視界を覆うは白き煙。遠くに聞こえるは子供の泣き声。


煙が晴れた先はどこか懐かしい、見覚えのある景色。


背後から生じる殺気。風を切る音。


ああ、ここは10年前か。とオレは首を少し動かして勢いよく振られたトンファーを避けながらそう思った。





ふむ。辺りの地形から見て曲がり角を曲がったところでばったりと。って感じか?


背後を振り向けば、まだ10代の頃の雲雀がこちらを睨みつけながらトンファーを構えていた。


うっわ若。幼。可愛げすら見える。


…などと思っている場合ではないか。


さて、一体どうしたもんか。


「何だいきなり攻撃してきて。オレはお前に何かしたか?」


「別に。急に現れたように見えたから、驚いて殴りかかっただけ」


獣かお前は。


「…貴方は、何?」


「あ?」


「見たことないけど…彼……獄寺隼人の関係者?」


「何言ってんだ。オレは―――」


本人だ。そう言おうとして、オレは言葉を止める。


そういえば…こいつは10年バズーカの存在を知っていただろうか。


……思えば、知らなかった気がする。


そんな状態でオレは未来の獄寺隼人だ。などと言って、果たして信じるだろうか。


信じるわけがないな。むしろ信じる雲雀をオレが信じられない。


ここは適当に誤魔化すことにしよう。


「貴方は?」


「オレは…あいつの兄貴だよ」


そういうことにした。この五分だけ自分の兄を演じよう。


「ふうん…なら言わせて貰うけど。貴方の家では一体どんな教育をしてるわけ?」


「あ?」


「貴方の弟は煙草は吸うし授業には出ないし喧嘩ばかりしている。制服は改造、校則違反のアクセサリーをいくつも身に付けて更には学校の整備を破壊する」


「あー…そりゃ悪かったな。うちは放任主義だから」


どれほどかというと僅か八歳で家を飛び出るぐらいだ。いやあれは放任主義とはまた違うか。


「放任主義の一言で片付けられたらたまらないんだけど」


「悪い悪い。あいつは悪さしたら好きなだけ殴っていいから。それで勘弁してくれ」


「……………」


雲雀の目付きが更に鋭くなる。見るからに不機嫌になり、怒気が膨れ上がる。


「何それ」


「ん?」


なんだこいつ。何で怒ってるんだ?


「やってはいけないことをしたら殴って分からせろ? まるで彼を獣扱いだね」


いや、オレが獣扱いしたのはオレじゃなくお前だ。


オレはむしろ―――


「どっちかって言うと物扱いだな。あの家の子供はみんなどこかしらぶっ壊れてる。壊れた家電は叩けば直るだろ。それと同じだ」


「………」


姉貴も…なあ。あの体質は大目に…見れないけど、見ないふりをするとしてそれでもあの嫉妬深さと思い込みの激しさは異常だしなあ。


「貴方も?」


「あん?」


「そういう貴方も、壊れてるわけ?」


「そうだよ」


10年前は気付けなかったけど。


今思えば、よく空回りしては暴走して突進していた。周りには本当に迷惑をかけた。いや、それは今もか。


「あいつもオレも、お前らの世界のルールなんて言われても分からないから。理解出来ないから。意味が分からないから。だから身体に覚えさせないと駄目なんだ」


身体に覚えさせないと、なんて雲雀の言うとおり獣扱いみたいだな。まあいいよ。物でも獣でも。


平和なこの国における、周りの常識。社会。ルール。


みんなそれを持っていて、それに則って生きているけど。オレにはどうしても理解出来なかった。


何故ならオレにはこっちの世界における常識が、社会が、ルールが染み付いており、当たり前になっていたから。


ルールが違うのだからそれで衝突するのは仕方ない。


例えて言えば、サッカーの試合で野球をしようとしているようなものなのだから排除されるのも仕方ない。イエローカード、レッドカード、退場、出場禁止、選手権剥奪。


異分子はこっちなのだから、奇異の視線に晒されるのも仕方ない。あっちの世界からここへ来たのはこっちなのだから。


「………分かったよ」


不機嫌そうに言いながら、雲雀はトンファーを仕舞う。


「なら、彼も貴方も。僕が教育してあげる」


オレもかよ。


「獲物仕舞っておいて、オレを躾ける? どうやって」


「暴力だけが躾じゃないよ。それに貴方を教育するのは今じゃない。今はどうあっても貴方に逃げられる気がするから、今は見逃す」


こいつの勘は凄まじいな。獣並みか? 本当に獣か。お前は。


「だから今は彼を教育する。貴方は………そう、10年後ぐらいに教育しに行くよ」


こいつ本当は全部分かってんじゃね? オレのこと分かってんじゃね? 分かってねえの? 本当に?


ドッキリ疑惑を検討する中、雲雀が踵を返して歩き出す。


「どこに行くんだ?」


「貴方の弟のところに決まってるでしょ。彼、そんなにおかしな育ち方したんだ? 知らなかったよ。でも僕は手加減しない。あっちの都合なんて知らない」


おお怖ぇ。そしてやっぱりオレには気付いてないのか。マジか。


やがて雲雀が曲がり角の向こうへ消え、辺りはオレ一人に。未来に帰るのに都合がいい。


………そういえば、いつからだったか嫌に雲雀が絡んでくる時があったな。それでいて何故か殴ったりしねえの。


ずっと訳分かんなくて、うっとおしいと思っていたけど……そういえば丁度10年前ぐらいからか。


…あれはオレのせいだったのか。悪いなオレ。これから頑張れ。


しかし…雲雀の奴はどうしてあんなにオレに構うのかねー…オレが一応仮にも並盛の生徒だからか?


―――ああ、違うか。それもあるだろうけど、根本的な理由は…そうか。



「なるほど。あいつ、良い奴なんだ」



そんなことに気付くのに10年も掛かってしまった。やばいな向こうに戻ったらあいつを見る目が変わりそう。


などと思っていたら視界が白い煙に包まれて。オレは元の世界へ。





煙が晴れた先、さて仕事に戻ろうかと思ったらあいつに殴られた。


それで、「久し振り」だと。


何をいきなりと怒鳴ったら「10年言い聞かせても意味なかったから、やっぱり殴って直すことにした」だと。


あ、こいつ。やっぱり嫌な奴だわ。





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折角のいい話が台無しだ。馬鹿野郎。


リクエスト「雲獄(獄だけ10年後)のお話をお願いします!」
リクエストありがとうございました。