誰かに惹かれるなんて。


生まれて初めてのことだったんだ。



愛しの彼



「やぁ」


「あぁ? ……雲雀?」


廊下で見知った後姿を見かけたから声を掛けると、振り向いた彼が酷く不満気な顔を見せた。


「ご挨拶だね…獄寺隼人。わざわざ僕が声を掛けてあげたって言うのに」


「誰も頼んでねぇよ!!」


確かに僕も、誰かに頼まれた覚えはないけれど。


「――それで。キミはこれからどこに行くんだい? どうせサボリでしょ?」


「―――わりぃかよ」


少なくとも、良くはないだろう。


「…ま、良いけどね」


「あ? どういう風の吹き回しだ?」


まさか許されるとは思わなかったのだろう。彼は驚いた顔をした。


「―――たまにはね」


とりあえず、それだけ返答しておいた。





「……で、なんで付いてくるんだよ」


「別に良いじゃない? サボリが行く所を知ってれば後々役立つかもしれないし」


「チッ…そう言うことかよ」


彼が向かったのは、屋上だった。


「……よく来るの?」


「あー…それなり」


「ふーん」


「…なんでそんなこと聞くんだよ」



人に、誰かに惹かれるなんて、初めてのこと。


だからか、何をすればいいのか分からなくて。こんならしくもないことをしてしまう。



「――別に?」


でも。そんなことを言えるわけないから、こんな曖昧な台詞で誤魔化すんだ。


「ねぇ。そんなことより、キミの事を教えてよ」


「はぁ?」


なんで? と聞いてくるような表情に、思わずくすりと笑ってしまう。


「別にいいでしょ? 暇つぶしに、昨日あったことを少し話すだけでいいからさ」


「………別にいいけど。昨日は――」


誰かに惹かれるなんて。生まれて初めて。


だから。こんな些細なことでも、幸せになれる。



今はキミにはそんな想いはないだろうけど。きっといつか、振り向かせて見せる。


キミを、堕とせて見せるよ…獄寺隼人。



そんなことを思いながら、彼の心地良い声に耳を澄ませる。


「昨日は……そう、 笹川が赤い顔して「これがオレの気持ちだー!」とか言っていきなり殴り掛かってきたな」


…ん?


「それに…ああ、リボーンさんに冗談で「オレの愛人になる気はねぇか」って言われて…」


………ちょっと待った。


「そして――そうだ。帰り道に山本がふざけてオレを押し倒して…


「―――ストップ」


「ん?」


「とりあえず…押し倒された後は未遂に終わった?


「あ? とりあえず身体をあちこち触られたから鞄の角で殴って大人しくさせたけど……」


………ふーん。身体をあちこち、ね…


「ひ、雲雀…?」


「うん?」


見ると、彼はどことなく強張った顔をしていた。


「どうした…?」


「別に? ……僕は用を思い出したから。じゃあね」


「お? おう…」


「じゃ。良かったらまた話を聞かせてね?」


そう言って。僕は屋上を後にする。


誰かに惹かれるなんて。初めてのことだった。


だから。たったこれだけのことで嫉妬もする。


とりあえず、彼を堕とすのは少しばかり先送りになりそうだ。


(まずは…)


その日。二年の教室で阿鼻叫喚の悲鳴が上がった。





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阿鼻叫喚だなんて人聞きの悪い。あの程度で許してあげたんだから感謝されてもいいぐらいだよ。


リクエスト「小話」
時雨様へ捧げさせて頂きます。
リクエストありがとうございました。