………えっと。


誰でも良いので、誰か助けて下さい。



6月の花嫁



目が、覚める。


ぼんやりと。少しずつ。意識が覚醒する。


見慣れない天井が、見えて。こうなる前までの記憶が曖昧で。


「………?」


ゆっくりと身を起こす。…何故だろう。何か違和感がある。


起きた時よりもさらにゆっくりと。オレは恐る恐る足元を見てみる。


何故か白のスカートだった。


「ぎゃ―――っ!?」


な、な、な、な、何事ー!!


狭い室内にオレの叫び声が木霊して。きんきんと耳に響いた。


自分の声に耳を痛くしていると、何かが視界に入って。


見てはいけないと、本能的に悟ったのに。思考能力が低下しているオレは見てしまった。…それを。


それは。壁一面が。鏡で出来ているもので。


鏡の中には、何故かフリルだのレースだのなんだのをこれでもかというほど散りばめられた純白のウエディングドレスを着たオレがいて。


「なんじゃこりゃ―――!!!」


絶叫第二弾。


オレがあまりの出来事に放心していると。


ガチャっと。ドアが開く音がして。


「あ。獄寺くん、起きたんだ」


そんな。聞きなれた声がして。


「じゅ、10代目…っ」


振り向く。ああ、悪夢ともおさらばだ。


何が起きていて何がどうなってこうなったのかよく分かんないけど、とにかくおさらばだ。


そう思って。涙すら浮かべつつオレは10代目に振り向く。


何故か10代目はいつもの黒のスーツではなく。白のタキシードだった。


じ、10代目…?


10代目はオレににっこりと微笑むと。優しくオレの頭を撫でて。


「よく似合うよ隼人。…随分待たせちゃったね。さぁ、 式を挙げようか


………。


えぇぇえええぇぇええええぇえぇえ!?


「ちょ、えっ!? 10代目っ!?」


事の元凶は貴方ですか!!


10代目は固まってしまったオレに気にした様子もなく、オレを抱きしめる。


「今の今まであいつらからの目を欺きながらの準備だったから、かなり時間掛かっちゃったけど。でも偶然とはいえジューンブライドになったし…それで許してね」


いやいやいやいや! 許すも何も!!


それ以前に一体全体何の話ですか!!


10代目はオレを……世間的には「姫抱っこ」とかいう抱き方で、ひょいってオレを持ち上げて。


「さぁ、行こうか隼人。今日は絶対に、忘れられない一日になるよ…」


…いや、10代目。


オレはこの時点で既に、忘れようのない一日なのですが…


10代目は何も言わないオレに、困ったようにくすりと笑って。


「隼人…怒ってる?」


「え…っ」


「ごめんね。隼人に何の相談もしなくて、勝手に決めて……ちょっと、隼人をびっくりさせたくて」


「10代目…」


びっくりどころかむしろあまりの出来事に心臓が止まってしまえばまだ幸せだったかもしれません。


10代目はオレを抱きかかえたまま、その大きな扉を大きく開けた―――


「隼人…大変かもしれないけど、オレから離れちゃ駄目だよ」


そんな10代目の言葉を聞きつつ、オレは扉の向こうの景色に息を呑んでいた。


「―――さぁ、今新郎新婦が現れました! なんとお姫様抱っこで登場です! 熱々です! らぶらぶです!!」


一体どこの披露宴会場ですかここ。


ていうか司会はお前か。ハル。


10代目はオレの耳元で囁く。


「――今日の日の為に、ここら一帯を貸し切ったんだ」


無駄な経費使いましたね!!


一歩一歩。何故か見せ付けるように。10代目は歩いていく。


―――あれ?


「…10代目? あいつらは――」


オレは見かけない、10年付き合いのあいつらの姿が見えないことに疑問を覚え、聞こうとする。―――と。


バン!!


扉がまた大きく開かれて。


「その結婚待ったー!!」


そんな。聞きなれた叫び声が響いて。


「や…山本?」


「やっぱり来たか…山本」


10代目が嬉しそうに。楽しそうに。笑う。…滅茶苦茶怖いんですが。


「ようこそ山本。オレと隼人の結婚式へ。…来てくれて、嬉しいよ」


「へ…よく言うぜ。ツナが、いきなり…十日も、日本へ、帰国許可を出すなんて。おかしいと思った」


山本は余程急いできたのか、途切れ途切れに言葉を発した。


けれど次の瞬間には、息を整えて。既に刀化した山本のバットを構えた。


「獄寺を離せ。結婚なんて、オレが認めねぇ」


お前はオレの親父か。


そのことは10代目も思ったのか、大げさにため息を付きながら山本を指摘する。


「…あのねぇ山本。そんなこと山本に言う権限なんてないでしょ? …ちなみに、オレは隼人の父親から許可貰ったから


いつの間にっ!?


「そんな訳で、山本はそこで大人しく見ててね? …オレと隼人の結婚式をね」


わざわざそこを主張しながら、10代目は席へと歩いていく。追いかけようとした山本は警備員に取り押さえられていた。


…何やってんだ、あいつ。


そんな訳で何故か式が始まった。





「…今日はオレと隼人の結婚式に来てくれて本当にありがとう。今日からオレはボンゴレ10代目としてだけでなく、隼人の夫としても生きていきます」


ヒューヒューと野次が飛んでくる。10代目は照れていた。


「それでは、今度は親御さんからの挨拶です」


そうハルが言うと、スポットライトが現れる。出てきたのは、10代目のお母様。


一般の方がここにいて良いんですかっ!?


お母様はオレに気付くと笑いながら手を振って。そしてマイク台の上に立つ。


「――今日は息子の結婚式にお越し下さり、誠にありがとうございます。…ツナ、獄寺くんを幸せにしてあげるのよ?」


10代目がもちろんと言い、オレの肩を抱く。また野次が飛んできた。


「獄寺くんには知り合った頃からお母様と呼ばれ、いつかはこんな日が来るんじゃないかと楽しみに待ってたの。夢が現実になって、本当 に嬉しいわ」


…お母様。


「獄寺くんみたいな娘がずっと欲しかったし。…獄寺くん、今度一緒にお料理を作りましょうね」


はい…とりあえず、オレ男ですけどね!!


お母様はそれから少しこれからの事を話して、マイク台を後にした。拍手が巻き起こる。


「…ありがとうございました。続いて、獄寺さんのお父様からのご挨拶です」


―――えっ!? 親父来てるのっ!?


屋敷を飛び出て以来、あそこには帰っていない。もちろん親父にも会ってはいない。


出てきた親父は…最後に見た親父よりも、当たり前だけど10年分老けてて。


まさか、こんな形で対面することになるだなんて…


「―――隼人」


親父が。10年以上会わなかった親父が。オレの名を呼ぶ。


「お前が私の元を飛び出て、もう10年以上が経ったが、まさかこんなことになるとは夢にも思わなかった」


ああ、うん。 オレもだ。


「あの時はお前の幼稚な行動を愚かだと笑ったが、しかしあの行動があったからこそ、お前はボンゴレ10代目に嫁ぐなんて大挙を遂げたんだな」


あーうん。人生何が起こるか分からないよな。


「私はお前の父親であることを誇りに思う………隼人、綺麗だぞ」


「嬉かねぇよ!!」


思わず叫んでしまったが、10代目は気にした様子もなく笑っていた。



控え室に戻ってきた。


「………はぁー」


思わず溜め息を吐いてしまう。一体何が起こっているのか、未だに理解出来ていない。


「大変だったみたいだね」


「ああ…目が覚めたらいきなりこんな格好で、10代目が来て…って、えっ!?」


誰もいないはずの控え室に聞こえてきた聞き覚えのある声。


その声に、いきなり押し倒された。


「な、あっ!? 雲雀…っ!?」


「綱吉も結構酷いことするよねー…僕たちに危険な任務押し付けておいて、自分はお楽しみだなんて」


そういう雲雀は楽しそうに笑いながら言っているが―――目は決して笑っていない。


「ひ、雲雀…落ち着け?」


「落ち着いているよ? …これから、どうキミを式に出させない格好にするか、考えているからね」


こ、こえ―――!!


「ぎゃ――!! じ、10代目ー!!」


「隼人っ!!」


オレの叫びに颯爽と現れたのは…


「…なんだ。キミか」


「は、跳ね馬…」


現れたのはキャッバローネ10代目こと、跳ね馬のディーノだった。


「…獄寺から離れろ」


「嫌だね。僕だってずっと彼を狙っていたのだから。…キミよりもずっと、前からね」


二人の間に、見えない火花が舞い踊る。


―――パァンッ!!


その沈黙を、銃声が打ち破った。…扉ごと。


「獄寺くん! 無事っ!?」


今度こそ、現れたのは10代目だった。余程慌てているのか、呼び名が戻っていた。


「じ、10代目…」


10代目はオレの姿を確認すると、その表情を険しくさせた。


「…雲雀。オレの獄寺くんから離れろ」


「嫌だって。言ってるでしょ? 僕は彼を諦めたわけじゃないし?」


くすくすと笑いながら言う雲雀。……正直、怖い。


「あーもー。獄寺くんが怖がってる。可哀相に…でも。オレだってここまで来たら引けないから」


そう言うと。10代目は懐から何かスイッチのようなものを取り出して。


かちりと。押した。


控え室が爆発した。





「―――――ん」


「ああ、起きた?」


10代目に揺すられて。オレは起きる。


目が覚めると。そこは小さな教会で。


「最初から。こうなることは予想ついていたしね。初めからこっちが本命」


10代目はしてやったりって顔をして。その顔がまるで10年前みたいに幼かったから。オレも思わず笑ってしまった。


「―――さて」


ここもやがて見つかってしまうだろうから、手早く済まそうと。10代目はオレと二人、祭壇で向かい合う。


10代目は、少し照れたような顔をして。でもいきなり真面目な顔になって。


「――オレは、健やかなる時も。病める時も獄寺くんを愛し、獄寺くんを敬い、獄寺くんを慰め、獄寺くんを助け、この命の限り、尽くすことを、今ここに誓います」


…10代目。


この日の為に覚えてきたんだよなんて、そんな事を言われて。オレの顔はかあぁっと。思わず熱くなる。きっとゆでだこ状態だ。


「―――獄寺くんは?」


10代目の声に、はっと我に返る。そして誓う。


「は、はいっオレも誓います! 健やかなる時も、病める時も。オレは10代目を愛し、10代目を敬い、10代目を慰め、10代目を助け、命ある限り尽くすことを、誓います!!」


オレがそう誓うと、10代目は少し困ったように笑っていた。


「…10代目じゃなくて。オレの名前で言って欲しかったな」


「あ、す、すみませんっ」


言い直そうとするオレに、10代目は手で制して。


「ん。良い良い。…いつか、オレは獄寺くんに名前を呼び捨てにして呼んでもらうから」


そんな日が来るのは分からないが、少なくとも10代目は本気のようで。


それよりもと。10代目は懐から今度は小さなリングを取り出した。


「…受け取ってもらえる?」


「は、はい…」


10代目は銀色に光るそれをオレの薬指に填めていく。ぴったりだった。


「あ、でも…10代目のリングが……」


オレが申し訳なさそうにそう言うと、10代目は笑って。


「大丈夫。それも用意済み…獄寺くんのリング一つ貰っちゃったけど、良い?」


そう言って10代目が取り出したのは、オレが愛用しているもので。


「は、はい。10代目の元へ行くのなら…そいつも満足だと思います」


「じゃあ、填めて?」


「はい…」


オレは10代目に、そのリングを填めていく。こちらもぴったりだった。


これで。契約完了。


オレがその儀式の終了に張っていた気を緩めると、10代目にいきなり抱き寄せられて。


「…大好きだよ。獄寺くん」


そう耳元で言われて。―――キスされた。


―――この日。


ボンゴレファミリー10代目、沢田綱吉さんと、その右腕であるオレは。


…小さな教会で、二人っきりで―――


晴れて、夫婦と。なった。





―――後日。


オレと10代目の結婚騒動は控え室が謎の爆発を起こした事でうやむやになったとされていたが、


オレと10代目の左手の薬指にあるリングにより、結局行われたことがばれて。


そのばれた数日後。



「……ん、ぅ」



「さぁー、先日ご結婚された獄寺さんが目を覚ましましたー!! これより、『ボンゴリアンファミリー花嫁総奪戦! 貴方は人妻に萌えますか?』を開催いたします!!」


また司会はお前か。ハル。


あと観客。「人妻萌えー」って言うな。ていうか何だ萌えって。


「くっくっく。一筋縄じゃ行かないって、覚悟はしていたよ。でも。勝つのはオレだけどね」


「…ここに彼を奪う公平なチャンスを与えてくれたことに、感謝するよ」


「獄寺ー! オレ獄寺のために頑張るからなー!!」


あー、うん、皆適当に頑張ってくれ。


「ちなみにこれは、途中参加も大歓迎です! 皆様のご参加もお待ちしております!!」


観客を煽るな! ハル!!



…などと。そんなことになるのだが。


今だけは、知らないままでいさせて下さい。






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結婚式の流れが通常と真逆なのは気にしないでください。