オレの名前は獄寺隼人。
人間だ。
…そのはずだ。
オレたちは今、10年ほど未来に来ていて…ボンゴレを壊滅させようとしているミルフィオーレを倒す為に修行中…
そのはずなんだ。
だというのに。
「………」
窓に映った自分自身は………信じ難いことに。信じられないことに。
子猫の姿だった。
標的167 その裏側
ちょ、う"ぉおおおおおい!
いきなり何だよこれ!
有り得ないだろ!!
夢か! 夢オチか!! ていうかそうなんだろ!? そうだと言ってくれ!!!
思わず頭を抱えて項垂れる…そうしたつもりなのだが、子猫の身体では伏せの状態になるだけだった。
しかも呻いたはずの声は声帯を通ってか細くうみゃあ…と出てきただけだった。
うわあああああ…情けない。なんだこれ。死にたい。
ていうか…寝て起きたらこうなってたんだからもっかい寝たら直ってるかもしれない…
ただの現実逃避なだけかも知れないがそう思い込むことにした。
こんな姿でこのアジト内を歩くわけにも行かないし、そうするかと思った所で。
「朝だもんねー!!!」
死ぬほど嫌な予感。
「ゴクデラー! ゴクデラ朝! 朝だもんねー! ランボさんよりもおねぼうさんなんだもんねー!!」
嫌な予感。的中。
あの馬鹿牛…! 主の許可もなしに部屋を開けるんじゃねー!!!
「おねぼうさんどこだー!!! って、あれ? 誰もいない?」
ランボはきょろきょろとオレの姿を探してる。そのランボの後ろからイーピンが現れて。オレを指差す。指差すな。
「え? なにイーピン」
あ。見つかった。
…。
と。暫しの沈黙。
えーと…ガキがこういう動物を見つけたときの反応は…どんなんだっけか…?
「に…にゃんこだもんねーーー!!!」
あーやっぱりそういう反応かよ! うぜぇ!!
「にゃんこー! にゃんこにゃんこにゃんこー!!!」
うるせー! 走るな腕を伸ばすなオレを捕まえようとするなーってイーピンお前もかー!!
オレはどたばたと部屋中を走り回り暴れ周った。こんな身体では子供二人を相手にするのはきついって言うか死活問題だ。
だから…
いつの間にかオレは部屋を飛び出し。しかも見知らぬ通路に来ていた。
………どうしたものか。
まずはその一言だった。
人間と猫って…やっぱり視線とか全然違うんだな…
次がその思いだった。
さて。ここはどこだ。
重要問題だった。
ランボ・イーピン組みから逃げ延びれたことは…良かったのだが。ここからが大変だ。
なんて言ったって場所が分からない。我武者羅に走り回ったし、立ち居地も違うのでまるで見知らぬ土地に置き去りにされたような感覚だ。
…どうしたものか。って思考ループしかけてるし。
そんなオレに現れた次なる試練は。
「はひ? ネコさん?」
三浦ハルだった。
…いや、試練とか言うなオレ。ハルなら大丈夫だろう。
さっきのは子供だったから捕まったら最後、絞め殺されそうとか思いもしたが、ハルなら…
「うひゃあー…ネコさんどこから迷い込んできたんですか? ていうかもうなんですかあなたのその可愛さは!!」
…ん?
「整った毛並み、つぶらな瞳、そしてちまったい身体!! どれをとってもパーフェクトじゃないですか!! 一体なんのチャンピョン狙ってるんですか!?」
出会ったハルは…なんかいきなりハイテンションだった。
ハル…? お前落ち着け?
思わずそう口についた。
しかし猫の身体ではみー、という小さな声が出ただけだった。
………ブツッ
…何かが切れる、音がした。
………ハル?
「は…はひぃいいいいい! かかかか、かぁいいですかぁいいですお持ち帰りですテイクアウトですぅううううう!!!」
うわぁ。今捕まったらなんか圧死しそう。
だって。なんか。変なオーラ出てるし。
逃げよう。逃げるとき。逃げないと。死ぬ。
オレは回れ右してダッシュした。
さっきまでオレがいたところにハルの手が掠った。
「はぅうううううう! ままま待って下さいプリティキャットちゃんー!! 写メとムービー一緒に撮りましょううううー!!」
誰が撮るか。
あと変な呼び名を付けるな。馬鹿みたいだぞお前。
ハルから逃げ、角を曲がると何かに強く、頭をぶつけた。
な…んだ?
「あ…ごめんね。大丈夫?」
くらくらする頭に降りかかる声。何かに捕まる。
うあー…首根っこ掴むなー…なんか変な感じだー…
と思ったら、今度はふわふわした何かの上に乗せられる。
………毛布の…上?
「頭ぶつけちゃったねー、いたいねー、でもキミどこから来たの?」
眼の前にちかちかと舞ってた星が消えた頃、ようやく視界が回復してくる。
目の前には…エプロンを付けた笹川の姿があった。
…キッチンか。ここは。
また変なとこに来ちまったな…
オレは未だふらつく頭を振って、気をしっかりと持つ。
…迷惑を掛けたみたいだな、笹川。
そう言ったつもりだった。まぁ口から出たのは相変わらずなーだのみゃーだのそんなのだったが。
…てか、笹川は安全そうだし…落ち着くまでここに…
「京子さんー! ビックニュースですよー!!!」
さて逃げるか。
忘れてた。オレ逃げてるんだった。なんでだろう。
ちょっと疑問を持つことにしたがそれよりも逃げるのが先だと結論を出した。休む間がねぇな。
オレはキッチンの扉が開けられると同時に、飛び出した。ハルには気付かれなかったようだった。
とてとてと歩く後ろから、キッチンから笹川とハルの会話が聞こえてくる。
「聞いて下さい聞いて下さい京子さん! なんとさっきにゃんこさんがいたんですよー!」
「あ、うん。私も会ったよー」
「はひー! かぁいかったですよねー!! 抱き締め頬ずりお持ち帰りですよねー!!」
オレ。危なかった。
てってってと歩く速度をオレはあげた。
えーと…さっきがキッチンだろ? だから…この角を曲がればいいわけだ。
見知った場所から現在の自身の場所を把握する。この分なら直ぐに部屋に戻れるだろう。
…いや、部屋に戻ってもなんの解決もしなさそうな気もするがな…本当どうしよう。
やや落ち込みながら歩いていると…ある部屋が見えた。
…ここは…。
………。
少しぐらい。顔見てくるか。
静かで暗い部屋の中。
クローム髑髏が眠りについていた。
疲労困憊栄養失調。全く、無茶をしたものだ。
…仲間を待ち続けた想いは…分からないでもないが。
「う…?」
あ。起きた。
「………」
「………」
眼が、合う。
「………かわ、いい」
…は?
ガシッと。掴まれた。
その手は氷のように冷たく。機械のように容赦がなかった。
「ねこ…かわいぃ…」
あーっと…クローム?
落ち着け?
あ。無理か。
だって眼。なんか逝っちゃってるし。
「…う"! ゴホ、ゴホゴホゴホゴホ!!!」
と、クロームはいきなり咳き込み、オレの手を離す。
た…助かった…
「ゴホ…ねこ…かは…! ………ね…こ…」
いや、助かってない。
クロームやべぇ…吐血しながらも視線はきっちりオレに向いてるよ。ていうか血まみれの手をオレに向けてきてるよ。
怖いわ。
オレは後退りしながら部屋から逃げていく。
「ま…待って…待ってねこさん…ま…がは…!」
って無茶するなクロームー!! ベッドから落ちたし! 血とかとんでもないし!!!
「ねこ…ねこさ…ねこさん…」
…なんか…逃げるのが物凄く悪いことな気がしてきた…
ていうかこのままオレが逃げるとクロームが死にそうな気がしてきた。
どうしよう。
「ねこ…さ…ぎゅって…させて…ふふ…ふふ、ふ…」
あ。ごめん無理。
ここで捕まったらオレやっぱり圧死すると思う。
オレは素早く手早く回れ右をして部屋から飛び出した。
「待って…待ってねこさんー!!!」
って追いかけてきたー!!!
やばいだろ駄目だろ寝てろよ病弱っ子ー!! って言っても聞こえないか! もう何も見えてないかあいつ!!
というわけでまたしてもオレは我武者羅に走り回ったのだった! 以上! まる!! ていうかあいつ足速ぇー!!!
…あれから走って走って走り回って…ようやくクロームを撒くことが出来た。
…色んな意味で危機を感じたぜ…あー…なんつか…あ、無理…
こてんと倒れる。フローリングの床が気持ち良い。
思わず眠ってしまいそうになるが…オレが意識を手放すよりも前に。
「………猫?」
ラル・ミルチが現れた。
ヤバイ。
今までの奴らもそうだが、たぶんこいつが一番ヤバイ。
「…ここはボンゴレの隠れアジトだぞ…? 野良猫が紛れ込めるわけがない」
不味い。
そういえばそうだった。隠れアジトに見知れぬ物体…そりゃあ警戒するのも当然だ。
「…ミルフィオーレの遣いか…?」
違ぇ! オレはあんな奴らの遣いじゃねー!!
そうみーみーと抗議してやる。くそう、言いたいことが全く通じない。
「………」
ラルはオレに手を伸ばしたままで固まっていた。…どうした? こいつ。
「…お前」
ん?
「今からオレの部屋に連行する。拒否権はない」
いやいやいやいや。訳わかんねぇから。
なんか、先程までの硬い空気は霧散したが…別の空気が支配してるぞ。ここ。
「さぁオレの胸に飛び込んで来い!!」
誰が飛び込むか!!
オレはラルに背を向け走り出した。
「逃げるなにゃんこ!!」
にゃんこゆーな!!
て、いうか。やばい。
なんかもうオレ体力ない。ふらふらする。
よく考えたら朝から走りっぱなしじゃねーかオレ。
ていうか一番はクロームだと思うんだが。あれは怖かった。
このままだとオレ…ラルに捕まる? オレピンチ?
なんていうか、オレまだ死にたくねーよ! ていうかこんな事で死にたくねーよ!!
命って大事ですね10代目! オレやっと分かりました! シャマル! オレに命の尊さを教えてくれてありがとう!!
ぜひぜひしながら曲がり角に飛び込むと…また何かにぶつかった。
こてんとオレはそのまま倒れて。あー…後ろにはラルの気配。オレやばい。どうしよう。
ていうか…オレは一体なににぶつかったんだ…って。
「………」
あ…
オレがぶつかったのは…リボーンさんだった。
あーすいませんごめんなさいリボーンさん…知らなかったとはいえオレリボーンさんに体当たりしてしまいました…。
「いや、構わないが…一体なにしてんだ? 獄寺」
何って…オレにもよく。って、え?
「?」
リボーンさん…オレが分かるんですか!?
「まぁ」
す、すごいです! 流石ですリボーンさん!!
「そうか」
「待てやにゃんこー!!」
ってうわラルのこと忘れてた!!
に、逃げ、ないとって…げ。なんか、力入らないんだけど!?
「なんだ獄寺。そんな姿であいつに会ったのか? あいつはああ見えて小動物系が大好きなんだぞ」
いや、そんな豆知識はどうでも良いですから! ていうか、どうしよう…マジで力が…
困り果てて少し上を見上げると、そこにはいつもと変わらない…変わってるのはオレだからな…。リボーンさんの姿が。
…あの、すいませんリボーンさん。
「ん?」
たすけてください。
オレがそう言うと、リボーンさんはにやりと笑ってくれて。
「ああ。構わないぞ」
そう言って…動けないオレをひょいと持ち上げて。
…え?
ぎゅって…抱き締めて…くれて。
…まさか、リボーンさんに抱き締められる日が来るなんて。
体格の差で…どうしても、出来ないって。そう思っていたけど。まさかそれが覆される日が来るなんて。
うわー…
リボーンさんの腕の中は、子供なのに低い体温で。
小さな身体なのにしっかりしてて。手の平は少し硬くて。
でも確かなぬくもりと、鼓動が聞こえてきて。それに安心して。
気付いた時にはオレは…リボーンさんに抱き締められながら、眠りに落ちていた。
真っ暗だった。
あたり一面暗闇だった。
ここはどこだろう。
オレの姿は猫のまま。
リボーンさん?
リボーンさんはどこだ?
リボーンさん、リボーンさん。
オレはリボーンさんを呼ぶけれど、リボーンさんは現れない。
みーみーみーみー鳴いてると、ごごごごごご。と、地響きが。
「はぅうう!! プリティキャッツちゃん発見ですぅううううう!!!」
ハルだった。
巨大なハルが突如として現れた。
逃げる逃げる。オレは逃げる。
けれどオレの行く手を遮るように、目の前に別の人間が現れる。
「…ねこさん…」
クロームだった。
あちこち吐血でかそれとも何かあったのか血まみれで。生気のない眼でオレを見て。手を差し伸ばす。
だから怖いって。
逃げる逃げる。オレは逃げる。
けれど逃げた先には先客がいた。そいつはオレを見つけるときゅぴーんと眼を光らせた。
「にゃんこ…!」
だからにゃんことゆーなと。
ていうか。気付けばオレは追い詰められていた。
逃げ場がない。
奴らはじりじりじりじりとオレににじり寄ってくる。
なんていうか、マジ怖いっす。
うわ、やめ…誰か…
「うるせぇぞ」
頭に衝撃と、目の前にお星さまがいくつか飛んだ。
ぐわんぐわんと頭が揺れる。痛い。すげー痛い。何事だ?
「目ぇ醒めたか?」
「はい…。って、あれ…リボーンさん?」
「ああ」
気が付くと、そこはオレの部屋で。窓に映る姿は人間のもので。
…やっぱり夢オチか。
はぁ、と盛大に溜め息を吐く。………正直。怖かった。あと何度も死ぬかと思った。
「お前ひたすらうんうんうなされていて、うるさかったぞ」
「えっと…すいませんリボーンさん」
謝りながら、ふと疑問に思う。
なんでリボーンさんがオレの部屋に?
「オレがお前をここまで運んできたからな」
「???」
いまいち意味がよく分からない。
確かにリボーンさんほどの握力があればオレを引きずるのも動作もないことだろうが…それにしてはオレの身体は別段どこかにぶつけたような痛みはなかった。
それにオレは部屋から出た記憶もない…
どういうことですか?
そう聞こうとする前に、部屋の扉が開けられた。
「あ、獄寺くんとリボーンくん発見。あのね。さっき迷い子猫が…」
ヤメロそれ以上聞きたくないし知りたくもない。
けれど無情にも笹川はオレとリボーンさんに携帯の画面を向けてくる。
…夢じゃなかったのかよ畜生。
画面の中では銀の毛並みに碧の眼をした小さな子猫が、毛布の上で丸くなっていた。
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にゃんこ獄がハルから逃げ回っている頃、ビアンキはツナに「あの子ばっくれたわ」と言っていました。
にゃんこ獄が京子ちゃんと会っている頃、ツナはハルに怒鳴ってました。
にゃんこ獄がクロームに追いかけている頃、リボーンさんは山本を撃ち抜いていました。
にゃんこ獄がリボーンさんに保護されている頃、ラルは走り疲れて座った所をツナに見つかってました。
そんな裏話があったと捏造標的167。
そんなわけで「にゃんこになってしまった獄寺を皆で総奪戦」
辛口ムース様へ捧げさせて頂きます。
リクエストありがとうございました。