もう一度だけでも。キミの声が聞けたなら。
もう一度だけでも。キミの姿が見れたなら。
もう一度だけでも
―――辺りが、静かになった。
さっきまでの騒音がまるで夢の中の出来事のように。まるで夢物語のように。
……けれど。これは現実の世界の出来事で。
重い重いため息一つ、オレは座りこんでしまいたい衝動に駆られる。
でも。駄目だ。
ここで座ってしまえば最後。オレはそのまま倒れこんで、そして二度と立つ事が出来なくなるだろうから。
そんなこと、許さない。
ここで倒れてしまったら、一体オレは何の為に行動を起こしたのか。
…何の為に、彼らを犠牲にしたのか。―――してしまったのか。
オレは彼らに振り向く。彼らは見るも無残な姿で。オレは無感傷な目で、彼らを見ていた。
静かな、静かな、暗い空間。
そこに、小さな。けれど確かに。
たったったったっと。急いでいるような、慌てているような、そんな音が、この部屋に近付いてきて。
その、この空間にとっては無粋とも言えるようなその音も。オレにとっては大歓迎で。
だって。その足音の持ち主こそ、オレが"こんなこと"をした元凶で。
嗚呼、早く。早く来て。オレの愛しい貴方。
嬉々として待つ中、閉まった扉の前まで音はやってきて。
少しだけ戸惑ったように足音は途切れ、けれど意を決したのか彼はこの部屋へと足を踏み出した。
ぎぃっと、そんな乾いた音を立てて。彼はオレの前へ姿を現す。
「………10代目?」
濡れた空気で満ち溢れてるこの空間に、外の新鮮な空気と、彼が入ってくる。
「いらっしゃい」
オレは彼を血塗れの笑顔で歓迎した。
「待ってたよ。―――隼人」
愛しい彼の名前を呼ぶ。なんて心地良い。ずっとずっと、したかったこと。
「……どういう、ことですか」
なのに彼は、心此処に有らずといった感じで。そんな呆けた事を言い出して。
…でも。いいよ? キミだから、許せる。何もかも。
「どうもこうもないよ。聞いてきたんでしょ? その通りだ」
「そんな! オレは認めません! 貴方が……貴方が裏切っただなんて!!」
それは叫び。悲痛なまでの、悲しみの雄叫び。
―――でも。ごめんね。
全部、真実だから。
「認めないっていうけど…隼人は。これを見てもそんなことが言える?」
ぱちんと明かりのスイッチを入れて。この空間に光を灯す。
彼の綺麗な顔が見えた。
ただ悲しいのは、彼はオレではなく、そこらに倒れているのを見ていること。
彼は愕然としながら、"それら"を見る。
「そ……んなっ? 山本…雲雀………それに―――っ!?」
ああ、もう。駄目だよ。
お願いだから、オレを見て。
オレはそれらに駆け寄ろうとする彼を無理やり引き止めて。そのまま勢いあまって押し倒した。
「隼人」
「オレを見て?」
「声を聞かせて?」
「そこらに転がってる物なんて見ないで」
「オレを。オレだけを見て?」
「じゃないと」
何の為に、オレが彼らを。心から信頼出来る彼らを殺したのか分からないじゃない?
「―――オレに逢いたいが為に、ボンゴレを裏切ったんですか」
「裏切った…そうだね。ああ、裏切ったのなら、隼人じゃ慣れなれすぎるか……じゃあ、スモーキン・ボム?」
「……そんな事を言う為に、あいつらを殺したんですか」
「うん。そうだよ…キミのいない生活は今にも狂いそうだったから」
いや、違うか。
狂いそう、ではなく。オレは既に狂ってる。
そうでないと、オレが彼らを殺せるわけがない。
…じわりじわりと。命の源が溢れ出て。彼に纏わり付く。
「ねぇ隼人」
いや、スモーキン・ボム? とオレは言い直して。
「―――――オレを殺して?」
「……オレが何もしなくても。貴方はもうじき死ぬじゃないですか」
…流石。よく分かってる。
「…リボーンさん、ですか?」
「そう…すごい手強かったんだよ。死ぬかと思った」
結局は、オレが勝ったわけだけど。
「―――でも。それじゃリボーンに殺されたことになるじゃない」
それは嫌だよと。生真面目な声で言う。そして、どうせ死ぬならキミの手で死にたいと。
彼は戸惑っているようで。けれどオレが再度促すと了承してくれた。
「分かり…ました。事が起こった原因がオレにあるのなら。―――けじめを、取らせて頂きます」
そんな彼の顔は、今にも泣きそうで。
それでも、彼は懐から小さなナイフを取り出して。震える手で、構えて。
オレは時期に来る安らかな死を目前に、彼の目蓋にキスを一つ落とし、彼の耳元に唇を寄せる。
「隼人」
裏切ったオレは、もう二度とキミには逢えないね。だから。
「さよなら」
沢山、たくさん迷惑掛けちゃったね。だから。
「ごめんね」
…でも、最後にキミが来てくれて、嬉しかった。嬉しかったんだよ獄寺くん。だから―――
「―――――ありがとう」
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最後に、もう一度だけでも。オレはキミに逢えて―――――よかった。