思わぬ収穫



「…むぅーっ」


オレは薄暗い窓の外を睨み付ける。すると空はまるでオレを嘲笑うかのように一瞬眩しく光った。


暫く間を置いて轟く閃光。大粒の雨は止むことを知らず、強風は要らない物を飛ばしてくる。


まるで台風のような空模様だった。


…それだけならば、オレはこんなに不機嫌にならなかっただろう。この天気のお蔭で今日の学校は休校になったし。


―――でも。今日は……


「空を見てても雨はやまねぇぞ。ツナ」


リボーンの声が後ろから聞こえる。うるさい。そんなこと分かってる。


「それでもオレは空を見ていたいんだよっ」


やや苛立ったように―――実際苛立ってるけど、オレは振り向きもせず視線は雨を睨み付けたままリボーンにそう言った。


「雨を睨んでも飛行機は飛んだりしねぇぞ。ツナ」


―――全てはお見通しか。ああもう、いらいらする。


「分かってるって!」


今日は、獄寺くんがイタリアから戻ってくる日だった。…こんな天気じゃなければ。


テレビで確認すれば、やっぱり飛行機は休航で。


今回彼が戻ったのはダイナマイトの補充だけでなく、実家とのトラブルもあるとかで。今まで以上に向こうにいる期間が長くて。


…だから今日は、久し振りに獄寺くんに逢える日だったのに。


なのに何でこんな天気になるかな!!


「明日になったら天気も回復する。一日ぐらい待ってみせろよ」


簡単に言ってくれる赤子が一人。…待てないからこうやって無意味に空なんか睨みつけてるんだろ!


そんな思いを込めて、今度は振り向いて睨みつければリボーンはやれやれといった仕草でため息を吐いた。


「何もすることがないのなら、ママンの所にでも行け。色々忙しいみたいだぞ」


リボーンがそう言い終る前に、階下からツッくーんというオレを呼ぶ声。


無視しようかとも思ったが、この場にいてもイライラが積もるだけだろうからオレは母さんのいるであろう居間まで下りて行った。



「ツッくん、悪いけど外の雨戸閉めてきてくれない? 母さん、閉め忘れちゃって」


ごめんなさいと舌を出す母さん。その母さんもこれから天井の雨漏りの修理に行くらしい。


雨も少し収まってきたし、仕方ない。さっさと済ませてしまうことにしよう。


外に出るといきなり強風に煽られて。冷たい雨の洗礼を受けた。


「ったく、雨戸ぐらい早く閉めとけよなぁっ」


愚痴っても何も現状は変わらない。早々と雨戸を閉めて暖かい部屋の中に戻ることにしよう。


―――と。頭にこつんと何かが当たった。


「………?」


手に取って見る。そこにあったのは微妙に見慣れた細長い筒の棒。…日本で滅多にお目にかかれないそれは、間違えようもなく彼の持ち物。


オレは思わず走り出す。まだ遠くに行っていないはずだ!


門柱から飛び出て辺りを見渡して…雨が目に入る。……けど、その前に微かに見えたあの銀色の影!


いた! 目を拭い、急いで彼のところへと走る。


彼が消えた曲がり角を見渡して。………いた。ふらふらしながら歩いていた。見ていて危なっかしい。


「獄寺くん!」


オレが叫ぶと獄寺くんは一瞬びくっとして、オレの方を見た。


「―――10代目っ!?」


ああ、やっぱり獄寺くんだ。ずっと逢えなかった獄寺くんだ。


オレは彼のところへとまた走って。むぎゅっと彼に抱きついた。


「わ、駄目ですよ10代目! 濡れます! 風邪引きます!!」


そんな事を言ってはオレを引き剥がそうとする獄寺くんだけど、聞かない。聞いてあげない。やっと逢えたのだから。


「もーいつ戻ってきたのさ! オレ飛行機が休航って聞いて、今日は逢えないって諦めてたんだから!!」


「少し用が早めに終わりまして、一つ前の便で戻ってきたんです…ぎりぎりで飛んでくれました」


「だったら何でオレの所に来てくれないのさ! オレずっと待ってたのに」


「そんな、こんな雨の日にお邪魔なんて出来ませんよ! ご迷惑になります!!」


…全然迷惑じゃないのに。いつもオレに気を遣う獄寺くん。


「とにかく! オレんちに遊びに来てよ! 今までの話も聞きたいし!!」


なんて言ったって、今の今までいつ時間が取れるか分からないとの事で電話すら出来なかったのだから。空いた時間を埋めたいと思うのは当然の心理だろう。


「駄目です! お土産も持ってないのに、そんな―――」


―――ピカッ


獄寺くんの台詞を遮るように雷が光って。


…獄寺くんの身体が見ただけで分かるぐらい強張って。抱きついてるオレはそれが更に分かって。


「…? 獄寺くん?」


一瞬の間のあと大きな音が響いた。獄寺くんの身体はさらに強張って、オレに抱きついてきた。


「………もしかして獄寺くん。雷苦手?」


そのオレの言葉に、初めて獄寺くんはオレに抱きついた事に気付いたようで。慌てて身を離す。


「す、すみません10代目! オレなんて事を!!」


雨に濡れた地面に土下座しそうな勢いの獄寺くんをオレは慌てて止める。


「あー! いいからいいから!! オレ気にしてないから!!」


むしろ嬉しかったから!


「…ほら、獄寺くん。オレんち行こう? 身体冷たいよ。温まらないと」


「で、ですが…」


それでもとごねる獄寺くん。…駄目だよ。あんな反応見せられて、オレが放っておけると思ってる?


そう言おうと思ったら、またも光る閃光…と同時に落ちてくる雷。辺りの電気が消えた。地面が揺れる。


「…また、でっかいのが落ちたねー…びっくりした」


オレは獄寺くんに視線を向ける。獄寺くんはへたり込んでいた。


「………大丈夫?」


「…そう見えますか」


全然。獄寺くん涙目だし。


「―――ほら、獄寺くん。オレと一緒に行こう? 獄寺くん一人で雷に耐えられる?」


オレがそう言うと、獄寺くんは迷って迷って迷って―――そして小さな声で一言、お邪魔しますと言ってくれた。


「うん、お邪魔して? オレずっと獄寺くんに逢ってなくて、禁断症状が出てきちゃったんだから」


未だコンクリートに座り込んでる獄寺くんを立たせてまたも抱きつく。


「…今日はいい日かも」


もうオレにはさっきまでの最悪な気分はなかった。


「…オレにとっては複雑な日です」


そんな彼の声も気にならない。ああ、今日はなんていい日なんだ。


彼に逢えただけでなく、彼の可愛い弱点まで知ってしまった。


こんな、言ってしまえば光って音が鳴るだけの現象に。彼がこんなにも驚くなんて。なんて新鮮で、なんて可愛い。


「獄寺くん。今度から雷が鳴ったら、オレの所に来なよね」


「そんな恐れ多いこと出来ません」


「ふーん? そう。いいよそれでも。だったらオレが獄寺くんの所まで行くから」


「それもっと恐れ多いじゃないですか! 駄目ですよ!!」


そんな事を言われても、獄寺くんのこんな一面を見てしまったら放っておけというのが無理というもの。


―――まぁいいや。どんなことを言われても、オレは彼に負ける気はしないし。


とりあえずは―――


「獄寺くん」


「―――はい?」


「おかえり」


獄寺くんは一瞬照れたように赤くなって―――


「はい、ただいまです…10代目」


そう、オレに応えてくれた。





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今日からオレは、雷が好きになりました。