義でもしようぜ」


「なに…?」


怪訝な声を出すランチアには答えず、獄寺は歩き出した。





骸とは会わなかったことにして対バーズ戦。



「さあ! そのナイフで自分の身体を刺すのです!!」


(…こいつは間違いなく性格が悪い……このナイフには十中八九毒が塗られていると考えていいだろう)


「ご、獄寺くん…!!」


(ならば…)


獄寺は大股でずかずかとバーズに歩み寄る。予想外の行動に戸惑うバーズ。


「ち、近付くな!! 一般人の女の子がどうなってもいいのですか!?」


「やってみろよ」


「!?」


「獄寺くん!?」


「ただし…それをしたらお前を拷問に掛ける。ガキだからって馬鹿にすんなよ。一秒間に生まれてきてごめんなさいと100回は言いたくなるようなことしてやるよ」


言いつつ、獄寺はナイフをバーズの鼻先に突きつける。


「ひ…!!」


「引き返すなら今だ。ここで拷問を受けるか…気絶するか。選ばせてやるよ」


「………!! ジジ! ヂヂ! やめなさい!!」


「分かってくれてオレも嬉しいぜ」


獄寺はバーズを蹴り飛ばした。





対M・M戦は飛ばして廃墟内。



「………」


「…どうしたの獄寺くん。辺りを見渡して……」


「いや…先に行っててくれ。オレはちょっと野暮用を片付けてくる」


「え!?」


「…獄寺。勝手な行動は……」


「ですから、頼んでるんです。…お願いします、リボーンさん」


「………仕方ないな。好きにしろ」


「ありがとうございます」


微笑み、獄寺はみんなを先に行かせ自分はその場に留まる。


やがて現れたのは…ヨーヨー使いの柿本千種。


「…ん? どうしてお前がここにいる」


「なんだ? ボンゴレ10代目がお前らの本拠地にいちゃおかしいのか?」


「他の人間が見当たらず、この場にお前だけ…というのはおかしいな」


「地の利はそっちにあるからな。地形を利用して挟み撃ちぐらいはしてくると思ったから、待ち伏せしていただけだ」


「…ボンゴレ10代目自らが、か?」


「何でも部下に任せるボスに一体誰が着いていく? それに、オレの武器はこういう場でこそ活きるからな。適材適所って奴だ」


言うと同時、獄寺は指を鳴らす。


途端、柿本が来る前に仕掛けた爆弾が一斉に爆発した。


爆発により吹き飛んだ瓦礫が柿本の頭上から振ってくる。


廃墟を爆破したのに、柿本の頭上以外は驚くほど崩れない。人間爆撃機の本領発揮だった。


されど柿本もその程度で倒れるような柔な男ではなかった。瓦礫の中から這い上がり、立ち上がる。


「…タフな野郎だぜ」


呆れたように呟く獄寺。対峙する二人。しかし柿本はふと何かに気付き、呟いた。遅いぞ、犬。


その言葉の意味を獄寺が理解するよりも先に、背後の壁が壊された。先ほど山本と戦い敗れたはずの城島犬が獄寺に襲い掛かる。


「な―――」


獄寺を押し倒し、殺そうとする犬。


獄寺が命の危機を感じたとき、また別の壁が破壊された。獄寺はこの廃墟崩れないだろうなと心配した。


ともあれ、壊れた壁の向こうから現れたのは………


「…キミたち。何群れてるの?」


血だらけで、しかしその目に確かな光を携える…我らが雲雀恭弥。


獄寺も雲雀とは面識がある。二人の目線が合わさり、そして雲雀は獄寺を押し倒している犬に目を向け…蹴っ飛ばした。


「きゃん!!」


「その子を押し倒していいのは僕だけだよ」



お前は何を言ってるんだ。



獄寺は内心で突っ込んだ。あと今まで必死で頑張ってシリアスな空気作ってたのにぶち壊してくれやがって。とも思った。


そう思う間に雲雀は容赦なく柿本と犬をしばき倒していた。あっという間に二人が動かなくなる。


「…お前……強かったんだな」


「惚れた?」


「ところで雲雀、シャマルから預かりもんだ」


獄寺は雲雀を軽くスルーした。


「…シャマル? シャマルってあの保健医? …何? キミと一体どういう関係なの?」


「昔の知り合いだよ」


「昔の男?」



「お前黙っててくれねえかな?」



言いつつ、獄寺はシャマルより預かった処方箋を取り出す。もし雲雀に会ったら渡してやれと言われていたのだ。


「にしてもお前…自力で脱出出来るんならとっととすればよかったのに」


「ふ…実は今の今までうたたねしててね。愛しいキミの声が聞こえたから起きて出てきたんだ」



「お前実は超余裕だろ」



「ところでキミ、何で僕のメール無視するの? 僕なんかした?」


「あー、あれな。うちのボスが勝手に設定しちまったんだよ、悪かったな」


「…ということは僕、キミに嫌われたわけじゃないんだね」


「ああ、まあ、別に好きでもねえけどな


ともあれ、と獄寺は歩き出す。思ったより時間を食ってしまった。早くツナたちに追いつかねば。


「あれ? 肩とか貸さないで大丈夫?」


「んー? お前が出てくるのがもう少し遅かったら深手を負ったかも知れないけどな。大丈夫だ」


「僕の馬鹿! もう少し待てばよかった!!」


雲雀は嘆いた。





最後の部屋に着き。獄寺は景気づけにダイナマイトを一発放った。爆発音が響き辺りの視線がこちらへと向く。


「ほお…あなたがボンゴレ10代目の……獄寺隼人くん」


どうやらまだバレてないらしい。ならば精々騙されてもらおう。


「…ああ。悪いな、主役が遅れちまって。お前の相手はこのオレだ」


「いや、僕だよ」


雲雀が一歩前に出る。骸が面白そうに笑った。


「おやおや…あれだけ痛めつけて差し上げたのに、まだ立ち向かうなんて…雲雀くんは馬鹿ですねえ」


「何とでも言いなよ。…だけど、今までの僕と同じだとは思わないことだね」


「ほお?」



「彼の愛を受け取った僕が、誰にも負けるはずがない!!



お前はもう死ね。


「お、おや…まさかあなたがた、そういう関係だったとは……」


「ちげーよ!!」


「照れなくてもいいのに」


「照れてねー!!」


微笑を残して雲雀はステップを踏む。骸へと飛びかかる。


獄寺も雲雀のフォローに回ろうとするが…二人の距離が近くそれも出来ない。


そもそも、獄寺のフォローを必要としないぐらい雲雀の動きは完璧だった。獄寺は雲雀を見直した。


そして、やがて雲雀は骸を倒す。骸は勝機がないと悟ったのか、自害した。


「……………」


終わった…のだろうか。


終わった割にはあっさりしない。後味が悪い。


無論、全ての終わりがあっさりしていて、後味のいいものではない。むしろこんな気持ちを味わう方がほとんどだ。


だが……


(こいつはどうせ死ぬならオレたちを一人でも多く道連れにするような方法を取ると思ったんだが…オレの考えすぎか?)


どうにも腑に落ちない。何かが……おかしい。


と、獄寺の身体を痛みが襲う。


「ぐ……っ」


「獄寺くん!?」


「隼人!?」


解毒の副作用がまた来たらしい。身体の内側から火で炙られるような痛みを味わい、獄寺は膝を付く。


瀕死の柿本と犬が壁をぶち破って現れたのは、そんなときだった。


(何…!? あいつら動けるような状態じゃなかっただろ!?)


どういうことだと考える間もなく、獄寺は骸の持っていた槍の攻撃を受け血を流す。


途端、まるで別人になってしまうかのような、自分が自分でなくなってしまうかのような感覚を覚え、それを最後に獄寺の意識は途切れた。





「……く、ふ、クフフフフフフフフ」


奇妙な笑い声を発しながら獄寺が立ち上がる。しかしその目は、その雰囲気は明らかに獄寺のものではない。


「ついに…ついにボンゴレ10代目の身体を乗っとりましたよ…!!」


狂気の目で叫ぶ獄寺。しかしその中にいるのは先ほど自害した骸。


「喜んでるところ悪いんだがな、獄寺はボンゴレ10代目じゃねーぞ」


「…なに?」


「お前らでいうランチアと同じだ。獄寺はボンゴレ10代目の影武者。…まさかここまで騙されてくれるとはな」


「何を馬鹿な…冷静な状況判断、身を挺して仲間を庇う姿、率先して戦う勇士……彼以上の人間が一体どこにいるというのです?」


「……………」


ツナは物凄く居た堪れなくなった。


「まあいいでしょう…嘘かどうかなんて彼の記憶を見ればすぐに分かることです」


言って、暫し目を瞑る骸。


そして骸は、突如膝を付いた。


「!?」


何が起こったのだと混乱するツナ。彼は一体何を見たのか。


骸は目頭を押さえていた。泣いてるようだった。そして涙声で言う。



「この子可哀想…!!」



どうやらかなり不幸な獄寺の過去を覗き見してしまったらしい骸。何を見てしまったのだろう。


「く…!! こんな不幸な子がそれでも頑張っている中僕は一体何をしようとしていたのでしょう。僕は自分が恥ずかしい!!」


なにやらヒートアップしている骸。しかしオーバーリアクションで動き回されているのは獄寺の身体。可哀想だ。


「…僕は目が覚めました。僕たちはこれより全面的に隼人くんのバックアップに付きます!!」


高らかにそう宣言し、獄寺の身体を乗っ取ったまま立ち去ろうとする骸。


「………ってちょっと待てーーー!!!」


慌ててツナが止めに入った。





「う……」


気が付くと救護班の担架の上だった。


「………」


何がどうなったのだろうか。


骸は…そしてボンゴレ10代目は……


「気が付いたか」


声が聞こえ、見ればそこにはリボーンがいた。


「リボーンさん……終わったんですか?」


「ああ。ここまで早期解決出来たのはお前の機転と行動力があってこそだ。よくやった」


憧れの人物であるリボーンに褒められて獄寺の胸が高鳴った。自然に頬が緩む。


「…気を失ってばかりで、役に立てた記憶がありませんけどね」


「んなことはねえと思うが…そう思うなら、次の機会に頑張ることだな」


「ええ、そうさせてもらいます」


微笑み、その場に暖かな空気が満ちる。


―――そこに、荒々しい足音を立てながら誰かがやってきた。


「隼人!!」


現れたのはディーノだった。足を縺れさせ、転びそうになりながら獄寺に駆け寄る。


「大丈夫か!?」


「よお。…見ての通りだ。生きてる」


「怪我の具合はどうだ!? 毒を食らったとも聞いたが……大丈夫なのか!?」


「ああ、大事ねえ。そう心配すんなって」


獄寺にそう言われても不安そうにこちらを見遣りおろおろする自分のボスがおかしくってたまらない。


…そして、こんな自分をこうまで心配してくれるのがありがたくって仕方ない。


キャバッローネファミリーでよかった。


そう思いながら、獄寺は目を閉じた。





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―――任務完了。


リクエスト「IFリク、"キャバッローネの場合"で黒曜編のお話をお願いします!」
リクエストありがとうございました。