昔の自分はもういない



「ふ…っざけんなよっ」


獄寺は悪態を付きながら二階のビルから飛び降りた。


衝撃の痛みに眉をひそめる暇もなく獄寺は走る。


敵の銃撃が襲ってくる。防弾チョッキは着ていない。ヤバイ。


お返しといわんばかりに獄寺はダイナマイトを取り出して素早く火を点けて投げた。


けたたましい爆発音が響くがこちらの知ったことではない。こうでもしないと自分の命がないのだ。



―――獄寺は今イタリアへと来ていた。ダイナマイトの補充とみんなに言ってあるが実はボンゴレからの仕事である。


仕事そのものはそれほど難しいものではなかった。あるファミリーを潰すためのその陽動員の一人…というもので。


獄寺はその仕事を十分に果たした。手持ちのダイナマイトを存分に使い一人で十数人分の働きをしていた。


―――一人。


そう、獄寺は一人で陽動をしていた。ダイナマイトは味方にも被害が出るとの事で獄寺は与えられたエリアで一人陽動を繰り返した。


暫くして任務完了の合図が上げられて。獄寺は戦線を離脱した。


ここまでは計画通りだった。



―――しかし逃げる途中、別件の抗争に巻き込まれたのだ。



獄寺は一時状態を建て直そうと近くのビルに身を潜めた。


しかしそこには入ってきた獲物を撃ち殺そうと待ち構えていた敵が潜んでいて……


慌てて獄寺はビルから飛び出たというわけだ。


そして先程の悪態である。


銃弾がかすったのだろうか、獄寺の頭から血が出ていていた。


大した傷ではないのだが血が止まらずそれが目に入って獄寺の視覚を奪っていた。


それはまずいと利腕で頭を拭うが…世界は赤いままだった。


片目で見てみればその腕でさえも血塗れで。拭う意味のないことを知る。


「………くそっ」


その出血量に頭がくらくらしてきた。気づかなければまだ少しは走れたかもしれないのに。


残り少ないダイナマイトをどう使おうかと獄寺は思案していた。



――一昔前の自分なら、ここまで来たらと自爆していたかもしれない。


一人でも多く道連れにしてやろうと、敵に突っ込んでいたかもしれない。



けれど、今は違う。



今の自分はもう、悪童ではないのだ。


昔の…一人のストリート・チルドレンではないのだ。


今の自分には、慕ってくれるヤツが入る。


今の自分には、構ってくれるヤツがいる。


今の自分には―――名前を呼んでくれる、人がいる。


「……オレが死んだら悲しんでくれるって…そう、自惚れても、いいっすかね?」


獄寺はこんな状態だというのに。楽しそうに笑いながらそう呟く。



………だから死ねないと、言わんばかりに。



煙幕代わりに用意していた火薬を少なめに配合してあるダイナマイトを投げて路地に入り込む。


そこには―――


「―――ひっ!?」


一人の幼い少年がびくりと身を震わせていた。


いきなりの抗争に巻き込まれた哀れなストリート・チルドレン…といったところだろうか。


背後から人の気配がする。急いで逃げないと命はないだろう。


けれど少年の年齢は丁度獄寺が家を飛び出た頃と同じで。


そして獄寺はたったそれだけの理由で…


「……あーもー!」


少年を抱えてそこから飛び出た。





少年を逃がして獄寺は壁に雪崩れかかる。


どこもかしこも血塗れだった。


少年を庇うためにその身を挺して壁になったのがその大きな要因だ。


足に至ってはほとんど感覚がない。もう歩くことすらも出来そうになかった。


さてはて敵を撒いたは良いが、これでは出血多量でこの世からおさらばするのはまず間違い。


といっても、連絡手段もないこの状況ではなにも出来なくて。


獄寺は意識が朦朧とする中、その姿を目の端に捉えてニヤリと笑った。


「おせぇよ…馬鹿」


そしてそう呟いて、意識を手放す。


走ってきたのは先程の少年に連れられた、ボンゴレのメンバーだった。





「……………ぅ」


「気が付いたか? 隼人」


飛び込んできた白い天井を視界に納めると同時に、獄寺に声が掛けられる。


「シャマル…じゃあ、ここはボンゴレか……」


「そう言うこと。よく目が覚めたな。あのままくたばってもおかしくない状態だったのに」


「バカやろー…10代目を置いて死ねるか」


「はいはい」


獄寺は子供扱いするシャマルを睨みつける――が、その目が驚きに彩られた。


「……シャマル、あれから何日経った?」


「んー? …四日。まったく、よく寝やがって」


「その…悪い、シャマル……」


「あ? 何のことだ?」


「………寝てねぇんだろ? オレが意識を取り戻すまで。ずっと」


獄寺の視線の先には、灰皿に収まりきれてない煙草、よれた白衣があった。


シャマルはそのことに言われるまで気付かなかったのか、ちっと舌打ちを一つ。


「…ま、オレの可愛い隼人が生死の境を彷徨っているってのにのんびり眠るってわけにもいかねぇだろ」


生死。さらりと言われたそれを聞いて本当に自分は危なかったのだろうと獄寺は己の容態を察した。


「―――全治三ヶ月だ。それまで日本への帰国許可は下りねぇ。分かったな?」


「なっ!? 三ヶ月も? ふざけるな!」


「その台詞はそっくりそのままお前に返す。お前一人で歩くことすら出来ねぇくせに、何馬鹿なこと言ってんだ?」


「………む」


確かに、今の獄寺はほとんど身体の自由が利かない。足の感覚は戻ってはいたが少し動かすだけで激痛が走るほどだ。


「分かったか? そんななりじゃあボンゴレ坊主も護れやしねぇだろ? 向こうには連絡済だ」


「……わか…った」


かなり渋々だが、獄寺は頷いた。


獄寺は少し話しただけで疲れてしまったのか目蓋を閉じる。


「………な、シャマル…」


「………ん?」


「しんぱい…した?」


それは聞くというより、ただ言った、そんな感じの言葉。


その証拠に獄寺は返答を待たず寝入っていた。恐らく起きたときには何も覚えてはいまい。


シャマルは静かに寝息を立てる獄寺の髪をくしゃりと撫でて。


「馬鹿が……死ぬほど、心配したよ」


そう言ってはシャマルは彼に幼い頃そうしていたように、獄寺の額に口付けを一つ落とした。





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ひとまず、寝ろ。そして早く治せ。お姫さま。