○月 ×日 晴れ
姉さまと敷地内を散歩。知らない白い花を見つける。
今度姉さまが調べてくれると言った。嬉しい。
○月 △日 晴れ
一日中勉強。終わるまで部屋から出してもらえなかった。
でも、勉強が終わると母様が冷たい飲み物を持って来てくれた。嬉しい。
○月 ○日 曇り
ナイフで物を切る練習。木材を星の形に削る。難しい。
手が滑って指を切ってしまう。どうしようかと思っていると、シャマルが飛んできてくれた。
手当てしながら「怪我をしたら真っ先にオレの所に来い」って言ってくれた。嬉しい。
○月 ♯日 大雨
風邪を引く。頭が痛くて、重い。
シャマルと姉さまが遊びに来てくれる。嬉しい。
………最近、父様と母様と会ってない。
仕事で忙しいのは知ってるけど…会いたい―――…寂しい。
○月 ф日 晴れ
シャマルに勉強を見てもらう。でもいつの間にかまったく関係ない話をしていた。
「雑学」って、シャマルが言ってた。何気に役に立つらしい。
「他にも分からないことがあったらなんでもオレに聞け」って言ってくれた。嬉しい。
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×月 ◇日 晴れ
数日前から、父様のお客様が沢山来る。挨拶しても、無視されるか変な目で見られる。
今日挨拶したらいきなり「だぶる」って言われて睨まれた。よく分からない。
今度、シャマルに聞いてみよう。
×月 ▼日 雨
知らない人にいきなり話しかけられる。
「はらちがいのこ」って言われた。…何のこと?
前、シャマルに「だぶる」の事を聞いたら凄く怒っていたから、別の人に聞いてみよう。
でも―――誰に?
×月 ◎日 雨
最近お菓子を沢山くれるおじさんがいる。
おじさんはいつも笑ってて。えっと、なんだっけ。
「みうり すれば、おかね がぽがぽ」…うん。そんなかんじの事を言ってくる。
「みうり」ってなんだろう。これならシャマルは大丈夫かな。…今度聞いてみよう。
×月 Θ日 曇り
シャマルに綺麗だと言われた目を、「不気味」とか、「恐ろしい」とか言われる。悲しい。
どうしてみんな意地悪言うんだろう。分からない。……みんなが、怖い。
×月 ■日 晴れ
みんなが意地悪する理由が分かった。「愛人の子」だかららしい。
でも…愛する人の子、なのに。それでどうして意地悪されるんだろう?
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△月 ●日 晴れ
「何の努力もなくてもマフィアになれる羨ましい奴」と。いきなり言われる。指差しと、嘲笑付きで。
客寄せパンダな扱いなのに。それは、どれほど努力してもオレの望むマフィアになれないということなのに。
それでも羨ましいと言う。―――奴らの頭はめでたい。
△月 〓日 曇り
ピアノの発表会ばかりでうんざりする。マフィアがピアノを弾けて。一体何になるというのだ。
そろそろ親父の客人の視線も耐えられなくなってきた。……どうする?
△日 ☆日 晴れ
開口一番に「オレの愛人になれ」と言われる。もちろん知らない奴。信じられない。逃げる。
その後、親父に怒られる。なんでも相手は大物マフィアの幹部だったとか。…オレの知ったことか。
「惜しい事をした。お前の考えが分からない」と言われる。…オレの方こそ親父の、連中の考えが分からない。
△日 □日 雨
知らない奴に殴られて怪我をする。……油断したオレが悪いのだろうか。
シャマルのところに行くべきなんだろうけど、どうしても抵抗がある。
…シャマルも、他の大人たちみたいに変わってしまったらって思うと―――
△月 ∇日 雨のち曇り
決心する。オレはこの屋敷を出る。
このままここで生活していても、オレのなりたいマフィアには決してなれはしないだろうから。
決行はこれから。………スラム街でのたれ死んでも。ここで親父の肥やしになるよりは―――ずっとまし。
過去と、これから
…そこから先のページは真っ白で。それ以上の書き込みがなかったという事を示していた。
ぱたん、とオレはその本を閉じる。何年も経って、色褪せている小さなその本を。
これは獄寺くんの…在りし日の、獄寺くんの日記。
見てはいけないものを見てしまった気がした。…いや、実際そうなんだろうけど。
保健室の本棚に…シャマルの私物に、小さなそれがあって。
なんだろうって思って。見てみたら拙い字で「獄寺隼人 日本語練習帳」って。書いてあって。
オレはてっきり、あいうえおとか、手とか山とか。そんな一文字が延々続いているようなものだと思って開いてしまって。
でも。飛び込んできたのは、そんな。―――獄寺くんが過ごしてきた幼い日々。…全部、日本語。
驚いて。でも最初に書かれてあったのが、あまりにも可愛らしい日々だったから。思わず読んでしまって。
いつからか。その内容が周りに偏見されてるものになってきて。止めておけばよかったのに。オレは読んでしまって。
やがて。―――獄寺くんの受けてきた苦悩の日々が、出てきて…とうとう全部、読んでしまった。
―――ああ、どうしよう、オレ…
獄寺くんのその髪って、綺麗だよね。
あんなこと、言わなければよかった。彼はその髪でいらぬ中傷を受けた事もあったのに。
獄寺くんってさ、よく屋敷から飛び出たよね。―――勇気あるなぁ…
あんなこと、言わなければよかった。彼が一体どんな思いで家を出たか知らないくせに。
ねぇ獄寺くん、ピアノ弾いてよ。…聞きたいな、獄寺くんのピアノ。
ああ、オレは馬鹿だ。彼の思う心情などに眼を向けず。ただただ己が欲望を埋める為に彼にピアノを強制するなんて。奴らと同じではないか。
オレが自己嫌悪に浸っていると、廊下から誰かが走って来る音。
オレは思わず日記を元の位置に戻して。するとすぐに―――
「10代目! ご無事ですか!?」
なんて。いつもと変わらない獄寺くんがやってきて。
「え、うん! 無事無事。少し転んじゃって、すりむいただけだから」
「そうですか…――あ、オレ手当てしますよ!!」
「いいから! ……それよりもさ。獄寺くん…ちょっとこっち来て?」
オレの言葉に獄寺くんは頭に疑問符を付けながらも。オレのところへと歩いてきて。
オレは無抵抗な獄寺くんを引き寄せて。力いっぱい抱きしめる。
「えっ!? じゅ、10代目…?」
戸惑う獄寺くん。身を任せる事も払う事も出来ないものだから混乱している。
オレは彼を、獄寺くんを抱きしめる力を更に強めて。
「―――10代目? どうしたんですか?」
聞いてくる獄寺くんの声は、あくまで穏やか。…本当に、あんな過去があったのか疑ってしまうほど。
「……10代目、何か悲しい事でもありましたか?」
聞いてくる獄寺くんの声は、あくまで優しい。…あの日記に書かれていたことが、何かの冗談じゃないかって思えてしまうほど。
でもきっと、全部本当にあったことで。
「―――ねぇ、獄寺くん」
「…はい?」
「…ごく、でらくんは……」
「……………」
出掛けた言葉を思わず飲み込む。
…決死の思いで家を出て、それでその身を預ける相手が。
言われなき中傷を受けてきて、そんなキミが命を懸ける相手が。
その全てを持って―――尽くす相手が…
こんなオレで、いいのかって。
「――10代目?」
獄寺くんの声。途中で言葉が途切れてしまったオレを心配する声。
彼を抱きしめる腕が、ああ情けない。かたかたと揺れる。胸の中は不安でいっぱい。
「―――10代目」
さっきとまったく同じ台詞。けれどニュアンスは全然違って。彼はオレを安心させるように、オレを抱きしめる。
「オレは、貴方だから、沢田綱吉さんだから、仕えたいと思ったんですよ」
その、彼の言葉に。涙が出そうになる。
「…なんで、分かっちゃうかなぁ」
でも泣く姿なんて見せるわけにも、見られるわけにもいかないから。彼の首後ろに顔を持っていって。表情を見られないようにする。
「貴方のことなら、なんでも分かりますよ」
ぎゅっと、彼を抱きしめる力を強めて。
「へぇ…っじゃあ、今オレが考えてることも、分かる?」
「もちろんです」
獄寺くんは、ただでさえ近いのに。さらにオレの耳元に口を寄せて――
「オレは、幸せですよ」
その言葉に。今度こそ涙が零れた。
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ありがとう。獄寺くん。
反転有り。