覚悟して?
「…ねぇ、獄寺くん。一つ―――聞いていい?」
「なんですか?」
「もしも―――…もしも。だよ?」
「はい」
「オレが…10代目にならないって言ったら、どうする?」
オレの突拍子のない言葉に、けれど獄寺くんの表情には何の変化も見られなかった。
「ならないんですか?」
「いや…多分なるよ。リボーンから逃げられるとは思ってないし、ランボには予言されてるようなものだし。…何より、獄寺くんがいる世界だしね」
オレが獄寺くんと少しでも長くいようとするならば、きっとオレは10代目になる道を選ぶことになるだろう。
それについてはもう何の異論もない。…けど、少し気になった。
あれほどまでに「10代目」を慕う獄寺くん。もしもオレがそれを降りたなら…どうなってしまうのだろうと。
今までの態度が嘘のように素っ気なくなり離れていってしまうのだろうか。オレにはもう見向きもせずに、新しい「10代目」にあの笑顔を見せるのだろうか。
そんなオレの思考は一蹴される。獄寺くんの発言により。
「別にどうもしませんよ?」
…どうもしない?
「なに、それ…」
それはあれだろうか。オレの意思どうこうで10代目になるならないはもう覆せない、という意味だろうか。
オレのそんな考えが顔に出ていたのだろうか。慌てて獄寺くんが付け加える。
「あ、違いますよ10代目。オレは貴方が望むのなら、10代目を降りてもいいとさえ思ってますから」
その発言は少し意外だった。あの10代目馬鹿な獄寺くんのこと、オレが10代目を降りるなんて「とんでもない!」とか言い出すと思っていたのに。
「…無理してなりたくもないものになっても、いい成果は出せませんからね」
「―――じゃあ、オレが10代目を降りたら獄寺くんはどうするのさ」
「ですから、どうもしませんって」
「…それどういう意味?」
「そのままの意味です」
獄寺くんは柔らかい笑みを携えたまま、オレの問いをまるで柳のように答える。
「じゃあ…もしもオレが10代目を降りて…リボーン辺りが10代目になったらどうするのさ」
獄寺くんはリボーンを「10代目」と呼んであの笑顔を振りまくのだろうか。
「いつもと変わらないことをしますよ?」
「いつもと…? じゃあオレのことはなんて呼ぶの?」
オレがそう言うと獄寺くんはその微笑を持ったまま、けれど真っ直ぐにオレを見て…いつものように答えてみせた。
「10代目」
…本当に変わってなかった。
「…あのね。オレが10代目を降りて、一般人になったらっていう前提での話なんだよ? なんで変わってないの」
「そうは言われましても…」
獄寺くんは困ったように笑って。
「オレにとって10代目は、もう沢田さんしかいませんから」
その真っ直ぐな声と、告白とも取れる台詞に思わず顔が赤くなる。
「…っいや、それは嬉しいけど獄寺くん。…じゃあ、オレが10代目を降りて日本にいる理由が消えて、それでイタリアに帰る…なんて事になったら獄寺くんはどうするの?」
「日本にいますよ? 10代目が…沢田さんが日本にいる限りは」
それは本当に何も変わらない毎日で。夢のような毎日で。
「…変なの。オレが10代目じゃなくなっても、それでも獄寺くんはオレを10代目って呼ぶんだ」
「はい」
「…でも、だからって日本に居続けるっていうのは難しいんじゃない? リアルな話、暮らしていけるの?」
「収入途絶えますからね…まぁ、何とかしますよ」
そこで獄寺くんは「ああ」って笑って。「でも」って続けて。
「…でも、そんなことにはならないだろうから大丈夫ですよ」
「…どういう意味? やっぱりオレが10代目を降りられないって?」
「違います。…10代目が10代目を降りても、オレの道は決まってるという意味です」
「………?」
「貴方が10代目を降りて、オレが「日本に残る」なんて言ったら」
それは、それから先の発言は。聞いてはいけないと思った。
「オレはボンゴレファミリーの裏切り者として」
けれど、オレは彼を止められなかった。だから聞いてしまった。
「殺されますから」
彼の、意思を。
―――どうして彼は、そんなことを笑って言えるのだろうか。
他の誰でもない、自分自身のことなのに。どうしてそんなにも朗らかな顔で言えるのだろうか。
「…あ、大丈夫ですよ。10代目」
きっと。そんな日が来ようとも。
貴方にはそんな気配は微塵も感じさせないでしょう。
リボーンさんなら、それぐらいのアフターケアはしてみせますよ。
貴方と別れる日。オレは大きなトランクを持って貴方と少しだけ話をする時間が与えられて。
そこでは「また逢いましょうね」なんて、そんな再会を思わせるような台詞を吐いて。
笑って貴方と別れるんです。オレは始終笑顔で。
出来ますよ? そういうのはオレ、結構得意なんです。
そして、オレはボンゴレファミリーで最後の意思を聞かれて。
オレは答えるんです。「オレの意思に変わりはない」って。
それでオレの処分は決まったのに、オレの口は止まらなくて。
オレは最後の台詞を吐き終えることもままならないまま、背後から―――
―――パァン!!
「…痛いです、10代目」
「獄寺くんが悪い」
「オレがですか?」
「そうだよ」
「10代目が聞いてきたことじゃないですか」
「そうだけど…獄寺くんはそれでいいの?」
「はい?」
「獄寺くんはオレが10代目にならないって言っても、それでもオレに着いてきて。…それでボンゴレに殺されても……いいの?」
「いいですよ?」
「…ごめん獄寺くん。もう一発殴っていい?」
「出来れば遠慮したい所ですが…まぁ、どうぞ」
「あのね…そこまで慕ってくれるっていうのはもちろん嬉しいけど、でもそれで獄寺くんが死ぬというのなら話は別」
「そうは言われましても。貴方が10代目を降りたらオレに残された道は二つに一つですから」
「二つ?」
「はい。…身体の死を取るか、心の死を取るかです」
獄寺くんは笑いながら。
「貴方と二度と逢えないなんて、そんなことになったらオレの心は死んでしまいます」
そんなのオレは嫌ですから、だからオレは心を取った。それだけの事です。…なんて、無垢な顔のまま言わないでほしい。
―――何も言えなくなるから。
「…獄寺くん、ずるい」
「はい?」
「…そんなこと言われたらオレ、何が何でも10代目になるしかないじゃん」
「どちらにしろなるおつもりだったのでしょう? ならいいじゃないですか」
「そうだけど―――やっぱりずるい」
「はぁ…それはすみません」
「…獄寺くん、何が悪いのか全然分かってないね」
「ええ。全然分かりません」
何の悪びれもなく言う獄寺くんに、恐らく本当に全然分かっていない獄寺くんに…怒りを通り越して呆れてくる。
「………まぁ、獄寺くんにも色々事情があるって、だからそんな盲目的になってるって、知ってるから強くも言えないけどね…」
―――でも。
「だからって、オレがそれにいつまでも甘んじ続けるなんて思わないこと…獄寺くん」
「はい?」
いつか崩してみせるから。
獄寺くんの価値感。
獄寺くんの普通。
獄寺くんの常識。
「覚悟してね?」
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その日まで。その時まで。