いつだって。お前はオレに着いてきて。


気が付くと。オレはお前を探してて。



守れなかった約束



「ほら、あんま動くな。治療出来ねぇだろーが」


「うっせ。んな乱暴にするから――いて、馬鹿いてーよ。もっと優しくしろ!」


「あのな。男なのにオレに治療してもらえるってのはこの上ない名誉なことなんだぜ? ありがたみってのを感じろよ」


「アホか! 治療するのに男も女もないだろーが! やっと普通の医者レベルなんだよそれで!」


「オレは診る奴を限定して、その中で存分に力を発揮するんだよ」


「けっ………」


「ったく、何でそんな口聞くような奴になっちまったのかねー。昔はあんなに可愛かったのに」


「何十年前の話してんだよ!!」


「…ほい、終わり。ったく無茶しやがって」


「無茶はオレの専売特許だから」


「アホか。…それもこれも、全部"10代目"のためってか?」


「当然」


「………」


はぁーと、ため息一つ。それに不満を持ったのか隼人はオレを睨みながら言ってきた。


「なんだよ…わりぃかよ」


「べっつにぃー? お前の"10代目"は今に始まったことじゃねぇし」


「分かってんなら、いいだろ別に」


「あーあーそうだな。もう治療は終わったから、10代目の所にでもどこにでも行けよ」


「……ったく」


ぎしっと、隼人が移動するのが、後ろからでも分かった。


このままどこかへ行くのだろう。ここじゃないどこかへ―――とか思ってたら。


――ぽふっ


「……あ?」


隼人は。オレに寄り掛かってきた。


「ちょ…おい」


「どこにでも、行っていいんだろう?」


オレはここにいることにする、なんて。相変わらずの自分勝手なことを言って。


「……おじさんはこれから仕事なんだけど」


「だから?」


くっと、思わず笑いが零れる。


「いや…いいよ。お前の我が儘っぷりよく知ってる」


「伊達にオレが生まれたときからの付き合いじゃねーな」


そういうことと、オレは手に持ってた書類を机の上に投げる。仕事は今日はお休みだ。


「なんか…昔を思い出すなー」


「ん?」


「覚えてないか? お前がまだ城にいた頃だ。よくお前、オレに着いて回ってきたな。今日みたいに寄り掛かるときもあった」


「んだよ…また昔の話か。そんなことばかり言ってるから、もう年だなんて言われるんだよ」


「そんなこと言うのお前だけだから大丈夫」


何が大丈夫なんだか…と、ぼやく声が聞こえる。


「なんだ。お前昔の話は嫌いか?」


「嫌いだね。嫌な思い出しかない。特に城の話は――」


「…ビアンキちゃんのクッキー騒動か?」


「………そうだよ。それにつまらない勉強、レッスン。客人には変な目で見られるし、あとあんたにも間違った知識教えられた」


「…ん? んなこともあったか?」


「あったよ! 妹62人いるとか、日本の山奥には山の神がいるとか、呪いとか……」


ああ、とオレはまた声を出して笑う。


「あのとき丁度日本映画にはまってなー…懐かしい。今度その映画見に行くか?」


「ぜってぇ嫌だ!!」


「嫌われたもんだねぇ。いいじゃないの。おじさんとデートしようぜ」


「シャマルは約束破るからやだ」


「…ん?」


「昔からそうだ。シャマルはオレとの約束は破ってばかり。……だからオレは、大人が嫌いになった」


確かに昔、こいつのことを蔑ろにした時期も多少なりともあった。


「シャマルはオレのことなんてどうでもいいって、そう思ってるって、そのとき悟った」


「………」


オレは隼人をぎゅっと抱きしめる。隼人が驚いた。


「な、おい! 何すんだよ! いてぇだろうが!!」


「………わりぃ、な」

「あ?」


「お前を放ったらかしにして、悪かったな。もうしない。絶対約束は守るから……」


「……………」



「なんて名前の映画だよ」



「え?」


「なんていう映画だって聞いてんだよ! 見に行くとき分かってないと不便だろうが!!」


「………隼人」


「シャマルがはまったっていうのに、少し興味が湧いただけだからな!!」


「ああ、ああ。そうだな。いつ行こうか。何なら今すぐにでもいいんだが」


「あー…オレの方が任務があるからなー……少ししたらでかい抗争があるんだ。それのあとな」


その日。オレたちは映画に行く約束を取り付けて。それから別れた。


―――でも。オレは忘れていたんだ。ある意味、こいつらの仕事ってのを誰よりも知っていたのに。


オレは………忘れていたんだ。マフィアってものを。



「Dr.シャマル! 急患です!!」


―――まったくお前は。いつになっても無茶しやがる。





閉じた扉を見ながら、オレは適当に煙草を取り出し、煙を吸った。


目を瞑り、煙を吐くと、まだ城にいた頃を思い出す。


――お前の言った通り、もう年なのかもな。


いつだって。お前はオレに、着いてきて。



先生! シャマル先生!!


はいはい。何かねお坊ちゃま。


先生は今、ニホンエイガが好きなんですよね!


んー…まぁ、そうだな。


僕も見たいです。シャマル先生と一緒に見たいです!!


あー……と、じゃあ今度な。


約束です! 約束!!


ああ…約束だ。


はい! 約束です! ………シャマル先生――


……ん?


―――ありがとう。



約束を破ったのは、オレ。


気が付くと。オレはお前を探してて。


でも。オレがようやくお前に興味を持ったときには、お前はすっかり可愛気がなくなっちまっていて。


―――中々両想いには、なれねぇなぁ。


恋の百戦錬磨のこのオレが、たった一人のガキにこれでもかというほど振り回されるなんて。


「う……」


―――と、重症患者が目を覚ました。


「お目覚めかい? お姫様?」


「……シャマル? …そっか。オレ、またあんたの世話になっちまったのか……」


「そう思うのなら少しは自制してくれ。こんな戦い方じゃ命がいくつあっても足りやしない」


「…わりぃな」


「ま、いいけどな。その分お前に思う存分、お触り出来たし」


「……わりぃ。シャマル」


「……隼人?」


隼人は、申し訳なさそうな顔で、笑って。


「映画…行けなくて、わりぃな。シャマル…」


―――時が、止まった。


「………あ、ああ、気にするな。また時間を作って――」


「……シャマル」


「なに、怪我なんてオレの手に掛かればあっという間に治る。いいか? あっという間だぞ?」


「――シャマル」


「そうだ。これを機に休みを貰おう。お前は働きすぎなんだ。少し休めば―――」


「シャマル!!」


「………っ」


「……分かってんだろ?」


「何をだ?」


「―――オレはもう、長くないって」


「馬鹿なこと、言うな。…医者が治るって言ったら治るんだよ!」


「……オレは医者じゃないけど、自分の身体の事ぐらい、分かる」


「―――っ」


「シャマル。オレに痛み止めを」


「な…っ馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!!」


「シャマル。オレはもう長くない。だったら……」


「隼人、そんなこと言うな。オレが絶対治してやるから…!」


「―――シャマル」


隼人は。少し困ったようにオレを見上げて。


「頼むよ」


なんて。そんなことを言って。


「………馬鹿野郎が」


「シャマル……」


「――とびっきりのを、打ってやる…精々、派手に散ってこい」


「………すまねぇな。シャマル」


「けっ。これで生きて帰って来てみろ。オレが殺してやるよ」


「おお怖えぇ」


隼人は笑った。これから死にに行くってのに、朗らかに笑っていた。



「…ほら。出来た。―――行けよ。隼人」


「ああ。………シャマル」


「ん?」



「―――――ありがとう」



ばたん。


その扉が閉まったあと、オレはあの頃の隼人を思い出し、あの頃と何も変わっちゃいない隼人を想い―――


―――――独り、泣いた。





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結局約束は果たされない。