誰かの声が聞こえても。オレにはあの日から何も言うことが出来ない。


誰かの声が聞こえても。オレにはあの日からそれが誰の声なのか分からない。



想いの向こう側



誰かが、オレに何かを囁く。優しい声で、オレに囁く。


誰かが、オレに何かを語る。悲しそうに、オレに語る。


誰かが、オレに何かを怒鳴る。思いの丈をぶつけるように、オレに怒鳴る。


誰かが、オレを責める。皮肉気に、オレを責める。


けれど、オレにはその声が誰のものなのか思い出せない。


とても大切な人たちだったはずなのに、どうしても思い出せない。


まるで靄がかかってしまったのかのように、その人たちの顔が出てこない。


まるで水の中にいるように、その人たちの声が分からない。


そんな中、オレはまるで身動きの取れない暗闇の中に一人いて。


何もしないまま、何も出来ないまま、ただただ時ばかりが過ぎて行って―――



時折、頭を撫でられるような感覚を味わう。


時折、頬に触れられるような感覚を味わう。


それはとても心地良くて。


もっと味わいたいと思っていても。オレはそれを表情に表す事も出来なくて。


だから。全てはその人たちに任せるしかなくて。



―――ある日、その人たちの一人が、消えた。



いつもオレの頭を撫でていた人。いつもオレに語り掛けていた人。


時々オレを抱きしめる、身体の大きい人。


その人が…消えた。オレのところに、来なくなった。


それはとても悲しいこと。オレはそのことをよく知っている。


だけど、それでもオレは何の感情も表すことが出来なくて。



暫くして、また誰かがオレに触れた。



その手の温度は覚えてる。他の人よりも少し冷たくて。


時折、オレに皮肉気に嫌味を言う人。時々オレを痛めつける人。


その人が、オレを撫でた。心地良かった。あの消えた人と同じ優しさを持っていた。


嬉しくて。笑いたかったけど、オレはやっぱり何も出来なくて。それが悲しくて。



そして、その人もそれを最後にもう来なくなった。



一人、ひとり。少しずつオレのところに来なくなって。


その意味を理解出来たはずなのに。どうして今のオレは分からないのだろう。



…また、誰かがオレの頭を撫でる。



その人は、きっとオレが大事に想っていた人。オレが大好きだった人。


気が付くと、その人以外もう誰も来なくなっていて。


唇に、何かが触れて。その意味すらも、オレはもう分からずに。


――そして、それを最後にもう誰もオレのところに来なくなった。


誰も。―――――ずっと。





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あなたたちは、一体どこへいったのか。