それは、沢田綱吉が10年後の世界へと初めて訪れた時のことだった。
深い深い森の中。何故か自分は棺の中。そして目の前に現れたのは…麗しく成長した友の姿。
「10代目…頼みがあるんです」
その、友である獄寺隼人は、沈鬱な表情でこう言った。
「どうか…この写真の男を、入江正一を殺して下さい」
- 10年後 その真相 -
しかしいきなり言われても綱吉には訳が分からない。獄寺の強い願いの言葉に圧倒されつつ…なんとか言葉を紡いだ。
「ちょ…っと待って獄寺くん。いきなりそんなこと言われても…その入江正一って人は何かしたの?」
「ええ。とんでもないことを…こいつさえいなければ、白蘭だって…」
「ビャクラン?」
聞き覚えのない単語に綱吉は首を傾げた。誰だろう、と思っていると獄寺から説明をしてくれた。
「ああ、すいません。…白蘭というのはオレの…恋人である男の…名前です」
寂しげに微笑みながらの説明に、綱吉は驚く。
「恋人って…え、えええええ!?」
「オレとあいつはお互い別のファミリーの人間でしたが…友好な関係を築けてました。…それも入江が来るまででしたが…」
「え…?」
「ああ、今思い出しても忌々しい・・・!」
獄寺はそのときの様子を思い出しているのか、顔を怒りの色に染めて拳を振るわせる。
「…その、関係を否定された…とか?」
性別の問題ももちろんそうだが…マフィア同士ともなると恋愛の壁も高そうだ。その辺りの理由だろうか…?
「関係を否定? ああ、いえ、その程度の問題じゃないんですよ」
獄寺は笑顔で否定したが、綱吉はまた驚いた。その程度? なら実際はどんなことをされたのか。
綱吉は固唾を呑んで、獄寺の説明を待った。
「ある日のことです。…白蘭はマシュマロが好きで毎日食べてるんですけど、ある日……入江の奴よりにもよって「たまには火で炙って食べたらどうですか?」なんて言ってきたんですよ!?」
「・・・・・・・・・・・・は?」
綱吉は絶句した。
しかし獄寺はそんな綱吉に気付いてないようで、言葉を続ける。
「オレはレンジでチン派なのに…なのにあいつそんなの邪道だって! でもあの食べ方は焦がした部分が苦いじゃないですか!!」
…いや、待て。
綱吉の心境はそんな感じだった。
…なんだ。
今までのシリアスな雰囲気は一体なんだったのか。
マシュマロの食べ方どうこうが、一体なんだと言うのだ。
「オレの炎は…マシュマロを焦がすためにあるんじゃないのに!!」
しかも何で炙ってるって死ぬ気の炎でかい。
綱吉は内心で突っ込んだ。このときはまだ獄寺が死ぬ気の炎を出せるようになることは知らないはずだが、超直感で理解した。
ていうか、獄寺くん…と、綱吉は遠い目をする。
この子、外見は見違えるほど綺麗になったけど…頭の中はこれっぽっちも成長してないのか。
一体どうしたら内面成長零なんて大挙を遂げることが出来るのか。
つか、あれか。この子は内面の成長分を外見に使ってしまったのか。ああ色々納得だ。
「って、聞いてるんですか10代目!!」
ごめん全然聞いてなかった。
そうとも言えず、綱吉は曖昧に返答する。
「ええと…ごめん。今どこまで話したっけ…?」
「えっと…マシュマロの食べ方の違いで、同盟破棄して抗争が起こって、しかもボンゴレが負けてます、というところまで、です」
「キミ一体なにやってんの!?」
綱吉は素で突っ込んだ。流石突っ込みキャラであると言わんばかりの切れの入った突っ込みである。
「そして10代目が亡くなり…次いでリボーンさんもまた…亡くなりました」
「ああ…」
それでオレは棺桶の中なのか、と綱吉は納得した。というか、オレは駄菓子に殺されたのか。無念だ。
…いや、恐らく真相はもう少し違うだろう。綱吉には分かった。決して駄菓子に殺されたのを認めたくなかったわけではない。
(多分オレ…獄寺くんの馬鹿をどうしても直せなくて、それが無念で死んだんだ)
そしてあとをリボーンに託したが…リボーンですら、獄寺の馬鹿だけは、どうしても直せなかった。
しかし責任感の強い彼はそれでも頑張って…結果過労死したのだろう。あるいは疲れがたまって階段から足を滑らせて頭強く打って死亡、とか。
そしてその結果が、二人の犠牲の結晶が、目の前の獄寺だ。レンジでチンがどうこう言ってる獄寺だ。
「無念だ・・・!!」
「ええ…だから10代目。どうか過去に戻ったら入江を…こいつを殺して下さい!」
「獄寺くん…」
先ほどの綱吉の嘆きに入江は全く関係ないのだが、獄寺は気付かず続ける。
「そうすれば10代目もリボーンさんもきっと死なずに済みます。ボンゴレも安泰でオレも白蘭と結婚出来て理想的な世界になると思うんです!!」
「………」
「その世界では必ず、オレが責任を持って白蘭もマシュマロはレンジでチン派にしてみせますから・・・!!」
「キミも拘るね!!!」
再度綱吉が突っ込みを入れたところで、突如獄寺の姿が煙に包まれて。綱吉は思わず怯んだ。
やがて煙が晴れた先には…見慣れた同い年の獄寺の姿が。どこか状況について行けてないようにきょとんとしている。
「あれ…10代目…?」
「獄寺くん…獄寺くんも10年後に来たんだ」
「あ…やっぱりここ10年後なんですか? 10年後でしたらリボーンさんもいるかと思って来てみたんですけど…」
「うん…まぁ、それはそうと、獄寺くん」
「はい?」
綱吉はちょいちょいと獄寺を手招きする。何の疑問も持たないままに近付く獄寺。
そんな無垢な獄寺に、綱吉はいきなり襲い掛かった。
「っ!? じ、10代目!?」
「獄寺くんを殺してオレも死ぬ!!!」
「は!? ちょ、止めて下さい10代目! どうしたんですかいきなり!!」
「10年後、獄寺くんの暴挙を止められず…あんなくだらない理由でボンゴレ壊滅させるなんて自分で自分が許せません! 未来の責任今取ります!!」
「訳が分かりません10代目! あの、せめて、その、状況説明をー!!」
この後、ラル・ミルチがこの近くを通り「なに馬鹿やってるんだ」と二人まとめて両成敗するまで綱吉は錯乱したままだったという…
そしてその頃。ミルフィオーレアジト内ではやっぱり白蘭が一人でマシュマロを食べていた。
「あー…つい隼人ちゃんと喧嘩しちゃったけど、やっぱり隼人ちゃんと食べるマシマロが一番美味しいなー…」
はむはむと、白蘭はマシュマロを頬張る。
「あとで隼人ちゃんにメール打っとこ。『意地張ってごめんね☆ 僕が悪かったよハニー』って」
しかしメールを打ったものの過去へ行ってしまった獄寺からの返信は当然のようになく。
そのことにショックを受けた白蘭は「うわーん隼人ちゃんのバカバカ! もう知らない!!」という一言を残し部屋に引きこもってしまうのだが…
それはもう少し、先の話。
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痴話喧嘩とマシュマロは犬も食わない。
ヒビキミトリ様へ捧げさせて頂きます。