獄寺隼人。
ボンゴレファミリーにおいて、その名を知らぬ者はいない。
それはボンゴレ10代目の右腕だとか、嵐の守護者だからではない。
ボンゴレ10代目には「オレの伴侶」と宣言され、
雨の守護者には10年程ストーカーされ、
雲の守護者には異様に執着され、
晴れの守護者には言い寄られ、
雷の守護者は常にパシリとしてスタンバイし、
霧の守護者には二人揃って狙われている。
なお、そのことに対して嵐の守護者の反応は、
10代目の「伴侶」宣言に対しては「右腕」と解釈し、
雨のストーカーにはまったく気付いておらず、
雲の異様なまでの執着ぶりには「お前なんで群れに来るの?」で済まし、
晴れの口説きは最終的に全部喧嘩となり、
雷のパシリはもはや日常と化しており、
霧の二人掛りで自分を落とそうとする計画を立てているのを見て「仲良いな」と思うのみ。
嵐の守護者は天然だった。
更に、味方に対しての危機感がまったくなかった。
だが、そんなところがまたいいのだった。
そしてそんな彼に魅了されたのは守護者だけではない。
たとえばそれは、同盟ファミリーのボスだとか。
たとえばそれは、伝説の医者にして暗殺者だとか。
たとえばそれは、暗殺集団のヴァリアーだとか。
たとえばそれは、呪いの解けしアルコバレーノだとか。
…そういえば、彼らの面倒を見たアルコバレーノの一人と獄寺は比較的よく話をしている気がする。
ともあれこれは、そんなみんなに愛されるマフィア界のアイドル、ボンゴレのヒロインで有名な獄寺隼人の一日を、彼の部下Aの立場から見た話である。
朝。
部下は上司たる獄寺を探していた。
仕事の件で聞きたいことがあったのだ。
部下は急いで獄寺を探す。
仕事そのものは、急ぎのものではない。
急ぎではないのだが……早く見つけなければ、間に合わなくなる。
そして程なくして部下は獄寺を見つけたのだが、
「……………」
声を掛けるのを、躊躇った。
獄寺の歩く通路、その手前。その曲がり角に獄寺の様子を伺うストーカー…もとい、雨の守護者たる山本氏がいたからだ。
…何故、ここまで露骨に付き纏われて我が上司は気付かないのだろうか。
部下は疑問を抱きつつストーカーに声を掛ける。
「…何をなさっておいでですか、山本殿」
「日課だ」
世界一最低な返答だった。
「我が上司に付き纏うのはいい加減やめて頂きたく」
「馬鹿野郎、獄寺と付き合いの浅いお前に何が分かる。これがオレと獄寺のベストな付き合い方なんだ」
それは間違いなく違うと思うし、仮に正しいとしてその付き合い方で本当に満足なのだろうか。と部下は思った。
「…日課もよろしいですが、業務にお戻り下さい。仕事が溜まっていると部下が嘆いておられましたよ」
「ふ…知ってるか? 世の中には仕事よりも大切なものがあるんだぜ?」
ストーカーよりも仕事して下さい。
部下はそう思ったが言葉には出さず、代わりに後ろ手に回していた携帯電話のボタンを押した。
10秒後、山本の部下が凄い勢いでやってきて山本を引き摺って行った。
「ああもう隊長こんなところにいたんですか! また獄寺さんをストーキングして!! やめて下さいっていつも言ってるでしょうこの変態!! それはそうと仕事して下さいこっちですこっち!!」
「ぬおお!! お前らどうしてここに!! 待て、引っ張るな! オレの幸せの邪魔をしないでくれーーー!!!」
捨ててしまえそんな幸せ。
部下が通路を見るも、獄寺の姿はどこにもなかった。
部下は獄寺の消えた方角へと走った。
程なくして、部下は獄寺を見つけた。
見つけたのだが……
「そんなわけで、今日は僕と一緒に過ごしなよ」
「いや、何がそんなわけなのか一切分からねえから」
見つけた上司はナンパされていた。
しかもその相手はあの雲の守護者だった。あの超怖い人相手に動じないとか流石は我が上司と部下は頷いた。
しかしそれはそれとして…いかがしたものか。
今あの二人の前に出ようものなら間違いなくあの雲に睨まれる。自分が睨まれることで獄寺に変な因縁を付けられるかも知れない。
獄寺は変にお人好しで義理堅い。多少強引な言い分であってもどう考えてもこじつけであっても部下の失態は自分の失態と受け取り雲雀の要求を聞き入れるかも知れない。
自分がしゃしゃり出たせいで。
それだけは避けなければならない。
しかし…ならば、どうするか。
雲雀の部下は山本の部下と違い上司至上主義なので応援は望めない。
他の部下も…雲雀が相手だとあまり動きたがらない。雲雀恭弥はそれだけ恐れられていた。
だが、それでも部下は引くわけにはいかないのだ。親愛なる上司のために。
何も前に出て、身体を張ってもらうだけしか手段がないわけじゃない。
部下は携帯電話を操作した。
一分後。
「極限ーーー!!」
馬鹿が来た。呼ばせたのは自分ではあるのだが。
馬鹿は部下を通り過ぎ獄寺と雲雀の間に割って入る。
「コラ雲雀! 嫌がるタコヘッドの貞操を無理矢理奪おうとは何事だ! 恥を知れ!!」
「キミだって彼を無理やり誘ってるじゃない。自分はいいわけ?」
「馬鹿者! オレはちゃんと許可取っとるわ! 何故か最後には殴り合いになってるがな!!」
そもそも誘わないで頂きたい。朝っぱらから。業務中に。
ともあれ、二人の注意は獄寺から逸れた。
今の内に獄寺を…と思う部下であったが、それより前に誰かが走り抜けるのが早い。
見れば、それは守護者の紅一点であるクロームで。
「獄寺くん、こっち」
「お? おう」
クロームは獄寺の手を引き何処かへと走り去った。
(クローム殿超足速いですな!!)
部下は急いでクロームのあとを追った。
ああ、でもクロームがいるということは…
部下と同じく獄寺を追おうとする雲と晴の前に霧が立ちこむ。霧は人の形を作り男が現れる。
もう一人の霧の守護者…六道骸。
「クフフ…クロームと隼人くんの甘いひと時を邪魔させるわけにはいきません!」
この言い分。霧はよもやまさか獄寺のために我が身を犠牲にしようというのだろうか。部下は少し感激した。
「さっさと諦めて下さい。そして僕に隼人くんたちを追い掛けさせて下さい。そして僕はクロームと交代! 隼人くんといちゃいちゃします!!」
あ、やっぱこいつも他のと同類か。
真面目に仕事しろ貴様ら。というか朝っぱらから仲間割れしてこのファミリー大丈夫か。
ともあれ部下は後退る。この守護者の面々はふざけているがその実馬鹿みたいに強い。正面から向かい合って勝てるわけがない。そもそもどうして味方同士で争わなければならないのか。
守護者たちは離脱しようとする部下には目もくれない。彼らにとって部下は雑魚なのだ。
部下としてもこんなところで無駄な時間を過ごすつもりはない。部下は別ルートから獄寺と合流することにした。
そして部下が次に獄寺を見つけた時には何があったのかクロームの姿はもう既になく。
代わりに…
「獄寺氏! コーヒー買ってきました!!」
なんかランボがパシられていた。
…いや、正確には自らパシっている。ランボは自主的に獄寺のパシリとして日々を過ごしている。それでいいのか15歳。
獄寺はといえばランボからコーヒーを受け取り煙草を取り出す。
「は…! 獄寺氏! 火です!!」
すかさずランボがライターを取り出し獄寺の煙草に火を点ける。
「ん? おお、わりぃ」
「い、いえ! 僕にとって獄寺氏のお役に立てることが生きがいですから!!」
だからそれでいいのか15歳。というか雷の守護者。あんた一応幹部の一人だろ。
ともあれチャンスだ。ランボしかいないのであれば邪魔はされないだろう。
「獄寺殿」
「ん? ああ、お前か。どうした?」
やっと会話が出来た。
部下は感動した。朝から駆け回り守護者たちを避けて通ってやっとここまで来れた。一体何の罰ゲームだ。
「は! こちらの件について確認したいことが」
どれどれと獄寺が部下に近付く。ランボが何か言いたげな目でこちらを見ているが気にしない。
「ああ、ここは―――」
指示を出す獄寺の、その後ろから現れた影に部下はぎくりと身体を強ばらせた。
「獄寺くん」
その声が響くと同時、獄寺の目が見開かれ振り向いた。
「10代目!」
獄寺が飼い主を見つけた子犬のように10代目に近付く。
「何用ですか?」
「そろそろお昼だから、一緒に食事でもと思ってね」
もう昼だったのか。獄寺を探し一言告げるだけで午前は終わってしまった。なんて時間の無駄。
「ええ、喜んで」
獄寺は憧れの先輩に誘われた女学生のように胸をときめかせていた。
どうか食われませんように。
部下はそう祈りながら一歩身を引く。一応の目的は果たしたし流石にここのボスに楯突くことは出来ない。
…明らかに獄寺の身に危険が及ぶようなことがあれば、話は別ではあるが。
でもまあ今は昼間だし大丈夫だろうと判断し部下は主務室に戻った。
そしてその数時間後。
部下は再び獄寺を探していた。
…あのあと。
獄寺は食事を終えたあと主務室まで戻って仕事を開始した。
獄寺は有能な人物で、仕事の仕上げも早い。
それはそれでいい。構わない。大歓迎だ。
だが…本来ならば10代目のするべき仕事までするのはいかがなものか。
さりげなく進言してみれば「10代目の仕事を手伝うのも右腕の役目」と返された。
いや、これは手伝うどころではない気が。仕事分取りじゃないですか。
とも言えば「お前だってオレの仕事分取ってるだろ」と言われる。
平行線になりかけたが獄寺は話を打ち切り仕事に向かった。部下も諦めた。
そして獄寺は先程親愛なる10代目の仕事を終わらせ届けに行った。
届けるぐらい自分がと部下は志願したが、獄寺は頑なに首を横に振った。部下は嫌な予感しかしなかった。
そして、獄寺は帰ってこなかった。
ここと10代目の所をもう五往復は出来そうな程の時間が経っているのに関わらずだ。
そんなわけで、部下は再び獄寺を探していた。
恐らくは、10代目の主務室までの道のりにいると思うのだが。
そしてその予想の通りに、獄寺はその道筋にいて。
そして部下の予想通りに、獄寺はまたナンパされていた。
あと、ストーカーがまた日課をしていた。
面倒になった部下はストーカーをナンパ師にけしかけた。
その後も、まあまあそれはそれはもうもう獄寺は声を掛けられ、時には(味方に)拉致られそうになったり。あとストーカーがまた日課をしていたり。
その度部下は携帯電話を操作し人を操り危機を凌ぐ。
そんな騒ぎも落ち着いた頃には陽も落ちていて、部下はため息を吐いた。
…ボンゴレ守護者の部下は、二つの派閥に分かれている。
己の守護者の恋を応援する派と、とにかく獄寺を守る派である。
獄寺の部下はもちろん獄寺を守る派である。むしろ仕事の大半は獄寺を守ることである。別名獄寺親衛隊である。
他の守護者の部下の内誰が守る派なのか、それとも己の守護者派なのか常に情報交換がされている。
誰がスパイなのか、心変わりしたか、そしてそれぞれの守護者、及び獄寺を付け狙う輩の所在。それらを見極め一つに纏める。
更にはしょっちゅう10代目(あと時々他の守護者)の仕事を持ってくる獄寺の本来の仕事のフォローも受け持つ。
なまじ有能な獄寺は無理をしてでも全ての仕事をこなそうとするので部下たちは多少強引にでも獄寺の仕事を奪う必要があるのだ。
もう少ししっかりしてもらいたいと思う反面、この上司を自分が守って差し上げなければとも感じる。
うむうむと頷く部下の隣では獄寺が怪訝な顔をしていた。
「…どうした? お前」
「は! なんでもありません獄寺殿!」
…獄寺親衛隊には一つだけ守るべき規則がある。
己の思いを伝えてはならぬ。
それをしては、部下たちが追い払っている守護者たちとなんら変わらないからだ。
しかしこの規則は中々に厳しい。今まで何人もの有志が「オレは獄寺さんにそんな感情は抱かない。オレは純粋に獄寺さんを守りたいんだ!!」と言っては散っていった。
そんなことを思い出してる部下の横、獄寺がその思考を察知したかのように、
「それにしてもお前はよく持つな。オレの側近の中じゃ今までで一番長い」
「光栄です」
「他の奴らはみんな山本んとこ行っちまった。やっぱオレよりあいつの方がとっつきやすんだろうな」
「そのようなことは決してありません」
規則を破ったものは罰として山本の部下入隊である。ストーカーの妨害任務である。この辺の事情を10代目は知っているのか結構融通を利かせてくれる。
曲がり角が見える。部下は一歩前に踏み出し、獄寺に振り返る。
「では、自分はこれで。本日はお疲れ様でした獄寺殿。また明日」
言って、帰ろうとする部下の背に獄寺の声がぶつかる。
「待て」
「は。なんでしょう」
立ち止まって振り向けば、獄寺は隣に来ており。
「最近物騒って聞くから、送ってやる」
「は…? い、いえ! 結構です!!」
むしろ自分が獄寺を送っていきたいほどである部下。帰り道に獄寺が襲われたらと思うと夜も眠れない。
しかし獄寺は部下の意見など聞きもしない。さっさと歩きだす。
「獄寺殿! ですから自分は……!!」
「いいからいいから、折角オレが送ってやるって言ってるんだ。言うこと聞いとけ」
獄寺は首だけ動かし振り向いて。
「流石のオレも夜道を女ひとり歩かせるほど鬼じゃねーさ」
「な………っ!!」
部下は顔を赤くさせ、口をパクパクと動かす。
マフィアなのだから夜道ぐらい平気だとも、女だからって弱くありませんとも言葉が思いつかず、結果黙り込み代わりに獄寺を睨みつける。
しかし獄寺は既に前を向き進んでいる。部下の視線もどこ吹く風。
「待って下さい、獄寺殿!」
部下は獄寺を追いかけながら、ああ、歴代側近はこうして落ちていったのだろうなと変に納得していた。
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自分もいつかはストーカー妨害組へ行くのでありますか…いえ、最後の最後まで抵抗はしてみせますが。
リクエスト「獄総受けでモブ→獄のギャグが読みたいです!」
リクエストありがとうございました。