「くっそ腹の立つ!!」


オレはやや乱暴に歩きながら廊下を進んで行く。


その頭からはぱっくりと割れた皮膚から血液がだらだらと流れていた。


あ。目に入った。血は目に入ると取れにくいんだよ畜生が!!


片目になり視界の堕ちた世界で外を目指して歩く。


と、


どん。と。何かにぶつかった。


「…なにしてんのお前」


その声に反応して片目のまま顔を上げるとそこには呆れ顔でこちらを見ている藪医者の姿。





望みし手にし





「はぁーあ、なんつーの? 変わらず隼人坊ちゃんはお転婆のじゃじゃ馬で困りますねー」


「うるせー! これ見よがしにため息吐いてんじゃねー! ていうかお転婆とかじゃじゃ馬とか女に使う言葉だろうが!!」


「お。良く知ってました。…しかし見事な切れ口。惚れ惚れするよなぁ…」


そんな会話をしながら学校の保健室の先生ことシャマルは学校の一般生徒であるオレの応急手当をしている。


先程一階の廊下でばったり出会ったオレたち。…よぅ。血をだらだら流しながらの台詞じゃなくね? 煩い。こっちこい。止血ぐらいせんとな。あ、おい―――


と。そんな感じにオレはシャマルに保健室まで引き摺られくるくると白い包帯を巻かれていた。


「男は診ねーんじゃねーの?」


「そのはずだったんだがな…。日本に来てボンゴレ坊主診てお前診てすっかりさっぱり崩れたねオレのポリシー。どうしてくれるんだ?」


「オレのせいかよ」


「そうお前のせい。怪我なんてしてくるお前のせい。昔から無茶ばっかりしているお前のせい。少しは治せそれ」


む。と眉間にしわを寄せる。なんと言う言い草だ。あんまりだ。



―――無茶をしないと、生きていけなかったのに。



「…ん? どうした?」


「なんでもない」


なんでもないと言うのにシャマルには聞こえてないようで。ぽんぽんと頭に手を乗せられ、撫でられる。…子供扱いするなと目で訴えても聞きやしねぇ。


「疲れたのか?」


「…わかんね」


「つーか…あー。そうか。お前そういえばボンゴレに呼び出しされてたな。任務か?」


「ああ…うん」


「いつからだったんだ?」


「四日前」


「期間は」


「三日」


「任務内容は」


「陽動」


淡々と続く質問を淡々と答える。それが。





「―――何人殺した」





「――っ」


初めて、言葉を。詰まらせた。


暫しの思案。けれど。やがて。頭を横に振る。


「…殺してない」


「…そうか」


「――殺して…ない」


まるで言い訳するように。弁解するように言葉を紡ぐ。


けれどオレの攻撃で動けなくなるほどの負傷をした奴も。確かにいる。


そいつは全てが終わった時には―――


…いや、そんなもの本当に何もならない。言い訳にすら。


あの場で死んだ人間がいたとするならばそれは自己責任で、みなが殺したようなものだ。


あの時はたまたまオレにはそんな事態が起きなかったが、必要と迫られればオレも―――


「……………」


「あー…オレが悪かった隼人。そう思い詰めるな」


急にグイッと。引っ張られる。


そうかと思えばぽふっとあたたかい柔らかいものに包まれて。


嗅ぎ慣れた匂いに、目の前の男に抱き締められたのだと知った。


「…細い。細いぞ隼人。最後に飯食ったのいつだ」


「…シャマルには関係ない」


小さく呟いて。離れようとシャマルの身体を押し返すがびくともしない。この野郎。


「いつもより覇気もないなー。さては寝てないな? ダメだぞちゃんと寝ないと背も伸びない」


…むぅ。それは少し困る。ではなくて。


「それこそシャマルには関係無いだろ」


「んなこたない。子供の成長を望むのが親の務めであるからして?」


「…こんなときだけ父親面するんじゃねぇよ」


「だったらお前さんも弱ってる時いつも以上にガキっぽくなるなよな」


……………。


暫し互いに沈黙。けれどそう長くない時間でオレは身体の力を抜いた。


「あー…なんかもうどうでもいい。好きにしろよシャマル」


「お前はまた偉そうに…まぁいいか。じゃあ今日お前の部屋まで行くぞー」


「あ? いきなり話が飛んだな。なんで」


「このまま帰してもお前、飯くわねーだろ。あと怪我の手当てもずぼらにしかしないと見た。それが分かりきってるのに一人になんて出来ません」


「…むぅ」


実はその通りだったりするから反論が出来ない。かなり癪なことだが、全然反論出来ない。


てゆか。怪我のこととか話してないん、だけど。


「…お前ね。オレを誰だと思ってるわけ? 天下のシャマル先生に隠し事は不可能なのよ」


茶化すようなシャマルの声には怒りを通り越して呆れてしまう。あとオレそんなに分かりやすい?


「分かりやすい。なんつーか考えてることがリアルタイムで顔に書かれてるって感じで」


なんてことだ。これは今後の課題として直して行かねばピンチだオレ。


「ともかく。今日お前んちに泊まるから。なんならお前さんがオレんちに来てもいいけど」


「シャマルんち? ごめんだな。なにされるかわかったもんじゃねー」


「ガキ相手になにもしねぇよ。…つーかこのオレが住処を教えるってかなりのことよ? その辺理解してますかお坊ちゃま」


子供扱い率が上がってきたのでオレはとりあえずシャマルの顎下を思い切りアッパーしておいた。


ガキだからって舐めんな。





その後マジでシャマルはオレの住んでるマンションまで来て晩飯作ってオレの傷の手当をした。


誰かとの食卓。電灯の明かりだけでない温もり。それは長く忘れていたことだ。


あー、困ったなオレ。


シャマルに依存しそう。


…それはヤだなー。


依存して否定されたら、オレ生きるのがいやになっちまうよ。





というわけでオレは深夜。ひとりベランダに佇んでいた。ひとりの時間が欲しかった。


真夏の夜風は生ぬるく、不快感しか生み出さない。


けれど…まぁ、あの頃よりは遥かにましだと思う。


少なくともこの気温ならば凍えて死ぬこともないだろうし、この平和な街ならば誰かに襲われることもないだろうし、それに―――


「…何考えてるんだ?」


「寝てたんじゃねーのかよ」


「抱き心地の良い枕がねーと寝れねーのよオレ」


「は、欲求不満だってんなら女を漁れよな」


「そーゆのじゃねーって」


軽口を叩き合いながらも、きっとシャマルの顔は真顔だった。


だった、というのはオレがずっとシャマルの方を向こうとはしなかったから。


「…で、お前さんはさっきまで何を考えていたんだ?」


「………」


二度目の静かな問いに、オレは黙っておけば良いものを。


「―――昔の。こと」


静かに。小さな声で。答えてしまった。


―――――。


それきり訪れるは小さな沈黙で。生ぬるい風が辺りを支配する。


「…ああもう」


小さな悪態と。強く引き擦り込む力。閉められる窓にクーラーの効いた室内。


「なに、」


「そんな死にそうな面してんじゃねーよ。走馬灯でも感じるような状態でもないくせに」


ずるずるとそのまま引き摺られる。到着駅はベッドの上。


「大人しく寝てろ。…でもってその情けねぇ面を早くどうにかしやがれ」


「…んだよ、それ」


毒づく声すら弱々しくて。そんな自分に腹が立つ。


けれどそう思う時間は短かった。ベッドに潜り込んでくる大きな影。


「…って。マジで入ってくるのかよ」


「言っただろー? 抱き心地の良い枕がないと眠れないって」


「オレの身体は貧相だから。抱き心地は悪いだろ」


「んー? 昼にオレがお前を細いって言ったのを気にしてるのか?」


「そんなんじゃ…」


ない。と言いたいのにその言葉を遮って眼前の藪医者は言葉を続ける。


「まぁ確かにお前は筋肉も脂肪も最低限しか付いてないから硬いし細いけどな。いーのよいーのよお前なら」


「はぁ…?」


わけが分からない。シャマルは相変わらずオレを離す様子がない。熱い。なんかもうどうでも良くなってくる。


嗚呼―――――オレ、マジで疲れている。







夢を見た。


それはなんとも短い、無意味で、馬鹿馬鹿しく、愚かな子供の。色褪せた―――…夢。


言うなれば…ただ、自分を見てほしかった。


けれど周りにとってはそれはただのアンティークでしかないようだった。


いや、あるいはオルゴールだろうか? どちらにしろ…置物であることには変わりがないようだったが。


それでも自分に与えられた名義であることに違いはなかっただろうに。なのに満足の出来なかったそれはどうしようもないぐらいに子供だった。


ある日それは。音色を捨てた。


叱られても構わなかった。話しかけてもらうことすらなかったのだから。


なのに…


与えられたのは、侮蔑の視線と。失望の溜め息。


それはその世界から逃げ出した。


誰も追ってもくれなかった。







「……………」


目が覚めた。


無音で無色でノイズのかかった夢を見ていた。それだけの話だった。


ふと頬を伝う何かに気付いた。手の甲で拭ってみると透明な液体。


なんだかそれに腹が立って。誤魔化すように煙草に火を点けた。それを止めるものは誰もいない。つーか部屋に誰もいない。


…シャマルはオレが起きたとき既にこの部屋にはいなかった。


どうせ女の所にでも行ったんだろう。オレには関係無い。ないったらない。大人嫌いだし。


そう。嫌いだ。だから信じない。信じても馬鹿を見るのはこちらなのだから。だったら初めから信じない。…信じれない。


苛立ちは収まらず、むしろ増えてきて。そして昨日シャマルがオレに巻いた包帯が目に入って―――


「ってお前…なに勝手に包帯解いてんの。手当ての意味ねー。…まぁ、朝になったら換える予定ではあったが普通医者に任せるだろうに…」


「………なんで居んの」


「何でっておま…ひでぇな。せっかく柄にもなく早起きして隼人の為に飯を作ってたと言うのにこの言われよう。割に合わねー」


「飯…?」


「そうだよ。栄養不足どころか失調気味の隼人坊ちゃんの為に! わざわざこのオレが! 手料理を馳走しようかと思ったのにその仕打ち。さてはお前鬼だな?」


「……………」


こいつ。朝っぱらから酔ってんのか。


どうやらマジで料理をしていたらしいシャマルには悪いのだが、これがオレの正直な感想だった。


つーかこいつは間違いなく酔っているだろう。そうに違いない。


なのでシャマルが「なににやけてるんだ?」などと戯言を吐こうとも、それらは全て酔っ払いの虚言だから信じる必要性もないのである。うん。まぁ殴ったけど。







今日の天気も昨日と変わらず快晴。しかし昨日のような苛立ちはどこにもなく。やっぱり自分は単純なのかもしれない。と思ったり。


そんなことを思いながら歩いていたら。


「ちょっと」


聞き覚えのある声に足が止まった。首だけ後ろへ動かしてみるとそこには仇敵こと雲雀恭弥その人。


むぅ。いつものオレなら昨日の借りを返そうと真っ向勝負する所だろうが今のオレにはその気が全くなくて。故に普通に返してしまった。何だよ。


「…キミはあの保健医とどんな関係なの?」


「は? シャマル?」


きょとんとした顔をしてしまったかもしれない。それだけその質問はかなり意外性が高かった。いや、まず雲雀がオレに質問してくる所で既に意外なんだが。


しかしオレとシャマル。どんな関係なのかと問われても困る。そんなの考えたこともないし。


…医者と患者。却下。それは昔の話だし、…まぁ、今でも時折そうなるが現時点のオレは違うし。


師匠と弟子。…却下。オレはあんなの師だと認めた覚えはねー。ついでにあいつもそうは思ってねーだろうし。


保護者と子供。まぁ、これが一番近い形なんだろう。それを認めるのは癪だが。…これにもしもオレの希望を入れても良いのなら…


「あー…」


「?」


「シャマルは…なんだ。―――オレの父親、みてーなもんだよ」


ふぃ、っと思わず顔を何かから逸らしてしまう。…なんだか無性に恥ずかしくなってきたな。顔熱いし。


そしたら脳内と目の前にお星さま。それと衝撃。なんですか。またも殴られましたかこのオレは。


「ぃっっってぇぇえええええええ! いきなりなにしやがる!!!」


「ああ、ごめん。なんかむかついたから思わず」


「反省の色が全く見えねぇ!!」


流石のオレもこうまでされては10代目のように温厚にはなれず。いつものように爆撃猛突進するのだった。


結果は撃沈。いい加減この戦歴もどうにかしたい。マジで。


ちなみにこのとき受けた傷をそのままに歩いていたらまたシャマルに見つかって保健室に連行され。


半ば強制的に手当てを受けていたらどこからともなく雲雀がやってきてオレとシャマルをぼこって行った。


本当あいつわけ分かんねー





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一体何がしたいんだ?


リクエスト「「白昼夢」続き」
雨宮おねーさまへ捧げさせて頂きます。