―――過去に戻ったら、どうか。…入江正一を殺して下さい。


そうすれば……白蘭もきっと………





   - 過去と未来とその真相 -





その言葉を残し、この世界のオレは姿を消した。


どうして、そんなことをオレは言ったのだろう。


元凶が例え違ったとしても、相手はリボーンさんと10代目を殺したファミリーのボスなのに。


どうして、まるで庇うような発言を。


…分からない。


この世界に来たばかりのオレは、現状の把握はおろか白蘭の顔すら知らないのに。


周りに聞いても白蘭については不明瞭な箇所が多いという返答ばかり。


…その、不明瞭だと言う白蘭を、どうしてこの世界のオレは知っていたんだ?


状況は発展しないどころか、ますます謎を深まらせ…オレを混乱させていく。


この世界のオレは、白蘭と面識があったのか? それも親しいと言えるほどの。


もともとある程度の交流があって、それから裏切られたのか…それともオレが潜入任務か何かしでかしたのか。


分からない。実際会って話でもしない限りは。


…そこまで思って、気付く。オレが白蘭に興味を持ってきているということに。


気付いて、苦笑する。



………そんな感情、意味がないのに。



だって入江がオレだか誰だかに殺されて、この世界とはまた違う意味合いを持つ白蘭とは別の世界の話なのだから。


この世界の白蘭には、オレたちを殺し尽くすかオレたちに殺されるかの二択しかもはや残ってない。


白蘭はオレたちの大切なものを奪い、壊した。


その落とし前は、自身の命を持ってしか償えない。



―――オレがこの手で償わせてやる。



懺悔は要らない。辞世の句も聴かない。言い訳なんて必要無い。


この世界ではそんなモノ。何の足しにもならないのだから。





そうしてオレは、宣言通りに白蘭を殺した。






オレはこの世界の10代目と、リボーンさんの仇を取った。


だと言うのに、オレの胸には何の満足感も充実感もありゃしない。


有るのはただ、やるせない…胸くその悪い、最低な気分だけ。


殺しなんて慣れてるはずだった。なのにオレはまるで初めて人を殺したときのように吐き気と頭痛を覚えた。


どうしてか、涙も流した。


その理由も分からぬまま。






そうして、オレたちは現代に帰ってきた。平和な並盛の町へと。


変化は、ないはずだった。数ヶ月分の時間が経ってるとはいえ、目新しい変化などどこにも。


そう、思った。


だけれど…



「チャオ! 初めまして! 僕は白蘭!!」



とんでもない変化がオレを待ち構えていた。


オレの部屋の直ぐ隣。


そこに新しい住人が引っ越してきていた。


そしてそいつこそ…未来でオレが殺した相手。


白蘭だった。


面食らうオレに白蘭は首を傾げていた。それもそうだろう。未来のことなどこいつには分かるまい。


オレはどう対応して良いか分からず、曖昧な態度を取ってしまっていた。


だってそうだろう? 未来のこいつを、オレは殺したのだから。


なのに殺した相手にニコニコ笑われて慕われて。未来の白蘭には恨む理由は山ほどあったが、今隣にいるこいつには何の罪もない。


正直、気不味かった。変な罪悪感もあったのかもしれない。オレは白蘭に冷たく当ることは出来なかった。


オレになんて近付かなければ良いものの、白蘭はオレのどこが気に入ったのか良くオレに声を掛けてきた。ニコニコの笑顔で。


白蘭を邪険に扱えないオレはそのつど応えていた。そして気付けばオレは白蘭を気に掛けるようになっていた。


罪滅ぼし、のような感傷だったのだと思う。あの世界はともかく、今目の前にいる白蘭は素直で馬鹿正直な憎めない奴だったから。


白蘭は感情豊かな奴だった。


笑いたいときに笑いたいだけ笑い、泣きたいときに気が済むまで泣く。嬉しいときはこっちがうんざりするぐらい喜び、怒ったときは癇癪を起こす子供のように暴れた。


オレのガキだった頃と真逆だなと思った。昔のオレはとにかく感情を抑えていたから。


頼りない白蘭は、なんだか保護の必要な子供のようにも思えて。


白蘭も恐らくはオレを保護者か何かだと思っていたのだろう。何かあるたびに相談を持ちかけてきた。


オレと白蘭は、そうして長い時を一緒に過ごした。いつしか一緒にいることが当たり前になっていた。共にいることで穏やかな気分を白蘭は与えてくれた。


だけど…平和な時間を流してくれていた世界は、やがて軋みを上げ初める。



「隼人ちゃん隼人ちゃん、あのね。僕最近友達が出来たんだ」



隼人ちゃん、というのは白蘭のオレの呼び名だ。男相手にちゃんはねーだろ、と何度言っても聞きやしない。


「そうか。友達か」


オレがそう返すと、白蘭は嬉しそうに楽しそうにうんと頷いた。


「あのね。その友達のしてくれるお話がとってもとっても面白いの。今日もお話を聞きに行くの」


「そうかそんなに面白いのか。なら、オレにも聞かせてくれよ」


といっても白蘭の言う"面白い"レベルは結構低いが。白蘭はハッピーエンドの話ならどれでも"面白い"と言う。


「うん、あとでね! まだ僕も途中までしか聞いてないの。全部聞いたら隼人ちゃんにも教えるね!!」


「そうか、じゃあそのときを楽しみにしてるな」


「うん!!」


そう言って、白蘭はその友達のところへと向かった。


一度誘われた。だけどオレはボンゴレの集まりがあったから断った。


白蘭にはオレがマフィアであるということは伏せている。無理に知らせる必要はないと判断したからだ。


ボンゴレ関係でどうしても白蘭を離れなければならないとき、白蘭は決まって癇癪を起こした。


どんなところなんだ自分よりもそんなに大事なところなのかと激しく問い詰められた。


だけど、まぁ、大事だなぁ…大事すぎてお前殺したぐらいだし。とは流石に言えないが。


なので白蘭は白蘭で友達を作り、オレから離れると言うことは有り難くもあった。


だけど、


もしもこのときオレはフリーで、白蘭と共にその友達のところへ行けたのなら………






白蘭は少しずつ少しずつオレとの時間を置いて行った。オレよりも友達との時間が楽しいと言わんばかりに。


そのことに多少妙な感情が沸いたものだ。初めての感情にオレは戸惑った。


それが嫉妬であったと言うことに気付けるのは、このときからするとまだ先の話で。


平和な世界は色褪せ、軋み。崩れ、壊れていく。人知れず。誰にも知られず。


そして―――やがて。


「隼人ちゃん」



決定打が、来る。



「? 何だ白蘭」


「隼人ちゃんはマフィアなの?」


「は?」


オレは面食らった。初めてこの世界で白蘭とあったときのように。


「隼人ちゃんはマフィアで、人とか殺して…ううん、殺させられて、必要とあらば誰かの為に死ぬの?」


「白蘭…? 何を言って……」


「答えて」


「……………」


オレは、嘘を付くことは出来なかった。


オレは正直に話した。そのとき、白蘭の瞳に…狂気が見え隠れしていたことにオレは気付けなかった。


話をし終えてると、白蘭は「分かった」と呟いてマンションを去った。


それから、白蘭はあの部屋に戻ってくることはなかった。


マフィアであることで…それを隠していたことで、嫌われたかな。と思った。


オレは何故だか胸に穴が開いたような気分を味わった。何故か哀しい気分だった。


だけど、それに浸る時間はあまりなかった。


ボンゴレ関係者の、命が狙われる事件が起こり始めたからだ。


オレは10代目の護衛に入った。犯人を捕まえられるように。10代目に掛かる火の粉から守れるように。


何日かそうして過ごしていたら………誰かの悪意を感じた。


向けられるナイフをかわし、犯人を捕まえる…が、オレは思わず手を離した。


そこにいたのは、白蘭だった。


白蘭は憔悴しきっていて、錯乱していた。オレを見る目も焦点が合っていなかった。


「隼人ちゃん…やっぱり隼人ちゃんはボンゴレに縛られているんだね命を掴まれているんだね無理な命令を押し付けられているんだね本当は痛いだろうに苦しいだろうに嫌だろうになのにボンゴレに無理やり言うことを聞かせられているんだよね嗚呼なんて可哀想な隼人ちゃん…! 僕が、僕が助けてあげるからね痛みからも苦しみからも無縁な世界で僕と一緒に暮らそうね隼人ちゃん!!」


「白蘭、落ち着け!!!」


一体何をどこでどうしたらそんな結論になるのかオレにはまったく理解不能だったが、白蘭の奇行の根源にオレがいるらしい、と言うことは分かった。


「白蘭! オレは縛られてなんかない! オレはオレが望んでボンゴレにいるし、命を捧げているし命令を聞いてるんだ!!」


「嘘だ!!!」


キン、と甲高い声が響いた。オレは一瞬怯んだ。


「だって言ったもの! 隼人ちゃんは望まない戦いに身を置いてるんだってボンゴレさえいなければ危険な目にも遭わないって死にそうにもならないって!! ―――正ちゃんがそう言ったんだもん!!!」


「―――!!!」



正ちゃん。



その言葉に、オレは言葉を失った。


…この世界に戻ってきたばかりのとき。オレは入江正一を探した。…あの世界のオレが残した言葉通りに、殺すために。


だけど見つからなかった。どこにも痕跡が見当たらなかった。


きっと未来のオレが始末したのだと、そう思った。数ヶ月もの時間があったのだから綺麗に跡形もなく始末したのだと。


…なのに。


「…生きて…いたのか」


全ての元凶は。


呆然とするオレから、白蘭は逃げた。


オレは白蘭を追いかけて、捕まえて…説明をしなくちゃいけなかったのに。


むしろボンゴレにオレがいたからこそ、オレはお前と会えたんだ。と。


あの場所はオレにとってとっても大切な場所なんだって。


なのにオレの足は動かなく。


いつしか頭上に雨雲が顔を覗かせて。オレに雫をこぼしてた。






あの日に区切りをつけたはずの未来が、また目の前に。


しかも今度は取り返しの付かない方向へと……


あの世界の通りに、世界は進んでいく。


リボーンさんは呪いに灼かれ、10代目は凶弾に倒れた。


あの世界をなぞるように、全ては無駄な足掻きのように。10年前のことなど何の意味もないように。


オレはどうしたら良い? オレはどうすれば良い。


己の君主が殺されるのを、止められなかったオレには。


思い悩んでも答えは見つからず。やがてあの日がやってくる。






それは10代目の墓参りに行ったとき。


小さな気配を感じて、思わず駆け寄った。


そこには………あの日の、あなたが。


オレに出来るのは謝罪と………そして。


「…10代目」


あの日の、再現。


「―――過去に戻ったら、どうか。…入江正一を殺して下さい」


そうしたら………






     隼人ちゃん。






白蘭も、きっと………


オレは過去へ行く。過去へと戻る。


オレは死に物狂いで入江を探した。だけど見つからなかった。


時が過ぎる。長くも短いときが着々と過ぎていく。


…ああ、怖い。


全てが分かっているから、怖い。


未来には、白蘭はいない。


未来の…あの世界の。オレの世界の白蘭は殺される。



他の誰でもない、オレに。



白蘭はオレの大切なものを奪い、壊したから。


分かってる。分かってた。たとえ白蘭がいつしかオレにとって10代目に負けずとも劣らない大切な存在になっていたとしても。


懺悔は要らない。辞世の句も聴かない。言い訳なんて必要無い。…それがこの世界だ。


やがてオレは未来に戻る。自分の世界に帰る。


涙はきっと流さないだろう。だってあの日に泣いたのだから。


愛する人を全て失ったあの世界で、オレは泣くことも笑うことも出来ずに壊れるだろう。


…ああ、今頃になって思い出した。


10年前。オレが白蘭の何も知らぬまま殺意だけを当てて殺したときのこと。


あの時白蘭は、オレに殺される寸前だったと言うのに笑ってた。


笑って、こう言った。





     隼人ちゃん。


     隼人ちゃんは、僕のこと嫌いかも知れないけど。




     僕は隼人ちゃんのこと、大好きだよ!!





オレの方が大好きだ馬鹿野郎!!


そんなことに気付くまでにこんなにも時間が掛かっているのだから、オレは本当に救いようがない。





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きっとオレたちは、死んでも再会することは出来ないんだろうな。


ヒビキミトリ様へ捧げさせて頂きます。