微かな繋がり



日の落ち掛けた夕暮れ時、応接間に来客が訪れた。


「わぉ。キミから来るなんて珍しいね」


なんて言ってはみせても。ここに来た、僕の所に来たということの意味は一つしかなくて。


「……約束、したからな」


ほらねぴったり予想通り。あんまり嬉しくないけれど。


「明日から、二週間ぐらいイタリアに戻るから」


…彼が本国に用事があって戻る時は、まったく連絡が取れなくなる。


だから、僕は彼に二つの約束を持たせた。


一つ。日本を留守にする期間をなるべく正確に僕に知らせること。


一つ。絶対帰ってくると、僕に約束すること。


約束の中にまた約束があるなんて。少しややこしいけど僕は結構気に入っている。


「………」


いつもなら、「なるべく早く帰ってくる」とか言うのに。今日だけは何だか違った。


「――どうしたの?」


「いや…その」


いつもと違って歯切れが悪い。どうやら、今回はダイナマイトの仕入れだけで戻るわけじゃないようだ。


「…今回は危険な任務なの?」


「なっ任務ってなんの事だよ!!」


どうやら彼は、未だ僕が彼の正体を知らないと思っているらしい。


彼のことはとっくに知ってる。あの赤ん坊を調べてるとき、ついでに。


でも、あそこまで目立った事をしていれば今まで何をしていたのか興味の一つも持つというもの。


やはりどちらにしても彼の正体は知っていただろう。


…まぁ、このネタでこれからも彼で遊べるから、暫くは黙っておこう。


「はいはい。じゃあ、どうしていつものように約束してくれないのかな?」


「―――う。それは…」


いきなり目が泳ぎだす彼。ここまで嘘が付けないというのも珍しい。面白い。


……けれど。


そんな彼が口篭るということは、それは余程のことなのだろう。


すっとソファから立って。未だ何やら言い訳をしている彼を捕まえる。


「――え? 雲雀…!?」


肩に僕の手が触れるまでまったく気付かなかったらしい。まったく危うい。これが僕限定なのなら、言うことなしだったのだけど。


「…約束が出来ないんじゃ、キミを戻らせる訳にはいかないね」


「え、ちょっ待て…!」


両手を使って拘束する。慌てる彼が何とも可愛い。


「わー! 分かった、分かったから雲雀! だから離せ!!」


「分かった? 何が分かったのかな? ちゃんと言葉にしないと分からないよ」


わざと意地悪を言ってみる。すぐに約束しないからこういう事になるんだよ? 覚えておいて?


彼はといえば、真っ赤な顔になっちゃって。慌てながらにも言葉にして、開放を求める。


「や、約束する! 絶対、絶対、雲雀のところに帰ってくるって、約束するから!!」


「………」


――思わず。ぽかんとしてしまった。


「雲雀?」


怪訝そうに僕を見る彼も気にならなくて。


いやだって。今まで帰ってくると約束させてたけど。


彼が"僕のところ"に帰ってくるなんて言ったのは、実は初めてで。


彼がそんなことを意識して言った訳じゃないぐらい重々承知だけど。でもそれとこれとはまた別問題で。


こんなことぐらいで一喜一憂するなんて、どうやら僕は相当重症らしい。


「―――雲雀? おーい」


彼の声で現実の世界に帰り。一気に上機嫌になった僕は彼の唇に自分のそれを押し付けた。


「――――っ!?」


それだけでこれ以上ないだろうってくらい赤くなる彼が、初々しくて。


それ以上のこともしたくなったけど、それはまだお預け。そのことを悟られないよう、彼から一歩身を引く。


「い、いきなりなにす…!」


僕が手を離すと彼は袖で唇を拭って。…そんなに嫌だった?


「いきなりも何もないでしょ。ただ単に、キミがもっと早く約束をしておけばよかったんだよ」


変なところで律儀な彼は一応納得したみたいだった。


「じゃ、もう行っていいよ。これから色々準備もあるんでしょ?」


「ああ。……雲雀」


応接間の出入り口まで行った彼が、僕に話し掛ける。


「何?」


彼は先程の名残か、まだ顔を赤くしたままで……


「その、頑張って、なるべく早く帰ってくるから」


なんて言って。照れくさいのかそのまま全力疾走で行ってしまった。


後には一人残された僕がいて。


「…馬鹿。だからキミは危ういんだよ」


柄にもなく赤くなってしまった顔が落ち着くまで、ずっと応接間から外を見ていた。


とりあえずは、早く帰ってくるという彼の言葉を糧に、これから訪れるであろう退屈な日々を乗り切ろうとか思いながら。





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キミが帰ってきたら、特別に甘えさせてあげてもいいかもね。