息をも凍る寒空の下、此処に居るのはオレ独り。
辺りにあるのは血と肉片。生きているのはオレ独り。
過去への回想と。想いと。
幼い頃から、自分の身体を大事になんて扱ったことはなかった。
与えられたこの命は使い捨てなのだと。短い人生なんだと教わってきたから。
どれだけ頑張っても。長くは続かないのだと言われてきたから。
…そうなんだと、納得したから。
けどまぁ、そんな中でも良く持った方だと思う。そしてよく使えた方だとも。
正直10代半ばで命尽きると思ってた。なのにそれを乗り越えて。しかも五体満足で。
きっとそれは 敬愛する君主に出会えたことにも関係してて。
それから "平凡な中学生" として馬鹿騒ぎ出来たのにも 繋がりがあって。
あと 数少ないながらもオレをまともな人間扱いしてくれた同業者達にも 意味があって。
こんなオレなんかにあんなにもあんなにも構ってくれて。…見捨てないでくれて。
…オレが自分を粗末に扱うと。怒ってくれて。…心配、してくれて。
―――でも。そうして生き延びてきたこの命も。もう 終わる。
脇腹に手を這わせる。麻痺した感覚の向こうで鋭い痛みと。濡れた感触。
あの ぬるくも穏やかな日々は 心地良いものだったけど。
でもオレは やっぱりこの世界の住民で。
頭から何かが滴る。目に入ったそれは 紅くて 赤くて あかくて。
あの 平和で楽しかった日々に 出来ることならずっとずっといたかったけれど。
でもオレは やっぱり使い捨ての駒で。その一つで。
自分がそうではないと。そう理解することは 納得することは――…とうとう 出来なくて。
気が付けば どうしてもこちら側へと 来てしまっていて。
そうして分かったのは。幼い頃に植え付けられた認識というのはそれほどまでに強い。ということ。
忘れられない彼らの目。
覚えているあいつらの言葉。
消し去ってしまいたい奴らの態度。
慣れてしまったあの人たちの扱いと。
…そして。それを受け入れてしまった。自分と。
どさりと倒れる。片手を使って起き上がろうとするも、そんなものはもう どこにもなかった。
世界に出た壊れた心に渡されたのは、有り得ないほどの優しさと 信じられないほどの対等の扱い。
初めはそれに戸惑うことしか出来なくて。
時が経っても反発することしか出来なくて。
いつまで経っても慣れることが 出来なくて。
自分があんなにもあたたかで 鮮やかな世界にいても 良いのだろうかって。そう…思ってしまって。
…あいつがいたなら。「下らない」の一言でオレの価値感全てを放り投げてくれそうだったけど。
けれどあいつは もういないから。
もうどこにも いないから。
身体が動かない。指一本ですらも自分の思うように動かせない。力が 抜けて行く。
あいつはいつもオレを疎ましそうに見ていたくせに。
あいつはいつもオレを心底嫌う目で見ていたくせに。
あいつはいつも…オレを殴るだけだったくせに。
なのにどうしてオレは、あんな奴に惹かれてしまったのか。
その事を告げる前に。あいつは行ってしまったけれど。
…といっても。この想いを告げる気なんて最初からなかったけど。
苦笑が漏れる。その口の端から血が流れる。
今意識を手放したら あいつの元へと行けるのだろうか。
…なんて。そんな馬鹿なことを考えてしまう。
なんにしろ、オレはここまでだけど。
生を諦めると同時に、意識を闇に飲み込まれる。
それに抗うことも出来ず 心ですら この身体から消えて行って。
そうして 辺りに命あるものはいなくなる。命あるものは消えてしまう。
息をも凍る寒空の下、此処に有るのは死の惨劇。
辺りにあるのは血と肉片。生きてるものはもう居ない。
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僕が疎ましがっていたのは 植え付けられたキミの常識。
僕が嫌っていたのは キミが育った環境。
僕が殴っていたのは それを受け入れたキミ自身。