厳しい現実
「…獄寺くん。起きてよ獄寺くん」
そう、オレが声を掛けると。
「…はい。おはようございます、10代目」
ちゃんと目覚めてくれる、獄寺くん。
それはなんて…なんて至福の時。
「………あの、10代目…オレもう大丈夫ですから」
「オレが勝手にやってるだけだから」
「いやあの…毎朝10代目に起こされるなんて畏れ多いと言いますか恐縮と言いますか」
「オレがやりたくてやってるんだから良いの」
「もう心配要らないって。シャマルにも太鼓判押されましたし…」
「それでも。こうしないとオレが安心出来ないの」
そうやって毎日繰り返される押し問答。毎回結局は獄寺くんが折れてくれるんだけど。
やっぱり二年も眠りっぱなしだったんだから。その辺の負い目もあるんだろうな。
…二年前の、丁度この季節。
凶弾の前に彼は倒れた。
…オレを庇って。
幸いにも命だけは取り留めたけど、そのまま目が覚めないかも知れないと言われた。
それでもオレは待ち続けた。
彼が起きる日を。
それでもオレは信じ続けた。
奇跡が起きる日を。
そうして…それは起った。
そのときの感動を、喜びを…オレは伝えきれる術を知らない。
…といってもその日の内にまた寝ちゃったんだけどこの子は。
けれど翌年。今度こそ獄寺くんは起きてくれた。
それからと言うもの、オレの毎朝の日課は獄寺くんを起こすことになった。
本当はずっとずっと傍にいたいんだけど、そうもいかないからせめて。
だけど。今のオレにはささやかな夢があったりする。
…今度のクリスマス。
今年こそ、獄寺くんと……起きてる獄寺くんと。一緒に。
…去年はまた寝かせないようにっててんやわんやだったからなぁ…
ちょっと遠い目をしつつ、過去に思いを飛ばしてひとり苦笑する。
来年は、獄寺くんとこうして思い出し笑いをしたいな…
そう思いながらとりあえず書類を片付ける。
クリスマスをオフにするためには。まずはこの眼前の仕事を片付けなくては…
クリスマスが近付く。
獄寺くんに変調は見られない。
良いことだ。
最近はオレに起こされるのがそんなにも抵抗があるのか、オレよりも早く起きているぐらいだ。
その場合、時間が来るまで獄寺くんと話をしてるんだけど。
それはそんな、ある日の会話。
「ねぇ。獄寺くん」
それは。まるであの日の再生のような。
「今年のクリスマスプレゼント…獄寺くんは何が良いかな?」
ただ違うのは、言ってる人と言われている人が間逆だと言うこと。
言われた獄寺くんは、一瞬きょとんとして。そしてうーんと唸って真面目に考え始めた。
「…いやあの。獄寺くん。そんな悩まないで良いから」
「ですか?」
「ですよ」
そう言ってもやっぱり獄寺くんは唸るままで。…何か言いづらいこと?
これで「クリスマスはひとりで過ごしたいんですけど…」とか言われたらオレどうしようね。
ちょっと冷や汗掻きながらも獄寺くんの言葉を待つ。
「その…10代目」
「ん?」
意を決したように、口を開いた獄寺くんの言葉は―――
………え?
「…獄寺くん?」
「――10代目、そろそろお時間ですよ」
「うん? …うん……」
納得が行かないながらも、確かに時間がかなり追っているので部屋を後にする。
けれど…小さく言われた、獄寺くんの欲しい"クリスマスプレゼント"の意味が分からない。
獄寺くん…もしかしてまだ寝惚けているのだろうか。
「…起きて下さいって…今獄寺くん言ったよ…ね?」
獄寺くんは一体何を言ってるのだろう。
別に誰も…寝てないよね?
クリスマス、寝ずに過ごしましょう…とも違うだろうし。
…?
変なもやもやを抱えたまま、数日を過ごす。
小さく呟かれたはずの、獄寺くんの言葉が頭にこびりついて離れない。
けれど何も分からない。そもそも「起きて」だなんてオレが彼にずっと思い続けてきたことだ。なのになんで逆にオレが思われているのか。
オレ別に寝てないしなぁ。
だけどあれから何度も獄寺くんに問いただしても曖昧な笑みを浮かべて誤魔化されるだけだ。
まるであの時だけ、夢を見ていた気分。
…って。
そういえば何だかずっと夢を見てない気がする。
最後に夢を見たのは………いつだっただろうか。
……?
どうして…思い出せないんだろう。
すっきりしない何かは晴れないまま、時間だけが過ぎてクリスマスの当日が訪れた。
何の問題もなく。今度こそ本当に…起きている獄寺くんと二人っきりのクリスマス。
ただ、まだ動き回ってはいけない。ということで獄寺くんはベッドの中で。オレはその横の椅子に座って。
「Buon Natale.獄寺くん」
「はい。Buon Natale、です10代目」
イタリア語でクリスマスを言って、獄寺くんとパネットーネを食べる。
「美味しい? 獄寺くん」
「ええ。…とても美味しいです。一体どこから買って来られたんですか?」
「ふふふ…獄寺くんが喜ぶようにって特別に作ってもらったのさ!」
「特注ですか!?」
驚いた顔の獄寺くんが可愛い。
「くっくっく…どっきり成功だね!」
「子供ですか、あなたは…」
呆れたような表情。けれど最後には微笑んでくれる獄寺くんが愛おしい。
…だけど、どこか獄寺くんの顔に…陰りが見える。
「獄寺くん…? 調子でも悪いの?」
「…そういうわけでは、ないですよ」
そう言われても、気になる。
「獄寺くん? どうしたの?」
困った顔をする獄寺くん。胸の内を言うべきか言わざるべきかを迷っているようだ。
「…10代目。例え話を一つしても、良いですか?」
「うん? 何?」
「例えば…例えばですよ?」
「うん」
「例えば…去年のクリスマス、オレが目覚めなかったとします。…そもそも、その前のクリスマスもオレは目を覚まさなかったと仮定します」
「………うん」
「それでもあなたは、オレの直ぐ隣にいてくれましたか?」
「当然」
即答だった。
獄寺くんは少し面食らったような顔をして、くすくす笑う。
「それで? それが何?」
「…いえ…そうですか。そう言ってくれますか」
そう言いつつ、笑っているのも獄寺くんだ。屈託のない顔で笑っている。
「でも…なら大丈夫です。じゃあ言います。では言います。オレの願い、オレの望み。ですからあなたはそれを叶えて下さいね?」
少し意地悪そうに言いながら、獄寺くんはそう言って。
「10代目」
オレに願いを告げる。
「起きて下さい」
…しかしそう言われても、はて困った。
だからオレ起きてるって。
寝惚けているのか…はたまた―――後遺症とかじゃないよね。
一応シャマルに診てもらったほうが…
「逃げないで下さい」
気がつけば、獄寺くんに腕を捕まれていた。
…思ったよりも、ずっと強い力で。
「ご…」
「…駄目です。オレもう決めちゃいましたから」
なにを。なんて言う間もなく引き寄せられる。
…わーお獄寺くんとベッドの中で二人っきりなんて凄い状況。オレが上なら言うことなしだったんだけどな。
「10代目…如何わしいこと想像してません?」
してました。ごめん。
「もう…」
獄寺くんは困ったかのように笑うと…距離を縮めてきて。
キスされる―――と思ったのに、おでこをくっつけられただけだった。まるで子供の熱を測るかのように。
けれどその途端、オレの頭に流れ込んでくる映像。
…え?
唖然とした表情で獄寺くんを見れば…変わらず笑ったままの、獄寺くん。
「…起きる気になりました?」
「いやだって…え…?」
状況が掴めないままに、獄寺くんは一度また距離を置いて。
「まぁもっとも…起きる気がなくても。起きて頂くんですけど」
さらりとそう言って。
「すいません10代目。…ちょっと。痛いかも知れません」
なんて言って。獄寺くんは思いっきり振り被って―――
オレのおでこに激痛が。
―――目の前に蘇るは、あの日のこと。
二人で賑わう街を歩いてた。
それはクリスマスの直前のこと。
一発の銃声が響いた。
平和な街中にはあまりにも不釣合いな…あまりにも無粋な音。
悲鳴と混乱。怒号と動揺。鮮やかな赤とそして―――青ざめた彼の顔。
ああ…そうか。思い出した。
彼は狙われていたけど。撃たれそうになっていたけど…結局弾丸は彼には当たらなかったんだった。
そうだった。
オレは彼が無事なことを確認すると、そのまま深い深い…多分もう目は覚めないんだろうなってぐらい深い。
眠りに着いたんだった。
「―――……」
目を開けると、見慣れた天井が飛び込んできた。
…あー…
そういうことだったのか…
本当…馬鹿だなぁオレは…
全身がぎしぎしいってる中、無理に半身を起こして背も垂れる。
ベッドの脇に目をやると………嗚呼、本当。困ったものだ。どうしよう。
彼がいつものオレの指定席に座っていた。…そしてすやすやと眠っていた。
時計の針が進む、進む…直に日付が変わる時間になる…というところで、身動ぎする彼の身体。
物凄くぼんやりした顔で窓を見ている。そして呟かれる…声。
「…オレ、寝すぎだろう…」
耳に入る彼の声に高鳴る鼓動。あ。ヤバイ。すっごい嬉しい。
やっぱり現実には敵わないなぁ…
彼は俯いて、どこかで聞いた覚えがあるような…何だか懐かしい台詞を言ってくる。
「10代目と二人っきりでいられる数少ない時間なのに…10代目、すいません」
「―――んーん。気にしないで。まだ寝てても良いぐらいだし」
びくりと震える身体に、思わず笑みがこぼれる。
「おはよう獄寺くん。今西暦何年? 何月何日? もしかしてクリスマス? ナターレ? だとすると嬉しいんだけど…―――」
「10代目!!」
「おぶ! …んー、獄寺くんからの熱烈なハグだよ。現実さいこー。そして獄寺くん、泣かない泣かない。夢の中でヘッドアタックかましてオレを叩き起こした獄寺くんはどこに行ったのか」
「じゅ、だ…良かった…良かった、です、10代目…!」
「聞いてないね。余裕ないね。でもそれでも獄寺くんあれだ。至急医者呼んでくれないかな。多分早めに診てもらわないとオレまた直ぐ寝るような…そんな予感がね。するんだよ」
医者と言う言葉に反応してか、獄寺くんははっと正気に返ったような顔をして…「シャマルを呼んできますっ!」と急いで慌てて部屋を去って行った。
…シャマル、オレ診てくれるかなぁ。あの人男は診ないはずなんだけどなぁ。
まぁ…良いか。多分診てくれるさ。きっと。
それにしても…眠い。寝たい。でも寝ない。
「寝るんじゃねーぞ。ツナ」
懐かしい声が鼓膜を刺激する。顔をそちらへ向ける気力がなくて、声だけで反応した。
「寝ない寝ない。ここで寝るぐらいならもっとずっと獄寺くんのハグを楽しんでいたから。それを我慢したオレ。偉くない?」
「全然」
「ひど…」
即答された返答に思わず呻く。…本当こいつはいつまで経っても変わらない。
「とりあえずナターレは明日だ。そして今日からお前のことはダメツナではなく三年寝太郎と呼んでやろう」
「うーわオレそんなに寝てたか…良くオレ今までベッドの中にいられたものだ」
「獄寺一時は発狂しそうだったぞ」
「支えてくれた? なら礼を言うよ」
「んなもんいらねぇから三年間分の仕事でも片付けろ」
「…厳しい」
本当、現実は結構甘くない。
けれどオレの復活に涙すら流して喜んでくれた獄寺くんを思い出すと…それでも目が覚めて良かったと、日付の変わる音を聞きながら思った。
…まぁ、そんな青い感想もこの後溜まりに溜まった仕事の量を見るまでだったんだけど…
いや、あの量はない。マジで。
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これが獄寺くんを三年待たせた報いか…
リクエスト「「陳腐な奇跡」続き」
霧夜様へ捧げさせて頂きます。
リクエストありがとうございました。