「ま…負けた……」
「クックック…無様ですね隼人くん…」
「く…っ」
ばらばらと獄寺の手からカードが落ちる。それはトランプだった。
「…てか、低レベルな戦いだったけどね…」
「二人だけのババ抜きだなんてつまらないにも程があるけどね」
既に勝ち抜いていたツナと雲雀が優雅に紅茶を飲みながらそんな二人の様子を見ていた。
「二人にはつまらなくとも! 僕達にとってはそれこそ死活問題なんですよ!!」
「そうです!! …うう…負けた……」
獄寺はがっくりと頭を垂れる。
…負けたく、なかった。
これは相手が骸だからとかではなく相手が雲雀やツナですらあっても同じ気持ちだった。
最下位にだけはなりたくなかった。
何故なら……
「さぁ隼人くん。こちらの箱の中の紙をお一つどうぞ。書かれていることは即実行でお願いしますね」
「うー…」
何故なら。一つのゲームでビリになる度にこうして罰ゲームを受ける羽目になるのだから。
そもそも。最初は暇潰しで始まったことだ。
みんなで時間が潰せればそれで良かったはずだ。
それなのに何故。と獄寺は思う。何故、こんなことになったのか!
まぁこの案が出たとき最初こそノリノリで賛成したのは獄寺本人なのであったのだが、それも今となっては忘れたい過去。黒歴史となってしまった。
「なんか…オレ今日は負けっぱなしな気が…さっきも負けたし…」
「別にあの程度罰ゲームにならなかった気もするけど…クッキー食べるだけだったでしょ?」
「そりゃオレ以外にとってはそうでしょうけど! オレクッキートラウマなんですからね!!!」
「はいはいそこまで。早く引く」
ずいっと目の前に罰ゲーム用の箱を突き付けられ…獄寺は覚悟した。
目を硬く瞑り、箱の中に手を突っ込み一つの紙を掴んだ。そしてそれを表に出した。
「……………っ」
意を決して。薄目を開けて中を読む。………獄寺の顔が青褪めた。
「「「………?」」」
三人が獄寺を静かに見守る中、獄寺は三秒ほど間を開けてから…何事もなかったかのように紙を元の箱の中へと戻していった。
「って獄寺くん駄目ー!! 選び直しは禁止事項!!」
「いーやー!! いーやーでーす!! 許して下さい勘弁して下さい!! オレ殺されますーーー!!!」
「はぁ…? 隼人くんは一体何を引いたんですか?」
「…どうやらこれ…みたいだね」
と言って、雲雀が開いた紙には、
『リボーンの被っている帽子を奪い被って、そのまま一日過ごす』
とあった。
「うわぁ…」
骸が呻った。
「誰だこんなの書いて入れたの!! お前か雲雀!!」
「あ。ごめん書いたのオレ」
「10代目ー!!」
「じゃあ行ってらっしゃい獄寺くん☆」
「じ…10代目が…10代目が酷いー!!」
「ああ! 隼人くんが変なテンションのまま走り去っていきました」
「まぁ無理にでも勢いつけないと無理そうだからね」
「獄寺くん頑張ってねー」
ツナたちがそうして見守る一方。リボーンサイドでは。
「………し、失礼します、リボーンさん…」
小声で獄寺がリボーンの自室に入り込んでいるところだった。
(リボーンさん…寝てらっしゃる……? もしかしてチャンスか?)
リボーンはソファに横になり、帽子を顔の上に置いていた。取るなら…今しかないだろう。
獄寺は気配を消し。足音を殺してリボーンに近付き……帽子に手をかける。
…と、
「…オメー何してんだ?」
声と共に獄寺の手首を掴まれた。
びくりと身体が震える獄寺。
声の主…リボーンは獄寺の手首を掴んだまま身を起こし。もう片方の手で帽子を被り直した。その顔は相変わらず無表情だった。
「あ、あの、その…これには深い深い訳が…ですね…」
しどろもどろになりながら獄寺は顔を逸らしつつ答える。リボーンはやれやれとため息をついた。
「…どんな理由があるのであれ。オレの眠りを妨げたんだからそれなりの覚悟を決めてもらうぞ」
「は…はい?」
早くも涙目になっている獄寺をリボーンは引き摺って行った。
「…あ。獄寺くんお帰りー……って、」
リボーンが行き着いたのは、先ほどまで獄寺達がトランプを興じていた一室。
・・・・・・・・・。
ツナたちの間に、まるで鬼教師に授業をサボっていたところを運悪く見つかってしまったか不良生徒達のような、そんな気不味い静寂が訪れた。
「………今から」
その静寂を裂いたのは、リボーン。
「今から鬼ごっこをやるぞ。お前ら」
「…は?」
「鬼は獄寺以外全員。獄寺はヒトハチマルマルまでに誰にも捕まらなければ勝ち。他の奴は獄寺を行動不能状態まで追い込めば勝ちだ」
「待って下さいリボーンさん!!」
「意義は認めねぇ。トランプで遊んでたんだ。鬼ごっこで遊んでも変わりはねぇだろ?」
「いえそっちではなく、行動不能って!?」
「触れただけで終わりにしたらあとで色々文句付けるだろ。なら誰がみても分かりやすく動けなくなったらそこで終わりだ。分かりやすいだろ?」
「確かに分かりやすいですけど、その為の犠牲がやけに大きいような気が!! 主にオレの犠牲が!!」
「気にすんな」
「気にしますよ…!!!」
「オレの昼寝を邪魔した罰だ」
「ぐ…!!!」
勝者。リボーン。
「質問。勝ったら何か商品とか出るの?」
「ああ。勝った奴には『獄寺一日自由権』を与える」
「またですかリボーンさん!?」
「懐かしいだろ?」
「思い出したくもない思い出です!!」
「…? 以前にも似たようなことが?」
「ああ、骸と知り合う前にね。やっぱり鬼ごっこをして遊んでたんだよ」
あれは遊びだというレベルではありませんでしたけどね。
獄寺は内心突っ込んだ。
あれは、絶対、みんな、本気だった。
思い出しただけで震えが走った。
「じゃあ今から始めるぞ。獄寺には10秒だけ猶予を与える。逃げたいだけ逃げろ」
「10秒!? 10秒で一体何が………!!!」
「さぁな。まぁ精々一生懸命逃げてくれ。…10、9、8…」
獄寺が表情を強張らせて背を向け全力疾走で逃げ出す……と、誰もがそう思った。
…が。
獄寺はその場から動かなかった。無論その間にもカウントは止まらない。
「…獄寺くん? 逃げなくて良いの…?」
「逃げますよ…? もちろん逃げます」
そう言いつつも獄寺の足は動かない。そしてカウントが三秒を残す程になったとき、獄寺は叫んだ。
「―――リボーンさんっていつも寝ているばかりいるくせに戦闘に滅多に参加しないくせに偉そうで口先ばかりで正直うざったらしいですよね!!!」
リボーンのこめかみが、ピクリと動いたのをその場に居た誰もが見逃さなかった。
「………って、以前10代目が言ってました! そして雲雀も骸も同意してました!! ついでに言うとオレは否定しました以上!!!!!」
それだけ言うと獄寺は脱兎の如く逃げ出した。
「ちょ、獄寺くん!! …それリボーンには黙っててって言ったよねーーー!!!」
「……ほほう」
冷たい冷たいリボーンの声が、辺りを制覇した。
「…そうかそうかお前オレのことそう思ってたんだな? それは知らなかった。うざったらしくて悪かったなぁ…?」
「ち、ちが!! 違うよリボーン誤解だ嘘だオレは否定する!?」
「オレに嘘は意味ねぇって、知ってるだろ…? なぁダメツナよぉ!?」
珍しくぶち切れたリボーンを止める術を、そこにいる誰もが持ってはいなかった。
「ううう、ごめんなさい10代目…ただあの場から10秒だけ貰ってもみんなの機動力に勝てる自信がありませんでした…無理ですマジで無理です……」
獄寺は泣きながら走っていた。擦れ違う誰もが不審顔をしていたが気にしてなどいられない。
けれどこれで多少の時間は稼げる。あの場にいた何人か脱落してくれれば御の字なのだがそこまでは楽観出来ないだろう。
とにかく、何がなんでもヒトハチマルマルまで何とか逃げ切らなければ…!!!
そう意気込むも、なんだか周りの者全てが敵に見えてくるから不思議だった。
これが被害妄想という奴だろうか……精神的に苦痛だった。
例えば。
「…おお。隼人じゃないか。どうしたんだ一体」
目の前にいる、それこそ生まれたときからの知り合いの…無条件で信頼出来るはずのシャマルですら疑わしく見えてくる、とか。
(…だってなんか、いつもと雰囲気違うんだぜ!!)
(しかも、なんか笑ってるんだぜ意味もなく!!)
(怖いわ!!!)
「どうして後ずさるんだ隼人?」
「どうして笑いながら近付いて来るんだシャマル?」
「はは、いや、たまにはお前と親交を深めようかと思ってな!!」
「………」
どうしよう。獄寺は思った。
(シャマルが鬼ごっこに一枚咬んでるのかそれともただ昼間から酔っ払ってるだけなのか本気で区別がつかねぇ…!!!)
まさかの予想外だった。
「な、なんにしろオレは今非常に忙しいんだ!! 今度だ今度!!」
「連れねーこと言うなよ隼人。おいちゃんと良いことして遊ぼーぜ?」
「……………」
こいつは、酔っ払いだ。
獄寺はそう判断した。
「酔っ払いに用はねぇんだ…じゃあなシャマル」
「おっと。そう、人にほいほい背を向けるべきじゃねぇぜ…? 特にこんな勝負事をしている最中はな!!」
「!?」
シャマルの声が変わった。ついでに雰囲気も変わった。
やっぱりこいつも一枚咬んでたのか!?
(だよな! なんてったってあのリボーンさんが主催者だもんな! 抜け目ないもんなあの人!!!)
リボーンはこういった遊び企画において、どうすれば(自分が)楽しくなるかという勘がツナ以上に働く。
そしてそれで泣きをみるのはいつも獄寺だった。
(それはそれとして、どうするオレ!!)
(このままだとシャマルに捕まるぞ!? シャマルに一日良いように使われちまうぞ!?)
「それは嫌だ…!!!」
「せめて心の中で言ってくれ…」
「うるさい! オレは…テメェなんかに…!!」
「お前さんを行動不能に追いやれば勝ちなんだろ? ならオレの得意分野だ。諦めろお前に勝ち目はない」
「だからって聞けるかよ!!」
叫びつつ、獄寺は焦っていた。
シャマルの言うとおり、ここはシャマルの方が有利だ。
麻痺や高熱系の病気を持つ蚊の一匹でも放てばそれで終わったも同然なのだから。
何とか距離を置こうと、一歩飛んだとき…獄寺は何かにぶつかった。
「いて…気をつけろ馬鹿野郎!!」
「ん? お前からぶつかってきたんだろうが」
「うるさ………」
獄寺の口は途中で止まった。
―――何故。
何故に?
何故にお前が、ここにいる?
「が…γ?」
「? いかにも。それが?」
「それが? じゃねぇ!! なんでミルフィオーレの人間がこんなところに居るんだ!!」
「馬鹿野郎。ミルフィオーレじゃねぇ。ジッリョネロだ」
「どうだって良いわそんなこと!!」
「な…なんだ隼人! お前そこのいかにもホスト系な兄ちゃんと知り合いなのか!? まさかそういう店に行ってるのか!?」
「行ってねぇよ!! てか話がややこしくなるから黙ってろ!!」
「そうは行くか! どこまでいったんだ!?」
「何の話だ何のー!!」
「……そうだな、少し前に…やんちゃなこと仕掛けてきたからお仕置きで動けなくなるほど痛めつけたか」
「は、隼人…お前まさかそういう趣味が…!?」
「ねーよ馬鹿!!」
「まぁこっちのでっかいのじゃなくてミニサイズの方だったが」
「10年前からの知り合いか!? オレ知らねぇぞ!?」
「だからお前は黙ってろー!!」
「てか、お前が黙れ」
バチンと電撃が弾け、獄寺の身体が痙攣する。
「ぐ…っ」
獄寺はその場に倒れ…起き上がろうとするも上手く力が入らない状態になった。
「―――勝負有り。勝者γ。意義は認めん」
と、突如そんな声が響いた。声の主はリボーン。
「り…リボーンさん…? 何を……」
「勝負? 勝者? 何の話だ?」
「今オレたちは勝負してたんだ。勝利条件は獄寺を行動不能に陥らせること。…獄寺。立てるか?」
「あ…当たり前ですっ」
獄寺はそう言って何とか立とうとするも…無理だった。力を入れる度に抜けて床に落ちる。
「…無理だな。よって勝者γ。…おいγ。こいつを一日好きにして良いぞ」
「好きに…ねぇ」
γは獄寺をひょい、と持ち上げた。
「じゃあ丁度良いから持って帰るわ。邪魔したな」
「ま…待ちやがれこの野郎!! つかお前結局何しに来たんだよ!!」
「ん? ああ、いや、なに。ユニ様の素晴らしさを語ろうと仲間に声かけても誰も捕まらなくてよ…ふらふら歩いてたらここまで来てたんだ」
「暇人かお前!!」
「仕方ないからこいつで我慢するわ」
「オレだって嫌だよ!!」
「とりあえずオレの相槌には『ユニ様万歳』と叫べな」
「せ、洗脳される…!! リボーンさん、10代目に伝えて下さい…あなたの右腕は、最後の最後まであなたのことを思い浮かべていたと………!!」
「ああ…分かったから…思う存分(精神的に)殺されて来い」
「は…はい!!!」
獄寺は涙目で連れ去られてしまった……
そして一日経って。フラフラになって戻ってきた獄寺は。
「ユニ様…い、いや10代目…ユニ様…10代目…10代目…ユニ…ユニ様ユニ様……じゅうだい、ゆ………」
程よく洗脳されて戻って来たとか来なかったとか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
じゅ、10代目、オレは、オレは……!!
リクエスト「「鬼ごっこ」続き」
リクエストありがとうございました。